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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第26章 戦火 】
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453:王国の天の導き

前回のざっくりあらすじ:ニースたちは王都を奪還した。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*

 王都が解放されると、帝国軍は抵抗を止め、自国へ逃げ出した。キールが即位を宣言したため、帝国の支配下にいた町でも決起が相次いだからだ。

 正式な戴冠の儀は行われなかったが、新国王の元で平和な国を取り戻そうと、多くの市民が義勇兵となった。王都に潜んでいた王国兵も加わり、王国義勇軍の戦力と戦意は大幅に上がる事となった。

 その勢いは目を見張るほどで、帝国軍は、ほうほうの体で海へ逃げ出すしかなかった。


 そんな中、撤退する帝国軍に、同盟軍はわざと逃げ道を用意し、要所要所に罠を仕掛けた。帝国軍はことごとく罠に掛かり、帝国本土へ帰り着けた部隊は、ほんの僅かなものとなった。

 冬の終わりを迎える頃。王国での戦いは、王国義勇軍と同盟軍の大勝利に終わり、王国中が喜びに沸いた。



 アマービレ王国の西岸に建つ砦に、柔らかな陽光が煌めく。王国北西部の最も栄えた港町では、降り積もった雪が溶け出しており、砦の庇には今にも落ちそうな氷柱がいくつもぶら下がっていた。

 執務室の窓から、氷柱に反射した光がキラキラと輝いて差し込む。無骨な造りの部屋で、執務机の椅子に座るキールに、ニースは立ったまま首を垂れた。


「陛下、お呼びでしょうか」


 キールは国王となっても、自ら義勇軍を率いて敵を追い払っていた。半年近くに渡る長い戦いを終え、キールはつい先程、ルイサやフィリップたち同盟軍の各司令官に、砦の謁見室で礼を伝えたばかりだ。

 その場にはニースもいたため、今は別個で呼び出された形だ。ニースは何の話をされるのかと緊張を滲ませた。


「顔を上げよ。改めて礼を言う。此度のそなたの働き、見事だった」

「ありがとうございます」


 ニースは、ゆっくり顔を上げた。キールは微笑みを浮かべており、その隣に立つアンヘルも柔らかな表情だ。

 執務室の壁際には、エルネスト、ルポル、ダミアンもいる。悪い話ではなさそうだと感じ、ニースは心の中で安堵した。

 表情を緩めたニースに、キールは穏やかに語りかけた。


「そなたの忠誠心は、しかと見せてもらった。そなたは紛うことなき、救国の天使だった」

「恐れながら陛下。僕は、天使ではありません。歌の力は持ってますが、ただの人間です」


 真面目に答えたニースに、キールは笑った。


「そうだな。そなたは天の導きであり、意思を持った個人だ。ゆえに、国を取り戻した今。我はそなたを手放したくない」


 王国奪還に手を貸した同盟軍は、このまま帝国本土へ攻め込む予定だ。これまで防戦一方だった同盟軍が、ついに攻めに転じるのだ。

 勝ちが見えてきた事で、同盟各国は浮き立っている。どの国も、これを機に自国の力を見せつけようとしており、あわよくば帝国の土地を手に入れようと考えていた。

 各国共に、これまで自国から出そうとしなかった天の導きを派遣しようと動き出しており、王国も黙って見ているわけにはいかない。キールは、対応を迫られていた。


 反応を確かめるように目を細めたキールに、ニースは真顔で頷いた。


「僕は、陛下の御心から離れるつもりはありません。()()()天の導きだと思ってますから」

「どこにいても、我に忠誠を誓うと?」

「はい」


 はっきり答えたニースに、キールは表情を引き締めた。


「ならば、そなたにはこのまま王国の天の導きとして同盟軍に参加してもらおう。護衛兵だけでなく、歌い手を数名付ける。上手く使って、王国の存在を示せ」

「謹んでお受けします」


 キールは立ち上がり、一枚の書状を手にした。


「これは勅命だ。ニース・クフロトラブラ」

「はい」

「空位となっているウォルンタス侯爵の位を授け、そなたを王国軍大佐に任ずる。アマービレ王国の天の導きとして、歌い手部隊を率い、その力を見せつけよ」


 思いがけない話に、ニースは固まった。キールは愉快げに口角を上げ、書状を差し出した。


「受け取れ。そなたは今この時より、ウォルンタス侯だ」

「あ、あの……でも……」

「侯爵と言っても領地はない。その代わり、戦後は王城で然るべき地位と充分な報酬を与え、爵位の世襲も許す。そなたの婚約者を、そのまま正妻とすることも許そう」


 爵位は、王家へ忠誠を誓った証だ。侯爵位は伯爵より一つ上の位であり、国の重鎮扱いとなる。


 ニースが侯爵となれば、他国が手を出そうとしても、その身を守る大義名分の元、武力行使も可能だ。他国は手を出せなくなるが、同時にキールが一方的にニースを使う事も出来なくなる。

