144:発明の国1
前回のざっくりあらすじ:身近な恋を目の当たりにして、ちょっぴり大人になったニースが砂漠を越えた。
穏やかな日差しが降り注ぎ、街道沿いには草原が広がる。二台の馬車は、モレンド公国とカルマート国との国境に向かって走っていた。
春のような穏やかな風が吹く中、馬たちが気持ちよさそうに石畳の街道を走る。
しかしグスタフの馬車では、メグの怒りが爆発していた。
「なんで私が、オルガン馬車に乗っちゃいけないの!?」
メグは頬を膨らませ、全身で怒りを表現していた。ジーナが苦笑いを浮かべる中、小窓からグスタフが威厳たっぷりに答えた。
「ダメだと言ったら、ダメだ。ラチェットと一緒の馬車に乗るなど、絶対に許さん!」
「なんでよ!? 砂漠にいる間は、何も言わなかったじゃない! それに、ニースたちもいるのよ!? なんで私だけダメなのよ!」
エドガーたちと別れ、公国最後の町メヒロスを出る時から、メグはグスタフの馬車に乗せられていた。
「いいか、メグ。もうすぐカルマートに入るんだ。ラチェットのご両親がどこで見てるか分からない。二人がベタベタとくっ付いてたら問題になるんだ」
「そんなの、納得出来ないわよ! おじさまとおばさまなら、私に良くしてくれたもの! そんな訳の分からない理由で、私をここに閉じ込めるなんて酷いわ!」
メグが何と言おうが、オルガン馬車にメグが乗る事を、グスタフは許さなかった。怒り心頭のメグに、ジーナが諭すように話した。
「メグちゃん。グスタフは、メグちゃんのためを思って言ってるのよー。ラチェットのお母様に嫌われたら、結婚出来なくなるわよー?」
「え……」
ピシリと固まるメグに、ジーナがニヨニヨと笑った。
「あらー。メグちゃん、ちゃーんと結婚考えてるのねー」
メグの顔が、一気に赤く染まった。
「もうっ! お母さんのバカ!」
喧嘩を始めた二人の会話を聞いて、グスタフは寂しそうに呟いた。
「メグが結婚……。行き遅れには、させたくないが……」
じわりと滲んだ涙を袖で拭い、グスタフは肩を落としたまま、手綱を握り直した。
後ろを走るオルガン馬車では、手綱を握るマルコムが、ぷっと笑った。
「やっぱりお嬢たちは相変わらずだな。ある意味安心したよ」
隣に座るラチェットは、はぁとため息を吐いた。
「元気なのはいいんですけど……。一緒にいられないのは寂しいですね。せっかく想いが通じたのに」
マルコムがニヨニヨと笑みを浮かべた。
「本当に、あのじゃじゃ馬がいいんだな」
「じゃじゃ馬だなんて思ってませんよ。メグは素敵な女性ですから」
オルガン馬車の小窓から、ニースが不思議そうに問いかけた。
「じゃじゃ馬って何ですか?」
ラチェットが苦笑いを浮かべ、振り向いた。
「元々は、暴れ馬っていう意味なんだけどね。気性が激しい女性のことを言ったりもするんだ」
「そうなんですね」
ニースの隣から、セラも顔を出した。
「でも、どうしてグスタフさんはメグさんを向こうに乗せたんですか?」
ラチェットが、はぁと深いため息を吐いた。
「たぶんだけど……。僕の家族が問題なんだよね……」
ニースが再び不思議そうに首を傾げた。
「ラチェットさんのご家族って、メグと仲が悪いんですか?」
マルコムが、はははと笑った。
「いや。お嬢と仲が悪いわけじゃない。ラチェットの母親が、ラチェットを大事にしすぎるんだ」
「大事に……?」
ラチェットが、困ったような目をニースに向けた。
「僕の母はね、すごく良い人なんだけど……。過保護すぎるんだよね」
「過保護?」
「座長がメグを大事にするのと同じさ。まあ、僕の母はもっと凄いんだけど……。旅に出るのも大変だったぐらいだから」
ニースはセラと不思議そうに顔を見合わせた。
「セラ。意味分かる?」
「んー。よくわかんないかも……」
ラチェットが、二人を宥めるように笑った。
「まあ、カルマートは僕の家族が住んでる国だから、そのうちどこかで会うかもしれないし。そうしたら、二人もわかるよ」
「ラチェットさんのお家に行ったりするんですか?」
期待に目を輝かせるニースに、ラチェットは苦笑いを浮かべた。
「いや。母に会うと大変だからね。出来れば帰りたくはない。それに、アルモニアとは少し方向が違うんだ。カルマートも広いからね。滅多なことでは会わないはずなんだけど……」
「何かあるんですか?」
「僕の両親は旅行が好きで、色んなところに出かけるんだよ。だから、下手したら鉢合う可能性があるかな」
マルコムが、ラチェットにニヨニヨと笑いかけた。
「だがな、ラチェット。お嬢と付き合ってることを、さっさと話に行った方がいい。結婚を考えてるんだろう?」
「それは、その……。そうなんですけど……」
頬をほんのり赤く染めたラチェットを、マルコムが肘で小突いた。
