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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第26章 戦火 】
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★[幕間劇〜とある王妃と王子の話]

お話の区切りとして幕間劇を書きました。

ほのぼのとしたお話です。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。


*一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*本編の続きは、明後日(1月6日)更新になります。

 空高く昇った太陽が雪を照らし、キラキラと輝く。固く降り積もった雪が溶け始めたモスルの町に、号外を知らせる瓦版売りの声が響いた。

 王国から帝国軍が全て追い払われたという知らせは、瞬く間に国中に広まっていた。王国有数の商会を営むアージェン家の屋敷では、王妃となったリベラが瓦版を手に微笑んだ。


「陛下が勝たれたそうよ。ようやく平和が戻ったわね」

「おめでとうございます、王妃殿下」

「ありがとう」


 キールの即位と共にリベラは王妃となったが、モスルの町に留まっていた。王都を取り戻しても、王城は戦いの名残で荒れており、侍女や使用人も揃っていないからだ。

 キールが城へ戻るか王城の体制が整うまで、リベラとナーセルは、ニースの実姉イリナたちの屋敷で過ごす事になっていた。


 昼食を終え、イリナと茶を楽しんでいたリベラは、部屋の片隅で遊ぶナーセルとリリーを眺めながら、瓦版をじっくり読む。

 リベラは柔らかな笑みを浮かべ、イリナに瓦版を手渡した。


「あなたにもお祝いを伝えなければね。ニースが侯爵になるそうよ」

「ええ⁉︎」


 イリナは慌てて瓦版に目を通す。王国の天の導きが侯爵となり、王国軍大佐として帝国本土へ向かうとの記事に、イリナは息を飲んだ。


「ニース……帝国へ行くのね」

「さすが姉ね。授爵の祝いより、心配の方が先なのね」

「申し訳ありません」


 気まずそうに視線を落としたイリナに、リベラは頭を振った。


「いいのよ。突然大佐ですものね。ニースも慣れるまで大変だと思うわ」

「そうですね」

「あなたにも世話になったわね。陛下が戻られるなら、(わたくし)もそろそろ城へ戻らなくては」


 紅茶を飲み干し、カップを置いたリベラに、イリナは微笑んだ。


「王城の改修も、間もなく終わると聞いています。道の整備も、同盟軍の協力で以前より整っているとか。発掘品の車を借りれば、二日とかからずに行けますね」

「商会でも近いうちに、新しい発明品の車を手に入れるのでしょう? 今度は城へ遊びに来てくれるかしら」

「王妃殿下がお呼びとあれば、喜んで参上致します」

「ありがとう。あなたとリリーが顔を見せてくれるなら、ナーセルも寂しくならずに済むわ」

「勿体ないお言葉です」


 リベラはゆっくり立ち上がり、ナーセルに歩み寄った。


「ナーセル。そろそろお昼寝の時間ですよ」

「おかあさま。ぼくはもうすこし、リリーとあそびたいです」


 三歳の誕生日を迎えたナーセルは身長が伸び、話し方にも成長が見える。リベラは微笑み、ナーセルの頭を優しく撫でた。


「それなら今日は、リリーも一緒にお昼寝しましょうか」

「わあ! それならぼく、おひるねします!」

「王妃殿下。よろしいんですか?」


 気遣うように声を挟んだイリナに、リベラは頷いた。


「ええ。もう数日でお別れだもの」

「ありがとうございます」

「おかあさま、リリーとおわかれって?」


 不安げに問いかけたナーセルに、リベラは切なげな笑みを浮かべた。


「それはまた今度お話しましょう。さあ、寝室へ行きますよ」


 リベラはナーセルとリリーを連れて、続き部屋の寝室へ向かった。窓から差し込む柔らかな日差しの中、大きなベッドへ、小さな二人を寝かしつける。

 リリーと共に毛布を被ったナーセルは、キラキラとした瞳をリベラに向けた。


「おかあさま。いつものおはなしして!」

「ええ。そうね」


 リベラは、手を繋いで横になる二人の頭を交互に撫でた。


「これはまだ、空に月が一つしかなかった頃のお話よ」

「おつきさまがひとつ?」


 ぽかんとしたリリーに、ナーセルが自信満々に頷いた。


「そうだよ。あとからふえるんだよ」

「おつきさま、ふえるの?」

「うん。おはなしきけばわかるよ」

「わたしもききたい!」


 リリーは期待を込めた眼差しをリベラに向ける。リベラは、くすりと笑って話した。


「昔々、空に月が一つだけ輝いていた頃。森の中に、寂しがりの獅子がいました」

「リベラさま。ししって、なんですか?」

「とても強くて気高い獣のことよ」


 リリーの問いに、リベラはハンカチを取り出した。


「ほら、ここに描いてあるのが獅子よ」


 滑らかな絹のハンカチには、王国旗と同じ意匠が刺されている。翼の生えた獅子が月を食らうような刺繍を見て、リリーは瞳を輝かせた。


「かっこいい……」

「ぼくのおとうさまみたいでしょ?」

「うん!」


 ナーセルとリリーの会話に、リベラは優しい笑みを浮かべ、話を続けた。


「森にはたくさんの動物がいましたが、獅子はずっと一人ぼっちでした。誰かと友達になりたくても、獅子は言葉を知らなかったからです」


 ナーセルとリリーは、静かに耳を傾ける。リベラはハンカチに描かれた獅子と月を、ゆらゆらと揺らした。


「そんなある日。空から声が響きました。獅子が空を見上げると、夜空に浮かぶ月が『寂しいのなら隣に来るかと』語りかけました。

 不思議なことに、言葉を知らない獅子にも月が何を言ったのかは分かりました。けれど獅子は、話すことが出来ません。獅子は『行かない』と伝えるために、首を横に振りました」

