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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
51/647

41:セラの秘密1

前回のざっくりあらすじ:ラメンタの町での初公演を終えたニースたちは、セラを交えて打ち上げをした。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*

 顔を出した朝日が、ラメンタの町を照らす。ニースは、窓から差し込む日の光で目を覚ました。


 ――あれ? あ、そっか。ここ、グスタフさんの部屋だ。


 大きなベッドで寝ていた事に気付き、ニースは、打ち上げ後に眠ってしまった事を思い出した。


 ――誰かが寝かせてくれたんだ。セラは、どこで寝たんだろ?


 グスタフのベッドには、ニースしかいなかった。ニースは身を起こし、辺りを見回した。床には大人たちが転がって寝ており、ラチェットは長椅子で眠っていた。しかし、メグとセラの姿はなかった。


 ――メグもいない……。二人でお風呂に行ったのかな?


 ニースは、ぼんやりと考えながら、大人たちに毛布をかけていった。



 その頃メグとセラは、ニースの予想通り風呂の脱衣所にいた。まだ朝日が昇ったばかりの女湯には、メグとセラの二人しかいなかった。


「メグさん。私やっぱり、お風呂は……」

「もうっ、ダメよ。可愛い女の子なんだから。こんなことなら、昨日のうちにお風呂に行けば良かったわ」


 メグは怒っていた。朝になり、風呂へ行こうとセラを誘うと、セラは風呂に入った事がないと言ったからだ。


「こんな立派なお風呂がある宿屋で働いているのに、従業員の一人にも使わせてあげないなんて!」

「ち、違います! 女将さんには、いつも勧められているんですが、私が……私が断ってたから……」


 メグの剣幕にたじたじになりながらも、セラは誤解を解こうと懸命に話していた。しかし、メグの怒りは収まらない。話を聞き流しながら、メグはさっさと服を脱いだ。


「わぁ! メグさん、キレイ……!」


 惜しげも無く裸になったメグに、セラは思わず見惚れた。メグの艶やかな小麦色の体は、女性らしい曲線を描き、美しかった。

 メグは、ほんのり頬を染めたセラに手を伸ばした。


「セラ。あなたも脱ぐのよ」

「で、でも、は……恥ずかしいですっ!」

「恥ずかしがらないっ!」


 セラが着ているのは、小さな頃にメグが着ていたワンピースだ。かつて自分が脱ぎ着していただけあり、メグは、慣れた手付きでワンピースを脱がせた。

 ワンピースの下は、同じくお下がりのタイツと、セラ自身の下着だ。セラの下着姿を見ると、メグは驚き、目を見開いた。


「ちょ、ちょっと……。セラ、これ……」

「へ? どうかしましたか?」


 メグは唖然とした。セラの下着は着古されたものだが、その下着以上に、目を引く部分があった。


 ――嘘でしょ⁉︎ 何なのよ、これ!


 セラの両腕には、()()()()()()()()()()、ひどい打撲痕があった。

 前日の舞台衣装の着替えは、セラ本人に衣装を渡して着替えてもらったため、メグもジーナも、セラの傷に気付いていなかった。


 ――まさか、他に怪我はないわよね⁉︎


 嫌な予感を感じ、メグは大急ぎで、セラの下着やタイツも全て脱がせた。

 セラの体には、赤く黒ずんだものから青く腫れ上がっているものまで、様々な痣や傷が出来ていた。脚、腹、背中、胸、尻……傷となっていない箇所がほとんどないほど、セラは酷い有様だった。


 ――なんで……誰がこんなことを……!


 傷の中には、棒で叩かれたような痕や、靴の裏で蹴られたような痕があった。転んだり、馬に蹴られたわけではないとメグは感じ、思わず嘔吐(えず)いた。


「……っ!」

「め、メグさん⁉︎」


 これだけの傷だ。どれだけ辛かったか、痛かったか。そして、体の痛みを押して今まで働いていたのかと思うと、メグは、セラの事が不憫でならなかった。

 目に涙を滲ませて(うずくま)るメグの背を、セラはさすった。


「メグさん、具合悪いんですか? 無理しないで下さい」


 セラは、なぜメグが泣いているのか分からない様子で、メグの事を心配していた。メグは、そんなセラを見て胸が痛んだ。


 ――セラは、自分が何をされてるのか分かってないんだわ。セラを助けるためには……。


 メグは、ぐっと唇を噛むと、涙を拭い笑顔を形作った。


「ううん、大丈夫よ。心配かけてごめんね」

「本当に大丈夫なんですか?」

「ええ」


 メグは、出来る限り自然に語りかけた。


「セラ……その怪我、水に触ると痛い?」

「い、いえ。慣れちゃったので、全然痛くないですよ」


 セラは胸元を隠しながら、恥ずかしそうに頬を染めた。メグは、湧き上がる怒りを胸の内に必死に押し込めた。


 ――慣れるぐらいって……どういうことよ!


