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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第3章 旅のはじまり】
25/647

18:初めての公演3

前回のざっくりあらすじ:午前の公演は、大成功に終わった。

 穏やかな春の陽射しが、広場に集まった人々を照らす。午後の開演を心待ちにする観客たちの目が、期待にキラキラと輝いていた。

 控え室の馬車の中で、グスタフが懐から銀色の丸い小物入れのような物を取り出した。


「そろそろだな」


 グスタフは、中を一瞥しただけでパチリと蓋を閉めて懐へしまうと、ラチェットに声をかけた。


「ラチェット、時間だ。オルガン馬車を開けてくれ」

「はい、座長」


 ラチェットは馬車を降り、オルガンが積んである金属製の馬車へ向かった。一座は金属製の馬車を、オルガン馬車と呼んでいた。オルガンと発掘品の馬車は、どちらもラチェットの私物だった。


 観客の注目を集めるように、ラチェットはハンドルをゆっくり回す。馬車の横腹が大きく縦に開き、中から細かな装飾が施された大きなオルガンが顔を出した。

 オルガンの背面からは金属製の太いパイプが上に向かって何本も出ていた。ピアノとは違って鍵盤やフットペダルの数が多く、鍵盤のそばにはいくつも丸いボタンが並ぶ。

 集まった観客たちは、珍しい仕掛けとオルガンに、おぉと感嘆の声を漏らした。


 ラチェットは、いくつかボタンを操作すると、音を確かめるように軽くオルガンを奏でた。耳にふわりと響く心地いい音色に、観客たちはいよいよ始まるのかと、胸を躍らせた。

 準備が整うと、座長のグスタフが観客を前に口上を述べた。


「紳士淑女、少年少女、老若男女のみなさま。お待たせいたしました。旅の一座ハリカの公演の始まりです! どうぞ心ゆくまでお楽しみください」


 観客から送られる拍手に、グスタフは丁寧にお辞儀をすると、ジーナからバイオリンを受け取り、ラチェットに目で合図をした。ラチェットは小さく頷きを返し、オルガンを奏で始めた。


 ニースは、グスタフとラチェットの演奏を、舞台袖となっている、控え室の馬車の前で聞いていた。二人の演奏は、子ども向けだった午前と違い、優雅で美しく、気高さを感じさせる情熱的な音色だった。

 グスタフの山賊のような顔つきからは想像も出来ないような、洗練されたバイオリンの音色に、ラチェットの幻想的なオルガンが混ざり合う。ニースは食い入るように、二人を見つめた。


 ――ラチェットさんもグスタフさんもすごい! グスタフさんはあんなにカッコよくバイオリンを弾いてるけど、ボタン取れないのかな……。


 グスタフが、ただでさえピッチリとしたシャツを着たまま、たくましい筋肉に覆われた胸を張り、激しくバイオリンを奏でていたので、ニースはシャツのボタンが外れてしまわないかと、ハラハラしていた。

 しかし、ニースの心配は杞憂に終わり、グスタフとラチェットの演奏は無事に終わった。ニースと観客たちの拍手が広場を埋め尽くした。


 続いて、マルコムの手品が始まった。オルガンの楽しげな音色を背景に、マルコムは杖から花を出して観客の女性へ手渡したり、帽子から小鳥を出す簡単な手品を次々と行った。ニースは必死に目を凝らして、手品のタネを見ようとしたが、さっぱり分からなかった。


 マルコムが小さな鞄をしまうと、オルガン馬車の後ろから、大きくガッシリとした黒い箱をグスタフとジーナが運んできた。ラチェットの演奏が魅惑的な音色に変わり、メグが女の色香漂う衣装に身を包み、舞台に上がる。観客席からは、野太い歓声が上がった。

 メグが妖艶な笑みを浮かべて箱についた扉から中に入ると、マルコムが扉を閉め頑丈そうな錠前に鍵をかける。それからマルコムは大きな黒布を被せて箱を覆い隠すと、何やら怪しげな呪文を朗々と唱えだした。

