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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第3章 旅のはじまり】
24/647

17:初めての公演2

前回のざっくりあらすじ:ニースは、旅の一座ハリカのメンバー全員と顔を合わせた。

 町を包む朝靄が消え、柔らかな陽光が広場を照らす。ニースは、朝食が終わった一座と打ち合わせを行うべく、馬車に乗り込んだ。ラチェットが寝床にしていた客車の長椅子には、遅く起きてきたマルコムも含め、全員がニースと共に座っていた。

 ラチェットが、興味深げに口を開いた。


「ニースは、どんな歌を歌えるのかな」

「えっと、ぼくが歌える石歌(いしのうた)は、火石歌(ひのいしのうた)雷石歌(かみなりのいしのうた)。それから、氷石歌(こおりのいしのうた)と……」


 ニースは、伯爵家で歌い手から教わった石歌の名前を次々に挙げていった。

 石には様々な種類があり、それぞれの石に合わせて、歌う石歌は変わる。火石には火石歌を。雷石には雷石歌をという風に、対応した石歌を適切に歌わなければ、石の力は発現しなかった。


 グスタフとマルコムが、感心したように声を漏らした。


「そんなに色んな歌を覚えてるのか」

「まだ小さいのに、ニースくんは凄いな」

「いえ、そんな……」


 二人に褒められて、ニースは照れくさく感じ、はにかんだ。メグが、不思議そうに声を挟んだ。


「私が踊った歌は、どれだったの? 不思議な言葉があったけど」


 石歌には言葉があるが、その言葉はニース達が話すものとは違う、古代文明の言葉だ。歌でしか伝わっていない、古代文明の言葉は「歌言葉(うたのことのは)」と呼ばれていた。

