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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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37:セラとの出会い2

前回のざっくりあらすじ:風呂でのぼせたニースは、セラと友達になった。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 ランタンの柔らかな光が、小さな部屋を照らす。ラチェットはセラと向かい合い、ニースの黒の意味や、“調子外れ”のこと。それにより予想される問題(トラブル)について、丁寧に話していった。

 セラは素直な子のようで、理解出来ない部分には質問もしながら、熱心に聞いた。


「全部黒いと、そんなことがあるんですね」

「そうなんだ。でも、ニースには歌の力はないから……」

「わかりました。ちゃんと黙っておきます」


 ニースの色の意味を理解したセラは、胸を張り大きく頷いた。ラチェットは、ほっと安堵の息を吐いた。


「ありがとう、助かるよ」

「セラ、ありがとう」


 ラチェットと一緒に、ニースもぺこりと頭を下げた。セラは、にっこり笑った。


「いえ、気にしないでください。私は元々、誰かと話すなんて出来ないんです」

「え……なんで?」


 セラの言葉に、ニースは、ぽかんとして顔を上げた。セラは照れくさそうに、はにかんだ。


「本当は、私は宿の中まで入っちゃいけないの。こんな風に椅子に座って、お客様とゆっくりお話するなんて、あり得ないことだから。黙っていることでニースの役に立てるなら、良かったよ」


 笑顔のセラとは対照的に、ニースとラチェットは顔をしかめた。


「この国の車馬係って、そんなにひどいお仕事なの?」

「いや、そんなことは、普通はないと思うんだけど……」


 二人の言葉に、セラは慌てて言葉を継いだ。


「あ、もちろん、宿のみんなは優しくしてくれます。あの、本当に私は別に、その……」


 ラチェットはセラの言葉を遮り、問いかけた。


「そういえばセラちゃんは、こんな遅い時間なのに馬車置き場にいたよね。いくら車馬係でも、セラちゃんはまだ子どもだし、見習いだろう? 真っ暗な馬車置き場や厩に、用事があるとは思えないんだけど」

「あ、それはですね、私の部屋があそこにあるからなんです」


 微笑んで答えたセラに、ニースは不思議に思い、尋ねた。


「働いてる人たちって、お風呂場の上の階が部屋なんじゃないの? 従業員の宿舎だって、女将さんが話してた気がするけど」

「あそこには、旦那さま……ここのご主人のご家族と、親戚の方が住んでるんだよ。自分の家から通ってる雇われ人もたくさんいるけど、元々この宿屋は、家族経営だったから」


 ラチェットは考え込むように、顎に手を当て、呟いた。


「じゃあ、セラちゃんは、ここの家族ではないんだね」

「そうです。私は……」


 セラは気まずそうに俯くと、唐突に話を変えた。


「あの、そういえば、どうしてお風呂場でお水を使わなかったんですか?」

「え⁉︎」


 ラチェットは唖然として、目を見開いた。


「探したけどなかったんだ。あそこにあったの?」

「はい。お風呂でのぼせるお客さまはたくさんいらっしゃいますから。浴室の扉を開けてすぐ横に、水瓶(みずがめ)を置いてあるんです。そこに水道の蛇口もあります。廊下には、飲み水の入った水差しとグラスもご用意してありますよ?」

「……気付かなかった」


 周りが見えなくなるほど、焦っていたことが恥ずかしかったのだろう。ラチェットは、身悶えるように手で顔を覆った。

 セラの話を聞いて、ニースは浴場の記憶を辿り、あっと声を上げた。


「ぼく、靴を置いてきちゃってます」


 ニースは、自分の手首にかけたままの鍵を、ラチェットに見せた。ラチェットは、気まずそうに頬をかいた。


「それなら靴は、僕が取りに行ってくるよ」


 苦笑いを浮かべたラチェットの言葉に、セラは立ち上がった。


「それでは、私はそろそろお(いとま)しますね。もう夜も遅いですし、お二人もゆっくりお休みになってください。ニース、おやすみ」


 微笑んだセラに、ラチェットとニースも微笑みを返した。


「ああ、ありがとう。セラちゃん。助かったよ」

「おやすみ、セラ。またね」

「うん。またね、ニース」


 セラが部屋を去ると、ラチェットはニースの靴を取りに出かけた。部屋に一人残ったニースは、自分のベッドに移った。

 ラチェットの帰りを待ちながら、窓の外に視線を移すと、ゆらゆらと揺れるロウソクの灯りが見えた。


 ――きっとあれ、セラだよね。あんな所に住んでるなんて……何か事情があるんだろうな。


 ニースはセラにもう一度、「おやすみ」と小さく呟いた。セラの手にあるのだろう小さな明かりは、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。



