★[幕間劇〜とあるスパイの話]第1回 01
幕間劇→演劇で、長い劇の間に挟んで演じる小喜劇。(デジタル大辞泉より)
というわけで、コメディ色強めで、会話多めな小話を書きました。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。
雲ひとつない青い空に、太陽が燦々と輝く。ジリジリと照りつける日差しの中を、一羽の鳥が翼を広げて悠々と飛ぶ。その鳥を、ただの鳥だと侮ってはいけない。彼は、とある国のスパイだ。鳥がスパイだなどと、誰が思うだろう。彼は渡り鳥のフリをして、世界中の国々を覗いてまわる。様々な国の様子をこっそり見聞きしては、自分の主人へ伝えているのだ。
「あー、あー、チェック、チェック。こちらバードスリー、こちらバードスリー。エクシー、エクシー、応答ねがいます」
「聞こえてるよ、バード。いい加減、その変な呼びかけはやめてくれ」
バードと呼ばれたその鳥は、羽ばたきをひとつすると、眼下に見える広い屋敷へ向かった。
庭の止まり木へ、バードはふわりと降り立つ。バードは羽ばたいているはずだが、不思議な事に周囲の空気は全く動かない。バードは庭に溶け込むように、美しいさえずりをあげた。しかしそれも、あくまでもカモフラージュだ。頭の中でテレパシーでも行うように、バードはエクシーという男と会話していた。バードの声は甲高く軽快で、エクシーの声は低く落ち着いていた。
「えー、だって俺っち、これ好きなんだもん。カッコいいじゃない。生まれた頃から憧れだったんだよー」
「お前が生まれたころって言ったら、古代文明の時代だろう。そんなもん、俺に分かるか」
「そんなー。エクシーつめたいー。ノリわるいー」
「あー、わかったわかった。こちらエクシー。バード、報告をどうぞ」
「いいね。そうこなくっちゃ」
バードはエクシーと会話を続けながら、餌台へと近づくと、餌をついばむフリをした。誰かに勘付かれてはならない。これは大事な極秘任務なのだ。
「エクシー。俺っちね、真っ黒な歌い手を見つけたよー」
「なんだと⁉︎ 真っ黒なら天の導きじゃないか! いったいどこにいる?」
驚き興奮するエクシーの声と比べて、かなり温度差のある間延びした声で、バードは話をした。
「そんなに焦らないでよー。まだほんの小さな赤ん坊だよ。ママの腕の中でバブバブいってるもん」
「ついてるな! 子どもなら攫うのにちょうどいい。あとは歌の力がどの程度あるのか、知りたいところだな。バード。お前は引き続き、その子どもを見張れ。動きがあればその都度連絡しろ」
「あいあいさー。了解だよー」
バードはそのまま、広い屋敷の庭で子どもの成長を見ながら過ごすこととなった。
最初の報告から半年が経ち、季節は冬になった。しかしバードは寒さを感じず、元気そのものだ。バードは、その辺の鳥とは違うのだ。
「エクシー、エクシー。応答ねがいます」
「こちらエクシー。バード、動きはあったか」
「天の導きの名前がわかったよー。ニースだってさ。まだ歌えないけど、歌の先生がついたよ。前の報告でママだと思った女の人は、乳母だった。ママは死んだみたいだよー」
「そうか。母親がいないのは好都合だ。後腐れがない。引き続き見張れ」
「了解だよ、エクシー」
さらにそこから一年後、またバードは報告の連絡をした。
「エクシー、エクシー。こちらバード。応答ねがいます」
「久しぶりだな、バード。何か動きがあったか」
「ニースが歌を歌いはじめたよ。まだまだ下手くそだけど、音の風がいくつも重なってる」
「でかした、バード! それは当たりだ。正真正銘の天の導きだ! その子どもはどこにいるんだ? 迎えを出そう」
「えっとね、ここはアマービレ王国のアレクサンドロフ伯爵領だよ。ニースは、伯爵家の三男なんだー」
「なんだとおおおお⁉︎」
