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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座【第8章 砂漠に咲く花】
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★[幕間劇〜とある護衛の話]

お話の区切りとして、コメディ色強めの幕間劇を書きました。第8章を振り返る形で書いてますので、一部に暴力的描写が含まれます。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。

 砂嵐の轟音が響く、テュラーの町の一軒の宿屋。

 その一室で、髪と肌が白く、赤い瞳の女性と話す、一匹の白い大蛇がいた。


「ダナ。もう戦争は終わったんや。遠くの国に行ってもええんやないか?」


 大蛇は蛇であるため、その声は周囲にはシューシューと息が漏れるような音にしか聞こえない。しかし、ダナと呼ばれた白い女性には、蛇の言葉を操る力があった。

 一人と一匹は、シューシューと蛇の言葉で会話していた。


「ガラナ、そういうわけにはいかないよ。リーダーが、教会の司祭様から直々に紹介を受けたんだ。断ったら、聖皇国との関係が悪くなる」


 ガラナと呼ばれた蛇は、ベッドに座るダナの隣でとぐろを巻いたまま、文句を言うように、ちろちろと舌を出した。


「人間は、けったいなもんやな。どこそことの関係がとか、誰それとの兼ね合いがとか、いちいち心配せにゃならんのかいな」


「しょうがないよ。もうあたしたちは、神と巫女じゃない。普通の人たちに紛れて暮らさなきゃならないんだ。……ガラナ。一緒にいてくれるんだろ?」


「当たり前やないか。わいが居んかったら、ダナは一人になるんやで? 変な男にでも付いてったらアカンからな。わいが守ったるわ」


「ふふ。ありがとう。もう蛇神じゃないけど、ガラナはあたしの守り神様だね」


「当たり前や。まだこないに小さい頃から見とるんや。わいに任しとき」


 ダナはガラナと共に眠る。不安げなダナを守るように、ガラナはとぐろを巻いていた。



 ◆◇◆◇◆◇



 一夜明けて砂嵐の止んだテュラーの町。教会の馬車置き場で、ガラナたちは依頼主と初の顔合わせとなった。

 ダナの背負う籠の中、ガラナは静かに周囲を警戒していた。


 ――ダナに依頼してきた奴らは、どんな奴や。


 ガラナがとぐろを巻く籠には蓋がされており、外の様子は見えなかった。

 緊張するダナの震えが、籠越しにガラナに伝わっていた。


 ――こないにビビりなのに、傭兵なんぞ、ようやるわ。わいが怖がられな、旅芸人にもなれたんやけどなぁ。


 ガラナが考えていると、カサンドラがダナに話しかける声が聞こえた。


「ダナ。長くなって悪かったね。あんたの番だよ」


「別に……」


 ――ダナの奴、もうちょい可愛げのある返事は出来んのかいな。


「ダナは、ちょいと訳ありでね。だが腕は保証するよ」


 エドガーの声が聞こえると、ガラナの座る籠が揺れた。


「よろしく。あと、あたしの友達がいるけど、驚かせちゃうから、籠には触らないでね……」


「なんやて!? わいを紹介しない気か、ダナ! 表へ出せ!」


 ガラナが訴えても、ダナは答えなかった。苛立つガラナに、ジェラルドの声が聞こえた。


「ダナは、蛇使いなんです。女性の方は蛇は苦手ですよね?」


「女性? 女の客なんか?」


 ガラナが問いかけても、ダナは答えなかった。そわそわするガラナに、可愛らしい女の子の声が聞こえた。


「蛇ですか!? 蛇さん、私は好きです!」


「なんやこの声! めっさ可愛いやんけー!」


 ガラナの声に答えなかったダナの、嬉しそうな声が聞こえた。


「ほ、ほんとに!? 君は蛇が好きなの!?」


「はい! 見せてもらえませんか?」


「もちろん、いいよ!」


 ガラナは、心臓がドキドキするのを感じながら、精一杯カッコよく見えるようにとぐろを巻き直した。

 籠がぐらりと揺れて地面に置かれ、蓋が開かれる。


「うわあ! 可愛い!」


 赤髪の少女セラと目が合ったガラナは、思わず見惚れた。


 ――可愛いのは、わいじゃない! お嬢ちゃんや!


