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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第26章 戦火 】
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446:真心の先に5

前回のざっくりあらすじ:ニースは、祈歌を新しく作ろうと考えたが、ココに止められた。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、12月21日(土)となります。

 空になった皿は、セラの手でワゴンへ避けられている。テーブルに残るのは、温かな湯気の漂う茶のカップと、苦手な野菜と格闘しているリリーの皿だけだ。

 アンヘルは両手を組み、ニースとセラへ語りかけた。


「天の導きは、王国の平和に必要不可欠な存在だ。だが、王国の兵器数は極端に少ない。今回の戦いで防衛力が脆弱だと知られてしまったから、お前が国にいても大きな抑止力にはならないだろう。そこで私は戦後、ニースを外交官のような立場に出来ないか、殿下に提案している」

「外交官、ですか?」

「お前は各国と繋がりがあるだろう? そして歌の力もある。それらを武器にして、王国に利のある話をまとめる仕事だ。そうすればお前は王国のために働きながら、セラさんと自由に世界を動ける」

「世界を……」


 ニースはセラと顔を見合わせた。アンヘルは、淡々と話した。


「だが問題は殿下だ。殿下は、力の大きな天の導きを警戒している。お前が裏切ることを懸念しているんだ」


 ニースの脳裏に、悪魔と叫んだナーセルの顔が浮かんだ。眉根を寄せたニースを、アンヘルはじっと見つめた。


「殿下はお前を()で繋ぎ、意のままに扱おうと考えておられる。だがそんなことをしなくとも、お前は国のために動くと、私は伝えていくつもりだ」

「兄様……」

「殿下は一筋縄ではいかない相手だが、一つ一つ手を打っていこう。この戦いは、ちょうど良い機会とも言える。お前が信じられる存在だと示すんだ」

「分かりました」

「これから町にいる間は、出来る限り民に姿を見せてほしい。国は、王一人で動かせるわけではない。民の心を掴めば、殿下も無理強いは出来ないはずだ」

「はい。やってみます。色々ありがとうございます、兄様」

「ああ」


 ニースは、なぜ今、アンヘルがこの話をしたかったのかを理解した。


 ――これから僕は、殿下とたくさん話をしなきゃいけない。兄様はその前に、これからのことを考えて動けるようにって、教えてくれたんだ。


 ニースは嬉しさを感じながら、カップに口を付けた。アンヘルは微笑んで、言葉を継いだ。


「お前にはこれから頑張ってもらうとして。妃殿下も無事に見つかったから、まずはヘレナを帰さなければな」

「ヘレナ?」

「昨日会った時、聞かなかったのか?」


 顔を歪めたアンヘルに、ニースは頭を振った。


「特に何も。ただ、ヘレナを守るために、エミルが従者になったって……」


 言いかけたニースは、はっとしてカップを置いた。


「まさか……ヘレナを守るって、殿下から?」

「参ったな。知らなかったのか」


 頭を抱えたアンヘルを見て、ニースは寒気を感じた。


「ヘレナは殿下に、無理矢理連れてこられたんですか?」

「……ああ。人質にするためにね」

「そんな! だって僕、おじいちゃんが死んだから、みんなは関係ないって伝えてたのに!」


 声を荒げたニースに、ようやく食事を終えたリリーが、びくりと震えた。イリナが苦笑して、立ち上がった。


「私とリリーは、先に出てるわね」

「あ……ごめんなさい」

「いいのよ。あなた、あとはお願いね」


 イリナはロベルトに後を任せ、リリーを抱いて去っていった。残ったニースたちの間に、重い空気が漂う。

 パチパチと暖炉の炎が弾けるのを聞きながら、アンヘルは静かに口を開いた。


「お前がエルネストを通じて交渉していたと、殿下から伺っている。だがそれも、殿下にはお見通しだったんだよ」

「僕がもっと上手くやれてたら……」


 ニースは、ギリリと歯噛みした。苦しげなニースを、セラが気遣うように見つめる。ロベルトがカップを置き、呟いたニースに語りかけた。


「ニース君。殿下は一国の王太子だ。腹の探り合いで勝つのは難しい」

「ロベルトの言う通りだ。お前は充分頑張った」


 アンヘルにも慰められたものの、ニースは頭を振った。


「僕は全然ダメなんです。昨日だって結局、殿下の前でルポルや父さんと話したし、エミルの所にも行っちゃったし」

「ニース、それは気にするな。むしろ目の前にいるのに無視したら、かえって怪しい」