「覚悟を決めろ、若人よ。ここで話しに行かないと、またカルマートに来るのは数年後になるぞ。もうお嬢は成人したし、早く嫁にもらってやらないと、行き遅れになる」
この星の女性たちは、成人と共に結婚し、十代のうちに出産するのが一般的だ。二十歳を越えても独身の女性は行き遅れと呼ばれ、二十五歳を越えての出産は高齢出産の扱いだった。
十六歳のメグは、結婚して子をもうけても何らおかしくない年齢だった。
「ニースたちをアルモニアに送ったら、ラチェットの家に寄れるようにグスタフに話をしてやるから」
マルコムの言葉にラチェットは、がっくりと肩を落とした。
「はぁ……。行かないとダメか。どうにかして、父さんにだけ話を出来ないかな……」
ニースとセラは、あまりにも嫌がるラチェットに同情した。
「ラチェットさんのお母さん、すごい人みたいだね」
「うん。会いたくないって、相当だね……」
街道沿いの草が柔らかな風に揺れる。二台の馬車は、様々な想いを乗せて、国境へ向かっていった。
やがてニースたちの目に、国境となる壁が見えてきた。どこまでも続く大きな石壁の上部には有刺鉄線が張られ、巨大な投石機や大型弩が並ぶ。検問を行う門では、迷彩服を着た軍人たちが物々しい警備をしていた。
ニースとセラはその光景に、ぷるりと身を震わせた。
「なんですか、あの壁……」
「怖い……」
震える二人の声に、ラチェットが苦笑いを浮かべた。
「長い間、旧モレンド王国は戦争をしていたからね。カルマートは防衛のために、大きな壁を作ったんだよ」
「カルマートにも、攻撃してたんですか?」
ニースの言葉に、マルコムが首を横に振った。
「いや。カルマートとモレンドは昔から友好的な関係だから、それはない」
「じゃあ、どうして壁を……?」
ラチェットは悲しそうに、ため息を吐いた。
「カルマートはモレンドだけじゃなく、聖皇国とも友好関係にあるんだ。だから両国で戦争が起こっても中立の立場を貫いた。
でも、モレンドとカルマートは陸続きだ。どちらかに肩入れするのではと疑惑を持たれないために、自分たちは戦争に一切関わらないという意思表示をしようと、この大きな壁を作ったんだよ。
これがあったから、カルマートにはほとんど難民が入ってこなかった。戦後の今は、どうなってるかわからないけどね」
セラが、戸惑いながら問いかけた。
「難民が入ってこないって、どういうことですか? わざわざ聖皇国には逃げたのに、壁があるからってだけで、こっちに逃げて来なかったんですか?」
「いや、たぶん旧王都の人なんかは逃げてきたと思うよ。でも、あそこに軍隊がいるだろう? 彼らが難民を追い払ってたはずだよ」
「そんな……」
絶句するセラの隣で、ニースは、しゅんと肩を落とした。
「なんだか悲しくなります。逃げてきた人たちを助けてあげないなんて……」
ニースを諭すように、マルコムが穏やかに話した。
「みんな自分の国や家族が一番大事なんだ。カルマートの人たちは、大切な人を守るためにこの壁を作った。それが間違いだなんて、誰にも言えない。俺たちにもな。
現に、アングイスのような奴らがいただろう? ああいう過激派の連中が入り込まないようにするのも、必要なことなんだよ」
ニースは、返事が出来なかった。
――大切な人を守るために、助けを求める人たちを拒絶しないといけない時があるの? そんなのって……でも……。
ニースは、恐怖で小さく震えるセラを見つめた。
――ぼくにとって大切な人たち……。セラや、みんなを守るためだったら、迷いなく何かを隔てることが出来るのかな……? それが本当に悪い人か分からなくても……。
黙り込むニースに、マルコムは言葉を継いだ。
「だがな、その悲しい気持ちは大事にしておけ。難しいことだが、一番いいのは戦争なんて起こさないことなんだ。簡単に人の命を切り捨てるような大人にはなるなよ」
「……はい」
心のモヤモヤを紛らわすように、震えるセラの手をニースは握る。ニースの温かな手を、セラは恐怖を誤魔化すように、ぎゅっと握り返した。
国境を抜けた一行は、やがて森へと差し掛かった。久しぶりにみる落葉樹は、まるで春の装いのような若葉に彩られていた。
キラキラと光る木漏れ日に、ニースは思わず、感嘆の声を漏らした。
「綺麗ですね……すごく懐かしい気がします」
ニースの声に安心したように、マルコムが、はははと笑った。
「そうだな。こういう景色は一年ぶりぐらいか」
「カルマートは、四季がある国なんですか?」
これまで様々な国を旅してきたニースは、国ごとに気候や環境、人の暮らしや文化が違うということを、良く理解していた。
「ああ、そうだな。ただ、ニースとセラちゃんが住んでいた、王国や皇国とは逆になるが」
ニースは以前、ラチェットから聞いた話を思い出し、国境の検問時から荷台に移っていたラチェットに振り向いた。