 ガラナがセラを見つめていると、ダナの興奮する声が聞こえた。


「ほ、ほんとに!? この子、ガラナっていうんだ! ……リーダー、出してもいい?」


 ガラナは緊張しながら、エドガーの返事を待った。エドガーは返事をする代わりに、誰かに問いかけた。


「ちょいと大きい蛇だが、噛んだりはしないんだ。見せてもいいか?」


「ああ。構わないよ」


 渋い男の声に、ガラナはゆっくりと鎌首をもたげた。


「ふはははは! わいが蛇神と呼ばれた白大蛇、ガラナ様やー!」


「お、大きい……!」


 ガラナが籠から這い出ると、セラが抱きついてきた。


「可愛いー!」


「おう! ええで、ええで! わいのスペシャルなボディを、堪能さしたるわ!」


「良かったね、ガラナ。お前のことを気に入ってくれる友達が出来たね!」


「せやな! こないな可愛い子が、わいのファン第一号とか、わいは嬉しくてしゃーないわ!」


 喜ぶガラナをちらちらと、真っ黒な少年が見つめた。


「あの……ほんとに噛まないんですか?」


「うん。噛まないよ。君も触る?」


「なんや兄チャン、わいのスペシャルボディを触りたいんか? ええで! 兄チャンもなかなか美少年やから、特別や!」


「すごく滑らかですね」


「せやろ、せやろ! ……って、なんや!?」


 ニースの横から、二人の男にペタペタと触られて、ガラナは思わず身をよじった。


「お前ら、勝手にわいに触るな!」


「へえ。蛇ってこんなにすべすべしてるんだ」


「これはすごいな。かなり力もありそうだ」


 怒ったガラナだったが、メガネの青年と、長髪を後ろで縛った男に褒められると、大人しくなった。


「なんや、お前ら。見る目あるんやな! しかも、二人ともなかなか綺麗な顔しとるやないか! わいは美しいもんは分かる蛇やで。許したるわ!」


 ガラナは自分を怯えた目で見つめる、山賊のような男をちらりと見ると、ちろちろと舌を出した。


「あいつはアカンな。顔はおっかないし、わいをただの毒蛇と思うとるうちは、触れるのは許さへんで。……しっかし、あの馬車の後ろに隠れてる別嬪さんといい、なんやこのお客さんは。只者ちゃうな。

