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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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40:小さなアシスタント3

前回のざっくりあらすじ:セラが、アシスタントとしてハリカの舞台に上がる事になった。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 夜闇に包まれた大通りを、街灯の柔らかな光が照らす。ニースたちが公演を行う店の前には、多くの人が押し寄せていた。


「すごい人だ……」


 舞台袖として借りた厨房の一角から窓を見つめ、ニースは仮面の下で、ぽかんと口を開けた。

 既に店内は満席となっているが、入れなかった人々は去ろうとしない。まるで光に集まる虫のように、人々は通り沿いの大きな窓越しに、舞台を見つめていた。

 ニースの隣で、セラが、ぷるりと震えた。


「ちゃんと出来るかな……」


 緊張で震えるセラを安心させようと、ニースは微笑んだ。


「大丈夫だよ。ジーナさんも手伝ってくれるから」

「……うん」


 ニースの言葉に、セラは蚊の鳴くような声で答えた。

 町の閉門を知らせる鐘の音が鳴り、いよいよ開演の時間となった。観客たちの期待が高まる中、舞台にグスタフが上がり、口上を述べた。


「紳士淑女のみなさま、お待たせいたしました。旅の一座ハリカの公演の始まりです! どうぞ心ゆくまでお楽しみください」


 グスタフのお辞儀と共に拍手が鳴り、ラチェットのピアノ演奏が始まった。

 ラチェットの流れるような手付きで、心弾む音色が店内外に響く。セラは初めて見るピアノ演奏に、口をぽかんと開けて頬を上気させた。


「うわぁ! す、すごい……!」


 緊張などすっかり忘れて、見惚れるセラの姿に、メグが、ふふふと笑った。


「セラったら、昼間のニースみたいね」


 メグに囁かれたニースは、自分はこんなに口を開けてないと思いつつ、恥ずかしさを感じて俯いた。


 ラチェットの演奏が終わると、そのままグスタフも加わって、バイオリンとピアノの二重奏になった。バイオリンの演奏も見たことがないセラは、興奮した様子で飛び跳ねた。


「すごい! 座長さん、あんなに怖い顔なのに、すごいですね!」

「セラちゃんって、ずいぶん正直なんだな」


 正直な感想を、はしゃぎながら述べたセラに、マルコムが苦笑いを浮かべた。ニースは、セラと自分の感想が同じだった事を、ほんの少し嬉しく感じた。


 二重奏が終わると、いよいよセラの出番だ。グスタフはバイオリンを置くと、胸を張って声を上げた。


「次は、幻惑の奇術師マルコムの登場です!」


 紹介を聞いて、マルコムはセラに笑いかけた。


「よし、行くぞ。セラちゃん、よろしくな」

「は、はい!」


 セラは小道具を乗せた手押し車(カート)を押して、マルコムと共に舞台へ上がった。その後ろを、ジーナがゆったりと付いていく。ニースは心の中で、セラに精一杯の声援を送った。


 マルコムは、楽しげなピアノの演奏に合わせて、帽子から鳥を出したり、杖から花を出したりと、定番の手品を次々と行った。ガチガチに緊張していたセラだが、マルコムとジーナの手助けもあり、うまく役目をこなした。

 手品が終わると、マルコムはセラの手を取りお辞儀をした。セラは、ぎこちない仕草だったが、メグに教えられた通り、丁寧に膝を折った。

 楽しい手品の数々と、それを支えた小さなアシスタントに、たくさんの拍手と歓声が送られた。


 セラは、頬を赤くしながら、舞台袖へ戻ってきた。ニースは仮面の下で笑みを浮かべ、声をかけた。


「セラ、お疲れさま! すごかったよ。初めてなのに、上手に出来たね」

「あ、ありがとう。ニース」


 厨房にいるエイノも、セラに拍手を送った。


「セラ、頑張ったな! 素晴らしかったぞ!」


 セラは照れながらも、心から嬉しそうに、はにかんだ。


 次は、ニースの歌だ。ニースは、セラのように頑張ろうと、ぎゅっと手を握りしめ、ラチェットのピアノに合わせて、グスタフと共に舞台へ上がった。今回は、ラチェットが作った二曲の歌を、ピアノとバイオリンの伴奏で歌うのだ。

