14:一座との出会い1
前回のざっくりあらすじ:マルコ達に邪魔をされ、ニースは公演を見れなかった。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
石畳の道を、花のように可憐な少女が軽い足取りで歩く。広場での公演の翌日。旅の一座の少女、メグは、クフロトラブラの町を散策していた。
――食べ物屋さんはたくさんあるけど……他のお店は少ないのね。
クフロトラブラは小さな町だが、酒場や飲食店の数が多い。アマービレ王国は美食の国として有名なため、辺境の小さな町にも、美味しさを求めてやってくる旅人は多かった。
爽やかな春風に、メグのスカートの裾がひらめく。風のいたずらで見え隠れする小麦色の美しい脚に、町の男たちの視線は釘付けだ。しかしメグは、気にする事なく町を歩いた。
――せっかくお昼はお休みだっていうのに。小さな町だから、あまり見るところがないわ。
田舎町へやって来る旅芸人は滅多にいないが、訪れる者たちは単独で興行を行っても集客が見込めるほど、腕のいい者ばかりだ。彼らは市場の片隅などで演奏すると、あまりに人が集まりすぎるため、店での依頼を受けたり、広場や劇場を借りて公演を行う。
旅芸人は単なる演者ではなく、優秀な興行主でもある。メグたち「旅の一座ハリカ」も、夜の飲食店や酒場で主に公演を行っていた。
メグは羽織っているマントの紐を、しっかりと結び直した。
――森は危ないだろうけど、町の周りには牧場が多かったわね。可愛い動物が見れるかもしれないし、外に行ってみようかしら。
メグは、町へ着いてから毎日のように町中探検を行っていた。山あいの小さな町は、見る場所はそれほど多くない。すっかり町の中を見て回ってしまったメグは、市壁を抜けて郊外へ足を向けた。
穏やかな木漏れ日が、若草に揺れる。森の木々を遠目に見ながら、畑や牧場の中を縫うような小道を、メグは一人、歩いて行った。
――あら? 何の楽器かしら?
メグは、風に乗って聞こえてくる微かな旋律に気がつき、耳を澄ませた。
――いい音色ね……。こんな田舎町にも、腕の良い人がいるなんて。これは座長の娘としては、見過ごせないわ。
メグは、音の正体を求めて辺りを見回した。すると、その音に言葉があることに気付いた。
――これは……楽器じゃないわね。人の声だわ。どういうことかしら?
メグはますます興味を抱き、青く澄んだ瞳をキラキラと輝かせながら小道を急いだ。
流れるような黄金色の髪をなびかせ、メグは走る。程なくして、木々の向こうに小さな牧場が見えてきた。
――あの牧場かしら。
メグは走るのをやめて目を凝らした。淡い緑が溢れる牧場には、羊たちが雲のように草原にひとかたまりになっていた。
――あの羊のあたりから聞こえるわね……。羊の声って、こんなだった?
羊たちの中央に、黒い影のような物が動いた。
――え、うそ……。あれって、人よね?
メグは驚き、目を見開いた。まるで影のように黒く見えたそれは、間違いなく人であり、子どもだった。
着ている白いシャツが浮いて見えるほどに黒い頭と手が見える。旋律のように聞こえる声は、その黒い人物が発していることにメグは気付いた。
――すごいわ! あんな珍しい子、見たことない! あの子が、この綺麗な声を出してるのね!
メグは感激に打ち震え、ゆっくり歩きながら旋律に耳を傾けた。笛の音色のようにも聞こえる澄んだ声に、踊ってみたいとメグの胸が鳴った。
ニースは、一人の少女が牧場に入ってくるのに気がついた。
――誰だろう。あんな子、町にいたかな?