 爵位を授かる事で、貴族には王家に対する誓約が発生し、国の繁栄のため相応しい働きが求められるが、同時に王家にも、貴族家の特権を認め、その領地や地位を護る義務が生まれるからだ。


 一定の自由を得たかったニースにとって、この話は喜ばしいものだ。しかし、人質を取ろうと考えていたキールの、あまりにも大きな心変わりに、ニースは不安を感じた。


「それは有難いですけど……どうしてですか?」


 戸惑うニースに、キールは切なげに微笑んだ。


「そなた自身の働きはもちろんだが。そなたを想う者たちの働きがあってこそだ」


 元々キールは、ニース自身がどれだけ忠誠心を見せ、黒い悪魔ではないと示しても、爵位を与えるつもりはなかった。王家にとって天の導きは兵器の一つであり、便利な道具に過ぎないからだ。

 しかし、ニースの二つの家族や友人たち。妻リベラと息子ナーセルとの事もあり、キールの心は変化した。ニースを一人の人間として認めたのだ。


 ニースは、傍らに立つアンヘルと、壁際に控えるルポル、ダミアン、エルネストに目を向けた。皆、この事を知っていたようで、優しい目でニースを見つめる。

 ニースは胸に熱いものが込み上げるのを感じ、俯いた。


 ――みんながまた、僕を助けてくれたんだ。どうやってこの気持ちを、返していったらいいんだろう。


 ニースは、涙を堪えて黙り込む。なかなか受け取らないニースに痺れを切らし、キールは脅かすように低い声で語りかけた。


「そなた。よもや、受け取れぬと言うわけではあるまいな」


 ニースは、はっとして震える手で書状を受け取った。


「し、身命を賭して、陛下にお仕え致します」

「期待しているぞ。ニース・フォルティ・ウォルンタスよ」

「フォルティ、ですか?」

「代々、王国の天の導きにはフォルティの名を授けている。侯爵にしてやったのは、そなたが初めてだがな」


 ふっと笑ったキールは、満足げな目をしていた。ニースは改めて跪き、正式な臣下の礼を取った。


「王国の天の導きとして恥じない行いをすることを、頂いた名前に誓います」

「そなたがいれば、帝国をねじ伏せることも容易かろう。勝利の報を待っている」

「はい!」


 ニースは決意を込めて答えた。窓辺に残っていた氷柱が溶け落ちて、眩いほどの光が差し込む。力の籠もったニースの黒い瞳が、キラキラと輝いた。



 冬の終わりが近付いている王国と違い、遠い北の大陸は今も雪深い。

 グラーヴェ帝国中部に位置する、帝都グランド。山々に囲まれた帝都は、今日も轟々と吹き荒れる雪に包まれていた。


「相変わらず酷い天気だな」


 豪雪に埋もれるようにして建つ、豪奢な宿の一室に、妙に甲高いダミ声が響く。吹き付ける雪で真っ白にしか見えない窓の外を眺め、ユリウスの祖父であり、パトリック商会会長のパトリックは、忌々しげに顔を歪めた。