 ニースが舞台へ上がると、観客席から小さなどよめきが起こった。


「羽だ!」

「可愛い!」

「すごいな。まるで星空から降りてきたみたいだ!」


 観客からの感嘆の声に、ニースは恥ずかしさを我慢して良かったと、心から思った。


 舞台袖から見ていたセラは、不意に思い出した様子で、ジーナに問いかけた。


「そういえば、ニースって何を演奏するんですか? なにも楽器を持ってないように見えますけど」

「ニースくんはねー、歌を歌うのよー」

「あれ? でも確かニースは……」

「まー、見ててー。見ればわかるからー」


 セラの疑問に、ジーナはにっこりと笑顔で返した。ラチェットのピアノの曲調が変わり、グスタフがバイオリンを奏で始める。セラが見つめる中で、ニースの歌が始まった。


「これが、歌……!」


 顔も髪も肌も見えない、幻想的な衣装に身を包んだ子どもから、心地よい()が、旋律(メロディ)となって響く。

 セラのみならず、観客たちも窓から覗き見る人々も、誰もが驚き、息を飲んだ。


 鳥の声のような、意味のない音で作られる旋律は、切なさを孕んで郷愁を誘う。懐かしい景色や温もりが、人々の胸に揺り起こされた。

 涙を浮かべ、観客たちが感動していると、最初の歌は終わり、緩やかに次の歌が始まった。

 寂しく切なく温かく感じていた先ほどの歌から徐々に変わり、静かに語りかけるような歌声が響く。徐々に盛り上がる雄大な旋律に、人々は心を突き動かされ、胸の内から力が湧いてくるような歌声に、自然と顔をほころばせた。


 ニースの歌が終わると、観客席からも外からも、大きな拍手が送られた。ニースは仮面の下で、満面の笑みを浮かべ、お辞儀をした。


 ――良かった。楽しんでもらえた……!


 セラは拍手をしながら、ニースに声をかけようと待っていたが、ニースは舞台袖へ戻ってこなかった。このまま次の演目が始まるのだ。

 メグが、ふっと笑みを浮かべ、パチリと片目を瞑った。


「さあ、いよいよ私の番ね。セラ、しっかり見ててね」

「はい!」


 マルコムの太鼓が始まり、ラチェットのピアノが軽快な旋律を奏で、グスタフがバイオリンを鳴らす。ニースがリズムを取るように大きく手拍子をすると、それに合わせて観客たちの手拍子が始まった。

 ニースが舞台の端へ移動すると、入れ替わりでメグが舞台へ躍り出る。メグはそのまま、軽快なステップを踏んで舞い踊り、ポーズを決めた。すると、ピアノの曲調が変わった。

 ゆっくりと流れるようなリズムに合わせて、ニースが歌を歌い、メグが踊る。メグの踊りは、星空に煌めく流れ星のような、しなやかで美しい舞いだった。セラと観客たちは感嘆の声を漏らした。


 全ての演目が終わると、大きな拍手が湧き起こり、アンコールの声が店を埋め尽くした。店の外の人々までアンコールを叫ぶほど、大盛況だった。

 最後にアンコールに応えて、もう一度演奏と踊りを行い、熱狂の渦の中で、ラメンタの町の最初の公演は終わった。ニースは、セラやたくさんの人々の嬉しそうな笑顔を見て、達成感でいっぱいになった。



 夜の町に、人々の楽しげな笑い声が響く。着替えを終えたニースは、打ち上げのためにグスタフの部屋へ向かった。セラも、メグのお下がりの服に着替えさせられ、ジーナとメグに連れてこられた。

