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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第26章 戦火 】
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449:再会を誓って3

前回のざっくりあらすじ:ニースは、ココに聖女の手記を見せてもらえるよう、アグネスに頼んだ。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、12月27日(金)朝7時の予約投稿となります。

 煌く朝日が、雪の町を照らす。宴の翌朝、戦闘で壊れた東門には、補給部隊の車列が並んでいた。

 物資を下ろした荷台には、戦線を離脱する負傷兵が乗せられている。彼らと共に発つ、エミルとヘレナを見送ろうと、ニースたちも集まっていた。

 移動中に冷えないよう、多めの布や毛皮と共に、双子は荷物を積んだ。後は乗り込むだけとなった二人に、ニースは語りかけた。


「エミル、ヘレナ。これ、母さんとマーサおばさんに渡してほしいんだ」


 ニースは会いたくても会えない家族を思い、手紙を書いていた。ヘレナが手紙を受け取り、にっこり笑った。


「必ず渡すわ。でも、全部片付いたら来なさいよね」

「うん。必ず行くよ。おじいちゃんのお墓参りもしたいし」

「そうね。待ってると思うわ。セラちゃんも来てね?」

「はい!」


 エミルは微笑み、ニースの肩を叩いた。


「母さんのことは心配しないで。無事に帰ってこいよ」

「ありがとう、エミル」


 ニースの護衛として付いている、マルコとエリック。そして、宴の片付けを抜けて見送りに来たダミアンも、エミルたちと挨拶を交わす。

 その傍らでニースとセラは、アグネスとも別れを惜しんだ。負傷兵に付き添いながら、アグネスも聖皇国へ向かうのだ。


「先生。冬の山脈はすごく危ないので、お気をつけて」

「ありがとう。でも危険性で言ったら、あなたたちの方が上だわ」

「はい。僕たちも充分気をつけます。……よろしくお願いしますね」

「任せて」


 ニースはアグネスと握手を交わし、最後はそっと囁いた。ココを隠して連れていくアグネスは、パチリと片目を瞑った。

 ニースと入れ替わり、何も知らないセラが、名残惜しそうに挨拶を交わしていると、パトリックの秘書ロビンが声をかけた。


「ニース様。私も本店へ一度戻りますので、少しよろしいですか」

「はい」


 ロビンも部隊の車に同乗し、皇国へ向かう予定だ。ニースは、セラたちから少し離れた場所へ移動し、ロビンと向き合った。


「ロビンさん。色々ありがとうございました」

「いえ。会長から連絡が入り次第、ユリウス様にご連絡を差し上げます。ユリウス様と合流しましたら、その旨お伝え頂けますか」

「はい。いいですよ」

「ありがとうございます。それで、お礼と言っては何ですが」


 ロビンは言いながら、数枚の紙を差し出した。


「何ですか、これ?」

「王都近郊に潜んでいる、王国兵の隠れ家の地図です」

「え⁉︎」


 唖然とするニースの手に、ロビンは書類を握らせ、囁いた。


「リュッケ村には、裏の仕事をしている者が多くおりまして。彼らから、身を隠している方々がいると聞きましてね。その者たちは、敵の隙をつき、反乱を起こす機会を探っているようです」