「それに、ヘレナが連れ出されたからエミルが付いてきて。それで足を失くしたんです。全部僕のせいです」

「ヘレナとエミルのことは、殿下を止められなかった私に責任がある。お前は気にしなくていい」

「兄様……」


 ニースは涙を堪え、口を結んだ。アンヘルは、穏やかに言葉を継いだ。


「殿下がヘレナを求めたのは、妃殿下が亡くなられたと思っていたからだ。妃殿下がご無事だったのだから、ヘレナを妾に取られる心配はない。エミルと一緒に帰せると思う」

「妾に……ただの人質じゃなかったんですね。だからエミルが守らなきゃならなかったんだ」

「そういうことだ。だが殿下はお前を()()ために、次の手を打ってくるだろう。セラさんの存在を殿下は知ったから、次に狙われるのはセラさんだ。セラさんを王城に捕らえておこうと、殿下は考えられるはずだ」


 名前を出され、セラは息を飲んだ。ニースは瞳に怒りを込めて、アンヘルを見つめた。


「セラに手は出させません」

「もちろんそのつもりだ。王都まで動きはないと思うが、念のためエドガー隊の女性にセラさんの護衛を依頼しておいた。戦闘時は無理だが、平常時に出歩く際は必ず一緒に行動してほしい」


 意外な話に、ニースは驚いた。


「カサンドラさんとダナさんに?」

「そう。その人たちだ。個別の依頼は受けると、ジェラルド殿が言っていたからね。昨日会った時に依頼しておいた。交代で護衛に当たってくれるよ。今日も、もうすぐ来るはずだ」

「兄様、ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」


 ニースと共に、セラも慌てて頭を下げた。アンヘルは表情を引き締め、話を続けた。


「戦闘中は、ニースか私のそばにいてくれれば、セラさんは大丈夫だろう。エルネストはニースを好意的に見てくれているが、それでも殿下の影だ。殿下の命があれば、動かなければならない。それを忘れるな」

「……はい」

「ベンジャミン少尉やフィリップ司令、その他の国の連中にも、用心してほしい。どこの国もニースを手に入れたがってる。隙を見せないようにしてくれ」

「ベンは大丈夫です。アグネス先生も。国は違いますけど、二人とも僕とセラのことを考えてくれているので」

「それでも、警戒は怠らない方がいい。何がきっかけで、彼らの気持ちが変わるかは分からないんだ。信じられるのは身内だけだよ」

「兄様……」


 ニースは寂しさを感じて、拳を握りしめた。アンヘルは、安心させるように微笑んだ。


「とはいえ、一番危ないのは殿下だ。最悪の場合は、ロベルトも手を貸してくれる。だからお前は、殿下の信頼を得られるように動いてくれ」

「ロベルト義兄様が?」


 ロベルトは頷き、切なげに微笑んだ。


「リリーがいるからね」

「リリーって……まさか、義兄様!」

「昨日アンヘルから話を聞いてね。イリナと相談して決めたんだ。もしもの時は、リリーをアンヘルの養子にして、王宮へ上げる」


 ニースは拳を震わせ、頭を振った。


「そんなこと、ダメですよ!」

「大丈夫だ。ただ上げるわけじゃない。私もアンヘルも、この戦いで功を立て、力を付けるつもりでいる。そうすれば、リリーは人質というより、対等な繋ぎ役になれるだろう」

「だからって、僕のためにリリーの未来を決めちゃダメです!」

「何も君のためだけじゃない。最初は行儀見習いのような扱いだろうが。上手くいけば、リリーは王子殿下の妃の一人になれるかもしれない。そうなれば、うちの商会も伯爵家ももっと大きくなれる」

「そんな……!」


 アンヘルが宥めるように、ニースに語りかけた。


「ニース。これはあくまでも、最後の手段だ」

「兄様……」

「幸い、リリーは王子殿下と仲が良いと、イリナが話していた。今後も関係が良好なら、自然とそうなる可能性だってあるんだよ」

「だけど!」

「お前の枷に使える人間は、そう多くない。リンドたちにこれ以上迷惑をかけたくないんだ。私たちに出来るせめてもの罪滅ぼしなんだよ、これは」

「罪滅ぼしだなんて……」


 唇を噛むニースに、ロベルトが声をかけた。


「ニース君。どうしても納得出来ないなら、この手段を使わずに済むよう動いてくれ」

「ロベルト義兄様……」

「君を使うのに人質など必要ないと。自由を与えても、君は決して裏切らないと王太子殿下に示せばいいだけだ。これは最後の手段なのだから」


 ロベルトの穏やかな低音に、ニースはゆっくり頷いた。


「分かりました。絶対そんなことさせません。必ず殿下に認めてもらいます」

「その意気だ」


 ニースは、カラカラに乾いた喉に、冷め切った茶を流し込んだ。


 ――どんなに頑張っても、殿下が僕を悪魔だと思っていたら信じてもらえない。どうにかして、悪魔じゃないって思ってもらわなきゃ。それで、王国のために動いてるんだって分かってもらって……。