 グスタフの部屋には、全員が座れるようなテーブルと椅子が運び込まれた。使用人が部屋を去る傍らで、宿の主人ベニーノと、食堂の店長エイノがグスタフと談笑していた。


「素晴らしい公演でした!」

「いやあ、まさかこれほどとは!」

「ありがとうございます」


 二人は、思っていた以上の客入りに大喜びだった。ベニーノはしっかりと、窓越しに覗いていた人々から、割引した観賞料を受け取っていた。

 思いつく限りの言葉で、興奮や感動を伝え終えると、ベニーノは揉み手をして言葉を継いだ。


「町での最後の公演は、ぜひまたうちで、お願い出来ませんか。もちろん、サービスさせていただきますから!」


 ベニーノの言葉を待っていたかのように、グスタフの部屋には次々と豪勢な料理が運び込まれた。


「いやいや。そんな、サービスなんて」

「まあ、そうおっしゃらず! 今夜のお料理は、今日の分のチップとでもお考えいただければ! 次の公演につきましては、ゆっくり休まれて、明日ご相談させていただければと思いますので……」


 グスタフとベニーノたちは上機嫌に話を続けた。その様子を見て、ジーナたちは驚いた。


「ご主人、こんなにやり手だったのねー」


 感心したように声を漏らしたジーナに、セラが微笑んだ。


「はい。旦那さまは、すごいんです。先代さまが亡くなられて宿を継がれた後、十年ほどで、ここまで大きくされたんですよ」

「そうなのねー」

「だからこれだけ立派になってたんだな」


 セラの話に、ジーナだけでなくマルコムも、大いに頷いた。大人の会話が終わると、ベニーノはセラに語りかけた。


「セラもよく頑張ったな。明日の仕事は休んでいいから、今日はゆっくりお休み」


 優しく語りかけたベニーノの言葉に、セラは顔を青くした。


「だ、旦那さま! そんな休みなんて、めっそうもないです! 私、明日も働けます!」


 必死に言い募るセラを、ニースたちは不思議に思いながら見つめた。セラを安心させるように、ベニーノは、ぽんぽんとセラの頭を撫でた。


「大丈夫だよ。給金を減らしたりしないさ。むしろ頑張ったセラには、手当を渡そうと思ってるんだよ」

「え⁉︎ お手当を頂けるんですか⁉︎」


 はっとしたセラに、ベニーノは微笑み、頷いた。


「だから、安心して休みなさい」

「で、ですが……トリフォンさんにご迷惑が……」

「これはトリフォンからの提案だよ。だから気にせず、休めばいい」

「でも……」


 ベニーノは優しく語りかけているものの、セラは迷ったままで、なかなか頷かない。メグがしびれを切らし、声を挟んだ。


「セラ。こういう時は、大人の優しさを受け取ってあげるのが、私たち子どもの仕事よ」

「メグさん……」

「セラが真面目な子だっていうのは、よく分かったけど。好意を受け取らないのは、かえって失礼だと思うわ」

「失礼……そうですよね……」


 メグの話を噛みしめるように、セラは呟くと、ベニーノに頭を下げた。


「旦那さま、ありがとうございます! しっかり休んで、また明後日から精一杯お勤めさせて頂きます!」

「はは。そんなに肩肘張らなくてもいいんだが、セラにそう言っても仕方ないな。とにかく、ゆっくりお休み。お疲れ様」


 ベニーノは微笑みを浮かべ、エイノと共に帰っていった。セラは深々と頭を下げて、二人を見送った。

 扉が閉まると、ニースは仮面を外してセラに微笑んだ。


「セラ。一緒に座ろう?」

「えっと……でも……」

「だってこれ、打ち上げだよ。セラも一緒に舞台に出たんだから。食べないと」

「本当にいいのかな……」


 セラは戸惑っている様子だったが、テーブルに並ぶ料理の数々に、ごくりと喉を鳴らした。メグが、ふふふと笑ってセラの肩を掴んだ。


「ここまで来て逃げようとしないの。言ったでしょ。断ったら失礼なのよ」

「そ、そうですよね……」


 セラは、にへらと口元を緩め、大人しくニースの隣に座った。



 ラチェットが、ニースとセラのグラスに、シュワシュワと泡立つ透明な液体を注ぐ。どこからどう見てもただの水にしか見えないが、泡が出ているだけで、二人には特別なもののように感じられた。