「そういえば、前にラチェットさん、カルマートは季節が逆だって言ってましたね。聖皇国に入った後……ココを助けた時だったかな?」
何やら紙に丁寧に書き綴っていたラチェットは、話を振られて顔を上げた。
「そうだったかい? よく覚えてたね」
セラにとっては初めて聞く話だ。セラは興味津々に目を輝かせた。
「逆って、どういう意味ですか?」
「そうか。セラちゃんには話してなかったね。今は八月の終わり、もうすぐ九月になるから、皇国だと秋の始まりだろう?」
「はい。ご飯が美味しくなる季節です」
セラの言葉に、ラチェットが笑った。
「そうだね。秋はご飯が美味しいよね。でも、カルマートでは春の始まりの季節なんだよ。この辺りは砂漠に近いから、春みたいな暖かさだけど……もう少し砂漠から離れると、まだ冬の寒さのはずだ。
皇国の夏はカルマートの冬、皇国の冬はカルマートの夏になるんだ。ちょうどアルモニアに着く頃には、夏になるだろうね」
「そうなんですね。面白いです!」
ラチェットは、ふと思い出したように話を続けた。
「そういえば言ってなかったけど、カルマートだと季節だけじゃなくて他にも大きく変わることがあるんだ」
ニースはラチェットの言葉に興味を持ち、身を乗り出した。
「何が変わるんですか?」
「年齢だよ」
「「年齢?」」
声を揃えて首を傾げた二人に、ラチェットは微笑んだ。
「そう、年齢。モレンド公国でダナと話した時に、バトス大陸は年始に誕生日を祝うって話をしただろう?」
「はい。聞きました」
「誕生日だけじゃなく、年齢の数え方も変わるんだ」
ラチェットは、二人に詳しく話した。
ニースが暮らしていたアマービレ王国のあるアートル大陸、セラが暮らしていたスピリトーゾ皇国があるルテノー大陸では、経年齢を使用する。
この星で使われている経年齢とは、生まれた年を数えずに、誕生日を迎える度に何年生きたかを数えるものだ。数え方は満年齢と似ているが、0歳は存在しない。
これに対し、ラチェットの故郷であるカルマートやモレンド公国のあったバトス大陸では、数え年を使用していた。
ニースはラチェットの話を聞いて、驚いた。
「年齢が変わっちゃうって、すごいですね」
「そうだね。生まれた年を一歳って数えて、年始の日に年を取るんだ。だから、今の僕は経年齢だと十七歳だけど、数え年だと十八歳になる。
ニースはこの前、誕生日を迎えて九歳になったよね?」
「はい。でもそれが経年齢だから、カルマートだと……」
「今のニースは、十歳ということだよ。そして、年始の日に十一歳になるんだ」
セラは、小さく唸りながら考えていた。
「うんと、うーんと……。じゃあ私はまだお誕生日が来てないから八歳だけど、ニースと同い年だから……」
ラチェットが微笑んで頷いた。
「セラちゃんも、カルマートだと今は十歳。誕生日が来て、経年齢が九歳になっても、カルマートの数え方なら今年の間は十歳のままってことだよ」
セラはさらに首を捻って考えた。
「じゃあ、年始の日に十一歳になっても、経年齢は九歳のままだから、二歳大きくなるってことですか?」
「大きくなるっていうのとはちょっと違うけど、まあそんな感じかな」
納得したようなしていないような二人に、ラチェットはさらに話を続けた。
「まあ、年齢の数え方が違っても、他に大きな変化はないから。同い年の子は同い年のままだしね」
ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ普段暮らす分には、何も問題ないんですね」
「そうだね。音楽院に入学する時の書類は注意しないといけないけど、そこは僕が手伝うから。二人も音楽院で暮らせば、そのうち慣れるよ」
「はい」「わかりました」
微笑んだ二人に、ラチェットは話を続けた。
「あとは……成人の年齢が違うっていうのはあるんだけど、これもまだまだ先の話だからね」
ニースが、ふと思い出しラチェットに目を向けた。
「そういえばラチェットさん、カルマートだと十八歳で成人って言ってましたよね? それも数え年で祝うんですか?」
「そうだよ。だから僕はカルマートでももう成人。メグはカルマートの数え方だと、今度の年始で成人になるね」
「難しいですね……」
困ったような顔をしたニースに、ラチェットは優しく微笑んだ。
「まあ、慣れるから。これから先、カルマートにいる間は、カルマートの数え方で暮らすわけだからね。結構便利なんだよ。誕生日を祝い忘れることもないからね」
ニースとセラは、思わず顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
【経年齢について】
作者が考えた年齢の数え方です。
0歳は存在せず、一歳になるまでは生後一ヶ月、二ヶ月といった数え方のみとなります。
この数え方の理由は、後ほど出てきます。