「それって、協力出来たら有利になりますよね。キール殿下なら、高値で買いそうですけど……」


 ニースが商品にしないのかと尋ねると、ロビンは微笑みを返した。


「ええ。まだ生き残っていればですが、かなりの価値があります。ですので、ニース様にお使い頂きたいのですよ」

「どうしてですか?」

「あなた様の自由を得るために、効果的に使って頂きたいからです」


 ロビンの言葉を聞いて、ニースは何を求められているのか察した。


「戦争が終わったら、商会のために歌ってほしいってことですね」

「必ずしもそれが目的ではありませんが。ぜひ今後も、良いお付き合いをして頂けたらと考えております」

「それは、パトリックさんの指示で?」

「いいえ。これは私の独断です。情報を得たのも、私の趣味のようなものですので」


 思いがけない話に、ニースは苦笑した。


「趣味ですか」

「はい。パトリック様には内密にお願い致します。見つかったら、叱られてしまいますので」

「分かりました」


 ニースは、パトリックが怒ったら大変だと想像し、真顔で頷きを返した。ロビンは、にっこり笑って頭を下げた。


「どうぞ、ユリウス様のことをお願い致します」

「はい。ロビンさんも、お気をつけて」


 そうして、もう間もなく出発という時。ルポルとキールが姿を見せた。


「殿下」


 エミルとヘレナは、表情を引き締める。ルポルが苦笑して声を上げた。


「殿下が、兄貴たちに渡すものがあるって」

「渡すもの?」


 首を傾げるエミルとヘレナに、キールは歩み寄った。


「そなたらには、世話になった。礼を言う」


 微笑んだキールに、エミルとヘレナは頭を下げた。


「滅相もございません」

「短い期間でしたが、殿下にお仕え出来て光栄でした」

「そう畏まらずとも良い。二人とも、手を出せ」


 二人は不思議そうに顔を見合わせたが、王太子の命に逆らうわけにはいかない。おずおずと手を差し出した。


「エミル。そなたは我の命を救った。そしてヘレナ。そなたは我の心を慰めてくれた。本来なら、しかるべき褒賞を与えねばならぬが、今の我に与えられるものは少ない。ゆえに、これを」


 二人の手のひらに、琥珀の付いたカフスボタンが片方ずつ置かれた。キールの瞳と同じ色のカフスボタンには、王家の紋章も刻まれている。

 エミルとヘレナは目を見開き、震える声を上げた。


「ほ、褒美だなんて!」

「私たち、臣民としてやるべきことをやっただけです! こんな恐れ多いもの、頂けません!」


 慌てふためく双子に、キールは愉快げに笑った。


「それは見た目より安物だ。気にせず受け取れ」

「で、ですが!」

「我の与える褒美が、気に入らないと?」


 ギラリと瞳を輝かせたキールに、エミルとヘレナは息を飲んだ。キールは、ふっと笑みを浮かべ、言葉を継いだ。


「王都を取り戻せば、次は国を立て直さねばならぬ。そなたら民の力が、我には必要だ」

「殿下……」

「そなたらの故郷は辺境の地だが、等しく大切な国土だ。故郷へ帰っても、国のために働いてほしい」


 エミルは松葉杖を支えに膝を付く。エミルの肩を支え、ヘレナも膝を付き、首を垂れた。


「身を粉にして、働かせて頂きます」

「殿下の戴冠の報せを、心よりお待ちしております」


 二人の姿に、キールは満足げに頷いた。ルポルがエミルに手を貸し、立ち上がらせた。


「兄貴、あんまり無理するなよ」

「平気だよ、このぐらい」

「姉貴、兄貴を頼む」

「ええ。あんたも、しっかり殿下をお守りしなさいね」


 挨拶を終えると、キールはルポルを連れて去って行った。ニースたちは動き出した車列を最後まで見送った。

 戦いで荒れ果てた山道を、車列は登って消えていく。じっと見つめるニースの手を、セラが握った。


「ニース。寂しい?」

「寂しくないって言ったら嘘だけど……」


 気遣うようなセラの問いかけに、ニースは頭を振った。


「それより僕は、頑張ろうって思うよ。みんなとまた、会えるように」

「そっか。そうだね。一緒に頑張ろう」

「うん」


 ニースはセラと手を繋いだまま歩き出す。セラはニースに寄り添い、囁いた。


「ところでニース。バードちゃんかココちゃん、貸してくれない?」

「どうしたの、急に?」

「昨日私、町の人たちに祈歌を歌ったでしょ? それで、小さな子が結構いてね。歌も楽しく聞いてくれてたんだけど、バードちゃんたちがいたら、もっと笑ってくれるんじゃないかなって思って」