 メグは、心の中で怒りの炎を燃やしながらも、今はセラの体をしっかり綺麗に洗ってやろうと心に決めた。

 浴室へ入ると、メグはお気に入りの石鹸をたっぷり泡立てて、セラの髪を洗った。


「ふふふ、くすぐったい……」

「我慢してね。でも、痛いところがあったら、必ず言うのよ」

「はい、大丈夫です」


 泡まみれになった赤い髪をしっかりすすぐと、メグは蜂蜜とお酢を使ったリンスを、セラの髪に丁寧に繰り返し馴染ませていった。


「ねえ、セラ。その体の傷だけど、最後に付いたのはいつ?」

「えっと……たぶん、四日前ぐらいですかね」

「そう。それなら、お湯に浸かっても大丈夫かしら……」


 メグはさり気なく尋ねながら、リンスを流していった。続いてメグは、セラの全身を念入りに、力を入れないように気をつけながら洗い始めた。


「あ、あの、体ぐらいは自分で洗えますから」

「いいの。私、今まで妹とかいなかったから、嬉しいのよ。やらせて」


 メグは、セラの体を洗うという大義名分の元、全身の傷の様子を確かめていった。


 ――折れたりヒビが入ったりは、してなさそう。でも、後でお医者さまに見せないと。


 メグがセラを綺麗にすると、今度はセラがメグを洗った。二人は仲良く背中を流し、ようやく浴槽へ向かった。


「セラ。痛かったり、何か違和感を感じたら言ってね?」

「はい。大丈夫です。ちょっと熱いですけど、気持ちいいですね」


 セラは嬉しそうに、にっこり笑った。今のセラは、長かった前髪もすっかり上げて、布でまとめている。屈託のないセラの笑顔を見て、メグは胸が温かくなるのを感じた。


「セラはいつも前髪下ろしてるけど、なんで隠しちゃうの?」


 何気ないメグの言葉に、セラは慌てて両手で顔を隠し、後ろを向いた。


「ご、ごめんなさい!」

「へ? なんで?」


 セラは頭の布を解き、湯に長い髪がつくのも気にせずに、前髪を急いで下ろした。セラの肩が小さく震えているのを見て、メグは眉根を寄せた。


 ――こんなに怯えて……。前髪を下ろしてるのも、何か理由があるのね。


 メグは胸の痛みを感じ、セラをそっと後ろから抱きしめた。


「ほえ⁉︎」

「セラ。そのままでいいから、よく聞いてね?」


 セラは驚いたが、メグの優しく穏やかな声に耳を傾けた。


「セラが何か理由があって、前髪を下ろしているなら、私は何も言わないわ。でもね、これだけは覚えておいて。私はあなたと出会ったばかりだけれど……私は、セラのことが大好きよ」


