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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第26章 戦火 】
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450:天の御使い1

前回のざっくりあらすじ:キールは少しずつ、ニースへの警戒心を解いていった。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、12月29日(日)朝7時の予約投稿となります。

 分厚い雪が覆う平原は、森の木々でふつりと途切れる。王都アフェリドルセのある平野部との境から、僅か東に位置する森の中。一本の巨木の根本に、大きな穴が空いていた。

 作戦会議から数日後。抜け道へ繋がるその穴のそばで、複数の馬が足を止めた。降り積もった雪を舞い上げ、馬から降りたのは王太子キールだった。


「ここが入り口だ」

「かなり深いですね」


 ルポルがランタンで穴を照らす。キールは同行した数名の王国兵に、手綱を預けた。


「これより先は我らのみで行く。お前たちは手はず通り、別の道から戻れ。ここを悟られるな」

「はっ!」


 キールに選ばれ同行するのは、ニース、ルポル、エルネスト、マルコ、エリック。そして、王国兵の精鋭五名とエドガー達だ。

 アンヘルはキールの代理として義勇軍を率い、その補佐をダミアンが務める事になっている。セラとベンは同行を望んだものの許されず、本陣に残っていた。


 マルコとエリックは周囲を見渡し、不安げに顔を歪めた。


「ここから王都までってかなりの距離だよな。殿下はどうするつもりなんだ?」

「馬は通れないし、帰しちゃったしね。王都まで抜け道が続いてたって、歩いていくなら丸二日はかかりそうだよね」


 げんなりした様子で話す二人に、キールは、ふっと笑みを浮かべた。


「歩く羽目になるかどうかは、ニース次第だな」

「僕ですか?」

「そなたが()()()()()()。確かめさせてもらうぞ」


 きょとんとしたニースに、キールは不穏な言葉を返した。意味が分からないながらも、ニースは気合いを入れようと拳を握る。

 そんな二人のやり取りを見て、眉根を寄せたエルネストに、マノロが歩み寄った。


「エルネスト。殿下は何をする気なの?」

「……さあな。お前はあまり余計なこと言うなよ」


 マノロはかつて、エルネストと共にキールの密命を受けるほど、優秀な諜報員だった。しかしその後、マノロは死を偽装して王国を裏切ったのだ。

 キールはマノロの生存を知っても咎めなかったが、それはエドガー達の仲間となっていたからだ。下手に刺激しないようにと釘を刺され、マノロは口を噤んだ。



 ランタンの明かりを頼りに、ニースたちは穴へ入る。傾斜の厳しい坂道を、一行は張り出た木の根を頼りに、慎重に降りていった。

 そうしてようやくたどり着いた抜け道は、古びた石壁で覆われていた。


「ここからはしばらく一本道だ。ルポル、先導しろ」

「はい」


 キールの指示で、ルポルが安全を確認しながら先頭を行く。キールの言う通り、道は延々と真っ直ぐ伸びており、時間の感覚が分からなくなるほど、ニースたちはひたすら歩いた。


