41:セラの秘密1
前回のざっくりあらすじ:ラメンタの町での初公演を終えたニースたちは、セラを交えて打ち上げをした。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
顔を出した朝日が、ラメンタの町を照らす。ニースは、窓から差し込む日の光で目を覚ました。
――あれ? あ、そっか。ここ、グスタフさんの部屋だ。
大きなベッドで寝ていた事に気付き、ニースは、打ち上げ後に眠ってしまった事を思い出した。
――誰かが寝かせてくれたんだ。セラは、どこで寝たんだろ?
グスタフのベッドには、ニースしかいなかった。ニースは身を起こし、辺りを見回した。床には大人たちが転がって寝ており、ラチェットは長椅子で眠っていた。しかし、メグとセラの姿はなかった。
――メグもいない……。二人でお風呂に行ったのかな?
ニースは、ぼんやりと考えながら、大人たちに毛布をかけていった。
その頃メグとセラは、ニースの予想通り風呂の脱衣所にいた。まだ朝日が昇ったばかりの女湯には、メグとセラの二人しかいなかった。
「メグさん。私やっぱり、お風呂は……」
「もうっ、ダメよ。可愛い女の子なんだから。こんなことなら、昨日のうちにお風呂に行けば良かったわ」
メグは怒っていた。朝になり、風呂へ行こうとセラを誘うと、セラは風呂に入った事がないと言ったからだ。
「こんな立派なお風呂がある宿屋で働いているのに、従業員の一人にも使わせてあげないなんて!」
「ち、違います! 女将さんには、いつも勧められているんですが、私が……私が断ってたから……」
メグの剣幕にたじたじになりながらも、セラは誤解を解こうと懸命に話していた。しかし、メグの怒りは収まらない。話を聞き流しながら、メグはさっさと服を脱いだ。
「わぁ! メグさん、キレイ……!」
惜しげも無く裸になったメグに、セラは思わず見惚れた。メグの艶やかな小麦色の体は、女性らしい曲線を描き、美しかった。
メグは、ほんのり頬を染めたセラに手を伸ばした。
「セラ。あなたも脱ぐのよ」
「で、でも、は……恥ずかしいですっ!」
「恥ずかしがらないっ!」
セラが着ているのは、小さな頃にメグが着ていたワンピースだ。かつて自分が脱ぎ着していただけあり、メグは、慣れた手付きでワンピースを脱がせた。
ワンピースの下は、同じくお下がりのタイツと、セラ自身の下着だ。セラの下着姿を見ると、メグは驚き、目を見開いた。
「ちょ、ちょっと……。セラ、これ……」
「へ? どうかしましたか?」
メグは唖然とした。セラの下着は着古されたものだが、その下着以上に、目を引く部分があった。
――嘘でしょ⁉︎ 何なのよ、これ!
セラの両腕には、服で隠れる部分にだけ、ひどい打撲痕があった。
前日の舞台衣装の着替えは、セラ本人に衣装を渡して着替えてもらったため、メグもジーナも、セラの傷に気付いていなかった。
――まさか、他に怪我はないわよね⁉︎
嫌な予感を感じ、メグは大急ぎで、セラの下着やタイツも全て脱がせた。
セラの体には、赤く黒ずんだものから青く腫れ上がっているものまで、様々な痣や傷が出来ていた。脚、腹、背中、胸、尻……傷となっていない箇所がほとんどないほど、セラは酷い有様だった。
――なんで……誰がこんなことを……!
傷の中には、棒で叩かれたような痕や、靴の裏で蹴られたような痕があった。転んだり、馬に蹴られたわけではないとメグは感じ、思わず嘔吐いた。
「……っ!」
「め、メグさん⁉︎」
これだけの傷だ。どれだけ辛かったか、痛かったか。そして、体の痛みを押して今まで働いていたのかと思うと、メグは、セラの事が不憫でならなかった。
目に涙を滲ませて蹲るメグの背を、セラはさすった。
「メグさん、具合悪いんですか? 無理しないで下さい」
セラは、なぜメグが泣いているのか分からない様子で、メグの事を心配していた。メグは、そんなセラを見て胸が痛んだ。
――セラは、自分が何をされてるのか分かってないんだわ。セラを助けるためには……。
メグは、ぐっと唇を噛むと、涙を拭い笑顔を形作った。
「ううん、大丈夫よ。心配かけてごめんね」
「本当に大丈夫なんですか?」
「ええ」
メグは、出来る限り自然に語りかけた。
「セラ……その怪我、水に触ると痛い?」
「い、いえ。慣れちゃったので、全然痛くないですよ」
セラは胸元を隠しながら、恥ずかしそうに頬を染めた。メグは、湧き上がる怒りを胸の内に必死に押し込めた。
――慣れるぐらいって……どういうことよ!