 ニースは考えを巡らせ、目を伏せる。すると、コンコンと扉が叩かれた。


「ニース、食事は終わった?」


 響いたベンの声に、ニースは立ち上がり扉を開けた。


「うん。終わったよ。どうしたの?」

「兄上が、殿下のところに来てる。ニースも呼んで欲しいって」

「分かった」


 ベンの兄、フィリップは、リベラに挨拶するべく宿を訪ねていた。ニースはセラ、アンヘルと共にキールの部屋へ向かった。



 暖かな部屋に、質の高い紅茶の香りが漂う。キールの部屋の前室には、柔らかなソファとテーブルが置かれており、そこにキールと向かい合うフィリップの姿があった。


「やあ、ニース君。久しぶりだね」

「フィリップ様、お久しぶりです。その節はありがとうございました」

「いいんだよ。私にとっても君は大事な友人だ。セラさんも綺麗になったね」

「ありがとうございます!」


 北回りの同盟軍を率いているフィリップは、皇国貴族フェローシャス侯の嫡男で、ベンの兄だ。八年前ペリフローニシの町で、ニースに“調子外れ”の証明書を渡しており、メグに告白して振られた過去も持つ。

 そんなフィリップの、貴族然としながらも穏やかな物腰は、ニースにとって懐かしいものだった。


 親しげに挨拶を交わす二人を、キールが険しい顔で見つめる。アンヘルが、そっと声をかけた。


「フィリップ司令。ご挨拶はその辺にしてはいかがでしょうか」

「ああ、すまない。懐かしくてね。また後で、メグさんのことも教えてくれるかい」

「あ、ええと……はい」


 ニースとセラは、メグがラチェットと結婚したと話したら、フィリップがどんな顔をするかと考え、苦笑した。

 キールは、ニースが戸惑いを見せた事に安堵したようで、幾分表情を和らげた。


「そなたらも座るといい」

「はい、殿下。ありがとうございます」


 リベラとナーセルは、すでに挨拶を受けたようで部屋におらず、エルネストとフィリップの護衛兵が壁際に立っているだけだ。ニースとセラは、キールに近いソファへ並んで腰を下ろした。

 アンヘルは、ベンと共に立ったまま控える。キールは足を組み、ゆったりと話した。


「それで、今後の動きだったな」

「ええ。ベンジャミンが預かってきた、南軍のフォルス司令の案では、ニース君はこのまま我々と共に王都を目指すべきだとありました。そこで挟撃するようにと」

「我もそう思う。だがひとつ気がかりなのは、ニースが抜けて南軍の歌は大丈夫かということだ」

「それに関しては、ニース君の囮役を務めたほどの歌い手がおりますので。心配はいらないかと」


 フィリップに、ちらりと視線を向けられて、ニースはキールに目を向けた。キールは頷き、話を促す。ニースは緊張を感じながらも、口を開いた。


「その歌い手はユリウスといって、一緒に音楽院で学んだ僕の親友です。二つの黒を持っているので、力はかなり強いです。ユリウスなら大丈夫だと思います」

「そなたのお墨付きなのだな」

「はい。それに、こっちには僕とルイサ様がいます。たぶん、帝国軍は僕らの方に注力するしかないはずです。南軍に天の導きがいないからって手を抜いてくれれば、むしろユリウスたちは簡単に押し返してくれると思います」