 セラの話を聞いて、ニースは少し考え、答えた。


「バードがいいって言えば、いいと思うよ。でも、ココはダメなんだ」

「ココちゃん、どうかしたの?」

「今、ちょっと用事を頼んでて。出かけてるんだ」


 何も知らないセラに、ニースは間違いではない一部の事実のみを伝えた。セラは、ふぅんと声を漏らした。


「お手紙届けてるなら、しばらく帰らないね」

「ごめんね」

「ううん。いいよ。それなら、バードちゃんにお願いしてみるから」


 セラは、えへへと笑ってニースの手を、ぎゅっと握った。ニースは微笑みを返しながら、アグネスと共に旅立ったココを思った。


 ――アグネス先生なら、きっとココをうまく守ってくれる。あの人は、手記で何を知ったのかな……。


 ニースは、取り返しのつかない事が起きないよう祈る。ニースの胸元にいるバードは、ただ静かに目を閉じていた。



 エミルたちを見送った翌日、ニースたちは王都を目指し、モスルを発った。

 天の導きが二人に増えた事で進軍速度は上がるかと思われたが、帝国軍は雪中での戦いに強い。雪の中から奇襲を仕掛けられる事が増え、苦戦が続いた。

 その上、想定していた通り、敵は主力のほとんどをニースたちにぶつけて来るようになった。同盟軍は厳しい戦いを強いられたが、歩みを止めるわけにはいかない。

 ニースはどんな時も懸命に歌い続け、王都へ近付くにつれて、戦況は徐々に好転していった。


「まだニースは歌っているのか。戦いで疲れているだろうに。よく働くものだ」


 ある日。解放した町で、ニースは音楽の歌を歌っていた。町の広場で歌うニースの歌声は、閉め切った宿の窓から見下ろすキールの耳には届かない。

 集まった多くの人の中で、楽しげに歌うニースを遠目に見て、キールは感心したように呟いていた。

 傍らで控えていたアンヘルが、キールの言葉に微笑んだ。


「弟の忠誠心を、ご理解頂けましたか?」

「さてな。むしろ、人を魅了する力に長けているのだと思い知らされた」


 ふっと笑ったキールの目には、歌に喜ぶ人々の姿は映っていない。アンヘルは、キールの言葉が町民たちを指しているのではないと気付き、苦笑した。


「それは、例の情報のことでしょうか」

「ああ。我に直接言えばいいものを。ロビンも食えぬ奴よ」


 ニースは、ロビンから教えられた王国兵の情報を、キールに伝えていた。キールは、ロビンが自分にではなく、ニースに情報を渡していた事を憎らしく思ったが、それにより多くの兵を集める事が出来た。