 呪文が終わるとラチェットの演奏も止まった。観客たちの注目を一身に集めながら、マルコムは腰に挿した細身の剣を引き抜くと、ジーナの鳴らすシンバルの音に合わせて、布の隙間から箱の中央にずぶりと剣を刺した。


 ニースは、ひっと小さな悲鳴をこぼした。

 息を飲む観客たちの前で、グスタフがマルコムへ向けて、細身の剣を一本ずつ放り投げた。マルコムは、大きな弧を描いて落ちる剣を受け取ると、次々に箱へ刺していった。

 道行く人々は足を止め、観客席からは悲鳴が上がり、泣き出す子どもをなだめる大人達の声が響いていく。

 全ての剣を刺し終えると、マルコムは大げさにポーズをとり、箱をくるりと一周させた。どこからどう見ても、布のかけられた箱は剣でしっかりと串刺しにされていた。広場はしんと静まり返った。

 マルコムが観客たちの様子を一通り眺めると、ラチェットが緊張を誘うような旋律(メロディ)をオルガンで奏で始めた。メロディに合わせるように、マルコムがおもむろに剣を抜いていき、観客たちが固唾を飲んで見守る中、全ての剣を抜き終えた。


 オルガンの音がだんだんと大きくなっていく。音色に合わせて、マルコムは箱にかけてある布をゆっくり外し、そっと錠前を取り外した。

 観客たちの緊張が最高潮に達し、ラチェットのオルガンがピタリと止まる。マルコムは、勢いよく扉を開いた。

 扉の中から、傷ひとつないメグが、優雅に姿を現わすと、観客たちは立ち上がり、大きな拍手を舞台へ送った。


 ――すごい! 手品ってこんなにすごいんだ!


 ニースは舞台でお辞儀をする二人へ、手が痛くなるほど熱い拍手を送った。午前中の公演では見られなかった、緊張感溢れる手品に、ニースの胸は感動でいっぱいになった。



 手品の小道具をマルコムが片付けている間、グスタフが軽快な旋律をバイオリンで奏で、ジーナとラチェットが小さな籠を持って観客席を回り始めた。観客たちは思い思いの感想を述べながら、硬貨を籠に入れていった。

 ジーナたちが舞台袖へ戻ると、グスタフは演奏をやめて、改めて口上を述べた。


「みなさま、いよいよ最後の演目となります。今日は特別に、この町の羊飼いの少年ニースの歌に乗せて、踊り子メグが踊ります。どうぞお楽しみください」


 観客たちから拍手と歓声が上がり、ニースはいよいよ本番だと気を引き締め、メグと共に、舞台となっているオルガン馬車の前へ進んだ。

 ニースは持っている自分の服の中で一番綺麗な服を着て、ジーナに蝶ネクタイを借りてつけていた。メグは先ほどの衣装とは打って変わって、ふんわりとした柔らかな黄緑色の衣装を纏い、頭には薄い桃色や黄色の布で作った花冠を被った。そして裏が透けて見える白色の長い布を肩からかけ、布の両端を腕にかけていた。メグの姿はまるで妖精のように見え、観客席からは、ほぅと感嘆の声が漏れ聞こえた。

 メグが優雅に膝を折り、お辞儀をする。ニースは、メグと目線で合図を交わすと、透き通るような声で歌い出した。


 人々は、今まで見たことのない美しいしなやかな舞いに目を奪われ、のびやかに空へ響く歌声に聞き惚れた。観客たちの目には、まるで満開の花畑で春の喜びを感じて舞い踊る妖精のように、メグの踊る姿が見えた。

 道行く人々は、澄みきった青空のようなニースの歌に耳を傾け、引き寄せられるように舞台へ目を向けた。流れる雲の隙間から、春の柔らかな陽射しが舞台へ降り注ぎ、メグの踊る姿は別世界の煌めきのように輝いた。メグの踊りに見惚れる観客たちは、胸がぽかぽかと春の陽だまりのように温かくなるのを感じた。


