44:セラの秘密4
前回のざっくりあらすじ:セラの家族について、ニースたちは知った。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*
すっかり昼を回り、客の姿がまばらになった食堂に、ニースたちは向かった。メグは部屋で話をしようとしたが、朝食を食べ損ねたグスタフが、空腹を訴えていた。
マルコムは未だ町に出かけたままだが、食堂には、セラとジーナの姿があった。いつもの席には料理が山のように並び、ジーナがどんどん、セラに食べさせていた。
「セラちゃん、これも美味しいわよー。遠慮しないでたくさん食べてねー」
「はひ。はひはほうほはいはふ」
セラは、すっかりジーナに懐いたようで、食事に関して遠慮するのはやめたようだった。口いっぱいに頬張り、にへらと笑うセラを見て、ニースたちは微笑んだ。
ニースたちは遅い昼食を食べながら、ジーナとメグが考えた「ニースとセラの歌ランデブー計画」について話を聞いた。
「つまり、歌い手じゃなくても、歌を歌えるってことか?」
グスタフは、思ってもみなかった新事実に驚愕した。ジーナは、次々と料理を口に放り込み、頷いた。
「そうよー。だからこの計画が面白いのよー」
「ということは、私も歌えるかもしれないということか」
期待を滲ませたグスタフに、メグは、ふふふと愉快げに笑った。
「そうよ。お父さんだけじゃなく、お母さんや私だって歌える可能性はあるわ」
「でもでもー、私たちが歌えるようになるよりは、セラちゃんが歌えた方がいいでしょー? 私たちには楽器や踊りがあるわけだしー」
一通り食べ終えたニースは、なるほどと頷いた。
「ジーナさんにも、タンバリンがありますもんね」
「そうよー」
話を聞いていたラチェットが、声を挟んだ。
「二人で歌うのはいいと思いますが、そのランデブーっていうのは、何なんです?」
ラチェットの素朴な疑問に、ジーナは呆れた顔をした。
「これだから、今時の若者は嫌ねー。そんなだから、好きな子に振り向いてもらえないどころか、振り回されるのよー」
ラチェットはフォークを床に落とし、顔を青ざめた。グスタフはニヤニヤと笑みを浮かべ、ニースとセラは首を傾げた。メグが、ちらりとラチェットに目を向けた。
「あら、ラチェット。そんな子がいたの? 大変ね」
メグの何の気なしの一言に、トドメを刺されたラチェットは、静かに俯き動かなくなった。ニースはラチェットの様子が気になりつつも、問いかけた。
「えっと、よくわからないですけど、とにかくぼくは、セラに歌を教えればいいんですよね?」
「そうよ。二人の歌が、これからの一座の目玉になるの」
メグはにっこりと笑みを浮かべ、答えた。メグの言葉に、セラは目を見開き、口に含んでいた料理を飲み込んだ。
「でも、待ってください。それって、まるで……」
セラは戸惑いを隠せない様子で、グスタフたちに問いかけた。しかしグスタフたちが答える前に、背後から声が響いた。
「そうだよ、セラ。セラは、旅の一座に入るんだ。皆さんと一緒に旅に出なさい」
いつの間にかやって来たエイノが、セラの問いに答えていた。
ニースは、慌てて仮面をつける。エイノは、そっとラチェットに新しいフォークを渡すと、にっこりとセラに笑いかけた。
「セラ、もう辛い思いはしなくていいんだよ。このままここにいても、セラのためにはならないんだから」
「で、でも、それじゃあ、お父さんは?」
「ヘラルドのことは、もう忘れなさい。セラが面倒をいくら見ても、あいつはもう直らないよ」
悲しげに眉をひそめるエイノに、セラは、ふるふると頭を振って立ち上がった。
「そんな……そんなことないです! お父さんと、昔みたいに暮らせる日が来るはずです!」
セラはエイノに叫ぶと、店から駆け出していった。
「セラ⁉︎」
慌ててニースも立ち上がり、セラを追いかける。突然の出来事に、グスタフたちは動けなかった。バタンと店の扉が閉まると、エイノは呆然とするグスタフたちに頭を下げた。
「すみません。あの子は父親のことを今でも大事にしているのに。私が余計なことを言ったばかりに……」
エイノは、悲しいようなやるせない顔をしていた。グスタフは、父親を大切に思うセラの気持ちが叶わない事に、切なさを感じた。
「店長、気にしない方がいい。どちらにせよ、私たちが言うことになっていたんだ。父親との関係をどうするかは、セラちゃん次第だと思うよ」
「そう言っていただけると、救われます……」
グスタフに再び頭を下げると、エイノは厨房へと戻っていった。残されたグスタフたちは、同い年のニースにセラを任せた方がいいと考え、自分たちの食事を続けた。慣れ始めたはずの唐辛子のソースが、やけに辛く感じられる四人だった。
駆け出したセラを、ニースは追いかけた。しかしニースは、仮面を付けているため視界が狭い。ニースはやがて、セラを見失ってしまった。
それでもニースは、荒い息を吐きながらセラを探し続けた。赤髪の女の子を見かけなかったかと、町の人に尋ねながら探し回ったが、セラの姿は見つからない。やがてニースは、町の入り口にたどり着いた。
――まさか、外に行っちゃったってことはないよね……?