自分よりずっと年上に見えるその少女は、ニースが不思議に思いながら歌うのをやめると、慌てた様子で近づいてきた。
羊たちが驚いたように道を開け、牧羊犬シェリーがしっぽを振りながら少女に向けて、わんと吠えた。しかし少女はシェリーを見る事なく、ずいとニースに近付いた。
「ちょっと、あなた、今の声はなに? 笛の音色みたいに聞こえたわ。あれって音楽よね? どうやってやったの? なんでやめたの? 私もうちょっと聴きたいから、続けてくれる?」
少女が早口でまくしたてるので、ニースは面食らった。少女は大人よりは背が低めだが、ニースよりだいぶ背が高かった。マントの下から見える少女の服はワンピースだが、胸から上が空いて肩が露出しているという、ニースが見た事のない奇妙な姿だった。
ニースは知らない女の子に急ににじり寄られて、どうしたらいいのか分からなかった。
「えっと、その、あの……」
「ああ、ごめんなさい。挨拶するのをすっかり忘れてたわ。私はメグよ。あなたは?」
メグは思い出したように微笑むと、ヒラヒラしたスカートを軽く摘み、膝を折ってお辞儀をした。
「あ……ぼくは、ニースと言います。はじめまして」
オロオロしていたニースが慌ててぺこりと頭を下げると、メグはニヤリと笑った。
「さあ、これで私が誰かわかったでしょ。わかったら、さっきの声の秘密を教えてちょうだい」
ニースは突然のことに再び面食らい口ごもるが、メグは許してくれそうもない。仕方なしにニースは、メグに歌の説明を始めた。
空高く昇った春の太陽が、柔らかな日差しを落とす。ニースとメグは、牧場にぽつんと生えている木の下に仲良く座り、弁当を広げていた。
「へえ。それであなた、こんな田舎町にいるのね」
ニースの話を聞いたメグは、ニースの弁当のサンドイッチをつまみながら話した。
ニースは、メグに矢継ぎ早に質問されるがままに、歌のことだけでなく、自分の生い立ちや追い出された経緯まで、洗いざらい話していた。
メグは、ニースのことを全て聞いても、驚くこともけなすこともせず、にっこりと笑ったままだった。ニースは、同情することなく優しく接するメグに、すっかり心を開いていた。
「うん。でもぼく、この町が大好きだよ。メグ、水はいらない?」
「欲しいわ」
ニースは羊の胃袋で作られた水筒をメグに渡すと、自分も残り少ないサンドイッチに手を伸ばす。メグは水筒を受け取り喉を潤すと、満足気に微笑んだ。
「ふぅ。ごちそうさま。このサンドイッチに挟んであるチーズ、すごく美味しかったわ。ここで売ってるの?」
「ううん。これは余った羊のミルクを使って、おじいちゃんが簡単に作ったチーズだから。うちで食べる分しかないんだ」
「そう。それは残念ね」
メグはマシューお手製のチーズを大層気に入った様子で、至極残念そうに眉を落とした。
「あなたのお昼ご飯を奪っちゃったわね。私の方がずっと年上なのに、もらってばかりじゃ良くないわ」
「気にしなくていいよ」
「そういうわけにはいかないわ」
メグは少し考え、ふわりと笑った。
「そうね。特別に私の踊りを見せてあげる」
「踊り?」
「あら、言ってなかったかしら? 私、旅の一座の踊り子なのよ。ついこの前、町に着いたの」
思いがけないメグの言葉に、ニースは、ぽかんと口を開けた。驚きのあまり、ニースの手から食べかけのサンドイッチが、ぽとりと落ちた。羊を見守っていたシェリーが、サッとやって来て、落ちたパンをパクリと食べた。
「え? それってもしかして、昨日広場でやっていた……?」
「そうよ。ニースもあのとき見てたの?」
「ううん、ぼくは……」
ニースは口ごもり、視線を彷徨わせた。マルコたちに阻まれ、追いかけられ、公演を見れなかったことを思い出したのだ。
メグはにっこり微笑むと立ち上がり、スカートの裾を払って、ニースの元から数歩離れた。
「見てないならちょうどいいわ。さあ、踊りを見せてあげるから、さっきみたいに歌ってくれる? ニースの歌なら音楽みたいだから、踊るのにちょうどいいと思うわ」
メグの言葉に、ニースは目を瞬かせ、ゴクリと唾を呑み立ち上がった。
「踊ってくれるの?」
「もちろんよ。あんなに美味しいご飯をご馳走になったんだもの、ちゃんとお返ししないとね。私の踊りは高いのよ。お昼ご飯の代金に充分足りると思うわ」
メグは自信たっぷりに言うと、ニースに歌うよう促した。ニースは嬉しさに、体が震えた。
――踊りが見れる! しかも、ぼくの歌に合わせてくれるなんて!