 ニースの歌が終わるのに合わせ、メグがポーズをきめて踊りを終えた。あまりの美しさに恍惚として舞台を見ていた人々は、ニースとメグがお辞儀をすると、意識を引き戻した。

 観客たちが立ち上がり、歓声と共に大きな拍手が湧き上がる。人々が口々にアンコールを叫ぶので、ニースは驚き、視線を彷徨わせた。

 グスタフがにこやかに手を振りながら舞台へ進む。観客が叫ぶのをやめ、再び座ったのを確認すると、グスタフは満面の笑みで口を開いた。


「みなさま、アンコールいただきありがとうございます。それでは最後に、我々全員での演奏と共に、メグの踊りを披露させていただきます。本日はお集まり頂きまして誠にありがとうございました」


 グスタフが丁寧にお辞儀をすると、拍手が巻き起こった。グスタフはニースの顔をちらりと見やり、片目を瞑った。ニースはグスタフが何を伝えようとしていたのかに気づき、微笑んで頷きを返した。


 ラチェットがオルガンの前に座り、グスタフがバイオリンを手にする。マルコムは四角い箱に穴が空いたような太鼓に座り、ジーナがタンバリンを手に持った。視線を交わして互いに頷きあうと、マルコムがリズムを刻み始めた。

 マルコムの刻むリズムに合わせて、ラチェットがベースとなる和音を奏でる。ラチェットの合図でオルガンの音色に合わせるようにニースが即興で歌を歌いだす。歌に合わせるように、グスタフが旋律を奏で、そこにジーナのタンバリンのリズムが乗る。

 メグがリズムに合わせて踊り始めると、楽しげなメグの踊りに、人々の心は弾み、身体が自然とリズムに乗っていた。

 演奏が終わると、拍手喝采の中で、ニースはメグたちと手を繋ぎ、ゆっくりお辞儀をした。

 広場に歓声が響き渡り、舞台前に置かれた大きめの籠に硬貨が次々と投げ入れられた。ニースたちは観客へ手を振ると、控え室の馬車へと下がった。それでも人々の歓声と拍手は鳴り止まず、しばらくの間広場を埋め尽くしていた。



 傾き始めた太陽が、山へと徐々に降りて行く。興奮冷めやらぬまま、観客が広場を後にし始めると、ジーナとラチェットが馬車から降りて、広場に散らばる硬貨を拾い集めた。

 大きめの籠に全て入れても収まりきらず、さらに二人が持つ小さな籠にもこんもりと硬貨の山が作り上げられた。投げ入れられた中には金貨も混ざっているほど、午後の公演は大盛況だった。

 馬車の中では、グスタフたちがお疲れ様と労い合い、果実水の入ったグラスを傾ける。マルコムは集まった硬貨を銅貨と銀貨に分けて数えながら、厚手の皮袋へと入れていた。

 ニースは達成感と心地良い疲労感を感じ、グラスに注がれた果実水を一気に飲み干した。やりきった表情のニースに、メグとグスタフが笑いかけた。


「ニース、今日はありがとう! 最後のアンコールも、即興なのに上手に合わせてくれて、すっごく助かったわ」

「ああ、今日はニースくんのおかげでいつも以上に大盛況だった。本当にありがとう」


 二人に頭を下げられて、ニースは慌てて答えた。


「いえ、そんな。ぼく、今日はみなさんと歌えて、本当に楽しかったです。初めてだったから、緊張したけれど、本当に楽しかったんです。だから、お礼を言うのはぼくの方です。ありがとうございました」


 ニースは照れながらお礼を言うと、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。そこへ、ジーナとラチェットが馬車へと戻ってきた。


