450:天の御使い1
前回のざっくりあらすじ:キールは少しずつ、ニースへの警戒心を解いていった。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、12月29日(日)朝7時の予約投稿となります。
分厚い雪が覆う平原は、森の木々でふつりと途切れる。王都アフェリドルセのある平野部との境から、僅か東に位置する森の中。一本の巨木の根本に、大きな穴が空いていた。
作戦会議から数日後。抜け道へ繋がるその穴のそばで、複数の馬が足を止めた。降り積もった雪を舞い上げ、馬から降りたのは王太子キールだった。
「ここが入り口だ」
「かなり深いですね」
ルポルがランタンで穴を照らす。キールは同行した数名の王国兵に、手綱を預けた。
「これより先は我らのみで行く。お前たちは手はず通り、別の道から戻れ。ここを悟られるな」
「はっ!」
キールに選ばれ同行するのは、ニース、ルポル、エルネスト、マルコ、エリック。そして、王国兵の精鋭五名とエドガー達だ。
アンヘルはキールの代理として義勇軍を率い、その補佐をダミアンが務める事になっている。セラとベンは同行を望んだものの許されず、本陣に残っていた。
マルコとエリックは周囲を見渡し、不安げに顔を歪めた。
「ここから王都までってかなりの距離だよな。殿下はどうするつもりなんだ?」
「馬は通れないし、帰しちゃったしね。王都まで抜け道が続いてたって、歩いていくなら丸二日はかかりそうだよね」
げんなりした様子で話す二人に、キールは、ふっと笑みを浮かべた。
「歩く羽目になるかどうかは、ニース次第だな」
「僕ですか?」
「そなたがどちらなのか。確かめさせてもらうぞ」
きょとんとしたニースに、キールは不穏な言葉を返した。意味が分からないながらも、ニースは気合いを入れようと拳を握る。
そんな二人のやり取りを見て、眉根を寄せたエルネストに、マノロが歩み寄った。
「エルネスト。殿下は何をする気なの?」
「……さあな。お前はあまり余計なこと言うなよ」
マノロはかつて、エルネストと共にキールの密命を受けるほど、優秀な諜報員だった。しかしその後、マノロは死を偽装して王国を裏切ったのだ。
キールはマノロの生存を知っても咎めなかったが、それはエドガー達の仲間となっていたからだ。下手に刺激しないようにと釘を刺され、マノロは口を噤んだ。
ランタンの明かりを頼りに、ニースたちは穴へ入る。傾斜の厳しい坂道を、一行は張り出た木の根を頼りに、慎重に降りていった。
そうしてようやくたどり着いた抜け道は、古びた石壁で覆われていた。
「ここからはしばらく一本道だ。ルポル、先導しろ」
「はい」
キールの指示で、ルポルが安全を確認しながら先頭を行く。キールの言う通り、道は延々と真っ直ぐ伸びており、時間の感覚が分からなくなるほど、ニースたちはひたすら歩いた。
「なんか蛇穴を思い出すなぁ」
蛇穴は、モレンド公国でニースたちが訪れた古代遺跡の名前だ。ぼそりと呟いたカサンドラの言葉に、ニースは首を傾げた。
「あそこにこんな道、ありましたっけ?」
「坊やたちは通らなかったんだろうけど、あったんだよ。なぁ、ジェラルド」
話を振られて、ジェラルドは不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。あの時は追いかけっこが楽しかったですね。またやりたいものです」
ジェラルドは、ちらりとエルネストに視線を向ける。エルネストは、ふっと鼻で笑った。
「俺はもうごめんだ」
「おや、つれないですね」
「お前と違って、俺は戦闘狂じゃねえんだよ」
「エル、鬼神とやり合ったのか?」
愉快げに声を挟んだキールに、エルネストは肩をすくめた。
「止むに止まれずです。こいつは俺より、ずっと強いですよ」
「鬼神と呼ばれるだけあるか」
感心したように、キールは笑う。ジェラルドは、ふふふと楽しげに笑みを浮かべた。
「あなたに褒められるとは思いませんでしたね」
「褒めてねえ。化け物だって言ってんだ」
「充分褒め言葉ですよ」
ジェラルドたちが和気藹々と話す中、白蛇のガラナを背負っているダナが、歩きながら壁を見つめた。