 メグの問いに、ニースは戸惑いがちに答えた。


「石歌は全部、歌言葉があるんだけど……メグが踊ったのは、歌石歌だよ」


 ニースにとって歌石歌は、辛い記憶となる歌だ。ニースは記憶を上書きするように、羊の番をする時は、歌石歌を歌っていた。

 ラチェットがメガネをくいと上げ、優しく語りかけた。


「じゃあ、今回の公演でも歌石歌をお願い出来るかな」


 羊やマシューたちの前でなら平気で歌えるようになった歌石歌だが、たくさんの観客を前に歌うとなると、ニースは、どうしても伯爵家での出来事を思い出してしまう。

 ニースは、胸の痛みを感じながら答えた。


「あの、その……。他の歌じゃダメですか?」

「ニースが“調子外れ”だって話はメグたちから聞いたけど。もし万が一にも、何かのきっかけでニースの歌の力が出てきたら、危ないと思うんだ」


 歌石は、石歌を記憶する石で、直接何か変化が起こる石ではない。精々光るだけであり、その光も、特殊な加工を施した物でしか確認出来ない微弱なものだ。

 優しく答えたラチェットの言葉に、グスタフとマルコムが頷いた。


「ラチェットの言う通りだな。この町は小さいが、商人や旅人も多い。小型の発掘品や発明品を持ち歩いてる人もいるかもしれない」

「そうだな。それにこの広場は、町長の家からも近い。さすがに町長は、発掘品を持っているだろう」


 二人の言葉に、ラチェットは苦笑いを浮かべた。


「それだけじゃありません。()()()()のこともあります」


 ラチェットの言葉に、メグが驚き、目を見開いた。


「あれにも石がついていたの? 私、初耳だわ」


 ジーナが、あははと笑った。


「やーね、メグちゃん。あんな大きい鉄の塊をたった二頭の馬で引いて、山道をパッパカ走れるわけないじゃなーい。おバカさんねー」

「もうっ、お母さん! バカって何よ!」


 言い合いを始めた二人を見て、ニースはウスコの喧嘩を思い出し、母娘の()()()()のだと感じた。ニースは気にせずに、ラチェットへ目を向けた。


「ぼく、石歌じゃない歌も、自分で作って歌えます」

「作曲も出来るのかい?」

「作曲ってわけじゃないですけど、その場で適当に歌ったり……」


 町の人々から請われて歌う時は、ニースはいつも、即興で歌っていた。グスタフが興味深げに、語りかけた。


「どんな歌なのか聞かせてくれるかな」

「はい」


 ニースは緊張を感じたが、すぐに力を抜いて、軽快な旋律(メロディ)を意味のない音で歌い出した。


「parara……ru-ru……」

「なるほどなぁ。こりゃまさに楽器だな」


 グスタフが感嘆の声をあげると、マルコムとラチェットも頷いた。


「まるで鳥の声……いや、鳥でもないか。何にも似てないが、良い音だ」

「ええ。これなら、確かにいいかもしれません」


 グスタフたちは耳を澄ませて歌を聞いた。心地いい音色に、喧嘩をしていたメグたちも動きを止めて聞き惚れた。

 ニースの歌が終わると、グスタフがメグに笑いかけた。


「メグ、今日はこれで踊ってく……」

「いやよ」


 父であり座長であるグスタフが全て言い終える前に、メグはバッサリと叩き落とすように断った。まさかの拒否に、グスタフの顔が泣きそうに歪み、馬車の空気が固まった。


「お嬢。今の何が嫌なんだ?」


 マルコムの疑問に、メグはハッキリと理由を述べた。


「だってそれ、ニースの即興でしょ? 舞台で踊るのに、合わせるのが難しすぎるわ。何年も一緒に旅すれば別だけど、まだ会ったばかりのニースの即興に合わせるなんて、私には無理よ」


 しゅんと肩を落とすニースを慰めるように、ジーナがニースの頭をそっと撫でた。


「ニースくん、ごめんねー。でも確かに今のメグちゃんは、ニースくんの即興に合わせて踊るのは無理だと思うわー」


 ジーナは元踊り子として、優しい声で意見を伝えた。ニースにも、それがどれだけ難しいことなのかは、何となく理解出来た。


「ニースくん、どうするー? ニースくんにとって、歌石歌は辛い思い出なんかもあるのよねー?」


 メグは一座全員に、ニースの過去について話していた。ジーナの言葉に、ラチェットが気まずそうに声を漏らした。


「あー、そういうことなら、無理はしないでほしいかな……」


 グスタフが、困ったように眉根を寄せた。


「だがラチェット。それならどうする? 他の石歌にして、もしもニースくんの歌の力が戻ったら……」

「踊りと歌を別にするのはどうだ?」


 マルコムが上げた声に、メグは顔をしかめた。


「それは嫌よ。私、ニースの歌で踊りたいもの。手品でどうにか出来ないの?」

「お嬢、さすがにそれは無理ってもんだ」


 メグたちが口々に対応策を話し合う中でも、ジーナは優しくニースの頭を撫でていた。ニースは一座の温もりを感じ、自分の気持ちを確かめた。


 ――みんな良い人たちなのに、ぼくのせいで困らせちゃってる。ぼくだけ甘えてて、いいのかな。


 ジーナは、ただ静かにニースが決めるのを待っていた。ニースは、ふぅと息を吐いた。


 ――ぼくは、ぼくの歌でメグに踊ってもらうために来たんだ。それに、あの時と今は違う。見に来るのは町のみんなで。ぼくの歌を好きだって言ってくれる人たちもいるんだ。


 ニースは自分の胸の内に、怖いと思うのと同じぐらい、踊りに合わせて歌いたいという気持ちがあるのを感じた。


 ――がんばろう。あの時とは、ぼくはもう違うんだ。


 ニースは覚悟を決め、ぎゅっと手を握ると、ジーナに礼を言い立ち上がった。グスタフたちは話をやめて、不安げにニースを見つめた。

 ニースは皆の顔を見て、ハッキリと宣言した。


「ぼく、大丈夫です。みなさんに迷惑をかけたくないし、メグのためにも歌いたい。町の人たちは優しいし、歌の力が必要なわけじゃない。歌石歌を歌います」


 ニースの瞳には、強い意志がこもっていた。グフタフたちは顔をほころばせ、ジーナが、ぎゅうとニースを抱きしめた。


「偉いわー! なんて偉いんでしょー!」

「ちょっと、お母さん! ニースが死んじゃう!」


 メグが必死にジーナをニースから引き剥がすと、ニースは頭をフラフラさせた。ジーナがぺろりと舌を出したので、馬車は笑い声に包まれた。ニースはふらつきから立ち直ると、皆にぺこりとお辞儀をした。