メグは、心の中で怒りの炎を燃やしながらも、今はセラの体をしっかり綺麗に洗ってやろうと心に決めた。
浴室へ入ると、メグはお気に入りの石鹸をたっぷり泡立てて、セラの髪を洗った。
「ふふふ、くすぐったい……」
「我慢してね。でも、痛いところがあったら、必ず言うのよ」
「はい、大丈夫です」
泡まみれになった赤い髪をしっかりすすぐと、メグは蜂蜜とお酢を使ったリンスを、セラの髪に丁寧に繰り返し馴染ませていった。
「ねえ、セラ。その体の傷だけど、最後に付いたのはいつ?」
「えっと……たぶん、四日前ぐらいですかね」
「そう。それなら、お湯に浸かっても大丈夫かしら……」
メグはさり気なく尋ねながら、リンスを流していった。続いてメグは、セラの全身を念入りに、力を入れないように気をつけながら洗い始めた。
「あ、あの、体ぐらいは自分で洗えますから」
「いいの。私、今まで妹とかいなかったから、嬉しいのよ。やらせて」
メグは、セラの体を洗うという大義名分の元、全身の傷の様子を確かめていった。
――折れたりヒビが入ったりは、してなさそう。でも、後でお医者さまに見せないと。
メグがセラを綺麗にすると、今度はセラがメグを洗った。二人は仲良く背中を流し、ようやく浴槽へ向かった。
「セラ。痛かったり、何か違和感を感じたら言ってね?」
「はい。大丈夫です。ちょっと熱いですけど、気持ちいいですね」
セラは嬉しそうに、にっこり笑った。今のセラは、長かった前髪もすっかり上げて、布でまとめている。屈託のないセラの笑顔を見て、メグは胸が温かくなるのを感じた。
「セラはいつも前髪下ろしてるけど、なんで隠しちゃうの?」
何気ないメグの言葉に、セラは慌てて両手で顔を隠し、後ろを向いた。
「ご、ごめんなさい!」
「へ? なんで?」
セラは頭の布を解き、湯に長い髪がつくのも気にせずに、前髪を急いで下ろした。セラの肩が小さく震えているのを見て、メグは眉根を寄せた。
――こんなに怯えて……。前髪を下ろしてるのも、何か理由があるのね。
メグは胸の痛みを感じ、セラをそっと後ろから抱きしめた。
「ほえ⁉︎」
「セラ。そのままでいいから、よく聞いてね?」
セラは驚いたが、メグの優しく穏やかな声に耳を傾けた。
「セラが何か理由があって、前髪を下ろしているなら、私は何も言わないわ。でもね、これだけは覚えておいて。私はあなたと出会ったばかりだけれど……私は、セラのことが大好きよ」
セラはメグの言葉に、はっとして振り向いた。メグは、慈愛のこもった柔らかな笑みを浮かべていた。
「セラの顔、可愛いと思うし、ずっと見ていたいわ。体だって、可愛い服が似合うと思うし、赤い髪の毛も好きよ。それに何より、私はセラが大好きなの。丸ごと大好きなのよ」
セラの顔をじっと見つめて、メグは言った。セラは、メグの言葉に偽りを一切感じなかった。
「だからね、私の前では無理に頑張らないで。素顔を見せてもいいって思ったら、いつでも言ってね? 私はどんな時でも、セラの味方よ」
にっこりと笑って言うメグの顔を、セラは呆然と見つめた。セラの頬を、ぽたりぽたりと、涙が流れた。
「あ……あれ……私、どうして……?」
セラは流れる涙を指で掬い、まじまじと見つめた。メグは再び、そっとセラを抱き寄せた。
「泣きたかったら、泣いていいのよ」
メグの優しい声に、セラは嗚咽を漏らした。二人きりの浴場に、セラのすすり泣く声が響く。メグは、セラの気持ちが落ち着くまで、優しくセラを包み込んだ。
柔らかな朝日が、窓越しに煌めく。風呂から上がったメグは、セラをまた別のお下がりに着替えさせた。
「セラ。ラチェットたちと先にご飯を食べててくれる?」
先ほどまでの涙が嘘のように、スッキリと穏やかな笑みを浮かべていたセラは、ぽかんと口を開けた。
「へ? ご飯?」
「朝ごはんよ」
メグの言葉に、セラは戸惑いがちに俯いた。
「あの、私は帰るので……」
「今日はお休みなんでしょう? もう少しセラのお洋服を見繕いたいから、付き合って」
「え⁉︎ でも私、こんなに頂いたのに!」
慌てるセラに、メグは首を傾げた。
「こんなに? まだたった三着よ。全然足りないじゃない」
