452:天の御使い3
前回のざっくりあらすじ:ニースは、王墓のそばにある遺跡で歌った。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、1月2日(木)となります。
雪の大地を、夕陽が赤く染めていく。王都アフェリドルセ周辺に展開した同盟軍は、一定の距離を保ち、帝国軍と睨み合いを続けていた。
三方向から王都を囲む同盟軍のうち、南側。ベンの叔父、フォルスが率いる部隊には、ユリウスがいる。
ユリウスはジミーと共に、帝国軍から奪った〝天の雷〟に向かっていた。
「みんな、お疲れ。交代の時間だよ」
「ユリウス、お疲れ!」
巨大な砲台の中には、数名の青年がいた。彼らは、音楽院でユリウスやニースたちと共に学んだ歌い手科の卒業生だ。
白い音風を作るために、青年たちは班を組んでおり、ユリウスと交代で砲台に詰めていた。
「まだ動きはない?」
乗り込んだユリウスの問いに、青年たちは苦笑した。
「全然。暇なもんだよ。このまま俺たちが、ここにいてもいいぐらい」
「ユリウスはもう少し休んでたら?」
「そうだよ。戦車にも歌ってきたんだろ?」
気遣う友人たちに、ユリウスは頭を振った。
「早ければ今日中に動きがあるって、王太子様が言ってたらしいから」
「あー、それ俺たちも聞いたよ。でも、合図って何なのか分からないんだろ?」
「見れば分かるらしいけどね」
「見ればねえ……」
訝しげに顔を見合わせる青年たちに、ユリウスは宥めるように微笑んだ。
「とにかく、夜はオレに任せて。みんなはさっさと休みなよ。いざって時に動けないと困るだろ」
「そうだな。王太子の作戦が失敗したら、これを動かさないといけないんだもんな」
同盟軍は陽動と予備を兼ねて、帝国から奪った長距離砲を前線に出していた。
王都を奪還する要がこの巨大な砲台のように見せかけた上で、万が一、キールの作戦が失敗した際にはすぐ動かせるようにと、ユリウスたちは配されているのだ。
しかしユリウスは、青年の言葉に顔をしかめた。
「ニースがいるんだ。失敗なんかあるわけない。オレが言ったのは、戦闘が始まったら休む暇がないって意味だよ。合図が来たらここを出て、解放歌を歌うんだから」
「分かってるって。そう怒るなよ。ユリウスは本当、ニースと仲良いよなぁ」
青年たちは冗談だと示すように、軽い調子で口々に話した。
「まあ、ニースなら失敗しないってのは俺たちも同感。何かあったら、逆にヤバイし」
「本当そうだよな。俺たちじゃ、帝国となんかやり合えないよ」
「天の導き様々だからな。レイチェル様が取られた時はもう無理かと思ったけど……あ、ごめん」
レイチェルの名前を聞いて、ユリウスは苦しげに目を伏せた。失言に気付き、友人の一人が気まずそうに視線を揺らす。
青年たちは居た堪れない空気を誤魔化すように、一斉に立ち上がった。
「じゃあ、ユリウス。俺たちは行くね」
「大丈夫だって。きっと上手くいくよ」
「あとはヨロシク」
「本当ごめんな」
「ううん。気にしなくていいよ。みんなゆっくり休んで」
去っていく友人たちの背を見送り、ユリウスは、はぁとため息を吐いた。
「レイが攫われたのはオレのせいなのに。気を使わせちゃったな」
ユリウスは自嘲するように呟くと、毛布の敷かれた台に腰を下ろした。
「レイ……今頃どうしてるだろう。もっと早く助けに行きたいのに。誕生日も、また祝ってあげられなかった」
王都を目指す間に、レイチェルが連れ去られてから二度目の新年を迎えている。ユリウスは、胸に渦巻く苦しさに顔を歪めた。
俯いたユリウスを慰めるように、傍らに立つジミーが語りかけた。
「ユリウス様。きっと今頃、お嬢様も同じように思われてますよ」
「ジミーさん……」
「お嬢様も、ユリウス様のお誕生日をお祝いしたいと思っているはずです。全て終わったら、まとめて盛大に祝いましょう」
「……はい」
ユリウスは拳を握りしめ、気合を入れ直す。すると不意に、小さな揺れを感じた。
「揺れてる……?」
「地震です!」
揺れは徐々に大きくなり、辺りには地鳴りが響く。突き上げるような激しい揺れに耐えきれず、巨大な砲台が傾いた。
「ユリウス様!」