「いーの、いーのー。こっちは本当に助かったんだからー。こーんなにたくさんの投げ銭は、これまでで初めてよー」


 ジーナはニースの背中をばんばんと叩きながら笑った。ラチェットは、よろめくニースを支えた。


「ジーナさんの言う通りだよ。だから、そんなに恐縮しなくて大丈夫だよ」


 ラチェットが支えている間も、ジーナは上機嫌でニースの背を叩く。マルコムがニースを助けようと、立ち上がった。


「ジーナ、そんなに叩くとニースが潰れるぞ」


 マルコムの言葉で、ジーナはようやく叩くのをやめた。マルコムは微笑み、解放されたニースの手に小さめの皮袋を乗せた。


「ニース、本当に今日はありがとう。これは、約束の()()だよ」


 皮袋は、ずっしりと重かった。ニースは驚いて中身を確認した。皮袋の中には、ニースが見たことのないぐらい、たくさんの銀貨がぎっしりと詰まっていた。


「こ、こんなにたくさん……いいんですか!?」


 ニースは、幼い頃は伯爵家で暮らしていたが、金を扱うことはなかった。そして、マシューと共に暮らし始めてからは、大金を扱うことなどなかったのだ。

 唖然とするニースに、マルコムは、はははと笑った。


「もちろんだ。君はそれだけの働きをしたんだ」


 グスタフが深く頷き、声を挟んだ。


「ニースくんが受け取らなかったら、どうせマルコムが女に使ってしまうんだ。遠慮せず受け取ってくれ」

「グスタフ、そんな言い方はないだろう」


 二人が言い合いをする中で、ニースはぎゅっと銀貨の詰まった袋を抱きしめた。ニースはしっかりと袋の口を縛ると、腰のベルトへ袋を丁寧に結びつけ、グスタフたちに、ぺこりとお辞儀をした。


「本当に、本当にありがとうございました!」


 笑顔でお礼を言うニースに、ラチェットが語りかけた。


「ニース。もしよかったら、明日また会いに行ってもいいかな?」


 マルコムがニヤニヤと、からかうような目をラチェットに向けた。


「なんだ、ラチェット。お前、男に興味が出たのか?」

「違いますよ! 子どもの前で、なんてこと言うんですか!」


 ラチェットがマルコムへ抗議の声を上げると、マルコムは肩をすくめた。ニースは不思議に思い、首を傾げた。


「ぼくはいいですけど……何かご用なら、いつでも聞きますよ?」


 ニースの言葉に、ラチェットは意味ありげな笑みを浮かべた。


「いや、ニースのおじいさんも交えて、ちょっと相談したいことがあるんだ。座長たちには、今夜話しますよ」


 ラチェットの話は、グスタフたちにも予想のつかないものだった。皆が顔を見合わせて首を傾げる中、ラチェットは馬車の外にちらりと目を向け、微笑んだ。


「さて、お迎えも来たみたいだし、ニースはそろそろ帰った方がいいんじゃないかな?」


 ニースたちが振り返ると、馬車の入り口にはマシューとマーサが、嬉しそうな笑みを浮かべて立っていた。ニースは、はっとして笑みを浮かべた。


「おじいちゃん、待っててくれたんだ! それでは、みなさん。本当に今日はありがとうございました!」


 ニースは元気よく挨拶をして、馬車を降りた。メグたちは笑顔で手を振り、見送った。


 ニースが馬車から降りると、マシューがニースの頭をわしゃわしゃと撫でた。マシューもマーサも、顔をほころばせていた。


「お疲れ様。素晴らしい歌だったよ」

「本当、すごかったわ。女の子の踊りも素晴らしかった!」


 大好きな二人に褒められて、ニースは嬉しくて仕方なかった。

 三人は笑い合いながら家路を急ぐ。夕陽が赤く染め上げた空に、森の巣へ帰るのだろう、鳥たちの影が渡った。お疲れ様と、ニースを労うように鳥の声が空に響いた。

 夕陽に染まる牧場への道で、三つの影が手を繋ぐ。ニースたちは、互いの温もりに幸せを感じて歩いて行った。

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