湧き上がる喜びと緊張を落ち付けようと、ニースは水筒の水を一口飲んだ。
「メグ、ありがとう! 歌うね!」
「ええ。いつでもどうぞ」
ニースは、メグから視線をそらさずに歌い出した。ニースの歌に合わせてメグが踊る。春の花々の間を飛び交うように、メグは華麗に美しく舞った。
――まるで綺麗な蝶々みたい……。
ニースが歌い終えると、メグは踊りをやめてお辞儀をした。ニースは顔をほころばせて精一杯の拍手をメグに送った。
「すごい、すごいや! こんなに綺麗な踊り、ぼく見たの初めてだよ!」
興奮するニースの言葉に照れたように、メグは頬を赤らめ、ふっと笑みをこぼした。
「当然よ。私は踊りのプロなんだから。……でも、ニースの歌も素敵だったわよ。踊ってて気持ち良かった。私も楽しかったわ、ありがとう」
メグはにっこり微笑むと、ニースに拍手を返した。ニースは照れくささを感じて、はにかんだ。
メグは踊りを終えた後も、ニースと共にいた。ニースが羊の番をしている間、メグは羊やシェリーと戯れたり、ニースに歌をねだった。ニースは頼まれると喜んで歌を歌った。メグは時折踊ったり、気持ち良さそうに歌声に耳を澄ませた。
太陽が山の端に近づき、空を赤く染めていく。羊を羊舎へ連れ帰る時間になると、メグは名残惜しそうに呟いた。
「そろそろ帰らないとね」
「メグ。今日はありがとう。これ」
ニースはメグに、銅貨を差し出した。メグは不思議そうに首を傾げた。
「なによ、これ?」
「たくさん踊りを見せてもらったから。お礼だよ」
メグは、あははと笑った。
「いらないわよ。私だって、ニースの歌をたくさん聞いたんだから」
「ぼくの歌は関係ないよ」
メグは優しく、ニースの手に銅貨を握らせた。
「とにかく、いらないわ。これをもらったら、明日来れないもの」
「明日? 明日も来てくれるの?」
「ええ。また遊びに来てもいい?」
ニースは嬉しさに頬を緩めた。
「もちろんだよ!」
「ふふ。じゃあ、また明日ね」
メグはひらひらと手を振り、帰って行った。ニースは、メグの姿が見えなくなるまで、シェリーと共に見送った。
翌朝。朝食を食べ終えたニースは、昼食の弁当を二人分用意していた。マシューにメグのことを話すと、今日はメグの分も用意してやれと、マシューはニースに言ったのだった。
ニースがサンドイッチにハムを挟んでいると、シェリーが、わんと嬉しそうに声を上げた。シェリーの鳴き声に続けて、誰かが家の扉をノックする音が軽快に響いた。
「こんにちは! ニース、私よ。メグよ」
ニースは驚き、慌てて玄関へ向かった。暖炉脇に座っていたマシューが、にこにこと嬉しそうに微笑んで、ニースの姿を見ていた。
扉を開けると、前日とは違い露出の少ない服を着たメグと、二人の男性が立っていた。一人は山賊のような強面だが、ぴっちりとしたスーツを着ており、もう一人は髪を後ろに束ねて、手にワインの瓶を持っていた。
ニースは面食らいながらも、メグに挨拶をした。
「メグ、おはよう。早かったね。こちらの方々は……?」
「ニース、今日はちょっと話があるのよ。おじいさまはいらっしゃる?」
ニースは突然のメグの言葉に驚きつつも、マシューに目を向けた。ニースが困っているのを見てとり、マシューは立ち上がると三人を招き入れた。
「やあ、お前さんがメグだね。ニースから話は聞いているよ。はじめまして。わしはニースの祖父のマシューだ」
マシューが朗らかに挨拶をすると、メグは優雅にお辞儀をした。
「はじめまして。ニースのおじいさま。今日は少しお願いがあって参りました。少しお時間いただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだよ。それで、そちらのお二方はどなたかな?」
マシューが尋ねると、山賊のような男が一歩前へ出た。
「はじめまして、マシュー殿。私はメグの父のグスタフと申します。旅の一座で座長をやっております。それからこの男は……」
「私は、旅の一座で副座長をやっています。マルコムです。以後お見知り置きを」
グスタフとマルコムの丁寧な挨拶に、マシューは驚きながらも、椅子を勧めた。
「座長殿と副座長殿ですか。これはまた、ようこそいらっしゃいました。どうぞお座りください」
椅子に座ったグスタフたちに、ニースは緊張した面持ちで挨拶をした。
「はじめまして、グスタフさん、マルコムさん。ぼくはニースです。昨日メグと友達になりました」
まさか旅の一座の座長たちが家を訪れると思わず、ニースの胸は驚きと感激で高鳴っていた。
ニースはヤギの乳をコップに注ぎ、皆に出すと、自分も席に着いた。椅子が足りなかったので、ニースは台所から持ち出した腰掛け椅子に座った。
ニースは緊張を和らげようと、ヤギ乳を少しずつ飲み始める。マルコムがマシューにワインを差し出した。
「昨日メグがニースくんのお昼を頂いてしまったそうで。どうもありがとうございました。よろしければ、こちらをお近づきの印にもらってください。お口に合うかはわかりませんが」
「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます」
マシューは見るからに高級そうなワインを、恐る恐る受け取った。メグが微笑み、口を開いた。
「昨日頂いたチーズがすごく美味しかったんです。ニースのおじいさまの手作りだと聞きました。でも、今日伺ったのは、その話ではありません。ねぇ、父さん」
メグに話を振られたグスタフは、ひとつ頷くと、ニースの顔を見ながら笑顔で口を開いた。
「実は、ニースくんにうちの公演に出てもらいたいんです」
「……!」
ニースは口にしていたヤギ乳を思わず噴き出した。マシューが謝りながら布巾を取りに台所へ向かう。慌てる二人に、メグたちは驚かせてしまったと、気まずそうに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。