「……っ!」
転がって壁に打ち付けられそうなユリウスを、ジミーが支える。ようやく揺れが収まると、二人は同盟軍兵士たちと共に、砲台から抜け出した。
「なんだって突然、地震なんか……」
ふらふらと揺れる頭を押さえ、外へ出たユリウスは、平原の景色に唖然とした。
「何が起きたんだ?」
王都を守るように一面に広がっていたはずの帝国軍は、壁のように立ち上がった地面に隠され、見えなくなっている。
遠くに見えるはずの市壁まで、朦々と上がった雪煙で覆われ、何が起きているのか全く分からなかった。
「ユリウス様。ここは危険です。司令の元へ行きましょう」
「そうですね」
ユリウスは砲台から飛び降り、フォルスがいる指揮車へ駆ける。味方の兵士たちも皆驚いている様子で、走るユリウスとジミーを気にする者はいなかった。
「フォルス司令!」
「ユリウス殿、無事だったか!」
指揮車も大きな揺れに襲われたのだろう。フォルスは表へ出ていた。ユリウスは、真剣な面持ちで駆け寄った。
「オレは無事ですけど、天の雷はもう使えません」
「あの揺れでは仕方ないな。それより、地面が隆起した方が問題だ。地割れでないだけまだ良いが、敵の状況が見えない。このまま王都を攻略するとなると……」
フォルスが困ったように眉根を寄せた時。再びユリウスたちを大きな揺れが襲った。
「また……!」
「一体、何なんだ!」
粉雪が舞い上がり、辺りが白く覆われる。揺れが収まり視界が開けると、兵士たちからどよめきが上がった。
「何事だ!」
声を上げたフォルスに、兵士の一人が叫んだ。
「司令! 雪が消えてます!」
「何⁉︎」
フォルスは慌ただしく、双眼鏡を手にする。ユリウスも、近くの兵士から双眼鏡を借り、王都へ目を向けた。
「あれは……さっきので川が溢れた?」
盛り上がっていた地面は、いつの間にか元に戻っており、王都の市壁周辺は水で押し流したように、雪の白から土色へ色が変わっていた。
突然の出来事に混乱しているのだろう。整然と並んでいたはずの帝国軍部隊が、水浸しになり混乱しているのが見て取れる。
さらに、空堀や川があったはずの場所が金属製の板のようなもので覆われ、王都への道が綺麗に出来上がっていた。
目の前に広がるあり得ない光景に、ユリウスは呆然と呟いた。
「まさかこれ、ニースたちがやったのか?」
「そうとしか思えないな」
フォルスはニヤリと笑みを浮かべると、声を張り上げた。
「全軍に通達! これが王太子からの合図だ。即座に攻撃を開始しろ! この機を逃すな!」
復唱と共に伝令が駆け出し、ユリウスも解放歌を歌おうと、ジミーと共に走る。
東、西の部隊も呼応するように動き出し、同盟軍は雪崩を打つように、一気に攻撃を始めた。
市壁外の平野部では大きな揺れが起きたものの、不思議な事に王都は一切揺れなかった。遠くで地鳴りが響き、砲音や怒号も聞こえるが、戒厳令の敷かれた街は静かなものだ。
しかし、帝国軍の司令部が置かれている王城内部は、そうはいかない。突然現れたジェラルドの攻撃で、敵は大混乱に陥っていた。
「手応えがありませんね。もっと楽しませてください……!」
王城の薄暗い通路にランプの炎が揺れ、断末魔の叫びが上がり続ける。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う敵兵を、次々にサーベルで屠るのはジェラルドだ。銃弾をかい潜り、返り血に濡れて妖艶な笑みを浮かべるジェラルドの姿は、生き生きとしていた。
死屍累々となった廊下を眺め、エルネストはため息を吐いた。
「あいつ一人いりゃ充分だったな。何にも残っちゃいない」
エルネストはエドガーたちを連れ、司令官を探しながら王城を案内したが、現れる敵をジェラルドがことごとく倒していくため消化不良気味だった。
鬼神の呼び名に相応しい動きで、ジェラルドは城を制圧していく。エルネストは呆れた様子で、エドガーたちに目を向けた。
「お前らは、先に町の門を開けてきてくれ。ここに団子になってても、何にもならねえ」
「そうだな。殺しすぎないようにだけ見てやってくれ。このままだと、みんな口がきけなくなりそうだ」
「おうよ。マノロ、案内は頼んだぞ」
