449:再会を誓って3
前回のざっくりあらすじ:ニースは、ココに聖女の手記を見せてもらえるよう、アグネスに頼んだ。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、12月27日(金)朝7時の予約投稿となります。
煌く朝日が、雪の町を照らす。宴の翌朝、戦闘で壊れた東門には、補給部隊の車列が並んでいた。
物資を下ろした荷台には、戦線を離脱する負傷兵が乗せられている。彼らと共に発つ、エミルとヘレナを見送ろうと、ニースたちも集まっていた。
移動中に冷えないよう、多めの布や毛皮と共に、双子は荷物を積んだ。後は乗り込むだけとなった二人に、ニースは語りかけた。
「エミル、ヘレナ。これ、母さんとマーサおばさんに渡してほしいんだ」
ニースは会いたくても会えない家族を思い、手紙を書いていた。ヘレナが手紙を受け取り、にっこり笑った。
「必ず渡すわ。でも、全部片付いたら来なさいよね」
「うん。必ず行くよ。おじいちゃんのお墓参りもしたいし」
「そうね。待ってると思うわ。セラちゃんも来てね?」
「はい!」
エミルは微笑み、ニースの肩を叩いた。
「母さんのことは心配しないで。無事に帰ってこいよ」
「ありがとう、エミル」
ニースの護衛として付いている、マルコとエリック。そして、宴の片付けを抜けて見送りに来たダミアンも、エミルたちと挨拶を交わす。
その傍らでニースとセラは、アグネスとも別れを惜しんだ。負傷兵に付き添いながら、アグネスも聖皇国へ向かうのだ。
「先生。冬の山脈はすごく危ないので、お気をつけて」
「ありがとう。でも危険性で言ったら、あなたたちの方が上だわ」
「はい。僕たちも充分気をつけます。……よろしくお願いしますね」
「任せて」
ニースはアグネスと握手を交わし、最後はそっと囁いた。ココを隠して連れていくアグネスは、パチリと片目を瞑った。
ニースと入れ替わり、何も知らないセラが、名残惜しそうに挨拶を交わしていると、パトリックの秘書ロビンが声をかけた。
「ニース様。私も本店へ一度戻りますので、少しよろしいですか」
「はい」
ロビンも部隊の車に同乗し、皇国へ向かう予定だ。ニースは、セラたちから少し離れた場所へ移動し、ロビンと向き合った。
「ロビンさん。色々ありがとうございました」
「いえ。会長から連絡が入り次第、ユリウス様にご連絡を差し上げます。ユリウス様と合流しましたら、その旨お伝え頂けますか」
「はい。いいですよ」
「ありがとうございます。それで、お礼と言っては何ですが」
ロビンは言いながら、数枚の紙を差し出した。
「何ですか、これ?」
「王都近郊に潜んでいる、王国兵の隠れ家の地図です」
「え⁉︎」
唖然とするニースの手に、ロビンは書類を握らせ、囁いた。
「リュッケ村には、裏の仕事をしている者が多くおりまして。彼らから、身を隠している方々がいると聞きましてね。その者たちは、敵の隙をつき、反乱を起こす機会を探っているようです」
「それって、協力出来たら有利になりますよね。キール殿下なら、高値で買いそうですけど……」
ニースが商品にしないのかと尋ねると、ロビンは微笑みを返した。
「ええ。まだ生き残っていればですが、かなりの価値があります。ですので、ニース様にお使い頂きたいのですよ」
「どうしてですか?」
「あなた様の自由を得るために、効果的に使って頂きたいからです」
ロビンの言葉を聞いて、ニースは何を求められているのか察した。
「戦争が終わったら、商会のために歌ってほしいってことですね」
「必ずしもそれが目的ではありませんが。ぜひ今後も、良いお付き合いをして頂けたらと考えております」
「それは、パトリックさんの指示で?」
「いいえ。これは私の独断です。情報を得たのも、私の趣味のようなものですので」
思いがけない話に、ニースは苦笑した。
「趣味ですか」
「はい。パトリック様には内密にお願い致します。見つかったら、叱られてしまいますので」
「分かりました」
ニースは、パトリックが怒ったら大変だと想像し、真顔で頷きを返した。ロビンは、にっこり笑って頭を下げた。
「どうぞ、ユリウス様のことをお願い致します」
「はい。ロビンさんも、お気をつけて」
そうして、もう間もなく出発という時。ルポルとキールが姿を見せた。
「殿下」
エミルとヘレナは、表情を引き締める。ルポルが苦笑して声を上げた。
「殿下が、兄貴たちに渡すものがあるって」
「渡すもの?」
首を傾げるエミルとヘレナに、キールは歩み寄った。
「そなたらには、世話になった。礼を言う」
微笑んだキールに、エミルとヘレナは頭を下げた。
「滅相もございません」
「短い期間でしたが、殿下にお仕え出来て光栄でした」
「そう畏まらずとも良い。二人とも、手を出せ」
二人は不思議そうに顔を見合わせたが、王太子の命に逆らうわけにはいかない。おずおずと手を差し出した。
