★[幕間劇〜とある王妃と王子の話]
お話の区切りとして幕間劇を書きました。
ほのぼのとしたお話です。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。
*一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*本編の続きは、明後日(1月6日)更新になります。
空高く昇った太陽が雪を照らし、キラキラと輝く。固く降り積もった雪が溶け始めたモスルの町に、号外を知らせる瓦版売りの声が響いた。
王国から帝国軍が全て追い払われたという知らせは、瞬く間に国中に広まっていた。王国有数の商会を営むアージェン家の屋敷では、王妃となったリベラが瓦版を手に微笑んだ。
「陛下が勝たれたそうよ。ようやく平和が戻ったわね」
「おめでとうございます、王妃殿下」
「ありがとう」
キールの即位と共にリベラは王妃となったが、モスルの町に留まっていた。王都を取り戻しても、王城は戦いの名残で荒れており、侍女や使用人も揃っていないからだ。
キールが城へ戻るか王城の体制が整うまで、リベラとナーセルは、ニースの実姉イリナたちの屋敷で過ごす事になっていた。
昼食を終え、イリナと茶を楽しんでいたリベラは、部屋の片隅で遊ぶナーセルとリリーを眺めながら、瓦版をじっくり読む。
リベラは柔らかな笑みを浮かべ、イリナに瓦版を手渡した。
「あなたにもお祝いを伝えなければね。ニースが侯爵になるそうよ」
「ええ⁉︎」
イリナは慌てて瓦版に目を通す。王国の天の導きが侯爵となり、王国軍大佐として帝国本土へ向かうとの記事に、イリナは息を飲んだ。
「ニース……帝国へ行くのね」
「さすが姉ね。授爵の祝いより、心配の方が先なのね」
「申し訳ありません」
気まずそうに視線を落としたイリナに、リベラは頭を振った。
「いいのよ。突然大佐ですものね。ニースも慣れるまで大変だと思うわ」
「そうですね」
「あなたにも世話になったわね。陛下が戻られるなら、私もそろそろ城へ戻らなくては」
紅茶を飲み干し、カップを置いたリベラに、イリナは微笑んだ。
「王城の改修も、間もなく終わると聞いています。道の整備も、同盟軍の協力で以前より整っているとか。発掘品の車を借りれば、二日とかからずに行けますね」
「商会でも近いうちに、新しい発明品の車を手に入れるのでしょう? 今度は城へ遊びに来てくれるかしら」
「王妃殿下がお呼びとあれば、喜んで参上致します」
「ありがとう。あなたとリリーが顔を見せてくれるなら、ナーセルも寂しくならずに済むわ」
「勿体ないお言葉です」
リベラはゆっくり立ち上がり、ナーセルに歩み寄った。
「ナーセル。そろそろお昼寝の時間ですよ」
「おかあさま。ぼくはもうすこし、リリーとあそびたいです」
三歳の誕生日を迎えたナーセルは身長が伸び、話し方にも成長が見える。リベラは微笑み、ナーセルの頭を優しく撫でた。
「それなら今日は、リリーも一緒にお昼寝しましょうか」
「わあ! それならぼく、おひるねします!」
「王妃殿下。よろしいんですか?」
気遣うように声を挟んだイリナに、リベラは頷いた。
「ええ。もう数日でお別れだもの」
「ありがとうございます」
「おかあさま、リリーとおわかれって?」
不安げに問いかけたナーセルに、リベラは切なげな笑みを浮かべた。
「それはまた今度お話しましょう。さあ、寝室へ行きますよ」
リベラはナーセルとリリーを連れて、続き部屋の寝室へ向かった。窓から差し込む柔らかな日差しの中、大きなベッドへ、小さな二人を寝かしつける。
リリーと共に毛布を被ったナーセルは、キラキラとした瞳をリベラに向けた。
「おかあさま。いつものおはなしして!」
「ええ。そうね」
リベラは、手を繋いで横になる二人の頭を交互に撫でた。
「これはまだ、空に月が一つしかなかった頃のお話よ」
「おつきさまがひとつ?」
ぽかんとしたリリーに、ナーセルが自信満々に頷いた。
「そうだよ。あとからふえるんだよ」
「おつきさま、ふえるの?」
「うん。おはなしきけばわかるよ」
「わたしもききたい!」
リリーは期待を込めた眼差しをリベラに向ける。リベラは、くすりと笑って話した。
「昔々、空に月が一つだけ輝いていた頃。森の中に、寂しがりの獅子がいました」
「リベラさま。ししって、なんですか?」
「とても強くて気高い獣のことよ」
リリーの問いに、リベラはハンカチを取り出した。
「ほら、ここに描いてあるのが獅子よ」
滑らかな絹のハンカチには、王国旗と同じ意匠が刺されている。翼の生えた獅子が月を食らうような刺繍を見て、リリーは瞳を輝かせた。
「かっこいい……」
「ぼくのおとうさまみたいでしょ?」