「はーい!」
エドガーたちは、王国兵の精鋭五名と共に城の外へ向かった。
一方その頃。王城の地下では、歌い終えたニースが膝を付いていた。
「少し、休んでも、いいですか……」
これまで見た事もないほど巨大な雷石は、ニースが全力で歌っても問題ないものだった。丸一日動いた疲れに加え、久しぶりに限界まで音風を出しきり、ニースはふらついていた。
汗を滲ませ、息を荒く吐くニースに、キールは水筒を差し出した。
「よくやった。もう充分だ」
これまでのキールなら、ニースを情けないと見ていただろう。だが今のキールは、ニースに心を許したようで、穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう、ございます」
ニースは水筒を受け取り、床にへたり込む。一気に肩の力が抜けたのを感じ、ニースはゆっくり水筒に口を付けた。
そんなニースを横目に、キールは幻影が浮かぶ円盤を見つめた。
「そなたが白い天使ならば。あの伝承にある黒い悪魔は、何なのだろうな」
「……殿下?」
「そなたが動かしたこれが、何か分かったか?」
唐突に投げられたキールの問いに、ニースは、ゆるゆると頭を振った。
「いえ。すごい地響きだったので、何か大きなものが動いたのは分かりましたけど。そこに映ってるものが何なのかも、僕にはよく分かりません」
「そうか。遺跡に詳しいそなたでも、分からぬか」
「すみません」
期待に応えられず、しゅんと肩を落としたニースに、キールは静かに話を続けた。
「謝らずとも良い。この遺跡は、普通の遺跡とは違う。かなり古いもののようだからな」
「古いっていうのは、大崩壊以前ってことですか?」
「ああ。この幻は恐らく、この地のかつての姿だ」
「え⁉︎」
意外な話に、ニースは唖然とした。キールは塔のような幻影の天辺を、指でなぞった。
「王都の地下遺跡は、二つある。一つ目は、先ほど箱舟のあった場所。あれは大崩壊近辺のもののようだ。だがこの王墓一帯は、発掘品で計測出来ないほど古い」
「それって……アマービレ王家は、古代文明の時からあったってことですか?」
「恐らく、そうであろうな。最も古い王国記の石柱は、古代文字とはまた違う文字で書かれているのだ。詳しいことは分かっていないがな」
古代文明が滅んだ大崩壊は、三千年前の出来事だ。それ以前から王家があったと聞き、途方もない年月に、ニースは目眩を感じた。
キールは淡々と言葉を継いだ。
「この塔のようなものは、恐らく大崩壊で消えたのだろう。これが何だったのか。なぜこのような動きが出来るのか、我らには最早分からぬ」
「地上では、何が起きたんですか?」
「蓋が閉じたのだ」
「蓋、ですか?」
ぽかんとしたニースに、キールは苦笑した。
「空堀と川が王都を囲むようにあると、話したであろう」
「はい。それが罠みたいになってるんですよね?」
「あれは詭弁だ」
「嘘ってことですか?」
「ああ。厄介なのは、事実だがな。川も空堀も、意図して作ったものではなく、偶然の産物に過ぎない。蓋を閉じることが出来なくなったから、ああなっただけだ」
王都は、キールの手元にある円盤のような古代遺跡の真上に出来ている。遺跡の端に当たる部分には二重の溝があり、元々は真っ平らだった。
「かつてあれは、落とし穴のように使われていたのだ」
「普段は閉じていて、攻められたら開けるってことですか?」
「そうだ。しかし、これを動かすには大きな歌の力がいる。今から二百年ほど前。蓋を開けたはいいが、閉じる前に天の導きが亡くなってな。次の天の導きが現れる前に、溝の一つに水が流れ込み、期せずして川となったそうだ」
内側の溝は空堀に。外側の溝は川となった。それはそのまま、敵の侵入を防いだために、その後も蓋を閉じる事なく放置されていたのだった。
「いざという時に、天の導きがいなければ落とし穴は使えぬ。そのまま、空堀と川にしておいた方が都合が良いと、歴代の王は考えたらしい」
「それが、今回は役に立たなかったんですね」
「帝国も考えたのであろう。王都の作りは、充分調べていただろうからな」