「なんか蛇穴を思い出すなぁ」


 蛇穴は、モレンド公国でニースたちが訪れた古代遺跡の名前だ。ぼそりと呟いたカサンドラの言葉に、ニースは首を傾げた。


「あそこにこんな道、ありましたっけ?」

「坊やたちは通らなかったんだろうけど、あったんだよ。なぁ、ジェラルド」


 話を振られて、ジェラルドは不敵な笑みを浮かべた。


「ええ。あの時は追いかけっこが楽しかったですね。またやりたいものです」


 ジェラルドは、ちらりとエルネストに視線を向ける。エルネストは、ふっと鼻で笑った。


「俺はもうごめんだ」

「おや、つれないですね」

「お前と違って、俺は戦闘狂じゃねえんだよ」

「エル、鬼神とやり合ったのか?」


 愉快げに声を挟んだキールに、エルネストは肩をすくめた。


「止むに止まれずです。こいつは俺より、ずっと強いですよ」

「鬼神と呼ばれるだけあるか」


 感心したように、キールは笑う。ジェラルドは、ふふふと楽しげに笑みを浮かべた。


「あなたに褒められるとは思いませんでしたね」

「褒めてねえ。化け物だって言ってんだ」

「充分褒め言葉ですよ」


 ジェラルドたちが和気藹々と話す中、白蛇のガラナを背負っているダナが、歩きながら壁を見つめた。


「でもここは、古代遺跡とは違うっぽいね。よく作ったよね」


 壁は切り出した岩を積み、固められている。ダナの呟きに、エドガーが頷いた。


「王国の古代遺跡は、ぶっ壊れてるのが多いって、先生も言ってたからな」

「王都からの抜け道を作るためだけに、これだけ長く掘ったなんて信じられないよ」


 二人の話を聞いて、エリックがニースの肩を突いた。


「なあ、ニース。古代遺跡って何なんだ? 蛇の穴がどうとかいうのも、それなのか?」

「え? あ、そっか。エリックたちは分からないよね」


 ニースは歩きながら、古代文明やその遺跡について話した。エリックだけでなく、ルポルやマルコ、王国兵たちも、興味深げに耳を傾ける。

 ニースが粗方説明を終えると、キールが、ほぅと声を漏らした。


「よくそれだけ知識があるものだ。それも音楽院で学んだのか?」

「はい。古代文明を研究している先生がいるんです。エドガーさんたちも、その先生とよく一緒にいたんですよ」

「その者は、口は固いか?」

「はい。イルモ先生は、すごく良い先生です。約束はちゃんと守ってくれます」

「そうか。ならば、その者に見せるのも一興かもしれぬな」

「見せるって、何をですか?」


 ニースの問いかけに、キールは口角を上げた。


「この先にあるものだ」

「この先って……ただの抜け道じゃないんですか?」

「古代遺跡と、ここも無関係ではないのだ。そなたの話の通り壊れている部分が多く、残ってる箇所は少ないとされてるがな」

「少ないとされている……?」


 不思議な言い方に、ニースだけでなくルポルたちも首を傾げる。すると不意に、細かった通路が開けた。


「このまま真っ直ぐ歩いていけば、明日の夜には王都に出れるだろう。だが、その前に一つ試したいことがある」


 唐突に開けた暗闇の端に、キールはランタンを手に歩み寄る。その一角だけ、つるりとした白っぽい壁になっており、古代遺跡特有のものだとニースには分かった。


「ニース。これを開けられるか」


 キールが照らした白壁の一部には、見覚えのある水晶球と切れ込みがあった。ニースはそれが、蛇穴やビオスタクトの遺跡にあったものと同じ、扉なのだと気付いた。


「まさか、これ……」

「そなたは妃から聞いたのであろう。王家に伝わる伝承の一端を。ここは白い天使のみが使えると、言い残されている場所だ」


 ルポルやエドガーたちは、王家の伝承を知らないため話が見えず、ただ黙って聞いている。ニースだけは、キールの目的を正しく理解した。


 ――さっき殿下が言ってた『どちらか』って、これのことなんだ。僕が黒い悪魔かどうかを、殿下は確かめようとしてる……。


 エルネストは、キールの側で仕えていたため、王国記も知っていたのだろう。冷や汗を滲ませたニースの肩を、ぽんと叩いた。


「お前ならやれる」

「エルネストさん……」

「バードもいるんだろう? あいつなら、どうにか出来るはずだ」


 囁くように言ったエルネストの言葉は、的外れなものだ。しかしエルネストは、共和国の首都でバードが遺跡を動かすのを見ている。バードがいればどうにかなると考えても、仕方ない事だった。

