39:小さなアシスタント2
前回のざっくりあらすじ:セラが女の子だと、メグが知った。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
メグはセラを連れて、宿屋の主人たちへ話をしに行った。話を聞いた宿屋の主人ベニーノは、笑顔で頷いた。
「セラはいつも真面目に働いてくれるのですが、休むのが下手なんですよ。セラに公演を見せられるなら、こちらからお願いしたいぐらいです」
セラは申し訳なさそうに、頭を振った。
「そんな、旦那さま! お休みだなんて、滅相もないです!」
「セラはいつもこんな感じでしてね。皆さまのお手伝いが出来るなら、きっと気持ちも楽に楽しめるでしょう。どうぞ、セラをよろしくお願いいたします」
ベニーノはセラのことを気遣いながら、快く許した。メグとニースは、ベニーノの優しい雰囲気に対し、セラがあまりに腰が低いので、何か裏があるのではと勘繰った。
しかし女将もエイノも、宿屋の人々は皆、セラのことを大事に思っているように見え、セラが公演の手伝いをすることを喜んだ。
メグは不思議に思い、セラへ尋ねた。
「ねぇ、セラ。みんなすごく良い人そうだけど、本当は裏で虐められたりしているの?」
「え……なんでですか? 宿の皆さんはとても素敵な方ばかりで、私は本当に感謝しています。そんな失礼なことは、いくらメグさんでも言ってほしくありません」
真っ直ぐなメグの問いかけに、セラは頬を、ぷぅと膨らませた。全身で怒りを表現するセラに、メグは慌てて謝った。
「ごめんね、セラ。私、勘違いしちゃって……」
「分かって頂けるなら、いいです」
先ほどとは違い、セラはメグの謝罪を断らずに受け入れた。その様子にニースは、ますます首を傾げた。
――セラは、宿の人たちを悪く言われるのが本当に嫌みたいだ。みんなが悪い人じゃないなら、どうして中に入っちゃいけないんだろう? 車馬係だからダメって感じでもなかったし……。
ニースがいくら考えても、答えは出ない。ニースは不思議に思いながらも、とりあえず深くは考えない事に決めた。
約束通り、宿の人々から許可を得ると、メグは二人を連れてジーナの部屋へ向かった。
「ハリカの衣装は、私の母が全員分用意してるの。私のお下がりもあるから、それを手直しすれば今夜にも充分間に合うわよ」
「お下がりをお借り出来るんですか⁉︎」
「ええ。古着だけど、手入れはちゃんとしてあるから」
「メグさんのお下がりなら、素敵に決まってます!」
「ふふ。ありがとう」
期待を滲ませるセラの反応は、女の子らしいものだった。嬉しげなセラの姿に、ニースとメグは微笑んだ。
ジーナの部屋へ着くと、メグはノックせずに、扉に耳を当てた。中の様子を窺うメグに、ニースは首を傾げた。
「メグ。どうしてノックしないの?」
ニースの声に、メグは人差し指を口に当て、静かにするように促した。あまりに真剣な様子に、ニースもセラも押し黙った。
「よし、いびきは聞こえないわ。ご飯でも食べに行ったのかしら」
メグは、そう言いながらも念のためノックをした。すると、メグの予想に反して扉の中からジーナの声がした。
「むぁい、もうもー」
ジーナのくぐもった声に、メグは呆れたように眉根を寄せ、扉を開けた。ニースたちの目に、ナプキンで口を拭うジーナの姿と、テーブルの上にどうやって乗せたのかと思うほどの、食器の山が飛び込んできた。
「もうっ、お母さんたら! またこんなに食べて! 太るわよ!」
メグがジーナに怒ると、ジーナは照れくさそうに笑いながら、カップに口をつけた。カップから口を離すと、ジーナの口元には泡立てたクリームが付いていた。
ジーナはペロリと口元のクリームを舐め取り、うふふと笑った。
「ごめんね、メグちゃーん。でも実は、ケーキも頼んであるのよー。もうすぐ来ると思うから、みんなも一緒に食べないー?」
メグは両手で顔を覆いため息を吐いた。ニースはジーナの底なしの胃袋に驚き、セラはケーキという言葉に、にへらと頬を緩めた。
西日に照らされたジーナの部屋に、甘い香りが漂う。運ばれてきた大きな丸いケーキを見て、ニースとセラは、ごくりと喉を鳴らした。
「美味しそう……」
「キラキラしてる……!」
たっぷりとクリームが塗られ、様々な果物が乗るケーキを前に、ジーナが嬉々としてナイフを手にした。
「これよ、これー。やっぱり、頑張ってお仕事をした後は、甘いものが一番よねー」
ジーナは嬉しそうに頬を緩め、豪快に四分割していく。その様に、メグが呆れたように声を挟んだ。
「もうっ、お母さんたら。ニースとセラはそんなに食べられないわよ。それに、私は食べないわ」
「あら、そーなのー? じゃあ、メグちゃんの分は、私が食べちゃうわねー」
ジーナは、八等分にしたケーキを取り分けた。
「はーい。ニースくん、どうぞー」
「ありがとうございます」
皿を受け取ると、ニースは、ちらりとセラを見た。
――セラ、ちゃんと食べるかな。
ニースは、セラがケーキを断るのではないかと心配していたが、杞憂に終わった。
「はーい。セラちゃんはこれねー」
「うわぁ……! ありがとうございます!」
セラは夢の世界へ飛んでしまったように、にへらと口元を緩め、ジーナから皿を受け取った。嬉しそうなセラを見て、ニースは微笑んだ。
――セラは、甘いものが好きなのかな?