「ほう。それほど強いのか。ユリウスという者の歌は」


 キールは愉快げに口角を上げた。アンヘルが苦笑して声を挟んだ。


「殿下。ユリウス君はパトリック会長のお孫さんです」

「パトリック殿の? であれば、共和国の歌姫の婚約者か」

「左様です。彼は帝国に恨みを持っていますし、歌姫奪還に心血を注いでいます。負けることはないでしょう」

「そうか。ならば、心配は不要だな」


 頷いたキールに、フィリップは穏やかに話した。


「予定通り、モスルで三日滞在し、兵を休めます。王都への進軍ルートも、以前お話した通りに進める予定です」

「承知した。同盟軍の力、今しばらくお借りする」

「もちろんです」

「だが、ニースの護衛に皇国の力はもう必要ない。そなたの弟君には礼を言う」


 ふっと笑みを浮かべたキールに、フィリップは眉根を寄せた。


「殿下。これは同盟軍として必要なことです」

「ニースの護衛には、皇国兵しかおらぬのにか?」

「我々はニース君の身を案じて、精鋭をお付けしているだけです」


 睨み合う二人の様子に、ニースはどうしたらいいのかと視線を彷徨わせた。セラが不安げに、ニースの手を握る。

 成り行きを見守っていたベンが、静かに声を挟んだ。


「殿下。発言をお許し頂いても?」

「構わぬ」


 キールだけでなく、アンヘルも見定めるようにベンを見つめる。ベンは一歩前へ出て、意見を述べた。


「私は、ニースの歌に魅入られた人間です。ニースを守るために軍に入りました」

「ニースの歌にだと?」

「はい。八年前、初めてニースの歌を聞いた時の衝撃や興奮は、今も忘れられません。音楽の歌は、鳥の囀りのようで。私の心を掴んで離しませんでした」

「鳥のような歌、か」


 ベンは心から幸せそうに微笑んだ。キールは真意を探るように目を細め、フィリップが何を言い出すのかと顔をしかめる。

 ベンは表情を引き締め、言葉を継いだ。


「我々がニースを守る意図を、ご心配なされるのは当然ですが。私にとっては、ニースが生き生きと歌える環境こそが重要です。ですので、皇国人としてではなく、友人としてニースを守っていることを、ご理解頂ければ」

「そうは言っても、そなたは皇国少尉だ」

「はい、そうです。ですので、ひとつ提案を」

「言うてみよ」


 ベンは、ちらりとエルネストを見た。


「我々はこれまで、エルネスト殿と協力してニースの護衛に当たってきました。もし可能であれば、今後も協力して任に当たれればと思います」

「エルとか」

「もちろん、他の方でも構いません。殿下がニースの護衛に相応しいと思われる方と、協力していきたいと思います」


 ベンはハッキリ述べると、じっとフィリップを見つめた。


「私は例え兄が相手でも、ニースの自由を奪う相手には立ち向かうつもりです」

「ベンジャミン、何を……!」

「兄上。私は本気ですよ。不服なら、今すぐ私を護衛の任から外せばいい」

「私に、そのような他意などない!」


 ベンの話は、フィリップにとって痛い所を突かれた形だ。しかしそれを表に出すわけにはいかない。フィリップは、ぐっと声を詰まらせた。

 キールは愉快げに声を上げて笑った。


「力のない歌に、ずいぶん魅了されたものだな」

「はい。私はニースのファンですから」

「良かろう。たとえ嘘だとしても、面白い。気に入った」


 キールは、必死に表情を取り繕うフィリップに、にこやかな笑みを向けた。


「よく出来た弟君をお持ちだな、フィリップ殿」

「……ええ。自慢の弟ですよ」


 キールはベンに、後ほどニースの護衛役を紹介すると約束すると、フィリップに退室を促した。フィリップは護衛兵を連れ、見送りに立ったベンと共に、部屋を出る。

 王国人とセラだけとなった部屋で、アンヘルが、ほっと声を漏らした。


「殿下。まだ王都奪還前です。フィリップ司令を、あまり刺激なさらない方が」

「ベンジャミン少尉だったか。彼の人となりを知りたかっただけだ。そなたとて同じであろう」

「まあ、そうですが」


 苦笑するアンヘルに、キールは静かに話した。


「アンヘル。妃とナーセルだが、モスルに置いていこうと思う。王都奪還まで、またイリナに頼めるか?」

「そのつもりでおりました。アージェンの屋敷も、今修繕を急がせています」

「すまぬな。それから……」


 キールは切なげに顔を歪め、言葉を継いだ。


「ニースの歌でも治らなかったと聞いた。エミルはもう連れていけぬ」

「……はい」

「エミルと共に、ヘレナも故郷へ帰してやれ」


 ニースたちは、自分たちが何かを言う前に、キールの方からヘレナを帰すと言われ、驚いた。アンヘルが、戸惑いながらも問いかけた。


「よろしいのですか?」

「元々、妃が見つからなければという約束だ。エリックにも意向を聞いてやれ。帰りたいなら帰れとな」

「……かしこまりました」


 キールはニースに目を向け、ふっと微笑んだ。


「そなたは良い家族を持ったな」

「殿下。僕は、その……」

「偽る必要はない。二つの家族を、大事にしてやれ」

「……はい」


 キールの意図が分からないながらも、ニースは頷きを返した。キールは、ゆっくり紅茶を飲みながら、窓から差し込む光を見つめていた。

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