 よしっ。わいが、まとめて面倒見たるわ! お、お嬢ちゃん、わいと馬車に乗りたいんか? ええで、ええで!」


 ガラナはすっかり警戒を解いて、ニースたち一座の護衛となった。



 ◆◇◆◇◆◇



 テュラーを出てから初めて人がいる町に着いた一座は、領主の館に泊まる事となった。護衛を務めるガラナは念入りに館の構造を調べていた。


「ずいぶんと立派な屋敷やな。地下に抜け道まであんのかいな」


 すると、領主の依頼を受けたニースたちが、公演を始める音が聞こえた。


「お、始まったんか。まさかあいつらが、旅芸人やったとはな。ダナとわいのことも、蛇使いとして連れてってもらえたらええんやが……。あの座長じゃ、無理やろうなぁ」


 ガラナは、するりするりと屋根裏を伝って、壁の隙間から舞台を眺めた。


「やっぱあの領主、いけすかんなぁ。ギラギラのコッテコテやないか。

 ……ラチェットはフルート、座長はバイオリンか。なかなかやるな。ほいで、マルコムは手品か。

 ……お! メグちゃーん! 最高やー! 腰の動きがエロすぎるぅー!」


 ガラナがメグの踊りに喜んでいると、ニースとセラが舞台へ上がった。


「セラちゃんは何するんや? ニースと手繋いどるが……。これは……!」


 ニースとセラの歌声に、ガラナはふにゃふにゃと心地よさそうに体をくねらせた。


「なんてええ気持ちや! なんやこれ!」


 ガラナが興味深げに見つめていると、グスタフが領主に説明を始めた。話を聞いたガラナは、驚いた。


「歌? 歌って音楽やったんか! しっかし、ふにゃふにゃにされてまうな。ニースの声を聞いとると、なんや変な気分にいつもなってまうしな。それも歌の力なんかなぁ?」


 ガラナはするりするりと屋根裏を通り、見張りに戻っていった。



 ◆◇◆◇◆◇



 アジタートの町で、休演日前の公演の警護を終えたガラナは、オアシスにいた。すると、ドン! と大きな爆発音が響き、アジタートの町に炎が上がった。


「なんやこれ……。戦争の時みたいやないか……」


 ラチェットとメグのデートのために、オアシスを警邏していたガラナは、視線を鋭くさせた。


「これはアカンな。ダナがあっちにいるはずやけど、ここを離れるわけにもいかんし……」


 ガラナが悩んでいると、カサンドラが走ってきた。


「ガラナ! あたいは様子を見てくる! ここを任せていいか?」


「ええで! ダナとニースたちを頼むわ!」


 ガラナは蛇である。ガラナの声は、カサンドラには聞こえない。しかし鎌首をもたげて、じっと見つめるガラナに、カサンドラは頷き、走り出した。


「二人を頼んだよ」


「おう! 任しとき!」


 ガラナは、するりするりと夜闇に染まる木々の間を進む。すると、いくつもの不穏な足音が近づくのを感じた。


「来やがったな……って、こいつらは!」


 白装束の男たちを、必死にガラナは止めた。尻尾でなぎ払い、噛みつき、毒を流し込む。しかし、男たちに毒は効かなかった。


「ちっ! やっぱり効かへんか! どこの奴らかは知らへんけど、行かせへんで!」


 ガラナは必死に尻尾を振るい、体当たりを仕掛けるが、いくら大きいとはいえ、ガラナは一匹の蛇である。数名の白装束の男たちを取り逃がしてしまった。


「ちくしょう! 逃げろ、二人とも!」


 ガラナはさらなる追撃を防ごうと、戦い続けた。しばらくすると、男たちは負傷者を抱えて逃げ去った。


「ラチェット、メグちゃん!」


 ガラナは、びゅんびゅんと木々の間を縫って滑るように這う。メグが脱ぎ捨てた靴を通り過ぎ、二人の足跡を辿ると、ラチェットが倒れていた。


「ラチェット! しっかりせえ! メグちゃんは!?」


 ラチェットは、ぴくりとも動かない。ガラナは周囲を伺うが、メグの姿は見えなかった。


「くっそ! メグちゃんは、どこ行ったんや!? 探そうにも、ラチェットは毒をもろうとるし!」


 ガラナはラチェットを守るようにとぐろを巻き、鎌首をもたげた。


「必ず守ったる! ダナが来るまで耐えろ!」


 ガラナは逃げてきた町の人々や警備隊を威嚇しながら、エドガーが来るまで、ラチェットを守り続けた。



 ◆◇◆◇◆◇



 アジタートとの西の奥地にある森の中。アングイスのアジト近くの野営地で、助け出されたラチェットとメグが眠るテントを、ガラナは見張っていた。


「ガラナ、ありがとう。休んでいいよ」


「せやけど、ダナ。ジブンも疲れとるやろ?」


「大丈夫だよ。二人のことが心配だからね」


「わかった。まあ、深くは眠らんとくから、何かあったら、わいも出るさかいな」


