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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座【第9章 旅の終わり】
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145:発明の国2

前回のざっくりあらすじ:カルマート国に入国した。

 穏やかな春風に、木漏れ日が揺れる。一行はやがて、カルマートの最初の町サルタテオを視界に捉えた。


 ニースが外を覗き見ると、真っ白な石造りの市壁に囲まれる街並みが見えた。白壁は森の緑と相まって美しく見え、ニースとセラは感嘆の声をあげた。


「すごく綺麗ですね」


「お城の壁みたいです!」


 ラチェットが嬉しそうに笑った。


「故国の町を褒められると、なんだかくすぐったいな。でも、気に入ってもらえたなら良かったよ。カルマートはどこの町でもこんな感じの市壁なんだ。街並みも、これまでの国々とはだいぶ違うよ」


 ラチェットの言う通り、町へ入ったニースたちは、驚いた。


「すごい……! 窓がどの家も大きい!」


 レンガや石造りの立派な建物は、通り沿いの窓に大きなガラスがいくつもはめ込まれ、落下防止の鉄柵がつけられていた。

 セラが建物を見上げて呟いた。


「でも、このおうちの上の方に住んでる人たちは大変だね」


 大通り沿いの建物は、どれも四角く縦に細長い作りとなっており、五階や六階まであることが伺えた。


「これは、アパルトマンって呼ばれてる集合住宅なんだ。最上階の人は確かに大変だけど、見晴らしはすごくいいよ。

 この町には、国境警備の軍隊の基地があるからね。ここには軍人の家族が住んでるはずだよ」


「こんなところにも兵隊さんがいるんですね……」


 不安げなセラの言葉に、ラチェットが安心させるように答えた。


「まあ、この町はそうだけど、この町を抜けた先はまた違うから。発明品を作る工場の町や、遺跡を観光地にした町なんかもあるんだ。

 そういう町にも、アパルトマンはたくさんある。集合住宅は、カルマートでは一般的な建物だからね」


 ラチェットの話を聞いて、ニースは、ふとある事に思い至り、ぷるりと震えた。


「もしかして、宿もこんな感じなんですか? 荷物を持って上がるのが大変そうです……」


「そうだね。少し違うけど、階層は多いかな。でも、心配しなくても大丈夫だよ。カルマートの宿は、ホテルっていうんだけど、大きな荷物は宿の従業員が運んでくれるんだ」


 ラチェットの言葉に、ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。


「皇都で泊まった宿みたいですね。荷物を運んでもらえるなんて、助かります」


「そうだね、似てるかも。まあ、もしかしたら運んでもらわなくても、新しいホテルなら、エレベーターが使えるかもしれないけどね」


 ニースは、はっとして目を輝かせた。


「聖地にあった物ですね! あれがここにもあるんですか!?」


 喜ぶニースに、ラチェットは微笑みながら、首を横に振った。


「いや、残念ながら古代文明の遺跡の物とは違う。カルマートにあるのは、真似して作られたものなんだ。音や揺れがすごいし、狭いんだよ」


 セラが不思議そうに首を傾げた。


「エレベーターって何ですか?」


 ニースは、セラに大聖堂の塔でタネリに案内してもらったエレベーターの様子を話して聞かせた。

 セラは、目をまん丸に開いて驚いた。


「お部屋が動いちゃうって、すごい!」


 ラチェットが、ふっと笑った。


「カルマートのエレベーターは、滑車とロープを使ったものだから、動きはゆっくりだし、そんなに高い場所まではいけない。部屋というより、箱が動いてる感じなんだ。

 僕が旅に出た時には珍しかったけど、もうあれから四年近く経つし、きっと今は数が増えてると思う。セラちゃんも、そのうち見られるはずだよ」


「楽しみだね、ニース!」


「そうだね。どんな風に違うのかな」


 戦争の余波から守られた町は、ニースたちにとって珍しい物だった。ワクワクする二人を乗せて、二台の馬車は宿へ走っていった。




 大通りに面したホテルと呼ばれる宿は、劇場のような立派な外観をしており、柱や梁に施された装飾の細やかさにニースは驚いた。

 一行が宿の入り口で馬車を止めると、ラチェットが話していたように、従業員が全ての荷物を部屋へ運んだ。


 ニースは、洗練された内装や丁寧な従業員の対応を見て感嘆の息を漏らした。


「ラチェットさん。もしかしてこのホテルって、すごく高級な宿なんですか?」


「いや、違うよ。カルマートの一般的な宿の形さ」


 ニースはラチェットの話を聞いて唖然とした。


「これが普通なんですか!?」


「そうだよ。カルマートは、発明家がたくさんいる国でね。生活の様々な面で効率化が進んでるから、その分、サービスに力を入れられるんだ」


「効率化?」


「ニースが住んでいたクフロトラブラにも水道はあっただろう? あの水道があるから、井戸から水汲みをしなくて済む。さっき話したエレベーターも、上り下りするのを楽にする。