「でもここは、古代遺跡とは違うっぽいね。よく作ったよね」
壁は切り出した岩を積み、固められている。ダナの呟きに、エドガーが頷いた。
「王国の古代遺跡は、ぶっ壊れてるのが多いって、先生も言ってたからな」
「王都からの抜け道を作るためだけに、これだけ長く掘ったなんて信じられないよ」
二人の話を聞いて、エリックがニースの肩を突いた。
「なあ、ニース。古代遺跡って何なんだ? 蛇の穴がどうとかいうのも、それなのか?」
「え? あ、そっか。エリックたちは分からないよね」
ニースは歩きながら、古代文明やその遺跡について話した。エリックだけでなく、ルポルやマルコ、王国兵たちも、興味深げに耳を傾ける。
ニースが粗方説明を終えると、キールが、ほぅと声を漏らした。
「よくそれだけ知識があるものだ。それも音楽院で学んだのか?」
「はい。古代文明を研究している先生がいるんです。エドガーさんたちも、その先生とよく一緒にいたんですよ」
「その者は、口は固いか?」
「はい。イルモ先生は、すごく良い先生です。約束はちゃんと守ってくれます」
「そうか。ならば、その者に見せるのも一興かもしれぬな」
「見せるって、何をですか?」
ニースの問いかけに、キールは口角を上げた。
「この先にあるものだ」
「この先って……ただの抜け道じゃないんですか?」
「古代遺跡と、ここも無関係ではないのだ。そなたの話の通り壊れている部分が多く、残ってる箇所は少ないとされてるがな」
「少ないとされている……?」
不思議な言い方に、ニースだけでなくルポルたちも首を傾げる。すると不意に、細かった通路が開けた。
「このまま真っ直ぐ歩いていけば、明日の夜には王都に出れるだろう。だが、その前に一つ試したいことがある」
唐突に開けた暗闇の端に、キールはランタンを手に歩み寄る。その一角だけ、つるりとした白っぽい壁になっており、古代遺跡特有のものだとニースには分かった。
「ニース。これを開けられるか」
キールが照らした白壁の一部には、見覚えのある水晶球と切れ込みがあった。ニースはそれが、蛇穴やビオスタクトの遺跡にあったものと同じ、扉なのだと気付いた。
「まさか、これ……」
「そなたは妃から聞いたのであろう。王家に伝わる伝承の一端を。ここは白い天使のみが使えると、言い残されている場所だ」
ルポルやエドガーたちは、王家の伝承を知らないため話が見えず、ただ黙って聞いている。ニースだけは、キールの目的を正しく理解した。
――さっき殿下が言ってた『どちらか』って、これのことなんだ。僕が黒い悪魔かどうかを、殿下は確かめようとしてる……。
エルネストは、キールの側で仕えていたため、王国記も知っていたのだろう。冷や汗を滲ませたニースの肩を、ぽんと叩いた。
「お前ならやれる」
「エルネストさん……」
「バードもいるんだろう? あいつなら、どうにか出来るはずだ」
囁くように言ったエルネストの言葉は、的外れなものだ。しかしエルネストは、共和国の首都でバードが遺跡を動かすのを見ている。バードがいればどうにかなると考えても、仕方ない事だった。
ニースは、懐にいるバードにそっと触れた。
――これはバードが開けれるものじゃない。鍵歌が必要だけど、バードの目の鍵石は壊れてるし、ここにセラはいないし。それに……。
ニースの脳裏に、かつて聖皇国で見た災いの火種が浮かぶ。動かないニースを見て、キールは目を細めた。
「どうした。これが何か分からぬか?」
ニースは、ゆるゆると頭を振った。
「あの、殿下」
「何だ?」
「この先に何があるのか、殿下はご存知ですか?」
真剣な眼差しで尋ねたニースに、キールは、ふっと笑った。
「ああ。伝え聞いているだけだが、ここには特別な品がある。それを使えば、王都まで楽に行けるはずだ」
「そこにもし、危ないものがあったらどうするつもりですか? 言い伝えに残っていない、忘れられた何かが」
ニースの話を、エルネストやルポルたちは静かに聞いているが、エドガーたちは息を呑んだ。かつて蛇穴で、ニースが震えていたのを覚えていたからだ。
じっと見つめるニースの言葉に、キールは眉を寄せた。