 きらきらと眩い朝日が、ラメンタの町を照らす。朝食を取りにラチェットとニースが食堂へ向かうと、先に食事をしていたメグが微笑んだ。


「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れた?」


 メグは昨日と同じテーブルを、ニースのために確保していた。二人は、挨拶を返しながら席に着いた。


「おはよう、メグ。昨日は……実はぼく、お風呂でのぼせちゃったんだ」


 仮面を付けたまま、言い辛そうに答えたニースに、メグは目を見開いた。


「え⁉︎ 大丈夫だったの?」

「うん。ラチェットさんが助けてくれたから」


 ラチェットが、気まずそうに頬をかいた。


「まあ、もっと早くに気付けたらよかったんだけどね……」

「でもニースを助けたんでしょう? ラチェットがいて良かったわ。意外と頼りになるのね」

「あ、ありがとう……」


 安心して、柔らかな笑みを浮かべたメグの言葉に、ラチェットは頬を赤く染め、はにかんだ。


 そこへ、給仕が注文を取りに来た。


「おはようございます。今朝は何になさいますか?」


 給仕の言葉に、ニースは期待を込めて問いかけた。


「種類があるんですか?」

「はい。スープや卵などは同じですが、主食はお選びになれますよ。今日はポレンタかコーンブレッドをお選び頂けます。他がよろしければ、ご相談頂ければ、ご用意出来るものもございます」

「コーンブレッドは、パンですよね。ポレンタって何ですか?」


 首を傾げたニースに、給仕は朗らかに答えた。


「ポレンタは、トウモロコシの粉で作ったお粥のようなものです」

「おかゆ?」

「ぽってりしていて、チーズと混ぜると美味しいんですよ」

「わぁ! チーズ大好きなんです! ぼく、ポレンタにします!」


 ニースは興味津々で、初めての料理を頼んだ。ラチェットは、ちらりとメグの皿を見た。


「メグはパンにしたんだね」

「ええ。美味しいわよ」


 微笑んだメグに、ラチェットは頬を染めたまま注文した。


「それなら、僕はコーンブレッドで」

「かしこまりました」


 程なくして運ばれてきた皿には、刻んだ野菜が浮いたスープ。それぞれ頼んだ主食と共に、ハムふた切れと小さなチーズ、スクランブルエッグが盛られていた。


 食前の挨拶をして、二人は皿に手を伸ばす。ニースは、ふわふわもちもちとしたポレンタの食感に、驚き目を見開いた。


「何かこれ、プチプチします!」

「へえ、そうなんだね。僕のパンも、面白い食感だよ。食べる?」

「いいんですか⁉︎」

「もちろん」


 ニースは、ラチェットからパンを一口分けてもらった。


「本当だ。こっちもプチプチしてますね。ぼく、こっちの方が好きかも」

「交換するかい?」

「いえ、大丈夫です!」


 ニースは、パクパクと食べ進める。和気藹々と食事を楽しむ二人を、メグが微笑んで見つめていた。



 三人が食後のお茶を飲んでいると、マルコムが食堂へやってきた。


「お、ちょうどよかった。ニース、あとでジーナの部屋へ行ってくれ。朝食も運んでやってくれると助かる」


 椅子に腰掛けたマルコムの言葉に、ニースは首を傾げた。


「いいですけど……ジーナさんは食堂に来ないんですか?」


 ニースの疑問に、メグは肩をすくめた。


「お母さんは昨日の夜、ずっとローブを作っていたみたいなの。今朝声をかけた時はもうすぐ終わるって言ってたけど、やっと出来たのね」


 マルコムが、はははと笑った。


「ジーナの自信作だって言ってたよ。あんなに熱心なのは、お嬢の誕生日以来だなぁ」


 マルコムの言葉に、ラチェットは苦笑いを浮かべた。


「あのドレスはすごかったですね……」


 ニースは、ローブがとんでもない仕上がりになっていないことを心の中で祈った。

 給仕がやってくると、マルコムはジーナの分と、自分の朝食を頼んだ。ニースがパンを勧めたので、ジーナの朝食はコーンブレッドのサンドイッチになった。


 朝食を食べながら、マルコムはラチェットと公演の打ち合わせを始めた。ニースはメグと二人で、出来たてのサンドイッチを持ち、ジーナの部屋へ向かった。


「おはようございます、ジーナさん。朝ごはん持ってきました」

「ニースか。入ってくれ」


 ジーナの部屋の扉をノックすると、なぜか中からグスタフの声が聞こえた。不思議に思いながら扉を開くと、グスタフがジーナの肩を揉んでいた。


「あー、そこ、そこ。そこを、もーちょっと強めに……あー、いいわー」


 ジーナの部屋は、ニースたちの部屋より広かった。大きなベッドの上には、ジーナ渾身の作と思われるローブが丁寧に畳んで置いてあり、その横に丸テーブルと椅子がふたつ置かれていた。

