表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
53/647

43:セラの秘密3

前回のざっくりあらすじ:セラとラチェットが歌えるようになった。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現や描写が含まれます。ご注意下さい*

 町を照りつける日差しは徐々に強くなり、厩の日陰も小さくなっていった。セラに歌の旋律(メロディ)を教えていたニースは、じわりと滲んだ汗を拭った。


「そろそろ終わりにしようか」

「うん。そうだね。ニース先生、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げたセラに、ニースは微笑んだ。


「ぼくたち、一週間ぐらいここに泊まるんだ。だから、セラが暇な時でいいから、またやろう?」

「いいの?」

「うん。最後まで覚えたいでしょ?」


 練習の甲斐あって、セラは半分ほど旋律を覚えていた。ニースの言葉に、セラは嬉しげに笑った。


「うん! ありがとう!」


 そこへ、ジーナの明るい声が響いた。


「二人とも、ちょっといいかしらー?」


 眩い陽射しの中を、ジーナは一人、張り切った様子で歩いてきた。ニースは、何か良いことでもあったのかと思いながら、答えた。


「はい、大丈夫ですよ。そろそろ中に戻ろうと思ってたんです」

「そうなのねー。それならちょうど良かったわー」


 ジーナは、にっこり笑みを返すと、セラの手を取った。


「セラちゃん、ちょっと付き合ってくれるー?」

「え?」

「別に取って食べたりしないからー」


 戸惑うセラを見つめるジーナの目は、爛々と輝いていた。ニースはその目に、見覚えがあった。


 ――ジーナさん、また服を作る気なんだ。セラがまた可愛くなるのかも。


 ニースは、不安げなセラを安心させようと、朗らかに笑いかけた。


「セラ、行っておいでよ」

「そ、そう……? じゃあ……分かりました」


 ニースの笑みを見て、セラは迷いながらも頷いた。ジーナは満足げに微笑むと、セラの手を握ったまま、ニースに目を向けた。


「ニースくんは、グスタフの部屋に行ってねー。メグちゃんとラチェットが待ってるからー」


 ジーナはニースの返事を待たずに、セラを連行していった。二人の背を見送りながら、ニースは首を傾げた。


 ――メグとラチェットさんが? もう次の舞台、決まったのかな?