セラは、慎重にフォークを差し入れ、ケーキを口に運び、一口ごとに頬に手を当て、うっとりとしていた。
「ケーキって、こんなに美味しいんだね、ニース」
「うん。ぼくも、ここまで美味しいケーキは、初めて食べた気がするよ」
ふんわりしたスポンジに、甘くてとろりとしたクリーム。甘酸っぱい果物の味と合わさって、二人は幸せいっぱいになった。
ほくほくの笑顔でケーキを食べる二人に、メグは微笑んだ。その傍らで、ジーナは宣言通り、残りのケーキを全てぺろりと平らげた。
「あー。美味しかったわー」
心も体も癒されたジーナは、口元についたクリームを布で拭き取ると、紅茶を人数分注いだ。紅茶を飲みながら、メグが事情を説明すると、ジーナは満面の笑みで頷いた。
「なるほどねー。セラちゃんに、舞台の衣装ねー。メグちゃんの昔の服があるから、それを合わせましょー」
女性陣は、これから着替えなければならない。ニースは、羽の仕上げを終えた自分の衣装を渡され、ジーナの部屋から追い出された。
ニースが次にセラと会ったのは、公演直前の打ち合わせの時だった。舞台衣装に身を包んだニースは、マルコム、ラチェットと共に、グスタフの部屋に来ていた。
グスタフの部屋もジーナの部屋と似た作りだ。夕焼け色に染まる部屋を、ニースたちは火石のランプで灯した。ニースが大喜びでランプの仕掛けを動かしていると、背中の羽がピコピコと動いた。
「ふはは。いやー、本当すごいな、ジーナは」
「くくっ……まさか動く羽が付くなんて」
マルコムとラチェットに散々笑われたニースは、本意じゃないと、口を尖らせた。そこへ、扉をノックする音が響いた。
「お父さん、開けるわよ」
グスタフの返事を待たずに、メグはいきなり扉を開けた。
「メグ。入ってもいいんだが、ちゃんと返事を聞いてからだな……」
「お父さんの部屋なんだから、問題ないわよ。マルコムの部屋なら、気にした方がいいけど」
「お嬢、それはないぜ」
肩をすくめたマルコムも交え、早速言い合いを始めるメグたちに、ジーナが声をかけた。
「ほらほら、そんなこと言ってないでー。それより、セラちゃんを紹介しないとねー」
部屋に入ったジーナの後ろから、可愛らしい服を着た女の子が出てきた。
女の子の赤髪は肩より長く、頭の上で幅広の白いリボンを結んでいるが、前髪は長く瞳は見えない。刺繍やフリルのついた、苺色のワンピースを着た少女は、恥ずかしそうにそばかすのついた頬を染めていた。
ランプの明かりで柔らかく照らされた少女が、ニースにはとても愛らしく見えた。
「……セラ?」
ニースが声をかけると、セラは耳まで顔を赤くして、ジーナの後ろへ隠れてしまった。ニースとラチェットは、驚きながらも微笑んだ。
「セラ、似合ってるよ」
「そうだね。服を変えるだけで、こんなに変わるとは思わなかった。髪を下ろすのも似合ってるよ、セラちゃん」
二人の言葉を聞いて、メグは満足気に胸を張った。
「私の見立てに、間違いはないのよ」
ニースは隠れているセラに近づき、話しかけた。
「セラ、緊張してるの?」
「うん……。こんなお洋服着たの、初めてだから」
「可愛いんだから、ちゃんと出てくればいいのに」
「か、かわ……!」
ニースの何気ない一言に、セラの顔がさらに赤くなった。親しげな二人の様子を見て、マルコムがニヨニヨと笑みを浮かべた。
「へえ。ニースもなかなかやるじゃないか。いつの間に可愛い子ちゃんを引っ掛けたんだ?」
ラチェットが、小さく笑ってネタをバラした。
「マルコムさん。その子は、昨日の車馬係見習いですよ」
「……は?」
マルコムは目を見開き、口をあんぐりと開けた。グスタフは、こめかみを押しながら目を閉じて、子どもの車馬係との共通点を探し出そうとした。
「前髪ぐらいしか共通点がない……」
愕然とするグスタフに、メグは笑った。
「しっかりしてよ、座長さん。この子……セラは今夜、私たちのお手伝いをするのよ」
「はぁ⁉︎」
突然のメグの言葉に、グスタフとマルコムは目を白黒させたが、そのまま打ち合わせは始まった。
セラの登場で最初は混乱したものの、素人のセラに出来る事など、そう多くはない。セラの手伝いは、マルコムの手品の小道具運びに決まり、打ち合わせは早々に終わった。
「私、精一杯がんばります! よろしくお願いします!」
セラは緊張しながらも、初めて間近で演奏を観れるとあって、胸を躍らせ、はしゃいでいた。ニースは、セラが舞台を楽しめるように頑張ろうと、心から思った。