ニースは慌ててセラを追いかけたため、鞄を持っていない。身分証がないため、町の外にまで探しに行くのは躊躇われた。市門を見上げて佇むニースに、門兵が声をかけた。
「この前の仮面の子じゃないか。どうした? 迷子にでもなったか?」
気さくに話しかけた門兵に、ニースはセラを見なかったかと尋ねた。話を聞いた門兵は、頷いた。
「お前さんと同じぐらいの赤髪の女の子なら、さっき町の外に行ったな。お前さんも行くか?」
「ぼく、身分証を置いてきちゃってて……」
俯いたニースに、門兵は笑った。
「身分証なんかいらないよ。そんな仮面付けてるのは、お前さんしかいない。俺は今日、このまま夜勤なんだ。戻ってくる時は通してやるよ」
「本当ですか⁉︎」
声を弾ませたニースに、門兵は胸を叩いた。
「おうよ。だが、外は危ないからな。暗くなる前に戻れよ」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて駆け出したニースを、門兵は、にこやかな笑みを浮かべて見送った。
セラを追いかけて市壁を出たニースだったが、市壁の外はさらに広い。道行く人に尋ねる事も出来ず、セラの足取りは全く分からなかった。ニースは、町外れのトウモロコシ畑を前に、疲れきってしゃがみこんだ。
――セラ、どこに行っちゃったんだろう。
空には徐々に茜が射し始め、鳥たちが森の巣へと帰っていく姿が見えた。
――帰らないと……。
ニースが腰を上げて、服についた草を払うと、風に乗って歌声が聞こえてきた。か細く小さな声が奏でる旋律は、ラチェットが作った曲だった。
ニースは、声のする方へと足を進めた。背の高いトウモロコシの間を縫うように続く畑道を、ニースは歩く。
程なくして、畑道の交差する開けた場所で座り込み、覚えたばかりの歌を口ずさむセラを、ニースは見つけた。
――セラ……お父さんのこと、考えているのかな。
ニースは、セラが歌うのをじっと聞いていたが、仮面を外し、小さくセラの声に合わせて歌い始めた。
「……ニース?」
セラは、はっとして振り向いた。ニースは何も言わず、柔らかく微笑んでセラの隣に座ると、夕日を見つめて再び歌いだした。
――セラは一人じゃないんだよ。ぼくも同じだから。でも、悲しいよね。寂しいよね……。
ニースは憐れみの気持ちではなく、セラに寄り添う気持ちで歌を歌った。
セラは、じっとニースの歌を聴いていたが、ニースの視線を追って空を見上げ、小さく静かに歌声を合わせた。二人の歌が終わる頃には、日は山陰に隠れ、空には未だ残る鮮やかな赤と深い青が混ざり始めた。
「そろそろ、帰ろうか」
ニースが立ち上がり、微笑んで手を差し出すと、セラは小さく頷いて、ニースの手を掴んだ。セラは、仮面を被り直したニースと手を繋ぎ、宿へと帰った。空を夜闇が覆っても、柔らかなニースの手の温もりが、セラの心に光を灯していた。
二つの月が、優しい光を町に落とす。ニースとセラが宿に帰り着く頃には、すっかり夜になっていた。宿屋の前には、そわそわした様子の女将と、女将に付き添うジーナの姿があった。
「セラ!」
手を繋ぎ帰ってきた二人の姿を見つけると、女将はセラに駆け寄った。セラはニースの手を離し、申し訳なさそうに俯いた。
「女将さん……」
「どこにいっていたの!」
目に涙を浮かべた女将の言葉に、セラは体をびくりと震わせ、身を縮こませた。
――殴られる……!