 ニースは、懐にいるバードにそっと触れた。


 ――これはバードが開けれるものじゃない。鍵歌が必要だけど、バードの目の鍵石は壊れてるし、ここにセラはいないし。それに……。


 ニースの脳裏に、かつて聖皇国で見た災いの火種が浮かぶ。動かないニースを見て、キールは目を細めた。


「どうした。これが何か分からぬか?」


 ニースは、ゆるゆると頭を振った。


「あの、殿下」

「何だ?」

「この先に何があるのか、殿下はご存知ですか?」


 真剣な眼差しで尋ねたニースに、キールは、ふっと笑った。


「ああ。伝え聞いているだけだが、ここには特別な品がある。それを使えば、王都まで楽に行けるはずだ」

「そこにもし、危ないものがあったらどうするつもりですか? 言い伝えに残っていない、忘れられた何かが」


 ニースの話を、エルネストやルポルたちは静かに聞いているが、エドガーたちは息を呑んだ。かつて蛇穴で、ニースが震えていたのを覚えていたからだ。

 じっと見つめるニースの言葉に、キールは眉を寄せた。


「まるでそなたは、その危険な何かがここにあると知っているようだな」

「ここにあるかは分かりません。でも、ここにないとは言い切れないので」


 キールの鋭い視線を、ニースは真っ直ぐに見つめ返す。キールは真意を探るようにしばらくニースを見つめていたが、やがて表情を緩めた。


「ならば、そなたが中の安全を確認するまで、我らは入らぬ。それでどうだ」


 キールの言葉に、エドガーが声を挟んだ。


「殿下。ニースに確認させるのは」

「エドガー。貴様も、その危険なものが何か知っていると?」

「そういうわけではありませんが」

「ならば黙っていろ。……ニース」

「はい」


 エドガーは、ぐっと声を詰まらせた。ニースは、キールの呼び声にすぐ答えた。


「そなたは、出来ぬのを誤魔化すために言ってるのか?」

「違います」

「ならば、安全確認を任せればそれで足りよう。そなたは、ここの誰より古代遺跡に詳しい」


 キールが諦めないのを感じ取り、ニースは肩を落とした。


 ――僕だって、災いの火種が何なのか、ちゃんと分かってるわけじゃない。でも、これ以上断ったら、悪魔だって認めることになっちゃうし……。


 ニースは深く息を吐き、覚悟を決めた。


「分かりました。でもこれは、僕だけじゃ開けられません。鍵石が必要なんです」

「それはこれのことか?」


 満足げな笑みを浮かべ、キールはポケットから取り出した指輪を摘んで見せた。指輪には青い石が付いており、ニースは、はっとして目を見開いた。


「それです……!」

「ならば、出来るな」


 キールは指輪をニースの手に渡す。ニースは、ぎゅっと指輪を握りしめた。


 ――これがあっても、必ず開くわけじゃない。ここが白い天の導き(アルブム)のものじゃなかったら、僕の知ってる鍵歌じゃ開かない。だけど、ここで諦めるわけにいかない……。


 ニースは、ゆっくり水晶球へ近付いた。ニースの胸元でバードが不安げに身動ぐ。ニースは宥めるように、上着の上からバードをそっと撫でた。


「ダメなら仕方ないよ。とにかくやるだけやってみるから」


 ニースが囁くと、バードは動きを止めた。ニースは指輪を水晶球にかざすと、願いを込めて歌い出した。



 仄暗い地下道に、鍵歌が響く。皆が見守る中、指輪から水晶球へ光の線が走り、白壁が音もなく開いた。


「すげえ!」「なんだこれ!」

「壁が開いたぞ!」


 ルポルたちの声が響き、エドガーたちが眉根を寄せる。エルネストがニヤリと笑みを浮かべ、キールが息を呑んだ。


「まさか、本当に開くとは……」


 唖然とするキールに、ニースは振り向いた。


「殿下。約束通り、僕が中を見てきます。僕がいいって言うまで、絶対に入らないでください。そうじゃないと、死ぬかもしれません」


 物騒な話に、ルポルたちが言葉を失くす。キールは表情を引き締め、答えた。


「本当にそなた一人でいいのか。エルぐらい連れて行け」

「いえ。僕一人じゃないとダメです」

「……良かろう。充分気を付けよ」

「はい」


 ニースはランタンを手に、開いた暗がりへ入ると、扉を閉じた。


「……緊張した」


 一人きりの暗闇で、ニースは、どっと疲れを感じてへたり込んだ。ニースの胸元から、ごそごそとバードが這い出た。


『お疲れ、ニースっちー。ここがアルブムに関係してたみたいで、良かったね』

「うん。どうなるかと思ったよ」


 扉の向こう側からは、焦ったようなルポルの叫びが聞こえたが、気にしている余裕はニースにない。ニースは、さっさと終わらせてしまおうと、バードに語りかけた。


「バード。ここに、人間に危ないものってある?」

『んー。ここは通路っぽいから、もう少し行ってみないと分かんないなー』

「通路?」


 ニースは震える膝を叩いて立ち上がり、周囲をランタンで照らす。バードの言う通り、部屋だと思った暗がりは狭く、奥へ続いているようだった。


「あの扉の先って、部屋じゃないこともあるんだ……」

『そりゃそーだよー。帝国の研究所なんかも、こんな感じだよー?』

「そうなの?」


 ニースは話しながら、慎重に足元を確認して歩き出す。長い年月放置されていたはずの通路には、不思議な事に塵一つない。

 清浄な空気を吸い込み、ニースは白壁の通路をゆっくり進んだ。

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