 そんな風に、様々な技術を使って生活を楽にしているから、住んでる人たちは他のことに力を使える。他の国ではなかなか受けられないサービスも、カルマートでは普通にあるんだよ」


 ニースは、よく分からなかったが、カルマートがすごい国なのだと感じた。


 ニースはいつもの通り、ラチェットと二人部屋となった。ロビーと同じように部屋の内装は品が良く、清潔感に溢れていたが、それ以上に()()()()が行き届いていることに、ニースは驚いた。


「すごいですね。客室に本が置いてあるなんて」


「それは情報誌って言うんだよ。町の店の紹介なんかがされてるんだ。カルマートでは、印刷技術が普及してるし、紙もたくさん作られてるから、ホテルの部屋に無料で置かれるんだよ」


「紙が無料!?」


「ほら。ここに紙とペンもあるだろう?」


「これも自由に使っていいんですか?」


「そうだよ。メモ帳だけじゃなく、レターセットもあるから、手紙も書ける。それからこっちには、タオルも置いてあるんだ」


「……タオル?」


 ラチェットが開けた浴室を覗いたニースは、思わず声をあげた。


「これ! このお風呂、知ってます! ぼく、伯爵家に住んでた時に、このお風呂に入ってました!」


「そうか。ニースはシャワーを使ったことがあるんだね」


 浴室の壁の上の方には、金属で出来た蓮の花托(かたく)のような物がついていた。


「これ、シャワーっていう名前だったんですね。古代文明の発掘品だってことしか、知らなかったです」


「そうだね。水を高いところまで上げるのに、ポンプが必要になるから、元々は発掘品だったんだ。

 でも、カルマートでは発明品のポンプが普及しててね。シャワーもそれと一緒に広がったんだよ。皇国や聖皇国でも、カルマートのポンプが使われてる」


「知らないところで色んな発明品があったんですね」


「そう。それで、これがタオル。ふかふかしてるだろう?」


 ニースは真っ白な布を渡されて受け取り、驚いた。


「すごい! 柔らかいです!」


「このタオルを織るのにも、発明品の織り機が使われてるんだ。洗濯するにも、柔らかさを保つ工夫があってね。発明品の恩恵は、細かいところまで色々あるんだよ」


「すごいですね。これも使っていいんですか?」


「もちろん。気に入ったなら、あとで店に買いに行こうか? 僕も新しく揃えたいし。ハンカチなんかもあるんだ」


「ハンカチ?」


「手を拭く布のことだよ。正方形で形が統一されてて、タオル地のものもあるし、綺麗な刺繍が入ってるのもある。他の国だとすごく高いけど、カルマートだと安いから。見てみるといい」


「布一枚でも違うんですね。なんだか別の世界みたい……」


 ニースは、これまでの暮らしと全く違う数々の出来事に、圧倒すると同時に不思議に感じた。


「ラチェットさん。どうしてこれだけ素晴らしい物が、ぼくの国にはなかったんでしょう」


「それは仕方ないよ。こういう技術の発展は、カルマートもつい最近になってようやく始まったんだ。ほんの百年前とかからね」


「百年が最近なんですか?」


「そう。古代文明なんて、数千年って単位の昔なんだから、百年なんて近いものだろう?」


「確かに、そうかもしれません」


「そして、その技術がカルマート全体に広がったのは、僕が生まれた頃からなんだ。すごい発明家が現れてね。だからニースたちの国にもこれから先、少しずつ技術は流れていくと思うよ」