セラは、父ヘラルドが怒った時と同じ目に合うと考え、目を瞑った。しかし女将はセラを、ぎゅうと抱きしめた。
「心配したのよ。宿のみんなで、セラに何かあったらって……!」
セラは思いがけず抱きしめられ、ぽかんと口を開いた。女将は涙を流しながら、セラを抱く手に力を入れた。呆然とするセラの姿に、ニースは切なさを感じた。
――セラ、こんな風にされたこと、なかったんだ……。
そこへジーナが、ひらひらと手を振り、やってきた。
「ニースくんもおかえりー。ちゃんとセラちゃんを連れ帰って、偉かったわねー」
ジーナは微笑むと、抱き合う二人に手布を差し出した。セラは、はっとして女将の腕を離し、深々と頭を下げた。
「女将さん……ごめんなさい……」
女将は、ジーナから受け取った手布で涙を拭うと、微笑んで頷いた。
「いいのよ。あなたが無事ならそれでいいの」
セラは、女将の言葉を聞いて、鼻をすすった。ジーナが、セラと女将の肩をポンと叩いて笑みを浮かべた。
「さあさ、二人とも。話はお茶でも飲みながらしましょう。こんな時こそ食べないと」
ジーナは、いつもと違う落ち着いた声音で話すと、戸惑うセラと女将を強引に連れて行った。
――ジーナさんってすごいな。
ニースは、ジーナの後をついて歩きながら、ジーナはみんなのお母さんみたいだと感じた。
グスタフたちはすでに夜の公演のため、町の酒場へ出かけていた。ジーナは自分の部屋へ、恐縮する女将とセラ、ニースを連れてきた。
「ごめんなさい。私のことをニースが探してくれたから、ジーナさんとニースが、お仕事出来なくなっちゃったんですよね……」
責任を感じるセラに、ジーナは朗らかに笑った。
「いいのよー。マルコムが一気に仕事を取ってきたから、急だったしー。今夜の公演は三箇所を回って夜遅くまでやる予定だから、どっちにしろ、私とニースくんはお留守番なのー」
女将が茶を入れると、ジーナは大量の焼菓子を皿に並べた。
「どうぞ、食べてー」
「え⁉︎」「そんな、滅相もございません!」
庶民が普段口にする甘味は、果物など自然のものだ。砂糖を使った菓子は高級品で、ジーナが宿で注文したケーキも、特別製だった。驚く女将とセラに、ジーナは、にっこり笑った。
「こういう時には、甘いお菓子が一番なのよー。遠慮しないで、とにかく食べてちょうだーい」
笑うジーナの目だけは、有無を言わさぬものだった。二人は、戸惑いながらも菓子に手を伸ばす。甘い菓子がほろりと口の中で崩れると、セラの頬は僅かに緩んだ。
ニースも食べたかったが、女将の前で仮面を外すわけにいかない。ニースは唾を飲み込み、ぐっと我慢した。
セラは、お茶を一口飲むと口を開いた。
「あ、あの……私が、その……みなさんと、旅にっていう話なんですけど……」
セラの言葉に、女将が優しい目を向けた。
「セラ、無理はしなくてもいいの。あなたがここにいたいなら、いればいいわ」
「女将さん……」
女将は、ゆっくりと切なげに微笑んで話を続けた。
「でもね、私たちはみんな、あなたに幸せになってほしいの。セラがお父さん……ヘラルドのことを、大切に思っているのは知っているわ。でもね、ヘラルドは立派な大人なのよ」
セラは、じっと女将の顔を見ていた。
「セラがヘラルドを助けたいと思う気持ちは、素晴らしいと思うわ。でもそれを、あなたの亡くなったお母さん……マイラは望んでいるかしら」
「お母さん、ですか……?」
セラは俯いて、薄くなってしまった母マイラの記憶を探った。女将は、穏やかに言葉を継いだ。