「エミル。そなたは我の命を救った。そしてヘレナ。そなたは我の心を慰めてくれた。本来なら、しかるべき褒賞を与えねばならぬが、今の我に与えられるものは少ない。ゆえに、これを」
二人の手のひらに、琥珀の付いたカフスボタンが片方ずつ置かれた。キールの瞳と同じ色のカフスボタンには、王家の紋章も刻まれている。
エミルとヘレナは目を見開き、震える声を上げた。
「ほ、褒美だなんて!」
「私たち、臣民としてやるべきことをやっただけです! こんな恐れ多いもの、頂けません!」
慌てふためく双子に、キールは愉快げに笑った。
「それは見た目より安物だ。気にせず受け取れ」
「で、ですが!」
「我の与える褒美が、気に入らないと?」
ギラリと瞳を輝かせたキールに、エミルとヘレナは息を飲んだ。キールは、ふっと笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「王都を取り戻せば、次は国を立て直さねばならぬ。そなたら民の力が、我には必要だ」
「殿下……」
「そなたらの故郷は辺境の地だが、等しく大切な国土だ。故郷へ帰っても、国のために働いてほしい」
エミルは松葉杖を支えに膝を付く。エミルの肩を支え、ヘレナも膝を付き、首を垂れた。
「身を粉にして、働かせて頂きます」
「殿下の戴冠の報せを、心よりお待ちしております」
二人の姿に、キールは満足げに頷いた。ルポルがエミルに手を貸し、立ち上がらせた。
「兄貴、あんまり無理するなよ」
「平気だよ、このぐらい」
「姉貴、兄貴を頼む」
「ええ。あんたも、しっかり殿下をお守りしなさいね」
挨拶を終えると、キールはルポルを連れて去って行った。ニースたちは動き出した車列を最後まで見送った。
戦いで荒れ果てた山道を、車列は登って消えていく。じっと見つめるニースの手を、セラが握った。
「ニース。寂しい?」
「寂しくないって言ったら嘘だけど……」
気遣うようなセラの問いかけに、ニースは頭を振った。
「それより僕は、頑張ろうって思うよ。みんなとまた、会えるように」
「そっか。そうだね。一緒に頑張ろう」
「うん」
ニースはセラと手を繋いだまま歩き出す。セラはニースに寄り添い、囁いた。
「ところでニース。バードちゃんかココちゃん、貸してくれない?」
「どうしたの、急に?」
「昨日私、町の人たちに祈歌を歌ったでしょ? それで、小さな子が結構いてね。歌も楽しく聞いてくれてたんだけど、バードちゃんたちがいたら、もっと笑ってくれるんじゃないかなって思って」
セラの話を聞いて、ニースは少し考え、答えた。
「バードがいいって言えば、いいと思うよ。でも、ココはダメなんだ」
「ココちゃん、どうかしたの?」
「今、ちょっと用事を頼んでて。出かけてるんだ」
何も知らないセラに、ニースは間違いではない一部の事実のみを伝えた。セラは、ふぅんと声を漏らした。
「お手紙届けてるなら、しばらく帰らないね」
「ごめんね」
「ううん。いいよ。それなら、バードちゃんにお願いしてみるから」
セラは、えへへと笑ってニースの手を、ぎゅっと握った。ニースは微笑みを返しながら、アグネスと共に旅立ったココを思った。
――アグネス先生なら、きっとココをうまく守ってくれる。あの人は、手記で何を知ったのかな……。
ニースは、取り返しのつかない事が起きないよう祈る。ニースの胸元にいるバードは、ただ静かに目を閉じていた。
エミルたちを見送った翌日、ニースたちは王都を目指し、モスルを発った。
天の導きが二人に増えた事で進軍速度は上がるかと思われたが、帝国軍は雪中での戦いに強い。雪の中から奇襲を仕掛けられる事が増え、苦戦が続いた。
その上、想定していた通り、敵は主力のほとんどをニースたちにぶつけて来るようになった。同盟軍は厳しい戦いを強いられたが、歩みを止めるわけにはいかない。
ニースはどんな時も懸命に歌い続け、王都へ近付くにつれて、戦況は徐々に好転していった。
「まだニースは歌っているのか。戦いで疲れているだろうに。よく働くものだ」
ある日。解放した町で、ニースは音楽の歌を歌っていた。町の広場で歌うニースの歌声は、閉め切った宿の窓から見下ろすキールの耳には届かない。
集まった多くの人の中で、楽しげに歌うニースを遠目に見て、キールは感心したように呟いていた。
傍らで控えていたアンヘルが、キールの言葉に微笑んだ。
「弟の忠誠心を、ご理解頂けましたか?」
「さてな。むしろ、人を魅了する力に長けているのだと思い知らされた」
ふっと笑ったキールの目には、歌に喜ぶ人々の姿は映っていない。アンヘルは、キールの言葉が町民たちを指しているのではないと気付き、苦笑した。
「それは、例の情報のことでしょうか」
「ああ。我に直接言えばいいものを。ロビンも食えぬ奴よ」
ニースは、ロビンから教えられた王国兵の情報を、キールに伝えていた。キールは、ロビンが自分にではなく、ニースに情報を渡していた事を憎らしく思ったが、それにより多くの兵を集める事が出来た。