メグは、はっきり告げると、戸惑うセラを引きずるように部屋へ戻った。部屋では、ようやく目を覚ましたグスタフたちが窓を開けていた。
「お父さん、お母さん、マルコムも。ちょっといい?」
「どうした?」
メグは、散らかった部屋をちらりと見て、言葉を継いだ。
「話があるから、お母さんの部屋に行きたいの」
「話?」
首を傾げるグスタフたちを横目に、メグはラチェットの前に、セラを押し出した。
「ラチェット。私はお父さんたちと話があるから、セラをお願いね」
「分かったよ」
何の話をするつもりなのか、ラチェットは知らないが、他でもないメグの頼みだ。ラチェットは、即座に頷いた。
メグは戸惑うセラを残して、大人たちと部屋を移った。ジーナの部屋へ入ると、メグは扉に鍵をかける。真剣な面持ちのメグに、ジーナが心配そうに問いかけた。
「メグちゃん、何かあったのー?」
「あったわ。だから話すのよ」
メグは、カーテンも開けずに席に着いた。マルコムが部屋のランプに火を灯し、グスタフとジーナは顔を見合わせて腰を下ろした。
薄暗い部屋に、ゆらゆらと炎が揺れる。メグはセラの傷について、グスタフたちに話した。話を聞いたグスタフとジーナは、顔を歪めた。
「身体中にか。それはひどいな」
「セラちゃんが、そんなことになってたなんて……」
いつもと違い、真剣な眼差しで呟いたジーナは、気付かなかった事に悔しげだった。マルコムが、小さく唸った。
「どうにかしてやりたいが……。どうするよ、グスタフ」
アマービレ王国やスピリトーゾ皇国など、貴族制を始めとする階級社会の国々には、貧しい子どもや虐待を受ける子がいくらでもいる。助けたいと思っても、目に付いた子をいちいち助けては際限がない。
しかしセラは、一夜とはいえハリカと共に舞台に立った。グスタフたちにとって、無視するにはあまりに忍びない話だった。
マルコムの迷いを聞いて、メグは眉を釣り上げ、バンとテーブルを叩き、立ち上がった。
「どうするよ、じゃないわよ! とにかく、まずお父さんは、宿屋の主人か女将に詳しい話を聞きに行く! マルコムは、今すぐ医者を手配して! 口の固い、腕のいい医者を、理由は絶対漏らさず連れてきて! 私をダシに使ってもいいわ」
メグは、びしっと部屋の扉を指差して、男二人に指示を出した。グスタフとマルコムは気圧されながらも、即座に立ち上がった。
「あ、ああ。分かった。事情を知るところから始めないといけないよな。お父さんに任せなさい」
「お、おう。舞台の確保もあるから、それなら俺も手伝える。出来る限り、早く見つけられるようにするよ」
二人は頷き合い、部屋を出ていった。次にメグは、びしっと指をジーナに突きつけた。
「そしてお母さん! お母さんは、今すぐセラの服を用意して!」
「……服?」
思いがけないメグの指示に、ジーナは、ぽかんと口を開けた。メグは、当たり前だと胸を張り、言葉を継いだ。
「そう、服よ。あんな可愛い女の子に、車馬係の服を着せておいていいの? 今は私のお下がりをとりあえず着せてるけど、お母さんは、ハリカの妖精でしょ?」
メグの言葉に、ジーナはニヤリと笑みを浮かべた。
「確かにそうねー。服の下に隠すように傷を付けてるなら、隠せないように可愛い服にしちゃいましょー!」
メグたちは、セラのために新しく使えそうな服を探し始めた。張り切る二人の頭からは、朝食の事などすっかり抜け落ちていた。
一方。グスタフの部屋に取り残されたニースとラチェットは、部屋を出ようと窓を閉めた。二人の背に、セラは戸惑いがちに声をかけた。
「あの、私はあとは家に帰りますから」
セラの言葉に、ラチェットは微笑んだ。
「それはダメだよ。メグが、セラちゃんを頼むって言ったんだ。ここでセラちゃんを帰したら、僕たちが殺されちゃうよ」
「そうだよ。だから、一緒に朝ごはんを食べに行こう?」
肩をすくめておどけるラチェットに、ニースは大きく頷いた。ニースの目は真剣そのものだ。二人の様子に、大げさだと思いながらも、セラは朝食を食べることを受け入れた。
ニースが仮面を付けると、三人は揃って食堂へ向かった。いつもの席に着いたニースたちの元へ、エイノが挨拶に来た。