「マイラは、いつも言っていたはずよ。『セラに幸せになってほしい。私たちに何かあっても、自分の幸せを大事にしなさい』って」
女将の言葉に、セラの朧げな記憶が重なった。
車馬係は決して楽な仕事ではない。馬に蹴られて死ぬことは、珍しくなかった。そのためマイラは、自分たちに何かあった時のために、自分の願いを常に伝えていた。
女将は、セラに言い聞かせるように話した。
「セラ。あなたは優しい子よ。マイラは、自分たちに何かあったら、セラが自分を犠牲にしてまで、親を支えようとすることを心配していたわ」
女将はセラの手をぎゅっと握り、頭を下げた。
「本当は、私たちがあなたを助けてあげたかった。でも、出来なかった。守ってあげられなくて、ごめんね。セラ」
「女将さん……」
何と返事をしていいのかと、セラは戸惑った。ジーナが優しい笑みを浮かべ、声を挟んだ。
「女将さんは、本当にセラちゃんのことが大好きなのねー」
ジーナは穏やかに、セラへ語りかけた。
「セラちゃん。私たちが出発するまで、まだ時間はあるの。だからそれまで、ゆっくり考えてみて」
ジーナは明るい声音だが、いつもと違う包み込むような優しい声で、セラに語りかけた。セラは、膝の上できゅっと両手を握りしめ、こくりと頷いた。
柔らかなランプの炎に照らされて、女たちの顔が優しく揺れる。ニースは、自分が旅に出ると決めた時を思い出し、切なさを感じた。
旅立ちまでの数日を、ニースは慌ただしく過ごした。一座は、町中の店で夜遅くまで公演を行ったが、ニースは昼と夕方の舞台を終えると、納屋でセラに歌を教えた。
ニースが歌を教えている間、ジーナが納屋の入り口に座り、良からぬ人間が納屋へ近づかないように見張った。セラの傷は、ジーナの警護によって新たに増えることはなく、マルコムが連れてきた医者の治療の甲斐もあり、順調に回復していった。
町を包む朝靄に、朝日がじんわりと光を照らし始める。出発を明日に控え、ニースたちは最後の公演の打ち合わせをしようと、明け方から食堂へ集まった。最終公演の会場は、ベニーノとの約束通り、宿の食堂なのだ。
まだ早朝の店には、店長のエイノとニースたちの他に誰もいない。そこへ、呼び出されたセラが顔を出した。
「おはようございます。あの……お話があるって聞いて……」
「おはよう、セラ」
「セラちゃん、待ってたよ」
ニースたちは笑みを浮かべ、口々に挨拶を交わした。セラが座ると、ラチェットが話を切り出した。
「セラちゃん。今夜の舞台で、ニースと一緒に歌を歌ってみない?」
「え……? わ、私がですか?」
ラチェットは微笑み、くいとメガネをあげた。
「セラちゃんが僕たちと旅に出るかどうかは別として、僕たちは、今夜がこの町での最後の公演になる。この数日の練習の成果を、せっかくだから披露してみないかと思ってね。今夜なら、僕たちも手伝えるから」
温かなお茶を運んできたエイノが、横から声を挟んだ。
「セラの初舞台、私も見てみたいよ」
「エイノさん……」
エイノはセラに笑いかけると、厨房へと戻っていった。ニースは、にっこり微笑んで、セラの手を取った。
「セラなら、歌えるよ。一緒に歌おう?」
「ニース……」
セラは迷ったように顔を動かしたが、ゆっくり、こくりと頷いた。
「……分かりました。やってみます。よろしくお願いします」
セラの答えを聞いて、ニースたちは優しい笑みを浮かべた。
一行はそのまま、最後の公演にむけて打ち合わせを始めた。セラは、緊張した面持ちで話を聞く。ニースはセラを励まそうと、ずっと手を握っていた。