「うん!」
ナーセルとリリーの会話に、リベラは優しい笑みを浮かべ、話を続けた。
「森にはたくさんの動物がいましたが、獅子はずっと一人ぼっちでした。誰かと友達になりたくても、獅子は言葉を知らなかったからです」
ナーセルとリリーは、静かに耳を傾ける。リベラはハンカチに描かれた獅子と月を、ゆらゆらと揺らした。
「そんなある日。空から声が響きました。獅子が空を見上げると、夜空に浮かぶ月が『寂しいのなら隣に来るかと』語りかけました。
不思議なことに、言葉を知らない獅子にも月が何を言ったのかは分かりました。けれど獅子は、話すことが出来ません。獅子は『行かない』と伝えるために、首を横に振りました」
「どうしてししは、おつきさまのとなりにいかないんですか?」
「それはね」
「それは、ししはおそらにいきたいんじゃないからだよ!」
声を挟んだリリーに、リベラより先に、ナーセルが答えた。リベラは柔らかな目で頷いた。
「そうね。獅子はお空に行きたいわけじゃなかったの。森の動物と友達になりたかったのよ」
「わかりました!」
「獅子の答えを聞いた月は『ならばお前に言葉を授けよう』と言いました。そうして獅子は、話せるようになりました」
「わあ、すごい!」
リベラは興奮した二人の幼子が眠れるよう、穏やかな声で言葉を継いだ。
「獅子はそれから多くの動物と友達になりました。けれど空に浮かぶ月は、一つだけです。獅子はある日、月に向かって言いました。『あなたは寂しくないのですか』と。
すると月は、『私は双子だから、寂しくないのだ』と言い、二つになりました。そっくりな月が二つになったことで、夜の森は明るくなりました。
明るくなった夜の森で、獅子は動物たちとたくさん遊んで暮らしました。そうしてしばらくの間、獅子は楽しい夜を過ごしました」
うつらうつらと、ナーセルとリリーが船を漕ぎ出す。リベラは声を落とし、淡々と話した。
「けれどある夜のこと。黒い悪魔が森にやってきました。髪も目も肌も真っ黒な悪魔は影のようですが、美しい声を持っていました。
悪魔はその綺麗な声で、森の動物たちに話しかけ、一人、また一人と連れ去っていきました。そうして獅子がまた、一人ぼっちになる頃。空には悪魔の国が栄えるようになり、森から空は見えなくなってしまいました」
リリーが寝息を立て始めるが、ナーセルは懸命に眠気を堪えて耳を傾ける。リベラはナーセルを安心させるように、小さな手を包み込んだ。
「獅子は泣きました。大事な友達も、優しい月も見えません。ただ暗い森の中で一人きり、獅子は泣き続けました。
けれど、いつまで泣いていても何も変わりません。獅子は勇気を持って立ち上がり、森を出ました。
すると、どうした事でしょう。真っ白な光が、獅子の前に現れました。『あなたは誰ですか』と獅子が聞くと、光は『私は天の使いだ』と答えました。美しい羽を持つ優しい天の御使いは、まるで月の光のようでした。
獅子はすぐに白い天使と仲良くなりました。獅子は天使と楽しい毎日を過ごしましたが、大切な友達のことが忘れられません。
ある日天使に悪魔の話をすると、天使は怒り『必ずみんなを助けてあげる。だから、その日が来るまで待っててね』と言いました。
獅子が天使の言葉を信じて待っていると、しばらくして悪魔の国が空から消えました。再び夜空に二つの月が見え、獅子はたいそう喜びました。
けれど天使も友達も、なかなか帰って来ません。その代わり、悪魔が森の中に姿を現したので、獅子は次々に悪魔を倒しました。
獅子が最後の悪魔を倒した時。獅子の前に、羽を失くした天使が転がっていました。天使は弱々しい光を放ち『君の友達はもうすぐ帰ってくるよ。たくさん傷付けてごめんね』と言いました。獅子は大粒の涙を溢し、消えていく天使を見送りました。
そうして獅子は、帰ってきた森の動物たちと末長く幸せに暮らしました。獅子が動物たちと暮らした森が、今のアマービレ王国なのです」
リベラが話し終える頃には、ナーセルも眠りに落ちていた。リベラは二人に毛布をかけ直すと、そっとベッドから降りて、窓の外を見つめた。
「どうして天使は、『傷付けてごめんね』と言ったことになってるのかしら。獅子を傷付けたのは悪魔なのに。それに、王国旗の紋章も謎だわ。獅子は月が好きなはずなのに、なぜ食らうのかしら」
リベラは、はぁと息を吐き、苦笑して頭を振った。
「王国記に興味を持たせるための、子ども向けに変えたお話だもの。このお伽話を真に受けてはダメね。王国記だって、全てが分かっているわけではないのだから」
リベラは眠るナーセルとリリーを見つめ、柔らかな笑みを浮かべると、静かに寝室を出た。穏やかな日差しの中、幼い二人の寝息だけが、小さく響いていた。