 ニースは不思議に思いながらも、仮面を付け直し、言われた通りにグスタフの部屋へ向かった。



 そよ風が、開け放たれた窓辺の蔦を揺らす。午前中のうちに、宿の各部屋は掃除されていた。

 綺麗になったグスタフの部屋では、げっそりとしたラチェットが、項垂れて椅子に座っていた。扉を開けたニースは、仮面の下でパチパチと目を瞬かせた。


「えっと……ラチェットさん、大丈夫ですか……?」


 ラチェットの向かいに座るメグが、ニースを手招きした。


「ラチェットは大丈夫よ、気にしなくても。そうよね? ラチェット」

「あ、ああ……うん。気にしなくて大丈夫だよ。本当に……」


 ラチェットの力ない返事に、本当に大丈夫なのかとニースは心配になった。しかし、メグがにっこりと笑みを浮かべて椅子を勧めるので、迷いながらもニースは座った。

 ニースが仮面を外すと、メグは笑みを潜めて話し始めた。


「あのね、二人とも。これから話すことを、よく聞いてね」


 メグは、セラの体にあった傷について、二人に話した。ニースとラチェットは、驚き目を見開いた。


「え⁉︎ それ、本当?」

「まさか、セラちゃんが……」


 メグはセラの傷を思い出し、苦々しく唇を噛んだ。


「ええ、本当よ。今朝この目で、しっかりと見たわ」

「気になるところは確かにあったな。もっと早くに気付くべきだった……」


 悔しげなラチェットの呟きに、ニースも顔を歪めた。


「ぼくも、変だなって思ったところ、あったのに」

「何を知ってるの?」


 身を乗り出したメグに、ニースとラチェットは、思い思いに気になった点を口にした。


「セラは、いつも何かに怯えているみたいだったんだ。腰は低いし、沢蟹も知らないし」

「沢蟹はまあ、いいと思うけど。車馬係とはいえ、あの馬車置き場のどこに住んでるのかは気になるよ」

「セラはあんな所に住んでるの⁉︎」


 メグは怒りを露わにして立ち上がると、ラチェットに掴みかかった。


「うわっ! め、メグ⁉︎」

「何でそんな大事なこと、言わなかったのよ!」

「ごめん! 許して!」


 ラチェットは、本気を出せばメグを突き飛ばす事も出来るだろうが、そうはしなかった。ラチェットはひたすら謝ったが、メグはラチェットを離さない。

 そうこうしてる間に、ラチェットの胸元のボタンが一つ飛んだ。ニースは必死に、メグを宥めた。


「メグ! ラチェットさんは何も悪くないよ! 離してあげて!」


 ニースに腕を掴まれて、メグは、はっとして手を離した。


「ごめんなさい。私、ついカッとなっちゃって……」

「う、うん。まあ大丈夫だよ。ボタンはつければ、直るから……」


 いつも柔和なラチェットも、さすがにこたえた様子だった。ラチェットが微妙な距離感を醸し出しつつ答えたのを見て、メグは顔を青ざめ、力なく腰を下ろした。


「ごめんね、ラチェット……」


 メグは、ぐっと唇を噛み、両手で顔を覆った。ニースは、恐る恐る問いかけた。


「それで、メグはセラのことをどうするつもりなの?」


 メグは悔いるようにため息をつくだけで、返事をしなかった。そこへ、扉をノックする音が響いた。メグは、はっとして顔を上げた。


「ニース、仮面を!」


 ニースは慌てて、仮面とフードを被った。ラチェットが扉を開けると、グスタフと宿屋の女将が立っていた。


「メグはいるか?」

「座長……。はい、います」


 グスタフは部屋へ入ると、女将に椅子を勧めた。女将は断ったが、ゆっくり話をしたいとメグが言うと、ようやく席についた。


「女将さん。父から聞いたと思いますが……」


 女将は、メグの言葉に唇を噛み、頷いた。


「ええ。まさかそれほど酷いことになってたなんて……」

「女将もご主人も、二人とも気にはなってたが、怪我については知らなかったそうだ」


 グスタフが悲しそうに顔を歪めてメグに伝えると、ラチェットがメガネを、くいと上げた。


「気になってたということは、何かあるんですね。女将さん。どういうことなのか、僕たちにも話して頂けませんか?」

「……分かりました」


 女将は膝の上で両手を握りしめ、頷いた。爽やかな風を通す窓を、ニースは静かに閉めた。



 町の喧騒が、窓越しに遠く響く。ニースが椅子に座ると、女将は絞り出すように語り始めた。


「セラは、今から三年前……まだ四歳だった頃に、母を亡くしました」


 セラには、心優しい両親がいた。セラの両親は、女将とベニーノの友達で、家から通いで車馬係として仕事をしに来ていた。しかしある日、セラの母親は馬に蹴られて亡くなった。町で馬が暴れて、巻き込まれたのだった。


「あの子の母親が亡くなってから、あの子の父……ヘラルドは、酒と賭け事に溺れてしまいました」


 ヘラルドは人が変わったようになり、酒に酔ってはセラに暴力を振るい、賭博で金を使い果たし、雪だるま式に借金を作っていった。

 ヘラルドは仕事にも来なくなったため、結果的に車馬係もクビになった。やがてセラの住む家は借金の形に取られ、セラは途方にくれた。


「本当はセラを、私たちで引き取るつもりでした。ですが、あの子は頑なに拒みました。あの子は、母親に似てしっかりした子なんです。自分が働いて、父親と昔のように暮らすんだって言って……」


 小さな子どもを見習いとして働かせる店は少なく、このままではセラの身も危なかった。そのため、ベニーノが助け舟を出し、セラは宿屋で車馬係見習いとして働く事となった。


「私たちは、それならばと従業員宿舎に住まわせようとしたんです。でも借金取りに見つかってしまって、お客様にも迷惑がかかるようになって……」


 女将の話に、ラチェットが頷いた。


「セラちゃんを隠して守るために、馬車置き場に住まわせたんですね」

「はい。あの子は今、納屋に住んでるんです。あんな場所に、隠すしか出来なくて……」


 女将は、目に涙を浮かべて鼻をすすった。メグの目と、仮面の下のニースの目にも、涙が浮かんだ。女将は、悔しげに顔を歪め、話を続けた。


「でも、それでも。セラの父からは、隠せませんでした。あの子がここで働いてることを、ヘラルドは知ったんです」


 女将は、握った拳にさらに力を入れた。手の内に、爪が刺さるのではないかという勢いだった。


「セラはヘラルドのために、頑張っていたのに……! あの男は、あの子にお金をたかるようになったんです!」


 ヘラルドは家を失くしてからも仕事をせず、借金取りから身を隠しながら、町で悪さをして酒を飲み、暮らしていた。

 そんなヘラルドは、セラに金をたかりに来るようになった。女将たちは、ヘラルドを見かければ追い返したが、気づくのが遅れて追い返せない時もあった。恐らくその時に、ヘラルドから暴行を受けていたのだろうと、女将は語った。