「みなさん、よろしくお願いします」


 グスタフたちが、にっこり微笑んで頷いたので、ニースは、くすぐったく感じて頬をかいた。



 打ち合わせを終えたニースは、一足先に馬車を降り、広場を眺めた。春の爽やかな陽気の中、人々が町を行き交う。

 そこへ、マルコがエリックたちを引き連れてやって来た。ニースが馬車から出て来たのを、マルコたちは見ていたのだった。マルコは苦々しげに顔を歪めて、怒りの声を上げた。


「おい、ニース。どういうことだよ! なんでお前が、そこから出てくるんだよ!」


 ニースはマルコの声にびくりと体を震わせたが、ぷるりと頭を振った。


 ――大丈夫。歌えるのは、ぼくだけだ。


 マーサから言われた言葉を思い出し、ニースは真っ直ぐマルコを見つめ、答えた。


「ぼく、今日の公演で、一座の人たちと一緒に舞台に上がるんだ」


 珍しく、ニースがきりりと引き締まった表情で言い返したので、マルコは少したじろぎながらも、ギッとニースを睨みつけた。


「なんでお前が、舞台に出るんだよ」

「それは……」


 マルコの問いに答えようとニースが口を開くと、ニースの声に被せるように、可憐な少女の声が響いた。


「それは、私が頼んだからよ」


 マルコは、ぽかんと口を開き、目を見開いてニースの後ろを見つめた。マルコの視線の先には、歩いて来るメグの姿があった。

 メグはニースの隣に立つと、腕を組んでマルコを見下ろした。


「この()()()が、ニースに歌を頼んだの。今日はニースの歌に合わせて、私が踊るのよ。文句あって?」


 マルコは驚き見開いた目をさらに大きく開くと、あんぐりと口を開けた。エリックたちが、慌てた様子でマルコとメグの顔をきょろきょろと見つめた。


「マ、マルコ、やべぇよ。踊り子のメグだよ」


 エリックの震える声に、マルコは意識を引き戻し、必死に表情を取り繕った。


「べ、別に、文句なんてねえよ。お、俺たちは、あんたのファンなんだから……」


 顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら、マルコはメグに言葉を返した。するとメグは、にっこりと()()()()()を浮かべ、スカートの端を摘んで優雅にお辞儀をした。


「本日は午前と午後の二回、公演を予定しております。どうぞお楽しみに、お待ちくださいね」


 メグは微笑んでいたが、その声音は有無を言わせぬものだった。マルコたちは一斉に、首を上下にコクコクと振った。


「じゃ、じゃあな。そういうことなら、がんばれよニース」

「ニース、失敗したら容赦しないからな!」


 精一杯虚勢を張って捨て台詞を吐くと、マルコたちはくるりと踵を返して逃げ出した。

 ニヤリと笑みを浮かべて、ひらひらと手を振りながらマルコたちを見送るメグを見て、ニースはメグに逆らわないことを決めた。


「さあて、ニース。ちょっと付き合ってもらえるかしら? 少し本番前に練習しておきたいの」


 ニースに振り向き、にっこりと微笑むメグに、ニースはコクコクと頷いた。



 本番の準備が整った頃。午前公演を楽しみに、広場には多くの子どもと母親達が集まってきた。


「ニースお兄ちゃん、頑張ってね」

「楽しみにしてるわ」

「ありがとうございます」


 観客の多くは、ニースの顔見知りだった。ニースが公演で歌うと聞いて、応援に来たのだ。皆の優しさを感じて、初めての舞台に緊張していたニースの心は、春の雪のように解けていった。


 一座は、集まった客の大半が子連れであるのを見て、演目の一部を急遽変更し、公演を行った。

 ラチェットとグスタフの演奏曲は、子どもたちも楽しめるように軽快で耳馴染みのある曲に変わり、マルコムの手品は子どもたちも体験出来るよう、カードを使ったものになった。

 ニースの歌とメグの踊りは変わりなかったが、公演の最後に、ジーナとマルコムが小さな人形劇を演じた。


 臨機応変な一座の午前公演は、大成功に終わった。子どもたちは大喜びで、母親たちも笑みをこぼした。もちろん、ニースも心から楽しんだ。


 公演を楽しんだ人々を通して、評判は瞬く間に町中へ広まり、午後は開演前から、広場が埋まりそうなほど観客が集まった。

 ニースは、控え室となっている馬車の窓から観客席の様子を見て、あまりの人の多さに愕然とした。


 ――こんなに人がたくさんいるのに、もし失敗したら……。


 ニースの脳裏に、誕生日パーティの出来事が過ぎる。恐怖に震えていたニースは、ふと、手を振る人影に気がついた。陽射しの眩しさに眼を凝らして見てみると、大勢の観客の中で、マシューとマーサが手を振っていた。


 ――二人とも、観に来てくれたんだ……。


 大好きな二人の姿を見たニースは、心の内に力が湧いてくるのを感じた。ニースは午後の公演もがんばろうと、しっかり足を踏みしめ、微笑みを浮かべて二人に手を振り返した。

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