苦戦から抜け出せたのは、同盟軍の兵力が一気に増え、戦略に幅が出来たためでもある。悔しさを感じても、恨む事は出来なかった。
「ニースが正直に情報を手放してくれて、助かったがな」
「あの子には、もう少し交渉術を教えなければなりませんね」
「そう言うな。あれがこの手にあることを、我は幸運に思うぞ。民の顔を見てみろ。あの笑みは、我には到底作り出せぬ」
キールは、楽しげな人々の顔を眼下に見て言った。アンヘルは、キールの態度が軟化しているのを感じ、肩の力を抜いた。
「殿下も一度、聞かれてはいかがですか」
「悪魔の歌をか」
「悪魔ではないと、すでにお感じになられているのでは?」
「否定はせぬ。だが、万が一ということもあろう」
「楽しいものですよ。ニースの歌は」
「王都を奪還したら考えよう。我が気を抜くのは、まだ早かろうよ」
「かしこまりました。あと少しの辛抱でしょうから、楽しみにしておきます」
キールはアンヘルを下がらせ、静かに窓の外を眺める。ニースの働きを見るうちに、キールは少しずつ警戒を解いていくのだった。
そうして数週間後。ついに同盟軍は、王都を守る最後の砦を落とした。
王都は、アマービレ王国中心部に広がる平野にあり、その平原の四方に砦がある。
ニースたちが東砦を落とした頃、南と西の同盟軍部隊もそれぞれ砦を攻略しており、同盟軍は王都の包囲網を作ると同時に、直接連絡も取れるようになった。
王都奪還に向けた最後の作戦会議は、東砦で行われた。キールや各軍司令の代理人が集まる席には、ニースも参加している。
ニースが緊張を感じて見つめる中、フィリップが静かに口を開いた。
「キール殿下。いよいよ王都を攻めることとなります。ですが、我々には情報が足りません。ぜひ、お力をお借りしたく」
「貴殿らに弱点を晒すのは本意ではないが。こればかりは仕方あるまいな」
キールは肩をすくめ、アンヘルに目を向けた。アンヘルは頷き、広げられた地図を指し示した。
「皆様ご存知のように、王都アフェリドルセは平野部にあり、見通しが非常に良くなっています。今の時期は雪で覆われているため、より一層平坦に見えるでしょう。ですがそれが、一つの罠になっています」
平野の中心部にある王都アフェリドルセの市壁は、何重にも張り巡らされた巨大なものだ。その外壁のそばに、多数の帝国軍部隊が展開しているが、他に障害物がないように見える。
しかし、雪の下には薄氷が張った川が流れており、さらに市壁を囲むように、ぐるりと空堀が作られている。重量のある戦車で突入すれば氷を突き破って川に落ち、歩兵や騎馬は、空堀に降り積もった柔らかな雪に足を取られ、身動きが取れなくなるのだった。
「もちろん、川や空堀を越えるための橋もあります。ですがそれらも雪に隠れている。何の目印もない真っ白な雪の中で、詳細な位置を間違えずに通るのは難しいでしょう」
アンヘルの話を聞き、フィリップは小さく唸った。
「しかし、そこを帝国は突破していたはずだ。王都が陥落したのは、ちょうど今から一年前だった。帝国はどうやってそこを突破したのだ」
「それは我から話そう」
キールは両手を組み、苦々しげに話した。
「昨年の王都は、二十年に一度の暖冬でな。積雪量が極端に少なかった。その上、奴らは遠方から砲撃してきおった。我らは王都を早めに捨てるしかなかったのだ」
「暖冬ですか。皇国と気候が似ているようで、やはり違うのですね」
フィリップは考え込むように眉根を寄せた。
「恐らくその際に使われた長距離砲は、我々が共和国で奪った兵器でしょう。南軍が運んできておりますので、こちらも使おうと思えば使えます。ですがそれをすれば、王都に残る人々の多くが傷つく」
「それなのだが、フィリップ殿。我に一つ案がある」
「どのような?」
皆の視線が集まる中、キールは、ふっと笑みを浮かべた。
「別働隊を組み、我が直々に内側から道を開いてやる」
「抜け道があるのですね」
「そういうことだ。詳細については語れぬが、ただ門を開けるわけではない。先ほど話した空堀や川も、難なく通れるようになろう」
「そのような事が可能なのですか?」
「ああ。ニースがいるからな」
ニースは自分の名を出され、何をするのかと身を強張らせた。キールは、淡々と話を続けた。
「この作戦に連れて行けるのは少数だ。我が臣で、別働隊は組ませてもらう」
フィリップは少し考え、頷いた。
「抜け道となれば、機密は高いでしょうからね。我々の兵を使いたくない気持ちは理解出来ます。ですが、御身は尊いものです。せめて、エドガー隊をお使いください。彼らはどこの国にも属しておりませんので」
「鬼神を連れて歩くのは面白そうだな。そうさせてもらおう。フィリップ殿、礼を言うぞ」
キールは満足げに笑い、細かな作戦について話し合う。ニースは緊張を感じながらも、気合いを入れて耳を傾けた。