 セラはメグの言葉に、はっとして振り向いた。メグは、慈愛のこもった柔らかな笑みを浮かべていた。


「セラの顔、可愛いと思うし、ずっと見ていたいわ。体だって、可愛い服が似合うと思うし、赤い髪の毛も好きよ。それに何より、私はセラが大好きなの。丸ごと大好きなのよ」


 セラの顔をじっと見つめて、メグは言った。セラは、メグの言葉に偽りを一切感じなかった。


「だからね、私の前では無理に頑張らないで。素顔を見せてもいいって思ったら、いつでも言ってね? 私はどんな時でも、セラの味方よ」


 にっこりと笑って言うメグの顔を、セラは呆然と見つめた。セラの頬を、ぽたりぽたりと、涙が流れた。


「あ……あれ……私、どうして……?」


 セラは流れる涙を指で(すく)い、まじまじと見つめた。メグは再び、そっとセラを抱き寄せた。


「泣きたかったら、泣いていいのよ」


 メグの優しい声に、セラは嗚咽(おえつ)を漏らした。二人きりの浴場に、セラのすすり泣く声が響く。メグは、セラの気持ちが落ち着くまで、優しくセラを包み込んだ。



 柔らかな朝日が、窓越しに煌めく。風呂から上がったメグは、セラをまた別のお下がりに着替えさせた。


「セラ。ラチェットたちと先にご飯を食べててくれる?」


 先ほどまでの涙が嘘のように、スッキリと穏やかな笑みを浮かべていたセラは、ぽかんと口を開けた。


「へ? ご飯?」

「朝ごはんよ」


 メグの言葉に、セラは戸惑いがちに俯いた。


「あの、私は帰るので……」

「今日はお休みなんでしょう? もう少しセラのお洋服を見繕いたいから、付き合って」

「え⁉︎ でも私、こんなに頂いたのに!」


 慌てるセラに、メグは首を傾げた。


「こんなに? まだたった三着よ。全然足りないじゃない」


 メグは、はっきり告げると、戸惑うセラを引きずるように部屋へ戻った。部屋では、ようやく目を覚ましたグスタフたちが窓を開けていた。


「お父さん、お母さん、マルコムも。ちょっといい?」

「どうした?」


 メグは、散らかった部屋をちらりと見て、言葉を継いだ。


「話があるから、お母さんの部屋に行きたいの」

「話?」


 首を傾げるグスタフたちを横目に、メグはラチェットの前に、セラを押し出した。


「ラチェット。私はお父さんたちと話があるから、セラをお願いね」

「分かったよ」


 何の話をするつもりなのか、ラチェットは知らないが、他でもないメグの頼みだ。ラチェットは、即座に頷いた。


 メグは戸惑うセラを残して、大人たちと部屋を移った。ジーナの部屋へ入ると、メグは扉に鍵をかける。真剣な面持ちのメグに、ジーナが心配そうに問いかけた。


「メグちゃん、何かあったのー?」

「あったわ。だから話すのよ」


 メグは、カーテンも開けずに席に着いた。マルコムが部屋のランプに火を灯し、グスタフとジーナは顔を見合わせて腰を下ろした。



 薄暗い部屋に、ゆらゆらと炎が揺れる。メグはセラの傷について、グスタフたちに話した。話を聞いたグスタフとジーナは、顔を歪めた。


「身体中にか。それはひどいな」

「セラちゃんが、そんなことになってたなんて……」


 いつもと違い、真剣な眼差しで呟いたジーナは、気付かなかった事に悔しげだった。マルコムが、小さく唸った。


「どうにかしてやりたいが……。どうするよ、グスタフ」


 アマービレ王国やスピリトーゾ皇国など、貴族制を始めとする階級社会の国々には、貧しい子どもや虐待を受ける子がいくらでもいる。助けたいと思っても、目に付いた子をいちいち助けては際限がない。

 しかしセラは、一夜とはいえハリカと共に舞台に立った。グスタフたちにとって、無視するにはあまりに忍びない話だった。


 マルコムの迷いを聞いて、メグは眉を釣り上げ、バンとテーブルを叩き、立ち上がった。


「どうするよ、じゃないわよ! とにかく、まずお父さんは、宿屋の主人か女将に詳しい話を聞きに行く! マルコムは、今すぐ医者を手配して! 口の固い、腕のいい医者を、理由は絶対漏らさず連れてきて! 私をダシに使ってもいいわ」