 ガラナは、するりと籠の中へ入り、とぐろを巻いた。


 ――二人とも無事に帰ってきて、ほんまに安心したわ。わいの失態やったさかい。メグちゃん、傷もんになっとらんとええんやが……。


 ガラナが、ぼんやり考えていると、テントの中からメグがすすり泣く声が聞こえてきた。

 ガラナは籠の中でとぐろを巻いたまま、ダナに話しかけた。


「ダナ。メグちゃん、目覚ましたのか?」


「うん? そうみたいだね。メグは、ラチェットが死んだと思い込んでたみたいだから、そっとしといてあげよう?」


 二人の会話は蛇の言葉だ。周囲にはシューシューと息の音にしか聞こえなかった。


「……教えてやらんのか?」


「メグは、ラチェットへの気持ちに素直になれてないからね。少しぐらい、お灸を据えてやらないと」


「ダナ……。ジブン、根に持っとるやろ?」


「へへへ。わかる?」


「そらな。こんなに分かりやすい女子はおらんわ。……お、気づいたみたいやな?」


 テントの中から、メグがラチェットに文句を言いながら泣く声が聞こえてきた。


「……ガラナ。あっちで話そうか」


 ダナはガラナの籠を持ち、静かにテントから離れ、ニースたちが座っていた倒木に腰を下ろした。


「あーあ。いい雰囲気みたいだね」


 ラチェットとメグがいるテントを遠目に見つめたダナの呟きに、ガラナが、するりと籠から出た。


「ダナ。大丈夫か?」


「ん……。良かったよ。二人が無事で」


「……ジブン、本気でラチェットのことが好きやったんやな」


「まあね。酷い話なんだけど……実はあたし、メグが攫われたって聞いた時、心のどこかで、チャンスだって思ったんだよ。でもラチェットは、メグを追いかけていっちゃってさ。帰ってきたらあのザマだよ。

 ピアニストの命の手を砕かれて、その上メグの代わりに身を投げ出して。あたしの入る隙なんか、あったもんじゃない」


「ダナ……」


「綺麗に振られて、吹っ切ったつもりだったけど、全然吹っ切れてなかった。だから、メグの態度に腹が立ったんだ。

 ちゃんとメグがラチェットの隣に立ってくれないと、あたしは諦めきれない」


「そうか……。せやったら、これを機に吹っ切れるかもしれへんな。あれは絶対、チューしとるで」


「ガラナ……あんたって本当、そういうとこ神様っぽくないよね」


「何言うとるんや。神様っちゅうたら、生贄に別嬪さんもろうてなんぼやろ?」


「あたしは生贄にならなくて良かったのかい?」


「せやなぁ。どうしても貰い手が居んかったら、考えたるわ」


「ふふ。ありがとうね」


 ガラナはダナを励ますように、会話を続けていった。



 ◆◇◆◇◆◇


 ニースたち旅の一座と、別れの時が来た。カルマート国との国境に近い、メヒロスの町で、ガラナはニースとセラに撫でられていた。


「ガラナちゃん、またきっと会おうね」


「おうよ! セラちゃんも頑張ってや! ニースは、なかなか鈍い奴やが、セラちゃんのこと興味持ち始めとるさかいな!」


「ガラナ。色々ありがとうね。ぼくたちを守ってくれて」


「おうよ! しっかし、ニース。どんどん美少年さが増しとるなぁ。ほいでこの声やろ? こらセラちゃんは大変やわ」


「ガラナちゃんのお肌、すべすべしてて気持ち良かったのにな」


「堪能しとけや。ほんまは、わいもセラちゃんと一緒に行きたかったんやが、ダナがエドガーのことを気に入っとるからなぁ。また砂漠に来ることあったら、声かけたってな!」


 ガラナは挨拶を済ませると、ダナの籠へ戻った。一座の二台の馬車を見送るダナに、ガラナは籠の中から話しかけた。


「行ってもうたな。ダナ、大丈夫か?」


「うん。大丈夫。メグとは、もう親友だもん」


「恋敵から親友に格上げか。ほんま女心は分からんわ」


「結婚式には呼んでほしいね」


「予定あんのか?」


「メグはその気みたいだよ。ラチェットがどうするのかは知らないけど」


「まあ、あんだけ惚れ込んでたら、秒読みやろうな」


「二人とも、幸せになってほしいな」


「ダナも頑張ってや。わいは生贄にもらうんやったら、セラちゃんの方がええわ」


「……ガラナって、本当小さい子が好きだよね」


「まあな! せやから、ダナのことも守ったんやで。それ以上大きくならんと、ぺったんこのままでおってや」


「余計なお世話だよ!」


 ガラナの籠が、がさりと揺れた。一人と一匹は文句を言いながらも笑って、駱駝に乗った。

 眩い太陽が、キラキラと岩と砂の大地を照らしていた。

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