帝国の工作員は、様々な形で潜入している。ニースの胸にいるバードも、アグネスに預けたココも、元は帝国の指示で動いていたのだ。
好戦的な帝国が、いつか王都を落とそうと対策を練っていた事は、想像に難くない。ニースは納得して頷いた。
「そうすると、さっきの音は蓋が閉じた音で。今はもう、道が出来てるんですね」
「そういうことだ。我も話として聞いていただけで、やったのは初めてだがな」
「二百年ぶりなんですもんね……」
ニースは万感の思いを込めて、幻影を見つめた。巨大な雷石に入れた歌の力は、すでに消えかけているようで、幻影は薄らとしか形を残していなかった。
――大崩壊の前。古代文明がまだ栄えていた時代に、これがあったんだ。ココだったら、これが何か分かったのかな。
ニースは、ぼんやりと考えたものの、頭を振った。
――ううん。ココは何でも教えてくれるわけじゃない。ココを頼ってるだけじゃダメなんだ。自分で調べられることは調べて、動いていかないと。出来ることも、出来なくなっちゃう。
ニースは、ぎゅっと拳を握りしめる。ニースの目の前で、微かに残っていた幻影が、ふわりと宙に溶けた。
キールは、ふっと笑みを浮かべた。
「城の制圧も進んでいるだろう。動けるようなら、上手くいったか確認しに行くぞ」
「はい」
ニースはキールと共に王墓へ戻り、ルポルたちと合流すると城へ向かった。
地上では、エドガーたちが開いた市門から、同盟軍と王国義勇軍がなだれ込んでいた。そこかしこに響く戦いの音を耳にし、キールは笑みを浮かべた。
「無事に突破出来たようだな」
「はい」
キールはニースたちと共に、城内を駆ける。通路に転がる敵兵の骸を避け、玉座の間にたどり着くと、ちょうどジェラルドが最後の敵を倒した所だった。
エルネストがキールに気付き、首を垂れる。サーベルの血を拭うジェラルドに、キールは微笑みかけた。
「さすがは鬼神だ。凄まじい働きだな」
「殿下。お褒めに預かり光栄ですが、城下では今も戦いが続いているはずです」
「まだ血が足りぬか?」
「ええ。楽しみはいくらあっても良いものですよ」
妖艶な笑みを浮かべるジェラルドに、キールは笑った。
「マルコとエリックを連れて行ってくれ。良い経験になる」
「可愛い子には旅をさせよ、でしょうか」
「獅子の子落としに近いものだ」
急に名前を挙げられ、戸惑うマルコとエリックに、キールは真顔で告げた。
「鬼神の真似はしなくていい。動きだけよく見ておけ」
「は、はい!」
ジェラルドに連れられて、マルコとエリックが駆けていく。三人の背を見送りながら、エルネストが苦笑した。
「殿下。あいつらには荷が重いかと。戯れが過ぎるのでは」
「ならば、そなたが稽古を付けるか?」
「それほど買われているのですか」
「まあな」
キールは笑って答えると、表情を引き締めた。
「エルは敵の生き残りを捕らえておけ。ニースとルポルは共に来い」
「はっ」
エルネストとルポルはすぐに答えたが、ニースは首を傾げた。
「何をするんですか?」
「まだ歌えるであろう? 解放歌だったか。あれを歌ってもらう」
「分かりました」
キールは、城下を見渡せるバルコニーへニースを連れて行った。出来る限り町中に広がるよう、ニースは解放歌を歌う。
バルコニーの傍らには、帝国軍が置いて行ったのだろう。発掘品の拡声器や、照明が置かれていた。
キールの指示でルポルが照明を付け、王国旗を掲げる。キールは拡声器を手にすると、歌声を背景に城下へ声を張り上げた。
「アフェリドルセの民よ! 王太子キールが帰ってきた! 勇気ある者は表へ出て、城を見よ!」
キールの凛とした声が、夜空に響く。家に閉じこもっていた町民たちが姿を現し、照明に照らされた王国旗を見て歓声を上げた。
「我はここに、即位を宣言する! アマービレ国王キールの名の下に立ち上がれ! 帝国軍に鉄槌を下そうぞ!」
キールの言葉に呼応するように、町中に雄叫びが響く。大人しかった町民たちが瞳をギラつかせたのを見て、帝国兵は怯えた様子で逃げに転じた。
ニースたちの活躍で、苦戦するかと思われた王都奪還作戦は、たった一夜で大勢を決した。その後、数日のうちに残党も駆逐され、王都アフェリドルセは最小限の被害で解放されるのだった。