「ルートスめ。皇帝になってから、急に偉ぶりおって。いつまで我輩を待たせるつもりなのだ」


 苛立ちを紛らわすように、パトリックはドンと杖をついた。すると不意に、背後からクスクスと笑い声が響いた。


「あら、ここは帝都よ。そんなこと言っていいのかしら?」


 艶めかしい女の声にパトリックが振り向くと、帝国の女スパイ、カデラがいた。


「女狐め。ノックもせんとは、躾がなっておらんな」

「ノックならしたわよ。お爺ちゃんの耳が遠くなったんじゃないの?」

「年寄りへの配慮も出来ぬと見える。若き皇帝の器が知れるな」


 尊大に言い放つパトリックに、カデラは口の端を吊り上げた。


「へえ。言ってくれるじゃない。それなら私が、コレをどうしてもいいわよねえ?」


 カデラは一枚のカードを、ひらひらと振って見せた。そこにグラーヴェ帝国皇帝の印があるのを見て、パトリックは眉根を寄せた。


「あばずれが。皇帝の()()()()も、満足に出来んのか」

「そうね。私も暇じゃないから。あなたとのお遊びに付き合うつもりはないの」

「それなら、さっさと渡せばいいだろう」


 パトリックはカデラの前に歩み寄り、ギロリと睨んだ。ただでさえ背の低いパトリックは、踵の高い靴を履くカデラを見上げる形だ。

 パトリックの大きな腹が前に出て、醜く揺れる。カデラは、はぁとため息を吐いた。


「一体どれだけ溜め込んだら、そんなになるのかしら」

「悪いが、これは企業秘密でね」

「別に本気で知りたくなんかないわよ。そんな汚い腹の中身なんて」


 カデラは呆れたように言いながら、カードを渡した。パトリックは目を通し、頷いた。


「そう時間はないな。すぐに支度をしよう」

「ええ。外で待ってるわ」


 カードの内容は、パトリックが皇帝ルートスに謁見する事を許すというものだった。指定された時間に間に合うよう、パトリックはカデラと共に城へ向かう。

 赤い絨毯が敷かれ、金銀で煌びやかに飾られた広々とした謁見の間に、パトリックは堂々と足を踏み入れた。


「来たか」


 玉座に座るのは、グラーヴェ帝国皇帝ルートスだ。八年前、十六歳の頃に反乱を起こし、世界一の軍事国家を手にした若き皇帝は、白銀の髪に豪奢な帝冠を被り、宝石を散りばめた帝笏を手にしていた。

 つまらなそうに肩肘をつく皇帝に、パトリックは恭しく跪き、首を垂れた。


「陛下。御目通りをお許し下さり、ありがとうございます」

「よく言うわ、狸め。謁見を叶えるためにお前が裏でしたことを、余が知らぬとでも?」

「お許しを。我輩も年ですので、この機を逃しては皇帝陛下の麗しいご尊顔を拝見することも、もう叶わないと思いましてな」


 パトリックは言いながら、ゆっくり顔を上げた。パトリックの媚を売るような目つきに、ルートスは、ふんと鼻で笑った。


「お前なぞ、殺しても死なぬだろう」

「ご冗談を。我輩はただの人間ですぞ。陛下の一言で、あっという間に首が飛びます」

「そなたの首なら、欲しがる者も多かろうな」


 ルートスは、くつくつと愉快げに笑うと、燃えるような赤い目を細めた。


「それで? とっくに商談が終わったというのに、粘る理由は何だ。お前も知っての通り、我が軍は王国から撤退した。これから奴らを迎え撃たねばならぬ。理由によっては、同盟軍との密通の疑いで捕らえるぞ」