「おはようございます、みなさま。セラもおはよう。ちゃんと休みを楽しんでいるみたいだね。安心したよ」
「おはようございます、エイノさん。おかげさまで休ませて頂いてます。メグさんに、お風呂に連れていってもらいました」
「良かったな。これからも、ちゃんと休みは素直にもらうんだぞ」
「は……はい」
照れくさそうにエイノと話すセラを見て、ニースとラチェットは微笑んだ。エイノは、朗らかな笑みをニースたちに向けた。
「今朝のスープは魚になります。卵は、ゆで卵か目玉焼き。主食は、コーンブレッドかポレンタを選べます。どうなさいますか」
「ぼくはコーンブレッドと目玉焼きで!」
すぐに答えたニースの隣で、ラチェットは少し考え、答えた。
「僕もコーンブレッドがいいかな。ゆで卵は半熟に出来ますか?」
「ええ。もちろんです」
「じゃあ、それで。セラちゃんは、何がいい?」
「え? わ、私……」
ラチェットに問いかけられたものの、セラは困ったように、じっとメニューを見つめていた。ラチェットは、ふっと笑みを浮かべた。
「ちゃんとご馳走するから。気にしないで」
「いえ、あの、そういうわけじゃ……!」
セラは慌てた様子で頭を振った。二人の会話に、エイノが声を挟んだ。
「セラの分は、私がご馳走しますよ。だからセラも、好きなのを選びなさい」
「え⁉︎ いえ、そんな!」
「昨日、みなさんの舞台を手伝ってくれただろう? セラが可愛かったって言ってくれたお客様もいたんだよ。だから、遠慮はしなくていい」
「で、でも……」
戸惑うセラに、ラチェットは笑いかけた。
「セラちゃん、今度は断っちゃダメだよ?」
「あ……」
セラは前夜、メグから言われた事を思い出した様子で、ゆっくり頷いた。
「はい……。じゃあ、ニースと同じので、お願いします」
「よし。楽しみに待っておいで」
エイノは、セラの頭をぽんぽんと優しく撫でた。セラが嬉しげに、はにかむと、エイノは笑って厨房へ戻っていった。
程なくして、美味しそうな香りが漂う皿が運ばれてきた。セラは簡単な朝食にも関わらず、大喜びだった。
「こんなにステキなご飯を、朝から頂けるなんて……!」
感激しきりのセラの様子に、二人は首を傾げた。しかし、それを直接尋ねるのは憚られたので、疑問を口にはしなかった。
セラは朝食を存分に堪能すると、満足気な笑みを浮かべた。セラの笑顔に、ニースたちの頬は自然と緩んだ。
「そういえば、ニース。私、気になってたんだけど……」
食後のお茶を楽しみながら、セラは、ふと思い出したように問いかけた。
町の特産品であるコーン茶も、セラは初めてだとニースたちに話していた。ニースは、何を聞かれるのかと緊張しながらグラスを置いた。
「なに? ぼくに分かることなら、何でも聞いて」
セラは身を乗り出し、声を落として尋ねた。
「ニースが昨日演奏した歌? だっけ。ニースは、その……特別な力はないって言ってたよね?」
セラは、口止めされた事をきちんと覚えていたため、囁いていた。ニースはそれに気付き、嬉しさを感じて頷いた。
「うん。そうだよ」
はにかんだニースと、耳をそばだてるラチェットに、セラは期待を込めた眼差しで言葉を継いだ。
「それならもしかして、歌い手じゃない私も、歌を歌えたりするのかな?」
「……え?」
ニースとラチェットは驚き、思わず声を漏らした。二人は、歌い手でないのに歌を歌うという事自体を、考えた事がなかった。セラは、気まずそうに俯いた。
「あ……私、そんなに変なこと言っちゃったかな」
ラチェットは、メガネをくいと上げてセラの手を取った。
「セラちゃん、その考えは素晴らしい!」
「へ?」
今度はセラが驚く番だった。ニースも興奮して、大きく頷いた。
「そんなこと一度も考えたことなかったけど、出来るかもしれない!」
呆然とするセラを横目に、ニースとラチェットは頷き合い、急いで茶を飲み干した。
「ほら、セラも早く飲んで!」
「えっと……」
「すぐに試してみよう。その価値はある」
意気込む二人に気圧され、セラは急いでお茶を飲んだ。三人は慌ただしく食堂を出る。空には太陽が煌めき、セラは眩しさに手をかざした。