 苦戦から抜け出せたのは、同盟軍の兵力が一気に増え、戦略に幅が出来たためでもある。悔しさを感じても、恨む事は出来なかった。


「ニースが正直に情報を手放してくれて、助かったがな」

「あの子には、もう少し交渉術を教えなければなりませんね」

「そう言うな。あれがこの手にあることを、我は幸運に思うぞ。民の顔を見てみろ。あの笑みは、我には到底作り出せぬ」


 キールは、楽しげな人々の顔を眼下に見て言った。アンヘルは、キールの態度が軟化しているのを感じ、肩の力を抜いた。


「殿下も一度、聞かれてはいかがですか」

「悪魔の歌をか」

「悪魔ではないと、すでにお感じになられているのでは?」

「否定はせぬ。だが、万が一ということもあろう」

「楽しいものですよ。ニースの歌は」

「王都を奪還したら考えよう。我が気を抜くのは、まだ早かろうよ」

「かしこまりました。あと少しの辛抱でしょうから、楽しみにしておきます」


 キールはアンヘルを下がらせ、静かに窓の外を眺める。ニースの働きを見るうちに、キールは少しずつ警戒を解いていくのだった。



 そうして数週間後。ついに同盟軍は、王都を守る最後の砦を落とした。

 王都は、アマービレ王国中心部に広がる平野にあり、その平原の四方に砦がある。

 ニースたちが東砦を落とした頃、南と西の同盟軍部隊もそれぞれ砦を攻略しており、同盟軍は王都の包囲網を作ると同時に、直接連絡も取れるようになった。


 王都奪還に向けた最後の作戦会議は、東砦で行われた。キールや各軍司令の代理人が集まる席には、ニースも参加している。

 ニースが緊張を感じて見つめる中、フィリップが静かに口を開いた。


「キール殿下。いよいよ王都を攻めることとなります。ですが、我々には情報が足りません。ぜひ、お力をお借りしたく」

「貴殿らに弱点を晒すのは本意ではないが。こればかりは仕方あるまいな」


 キールは肩をすくめ、アンヘルに目を向けた。アンヘルは頷き、広げられた地図を指し示した。


「皆様ご存知のように、王都アフェリドルセは平野部にあり、見通しが非常に良くなっています。今の時期は雪で覆われているため、より一層平坦に見えるでしょう。ですがそれが、一つの罠になっています」


 平野の中心部にある王都アフェリドルセの市壁は、何重にも張り巡らされた巨大なものだ。その外壁のそばに、多数の帝国軍部隊が展開しているが、他に障害物がないように見える。

 しかし、雪の下には薄氷が張った川が流れており、さらに市壁を囲むように、ぐるりと空堀が作られている。重量のある戦車で突入すれば氷を突き破って川に落ち、歩兵や騎馬は、空堀に降り積もった柔らかな雪に足を取られ、身動きが取れなくなるのだった。


「もちろん、川や空堀を越えるための橋もあります。ですがそれらも雪に隠れている。何の目印もない真っ白な雪の中で、詳細な位置を間違えずに通るのは難しいでしょう」


 アンヘルの話を聞き、フィリップは小さく唸った。


「しかし、そこを帝国は突破していたはずだ。王都が陥落したのは、ちょうど今から一年前だった。帝国はどうやってそこを突破したのだ」

「それは我から話そう」


 キールは両手を組み、苦々しげに話した。


「昨年の王都は、二十年に一度の暖冬でな。積雪量が極端に少なかった。その上、奴らは遠方から砲撃してきおった。我らは王都を早めに捨てるしかなかったのだ」

「暖冬ですか。皇国と気候が似ているようで、やはり違うのですね」


 フィリップは考え込むように眉根を寄せた。


「恐らくその際に使われた長距離砲は、我々が共和国で奪った兵器でしょう。南軍が運んできておりますので、こちらも使おうと思えば使えます。ですがそれをすれば、王都に残る人々の多くが傷つく」

「それなのだが、フィリップ殿。我に一つ案がある」

「どのような?」


 皆の視線が集まる中、キールは、ふっと笑みを浮かべた。


「別働隊を組み、我が直々に内側から道を開いてやる」

「抜け道があるのですね」

「そういうことだ。詳細については語れぬが、ただ門を開けるわけではない。先ほど話した空堀や川も、難なく通れるようになろう」

「そのような事が可能なのですか?」

「ああ。ニースがいるからな」


 ニースは自分の名を出され、何をするのかと身を強張らせた。キールは、淡々と話を続けた。


「この作戦に連れて行けるのは少数だ。我が臣で、別働隊は組ませてもらう」


 フィリップは少し考え、頷いた。


「抜け道となれば、機密は高いでしょうからね。我々の兵を使いたくない気持ちは理解出来ます。ですが、御身は尊いものです。せめて、エドガー隊をお使いください。彼らはどこの国にも属しておりませんので」

「鬼神を連れて歩くのは面白そうだな。そうさせてもらおう。フィリップ殿、礼を言うぞ」


 キールは満足げに笑い、細かな作戦について話し合う。ニースは緊張を感じながらも、気合いを入れて耳を傾けた。

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