「どうしてししは、おつきさまのとなりにいかないんですか?」

「それはね」

「それは、ししはおそらにいきたいんじゃないからだよ!」


 声を挟んだリリーに、リベラより先に、ナーセルが答えた。リベラは柔らかな目で頷いた。


「そうね。獅子はお空に行きたいわけじゃなかったの。森の動物と友達になりたかったのよ」

「わかりました!」

「獅子の答えを聞いた月は『ならばお前に言葉を授けよう』と言いました。そうして獅子は、話せるようになりました」

「わあ、すごい!」


 リベラは興奮した二人の幼子が眠れるよう、穏やかな声で言葉を継いだ。


「獅子はそれから多くの動物と友達になりました。けれど空に浮かぶ月は、一つだけです。獅子はある日、月に向かって言いました。『あなたは寂しくないのですか』と。

 すると月は、『私は双子だから、寂しくないのだ』と言い、二つになりました。そっくりな月が二つになったことで、夜の森は明るくなりました。

 明るくなった夜の森で、獅子は動物たちとたくさん遊んで暮らしました。そうしてしばらくの間、獅子は楽しい夜を過ごしました」


 うつらうつらと、ナーセルとリリーが船を漕ぎ出す。リベラは声を落とし、淡々と話した。


「けれどある夜のこと。黒い悪魔が森にやってきました。髪も目も肌も真っ黒な悪魔は影のようですが、美しい声を持っていました。

 悪魔はその綺麗な声で、森の動物たちに話しかけ、一人、また一人と連れ去っていきました。そうして獅子がまた、一人ぼっちになる頃。空には悪魔の国が栄えるようになり、森から空は見えなくなってしまいました」


 リリーが寝息を立て始めるが、ナーセルは懸命に眠気を堪えて耳を傾ける。リベラはナーセルを安心させるように、小さな手を包み込んだ。


「獅子は泣きました。大事な友達も、優しい月も見えません。ただ暗い森の中で一人きり、獅子は泣き続けました。

 けれど、いつまで泣いていても何も変わりません。獅子は勇気を持って立ち上がり、森を出ました。

 すると、どうした事でしょう。真っ白な光が、獅子の前に現れました。『あなたは誰ですか』と獅子が聞くと、光は『私は天の使いだ』と答えました。美しい羽を持つ優しい天の御使いは、まるで月の光のようでした。

 獅子はすぐに白い天使と仲良くなりました。獅子は天使と楽しい毎日を過ごしましたが、大切な友達のことが忘れられません。

 ある日天使に悪魔の話をすると、天使は怒り『必ずみんなを助けてあげる。だから、その日が来るまで待っててね』と言いました。

 獅子が天使の言葉を信じて待っていると、しばらくして悪魔の国が空から消えました。再び夜空に二つの月が見え、獅子はたいそう喜びました。

 けれど天使も友達も、なかなか帰って来ません。その代わり、悪魔が森の中に姿を現したので、獅子は次々に悪魔を倒しました。

 獅子が最後の悪魔を倒した時。獅子の前に、羽を失くした天使が転がっていました。天使は弱々しい光を放ち『君の友達はもうすぐ帰ってくるよ。たくさん傷付けてごめんね』と言いました。獅子は大粒の涙を溢し、消えていく天使を見送りました。

 そうして獅子は、帰ってきた森の動物たちと末長く幸せに暮らしました。獅子が動物たちと暮らした森が、今のアマービレ王国なのです」


 リベラが話し終える頃には、ナーセルも眠りに落ちていた。リベラは二人に毛布をかけ直すと、そっとベッドから降りて、窓の外を見つめた。


「どうして天使は、『傷付けてごめんね』と言ったことになってるのかしら。獅子を傷付けたのは悪魔なのに。それに、王国旗の紋章も謎だわ。獅子は月が好きなはずなのに、なぜ食らうのかしら」


 リベラは、はぁと息を吐き、苦笑して頭を振った。


「王国記に興味を持たせるための、子ども向けに変えたお話だもの。このお伽話を真に受けてはダメね。王国記だって、全てが分かっているわけではないのだから」


 リベラは眠るナーセルとリリーを見つめ、柔らかな笑みを浮かべると、静かに寝室を出た。穏やかな日差しの中、幼い二人の寝息だけが、小さく響いていた。

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