「陛下。我輩は一人の老人です。可愛い孫に幸せになってもらいたいのですよ」

「歌姫か。請われても返せぬぞ」

「そのようなことは。我輩の心配は、レイチェル様がお元気かどうかだけです。もし不自由があれば、商会として援助したいと思っております」


 薄らと笑みを浮かべて話すパトリックに、ルートスはニヤリと笑みを浮かべた。


「余が歌姫を虐げていると?」

「まさか。陛下がそうなさるとは思いません。しかし副学長……今は研究所所長でしたな。エクシプナ殿は、女性に相当人気があった様子ですので」

「あれは仕事でやらせただけだ。色を使うのは、諜報の基本だろう」

「今も仕事でレイチェル様を捕らえているのでは? 孫の婚約者が傷物になっては堪りません」


 淡々と話すパトリックに、ルートスは笑った。


「それほど見たいか」

「ぜひとも」

「良かろう」


 ルートスは帝笏を置き、手を打ち鳴らした。程なくしてカラカラと車輪の転がる音が響き、パトリックは目を見開いた。


「なっ……⁉︎」


 侍女の手で、ルートスの隣へ連れて来られたのは、車椅子に座るレイチェルだった。

 姿形は間違いなくレイチェルのそれだが、人形と見間違えそうなほど無表情だった。パトリックを見る事もなく、目には生気が感じられず、ただ黙って正面を向いている。

 呼吸する僅かな胸の動きがなければ、死体だと勘違いしそうなほどだった。


 あまりの衝撃に、パトリックは無意識に足を踏み出そうとした。しかし、カチャリと後頭部で鉄の音が響き、パトリックは足を止めた。


「勝手に動いちゃダメよ、お爺ちゃん」

「女狐が……!」


 カデラに銃口を突きつけられ、パトリックは苦々しげに歯噛みする。ルートスは立ち上がり、レイチェルの元へ歩み寄ると、無骨な白い手でレイチェルの髪を掬い上げた。


「美しいだろう。余計な自我を持たぬ、完璧な人形だ」


 ルートスは恍惚とした目で、レイチェルの黒髪に唇を落とす。パトリックは怒りで顔を真っ赤にし、わなわなと震えた。


「レイチェル様に何をしたのだ!」

「所長と博士の力だ。元は聖皇国のものだがな。……さあ、レイ。立つんだ」


 ルートスに手を引かれ、レイチェルは立ち上がる。しかしその目は(うつろ)なままで、何の感情も映さない。ルートスは見せつけるように、レイチェルの腰を抱き寄せた。


「反抗的だったこの娘も、今は余が何をしても文句を言わない。それでいて歌の力は絶大だ。これほど完全な兵器はないだろう」

「陛下には、ポルテ様がいらっしゃるはずだ!」

「ああ、あれか」


 怒鳴るパトリックを一瞥し、ルートスはレイチェルの頬や首筋に手を這わせ、ニッと笑みを浮かべた。


「あれよりこの娘の方が、歌の力は強く、体つきも良い。よほど魅力的だとは思わぬか?」

「人形遊びなど、男がやるものではないだろう!」

「安心しろ。何も閨事(ねやごと)をさせているわけではない。今のところは、だがな」


 レイチェルの手の甲に口付けを落とし、ルートスは話を続けた。


「それにお前は勘違いをしている。余はポルテを、何とも思っておらぬよ」

「何ですと⁉︎」

「あれも愚かな娘だ。利用されてるとも知らずに忠誠を誓う。まあそれも、黒い悪魔には相応しい形だが」

「黒い悪魔? 一体何を……」


 睨み付けるパトリックに、ルートスは微笑んだ。


「お前も知っているだろう。歌い手とは、我々人の心を操る悪魔なのだよ」

「それは、戦場で使われているあの歌のことですかな?」

「そうだ。あれは元々、祈歌の一種だがな」

「教会の⁉︎」

「ああ。そしてこれの自我を奪ったのも、教会が隠していた秘儀だ」


 唐突な話に、パトリックは唖然とした。ルートスはレイチェルの頬を、乱暴に手で掴んだ。


「天の導きは、かつて我ら人間を虐げ、黒い悪魔と呼ばれていた存在だ。そんな者を、本気で愛せると思うか?」

「人を虐げるだと? まさか、そんな……」


 信じられないと驚くパトリックの前で、ルートスはレイチェルを冷たい目で睨み付け、突き飛ばした。


「レイチェル様!」

「信じるか信じないかは、お前の自由だ。だが余は、今の世を憂いている。かつての災いを呼び起こさぬために、歌い手や天の導きを野放しにするわけにはいかぬのだ」


 倒れたレイチェルに駆け寄りたくとも、パトリックは動けない。ルートスは、虚なままのレイチェルの髪を掴み、頭を引き上げた。


「あの忌々しい聖女によく似ている。教会も増えすぎた。このままでは、彼の国の思い通りになってしまう」

「陛下! それ以上の乱暴はおやめ下さい!」

「お前もすっかり腑抜けたな、パトリックよ」


 ルートスが手を離し、レイチェルが床に倒れ込む。顔色一つ変えず、身動ぎもしないレイチェルを見て、パトリックは血走った目で顔を歪めた。


「確かに我輩も、天の導きを商材と考えてきた。だが我輩は、女子にこのような仕打ちはせんわ!」

「男ならいいのか? ニースのような」


 ニィと笑みを浮かべたルートスに、パトリックは声を詰まらせた。


「……我輩は商人だ。商品を傷付けるわけがない」

「珍しく正直な物言いだな。やはり、お前らしくない」


 ルートスは帝笏を手にして、玉座へ座り、足を組んだ。


「悪魔の影響がないか、調べた方がいいだろう。カデラ、博士のところへ連れて行け」

「仰せのままに」

「何を⁉︎」


 カデラに引きずられるようにして、パトリックは謁見の間から連れ出された。ルートスは肘をつき、倒れたままのレイチェルを眺めた。


「本当にただの人形だな。もう少し動きがあれば、楽しめただろうが。……精々、余のために歌ってもらおう。王国の天の導きは、何としても止めねばならぬ」


 ルートスは控えている侍女に合図し、レイチェルを下がらせる。カラカラと回る車輪の音を聞きながら、ルートスはギラリと瞳を光らせた。

これにて、第26章終了となります。

このあと、幕間劇、人物紹介を挟みまして、第27章へと続きます。


王国を奪還したニースたちは、いよいよ帝国本土へ向かいます。

引き続きよろしくお願い致します。


*更新スケジュールのお知らせ*

・1月4日(土)→朝に幕間劇、夜に人物紹介

・1月6日(月)→新章スタート

となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] レイチェル……やはりここまでやられてしまってたんですね。 帝国皇帝のルートス、彼は何故ここまで天の導きを憎むのか……王国のキール王と同じような感情なんでしょうか?
感想一覧
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