 メグは、びしっと部屋の扉を指差して、男二人に指示を出した。グスタフとマルコムは気圧されながらも、即座に立ち上がった。


「あ、ああ。分かった。事情を知るところから始めないといけないよな。お父さんに任せなさい」

「お、おう。舞台の確保もあるから、それなら俺も手伝える。出来る限り、早く見つけられるようにするよ」


 二人は頷き合い、部屋を出ていった。次にメグは、びしっと指をジーナに突きつけた。


「そしてお母さん! お母さんは、今すぐセラの服を用意して!」

「……服?」


 思いがけないメグの指示に、ジーナは、ぽかんと口を開けた。メグは、当たり前だと胸を張り、言葉を継いだ。


「そう、服よ。あんな可愛い女の子に、車馬係の服を着せておいていいの? 今は私のお下がりをとりあえず着せてるけど、お母さんは、()()()()()()でしょ?」


 メグの言葉に、ジーナはニヤリと笑みを浮かべた。


「確かにそうねー。服の下に隠すように傷を付けてるなら、隠せないように可愛い服にしちゃいましょー!」


 メグたちは、セラのために新しく使えそうな服を探し始めた。張り切る二人の頭からは、朝食の事などすっかり抜け落ちていた。



 一方。グスタフの部屋に取り残されたニースとラチェットは、部屋を出ようと窓を閉めた。二人の背に、セラは戸惑いがちに声をかけた。


「あの、私はあとは家に帰りますから」


 セラの言葉に、ラチェットは微笑んだ。


「それはダメだよ。メグが、セラちゃんを頼むって言ったんだ。ここでセラちゃんを帰したら、僕たちが殺されちゃうよ」

「そうだよ。だから、一緒に朝ごはんを食べに行こう?」


 肩をすくめておどけるラチェットに、ニースは大きく頷いた。ニースの目は真剣そのものだ。二人の様子に、大げさだと思いながらも、セラは朝食を食べることを受け入れた。


 ニースが仮面を付けると、三人は揃って食堂へ向かった。いつもの席に着いたニースたちの元へ、エイノが挨拶に来た。


「おはようございます、みなさま。セラもおはよう。ちゃんと休みを楽しんでいるみたいだね。安心したよ」

「おはようございます、エイノさん。おかげさまで休ませて頂いてます。メグさんに、お風呂に連れていってもらいました」

「良かったな。これからも、ちゃんと休みは素直にもらうんだぞ」

「は……はい」


 照れくさそうにエイノと話すセラを見て、ニースとラチェットは微笑んだ。エイノは、朗らかな笑みをニースたちに向けた。


「今朝のスープは魚になります。卵は、ゆで卵か目玉焼き。主食は、コーンブレッドかポレンタを選べます。どうなさいますか」

「ぼくはコーンブレッドと目玉焼きで!」


 すぐに答えたニースの隣で、ラチェットは少し考え、答えた。


「僕もコーンブレッドがいいかな。ゆで卵は半熟に出来ますか?」

「ええ。もちろんです」

「じゃあ、それで。セラちゃんは、何がいい?」

「え? わ、私……」


 ラチェットに問いかけられたものの、セラは困ったように、じっとメニューを見つめていた。ラチェットは、ふっと笑みを浮かべた。


「ちゃんとご馳走するから。気にしないで」

「いえ、あの、そういうわけじゃ……!」


 セラは慌てた様子で頭を振った。二人の会話に、エイノが声を挟んだ。


「セラの分は、私がご馳走しますよ。だからセラも、好きなのを選びなさい」

「え⁉︎ いえ、そんな!」

「昨日、みなさんの舞台を手伝ってくれただろう? セラが可愛かったって言ってくれたお客様もいたんだよ。だから、遠慮はしなくていい」

「で、でも……」


 戸惑うセラに、ラチェットは笑いかけた。


「セラちゃん、今度は断っちゃダメだよ?」

「あ……」


 セラは前夜、メグから言われた事を思い出した様子で、ゆっくり頷いた。


「はい……。じゃあ、ニースと同じので、お願いします」

「よし。楽しみに待っておいで」


 エイノは、セラの頭をぽんぽんと優しく撫でた。セラが嬉しげに、はにかむと、エイノは笑って厨房へ戻っていった。


 程なくして、美味しそうな香りが漂う皿が運ばれてきた。セラは簡単な朝食にも関わらず、大喜びだった。


「こんなにステキなご飯を、朝から頂けるなんて……!」


 感激しきりのセラの様子に、二人は首を傾げた。しかし、それを直接尋ねるのは(はばか)られたので、疑問を口にはしなかった。

 セラは朝食を存分に堪能すると、満足気な笑みを浮かべた。セラの笑顔に、ニースたちの頬は自然と緩んだ。


「そういえば、ニース。私、気になってたんだけど……」


 食後のお茶を楽しみながら、セラは、ふと思い出したように問いかけた。

 町の特産品であるコーン茶も、セラは初めてだとニースたちに話していた。ニースは、何を聞かれるのかと緊張しながらグラスを置いた。


「なに? ぼくに分かることなら、何でも聞いて」


 セラは身を乗り出し、声を落として尋ねた。


「ニースが昨日演奏した歌? だっけ。ニースは、その……特別な力はないって言ってたよね?」


 セラは、口止めされた事をきちんと覚えていたため、囁いていた。ニースはそれに気付き、嬉しさを感じて頷いた。


「うん。そうだよ」


 はにかんだニースと、耳をそばだてるラチェットに、セラは期待を込めた眼差しで言葉を継いだ。


「それならもしかして、歌い手じゃない私も、歌を歌えたりするのかな?」

「……え?」


 ニースとラチェットは驚き、思わず声を漏らした。二人は、歌い手でないのに歌を歌うという事自体を、考えた事がなかった。セラは、気まずそうに俯いた。


「あ……私、そんなに変なこと言っちゃったかな」


 ラチェットは、メガネをくいと上げてセラの手を取った。


「セラちゃん、その考えは素晴らしい!」

「へ?」


 今度はセラが驚く番だった。ニースも興奮して、大きく頷いた。


「そんなこと一度も考えたことなかったけど、出来るかもしれない!」


 呆然とするセラを横目に、ニースとラチェットは頷き合い、急いで茶を飲み干した。


「ほら、セラも早く飲んで!」

「えっと……」

「すぐに試してみよう。その価値はある」


 意気込む二人に気圧され、セラは急いでお茶を飲んだ。三人は慌ただしく食堂を出る。空には太陽が煌めき、セラは眩しさに手をかざした。

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