 しげしげと見つめる二人に、ラチェットは微笑んだ。


「これは乾杯用だからね」

「かんぱい? かんぱいって、なんですか?」


 首を傾げたセラに、ラチェットは、はっとした。


「そうか。セラちゃんは初めてなんだね」


 教えようとしたラチェットに、ジーナが声をかけた。


「ラチェットー。このお酒、知ってるー?」

「あ、はい。ニース、セラちゃんに教えてあげて」


 ラチェットは、どの酒瓶を開けようかと話すグスタフたちの元へ歩いて行った。ニースは、いつも酒を飲まないラチェットになぜ聞くのかと不思議に思いながらも、セラに乾杯の作法を説明した。


 全員が席についたことを確認すると、グスタフは、グラスを手に立ち上がった。


「それでは、ラメンタ初公演の成功を祝して! 乾杯!」

「かんぱーい!」


 グスタフの掛け声で、ニースたちはグラスを掲げ、口を付けた。セラは、ニースに教えられた通りに、うまく合わせた。

 泡立つ透明な液体は水のようだったが、口の中で弾けると、ふわりと苺の香りと甘みが漂った。


「うわぁ! このお水、すごく美味しいです!」


 口元に手を当てて、可愛らしい仕草で驚くセラに、ラチェットが笑いかけた。


「それはね、ベリーのインフューズドウォーターなんだよ」

「いんふゅ……ってなんですか?」

「果実水のこと。水に果物を漬けてあるんだ。これは炭酸水だけど、普通の水に漬けたものもあるよ」

「初めて知りました!」


 嬉しげに微笑み、ちびちびと飲むセラに、ラチェットは笑った。


「お代わりはいっぱいあるから。もっと飲んでいいんだよ。二杯目はジュースにする?」

「ジュース⁉︎ ジュースも頂いていいんですか⁉︎」

「もちろん。乾杯の時は、泡があった方がいいかと思っただけだから」

「わぁ! ありがとうございます!」


 滅多に飲めない果汁の引力は、セラを簡単に惹きつけた。立ち上がったラチェットに、マルコムがニヨニヨと笑みを浮かべた。


「おやおや? ラチェット()()は、セラちゃんのことが気に入ったのかな?」

「そんなんじゃありませんよ。マルコムさん、変なこと言わないでください」


 ムッとしたラチェットに、メグが、ふふふと笑った。


「あら、いいじゃない。セラは可愛いもの」

「め、メグまで⁉︎ ご、誤解だよ!」


 賑やかなラチェットたちを横目に、セラはニースに語りかけた。


「ねぇ、ニース。これは何? どうやって食べるの?」


 自分の働く宿で出してる料理だというのに、セラはほとんどの料理を知らないようで、次々に尋ねた。ニースは、一つ一つ丁寧に教えていった。


「これはね、沢蟹って言って、殻が薄いからこのまま食べられるんだよ。ほら」


 パリパリと小気味よい音を立てて、ニースはセラに食べて見せた。


「わぁ、本当だ。私も食べてみよう……」


 恐る恐る沢蟹の唐揚げに手を伸ばすセラを見ながら、ニースは顔を曇らせた。


 ――あんなに大きな湖があるのに、沢蟹も食べたことがないなんて……。


 沢蟹は、清流や綺麗な湖に棲む小さな蟹だ。水遊びのついでに、子どもでも捕まえられる。ニースもクフロトラブラでは、遊びのついでに捕まえて、マシューと共によく食べた。そのぐらい、お金のかからない食材のはずなのだ。貧しくても見たこともないというのは珍しかった。


「ニース、これすごく美味しい!」


 ニースは、セラがどんな生活をしているのか気になったが、大喜びで料理を食べるセラに、深くは尋ねなかった。


 その後、打ち上げは夜遅くまで続いた。グフタフの部屋のベッドは、疲れて寝てしまったニースとセラ、メグが占領し、酔い潰れた大人たちは、仲良く床の上で一夜を過ごした。

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