 壁際には立派な書き物机があり、裁縫道具が広げられていた。その机の前で、ジーナは座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、肩を揉まれていた。


 ニースたちが入って来たのに気づくと、ジーナは手をひらひらさせ挨拶した。


「おはよー、ニースくーん。もうちょっと待っててねー。……あー、そこを強めにー」


 グスタフはジーナの指示に従い、疲れを癒す手伝いを、甲斐甲斐しく続ける。ニースは、丸テーブルにサンドイッチを乗せたトレイを置くと、メグと一緒に窓際の長椅子へ腰を下ろした。


「わぁ! ふかふかだ!」


 感嘆の声を漏らしたニースに、メグは、ふふふと笑った。


「そうね。この宿、なかなか質が良いと思うわ」


 ふわふわの座面に、ニースは跳ねたい気持ちをぐっと堪え、窓の外を眺めた。


 ジーナの部屋の窓は大通りに面しており、外の景色がよく見えた。透明度の高いガラス窓は、少し下に見える街灯の細部まで分かるほどだ。

 ラメンタの町は朝から活気に満ちており、様々な店が立ち並ぶ道を、多くの人や馬車が通っていた。


「あ、ほら、見てニース。歩いてるあの人、手に桶を持ってるわ。きっとお風呂の帰りなのね」


 メグが指し示す場所を見ると、ちらほらと桶を持って歩く人の姿があった。


「あれ? ここのお風呂には桶があったけど、他の場所にはないのかな?」


 ニースが首を傾げていると、肩こりから解放されたジーナがやってきた。ジーナの目は充血しており、顔には疲労の色が浮かんでいたが、ジーナはにっこり笑った。


「あれはねー、あの方が便利だからよー」

「お母さん、便利ってどういうこと?」


 メグが疑問を返すと、グスタフも窓際へやってきた。張り切るジーナに一晩中付き合っていたのか、グスタフの顔は寝不足をたたえており、声はあくび交じりの疲れたものだった。


「ふぁ……町の大衆浴場にも桶はある。だが、石鹸や身体を拭く布を着替えと一緒に桶に入れて持ち歩けば、家から歩くのも楽だろう? 皇国の人たちは、みんな風呂が大好きだから、しょっちゅう風呂場に行くのに自分用の桶を用意してるんだ」


 ジーナの肩こりが移ったかのように、グスタフは肩を回した。メグは、なるほどと頷いた。


「あのお風呂、気持ち良かったものね。みんな桶まで持ってるなんて、羨ましいわ」

「うん。ぼくもあのお風呂、毎日入りたいぐらいだよ」


 すっかり風呂に魅入られた二人に、ジーナは明るく声を上げた。


「さーて。そんなことより、今朝のメインディッシュよ」


 ジーナは、サンドイッチの乗ったテーブルに近づき、椅子に座る……かと思われたが、皿を通り過ぎた。そして、ベッドの上に畳んでおいたローブを取ると、大きく広げてニースに見せた。


「さー、ご覧あれー! ハリカの妖精ジーナの、自慢の逸品よー!」


 疲れた顔ながらも目をらんらんと輝かせて、自信満々にジーナが広げた手製のローブには、見事な刺繍が施されていた。


 マルコムの仮面に合わせたローブは、すっぽりと上からかぶる形で深い藍色のビロードで出来ており、まるで夜空に揺らめくオーロラのように光沢を放っていた。

 刺繍は、夜空に輝く星座のように、美しい線を銀糸で描き、胸元には細い紐が蝶結びにされている。ローブの内側は、落ち着いた深い紅色で、上等な赤ワインのような色合いだ。

 フードには針金が仕込んであるようで、広いつばのある帽子のような形を保っており、頭頂部が三角錐の形を描くように作られ、尖った先端部はすこし曲げられていた。


 幻想的なローブは目を見張る出来栄えだったが、ニースは何よりも、()()()()のみが、とにかく気になった。


「あの、ジーナさん。その、ローブの背中についてる……それは?」

「よく聞いてくれましたー! これは、天使の羽よー!」


 ローブの背中には、白い鳥の羽を模したレースが縫い付けられていた。


「これねー、ちゃーんと形を付けれるのー! この羽の形の調整のために、ニースくんがどーしても必要だったのよー!」


 羽は、中に仕込んである針金を使い、好きな形に変形させることが出来るものだった。ジーナは、満面の笑みをたたえて獲物(ニース)を捕まえた。


 ローブを着せられたニースは、さまざまなポーズを強要され、ジーナが納得いくまで羽の形を作るのに付き合わされた。

 メグは呆れ返りながらも、ジーナに羽の形の感想を伝えていった。ジーナの朝食のサンドイッチは、いつの間にかグフタフの胃袋に収まっていた。

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