 メグは、ギリリと歯軋りをして立ち上がり、テーブルをバンと叩いた。


「許せない……許せないわ……!」

「メグ、お前が怒っても仕方ない」

「だけど、お父さん!」


 グスタフは立ち上がり、言い募るメグの肩をポンと叩いた。


「なに、別に何もしないってわけじゃない。私もしっかり話してきたんだ」


 メグは、ぐっと唇を噛んで椅子に腰を下ろした。ラチェットが、不思議そうに声を挟んだ。


「座長、何をするつもりなんです?」


 グスタフが口を開く前に、女将が答えた。


「みなさんに、お願いがあります」


 女将は立ち上がると、深々と頭を下げた。


「どうか、セラを連れて行ってあげてもらえませんか」


 声を挟まず、真剣に話を聞いていたニースだったが、思わず口を開いた。


「……セラを?」


 女将はニースに、切なげな笑みを向けた。


「あなたが、セラとお友達になってくれたのよね? 本当にありがとう」


 女将は、グスタフとベニーノが話をしている間、セラとニースが厩のそばにいるのを、支配人室から見ていた。

 声は聞こえなかったため、セラが何をしているのかはわからなかったが、ニースと一緒にいるセラは心から楽しそうに笑っていた。女将は数年ぶりにセラの笑顔を見れたと喜んでいたのだ。

 女将は感謝の気持ちを伝えるように、ニースの手を取った。ニースは慌てて立ち上がり、仮面の下で目を泳がせた。


「いえ、ぼくは特になにも……」

「セラにはずっと友達がいなかったの。だから、あなたと友達になれて、セラはきっと嬉しかったはずだわ」

「ぼくも、そんなに友達が多いわけじゃないんです。セラと友達になれて嬉しかったので、気にしないでください」

「優しいお友達があの子に出来て、本当に良かった」


 女将は、目に涙を浮かべながら頭を下げた。ニースは胸の痛みを感じて、口を結んだ。


 ――セラもぼくと同じだったんだ。優しかったお父さんが急に変わって。でもみんな、セラのことを大切にしてくれて……。セラのそばに、女将さんたちがいてくれて良かった。


 ニースの目には、優しそうな女将とマシューたちの姿が重なって見えた。セラが女将たちから愛されていることを、ニースだけでなくメグやラチェットも感じた。

 メグは、真剣な眼差しでグスタフを見上げた。


「それでお父さんは、女将さんたちの話を引き受けたのね」

「ああ、そうだ。今はまだ小さいが、車馬係としての仕事は知っているし、これから色々教えていけば、そのうちマルコムの手品を覚えたりも出来るだろう。それにな……」


 グスタフは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、言葉を継いだ。


「危ない人間から身を隠して生きるなら、旅の一座はちょうどいい」


 グスタフの話ぶりを聞いて、ニースは、まるで本物の山賊みたいだと思った。メグは満足気に微笑んだ。


「わかったわ。女将さん、私たちにセラのことは任せてください」


 メグの言葉に、ニースとラチェットも頷いた。女将は、ほっとした様子で、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。セラには、後で話しますので。よろしくお願いいたします」


 女将が部屋を去ると、ニースは窓を開け、仮面を外した。風がふわりと入り込み、ニースは、ふぅと息を吐いた。

 グフタフは椅子にどかっと腰を下ろすと、緊張を解すように明るく声を上げた。


「いやあ、こんなことがあるとはな。まるで物語のような身の上話だよ」

「本当にそうですね」


 おどけて言うグスタフに、ラチェットは切なげな笑みをこぼした。しかし次の瞬間、ラチェットの顔は凍りついた。メグが不敵な笑みを浮かべていたからだ。


「お父さん、ちょっといいかしら。話があるの」

「ん? なんだメグ、改まって」

「め、メグ。ニースもいるんだから手荒なことは……」


 あたふたするラチェットを横目に、メグはニースにも笑みを向けた。


「ニースも、よく聞いてくれるかしら」

「は、はい……!」


 口元に笑みを浮かべたメグの目は、笑っていなかった。ニースは身の危険を感じ、即座に椅子に座った。メグは立ち上がり、両手をテーブルにつくと、キラリと瞳を光らせて、有無を言わさぬ声音で告げた。


「セラには、マルコムの助手じゃなくて、ニースと一緒に歌ってもらうわ」

「……はぁ?」


 緊張感の漂う部屋に、男三人の間の抜けた声が響いた。びゅうと吹き込んだ風が、部屋に残った重い空気を吹き飛ばしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