「まるでそなたは、その危険な何かがここにあると知っているようだな」
「ここにあるかは分かりません。でも、ここにないとは言い切れないので」
キールの鋭い視線を、ニースは真っ直ぐに見つめ返す。キールは真意を探るようにしばらくニースを見つめていたが、やがて表情を緩めた。
「ならば、そなたが中の安全を確認するまで、我らは入らぬ。それでどうだ」
キールの言葉に、エドガーが声を挟んだ。
「殿下。ニースに確認させるのは」
「エドガー。貴様も、その危険なものが何か知っていると?」
「そういうわけではありませんが」
「ならば黙っていろ。……ニース」
「はい」
エドガーは、ぐっと声を詰まらせた。ニースは、キールの呼び声にすぐ答えた。
「そなたは、出来ぬのを誤魔化すために言ってるのか?」
「違います」
「ならば、安全確認を任せればそれで足りよう。そなたは、ここの誰より古代遺跡に詳しい」
キールが諦めないのを感じ取り、ニースは肩を落とした。
――僕だって、災いの火種が何なのか、ちゃんと分かってるわけじゃない。でも、これ以上断ったら、悪魔だって認めることになっちゃうし……。
ニースは深く息を吐き、覚悟を決めた。
「分かりました。でもこれは、僕だけじゃ開けられません。鍵石が必要なんです」
「それはこれのことか?」
満足げな笑みを浮かべ、キールはポケットから取り出した指輪を摘んで見せた。指輪には青い石が付いており、ニースは、はっとして目を見開いた。
「それです……!」
「ならば、出来るな」
キールは指輪をニースの手に渡す。ニースは、ぎゅっと指輪を握りしめた。
――これがあっても、必ず開くわけじゃない。ここが白い天の導きのものじゃなかったら、僕の知ってる鍵歌じゃ開かない。だけど、ここで諦めるわけにいかない……。
ニースは、ゆっくり水晶球へ近付いた。ニースの胸元でバードが不安げに身動ぐ。ニースは宥めるように、上着の上からバードをそっと撫でた。
「ダメなら仕方ないよ。とにかくやるだけやってみるから」
ニースが囁くと、バードは動きを止めた。ニースは指輪を水晶球にかざすと、願いを込めて歌い出した。
仄暗い地下道に、鍵歌が響く。皆が見守る中、指輪から水晶球へ光の線が走り、白壁が音もなく開いた。
「すげえ!」「なんだこれ!」
「壁が開いたぞ!」
ルポルたちの声が響き、エドガーたちが眉根を寄せる。エルネストがニヤリと笑みを浮かべ、キールが息を呑んだ。
「まさか、本当に開くとは……」
唖然とするキールに、ニースは振り向いた。
「殿下。約束通り、僕が中を見てきます。僕がいいって言うまで、絶対に入らないでください。そうじゃないと、死ぬかもしれません」
物騒な話に、ルポルたちが言葉を失くす。キールは表情を引き締め、答えた。
「本当にそなた一人でいいのか。エルぐらい連れて行け」
「いえ。僕一人じゃないとダメです」
「……良かろう。充分気を付けよ」
「はい」
ニースはランタンを手に、開いた暗がりへ入ると、扉を閉じた。
「……緊張した」
一人きりの暗闇で、ニースは、どっと疲れを感じてへたり込んだ。ニースの胸元から、ごそごそとバードが這い出た。
『お疲れ、ニースっちー。ここがアルブムに関係してたみたいで、良かったね』
「うん。どうなるかと思ったよ」
扉の向こう側からは、焦ったようなルポルの叫びが聞こえたが、気にしている余裕はニースにない。ニースは、さっさと終わらせてしまおうと、バードに語りかけた。
「バード。ここに、人間に危ないものってある?」
『んー。ここは通路っぽいから、もう少し行ってみないと分かんないなー』
「通路?」
ニースは震える膝を叩いて立ち上がり、周囲をランタンで照らす。バードの言う通り、部屋だと思った暗がりは狭く、奥へ続いているようだった。
「あの扉の先って、部屋じゃないこともあるんだ……」
『そりゃそーだよー。帝国の研究所なんかも、こんな感じだよー?』
「そうなの?」
ニースは話しながら、慎重に足元を確認して歩き出す。長い年月放置されていたはずの通路には、不思議な事に塵一つない。
清浄な空気を吸い込み、ニースは白壁の通路をゆっくり進んだ。