 ニースは、クフロトラブラにいるマシューたちのことを思い出した。


「おじいちゃんにも、このタオル使ってもらいたいな……」


 しんみりするニースに、ラチェットが笑いかけた。


「使ってもらったらいいよ。アルモニアを出たら、たぶん座長たちは、王国を目指すはずさ。ニースの手紙を届けにね」


「……手紙?」


「書くだろう? マシューさんや、リンドさんたちに」


 ニースは微笑んで頷いた。


「はい。書きます。ラチェットさん、タオルと一緒に届けてくれますか?」


「もちろんだよ。必ず届ける。……マシューさん、元気でいてくれるといいね」


「……はい」


 ニースは、窓の外を見た。夕暮れ色に染まる空が、クフロトラブラへ続いている事を考え、ニースは懐かしむように目を伏せた。




 サルタテオの町に朝日が昇る。いつもは早起きなニースだが、数年ぶりのシャワーと心地よいベッドに包まれて、ぐっすり眠っていた。

 すると窓の外から、鈴がなるような音や、カチャリカチャリと歯車が回るような音がいくつも響き始めた。


「んん……ふぁ……」


 ニースが大きく伸びをして起き上がると、ラチェットも目を覚ました。


「おはよう、ニース。やっぱりカルマートのベッドは気持ちいいな。すっかり寝坊しちゃったね」


「おはようございます、ラチェットさん。この音はなんですか?」


「なんだろうね? たぶん自転車だとは思うんだけど……」


「自転車?」


 ニースの問いかけに、ラチェットは立ち上がり、窓から外を覗いた。


「これはすごいな……自転車が数年でこんなに変わるなんて」


 驚き唖然とするラチェットの声に、ニースも外を覗き見た。仕事に向かうのであろう町の人々が、車輪を並べた乗り物に乗り、大通りを行き交う姿が見えた。


「あの乗り物が、自転車ですか?」


「ああ、そうだよ。でも、僕が知ってる形とはだいぶ違う。車輪は木や鉄だったし、足で地面を蹴って進んでたんだけど……。あの車輪は、何だ?」


 好奇心に瞳を輝かせるラチェットに、ニースもワクワクを感じた。二人は顔を洗うと、すぐに部屋を出た。


 ラチェットは真っ直ぐにロビーの受付へ向かった。ニースは不思議に感じ問いかけた。


「ラチェットさん、外に行くんじゃないんですか?」


「ああ。コンシェルジュに聞こうと思ってね」


「……コンシェルジュ?」


「僕たち宿泊客の色んな要望に応えてくれる人なんだ。ホテルには必ず一人いるんだよ」


 ラチェットはコンシェルジュと話を終えると、ニースを連れて中庭へ向かった。


「自転車を貸してもらったよ。試しに乗ってみよう」


「え!? 乗るんですか!?」


「ああ。ペダルを漕げば動くらしい。バランスさえ取れればいいらしいから」


 ニースは何を言われてるのかさっぱり分からなかったが、見たことのない乗り物に乗れるとあって、胸が高鳴るのを感じた。




 柔らかな日差しが降り注ぐ中庭に出ると、爽やかな風が頬を撫でた。今か今かと待っているニースとラチェットの元へ、従業員が二台の自転車を運んできた。初めて見る自転車に、ニースは目を輝かせた。


「すごいですね。こんな鉄の乗り物が、自分で動かせるなんて……!」


「そうだね。それに、このタイヤっていう車輪は、オルガン馬車の物に似てる。イルモ先生が作り方を見つけたのかな?」


 二人はじっくり観察すると、早速乗ってみた。しかし、なかなかうまく漕げなかった。


「これは難しいな……」


「力を入れると倒れます……」


 二人が朝食を取るのも忘れて、何度も何度も練習をしていると、メグとセラがやってきた。


「こんなところにいたのね。部屋にはいないし、レストランに来ないから、心配したのよ?」


「ニース、何してるの?」


 ニースとラチェットは、朝食を食べそびれていた事に初めて気づいたが、笑って答えた。


「セラ、メグ、おはよう! これ、自転車っていうんだ。乗り方を練習してたんだよ」


「心配かけて、すまなかったね。メグも乗ってみるかい?」


 二人が説明すると、メグたちも自転車を借り、練習を始めた。そうして、昼になる頃には四人は安定して乗れるようになった。


「ようやく乗れました!」


「これなら、午後は町に行けるね。昼食を食べたら、自転車で出かけてみよう」


 喜ぶニースとラチェットに、メグたちも笑った。


「私たちのことも、連れて行ってくれるわよね?」


「置いてけぼりは、嫌です!」


「はは。そうだね。みんなで行こうか」


 ニースたちは昼食を終えると、早速町へ出かけていった。

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