エクシーの叫びで、誰かが驚いたのだろう。小さな悲鳴と共に、ドンガラガシャンと何かが落ちる音が混ざった。その音に、バードは思わず顔をしかめたが、バードは鳥だ。表情の変化など、誰も気付くはずもない。
エクシーが、はぁとため息を吐く音が、バードの脳内に響いた。
「すまない、バード。ジャンのやつがコーヒーをぶちまけた。全く困ったもんだ。いや、ジャンのことじゃなく、その子どものことだがな。伯爵家の人間なら、簡単には手を出せない」
「そういうもんなの?」
「ああ、そういうもんだ」
「人間ってめんどくさいねー」
エクシーが気落ちした声でひどく残念そうに言う言葉を聞いても、バードにとっては他人事だ。鳥に人間の都合など関係ないのだ。
「それで、どーすんの? 俺っち、一旦帰ったほうがいい?」
「いや、そのまま監視を続けてくれ。姿を隠されても面倒だからな」
「えー。せっかく久しぶりにココに会えると思ったのにー」
「そう言うな。どうせお前の寿命なら十年や二十年は短いもんだろう?」
「まあ、そうなんだけどさー」
ちぇっ、と舌打ちをしたバードは、嫌々ながらも、またニースの監視へ戻っていった。
そうして監視を続けるうちに、ニースの五歳の誕生日が来た。
「メーデー、メーデー、メーデー! こちらバード! まずいことになったよ、エクシー! 応答ねがいます!」
珍しく慌てた声で緊急の通信をするバードに、エクシーは驚いたような声で返した。
「いったい何があったバード?」
「ニースが、天の導きが殺されちゃうかも!」
「なんだって⁉︎」
エクシーが叫び、椅子がバタンと倒れたような音がすると、またしても誰かの小さな悲鳴とともに、ドンガラガシャンと何かが落ちる音が聞こえた。思わずバードは顔をしかめ……このくだりは省略しよう。
「すまない、バード。またジャンがコーヒーをぶちまけた。いや、まずいことになった。……ああ、もちろんジャンのことじゃない。子どものことだ」
「そうだよね? そうだよね? 俺っちもそう思って、急いで連絡したんだよ! いよいよやばい時は突入してもいい?」
「ああ、そうだな。お前の報告や、送ってくれたデータから、その天の導きがかなり強力な力を持つことは確実だ。我々の発展に、そいつは大きく役立つ。ぜひそうしてくれ」
「わかったよ、エクシー。また後で連絡するね」
「ああ、頼んだよバード。幸運を祈る」
真剣な声でエクシーはバードとの通信を終えた。バードは、通信が切れたのを確認すると、庭の止まり木からじっと屋敷を見つめた。バードは全ての機能を使い、ニースの危機にいつでも駆けつけられるよう、緊張した面持ちで見守った。もちろん、鳥なのでその表情は……以下略である。
しかし幸いなことに、バードの危惧した事態は起こらなかった。
――あんなにとびきりすごい天の導きを、力がないって勘違いするとかありえないよねー。あんな安っぽい歌石のペンダントじゃ、ニースのすごい音の風を拾えるわけないのにー。
バードはホッとするやら、呆れるやら。ニースがこの国の辺境に送られることを知ると、エクシーへと連絡した。
「エクシー、エクシー。こちらバード。応答ねがいます」
「待ってたぞ、バード。あれからどうなった? 子どもは無事か?」
「うん。どうやらこの家にも、まともな人間がいたみたい。子どもには怪我ひとつないよ。このまま辺境に送られるみたい」
「はあああああ。よかったあああああ!」
エクシーが盛大にため息をついた後、安堵の声を張り上げると、またしても後方で小さな悲鳴とともにドンガラガシャンと何かが落ちる音が聞こえた。
「……またジャンがコーヒーこぼしたみたいだね」
「よくわかったなバード。お前にこちらの様子まで見れる機能はつけてなかったはずだが」
「まあ、それは……」
バードは珍しく口ごもると、強引に話を変えた。
「で、どうすんのー? 辺境なら警備も緩いと思うよ。どうやらみんな、あの子に歌の力がないって勘違いしてるみたいだけど。そっちへ持っていくのー?」
「王国のやつらは、力の計り方も知らないのか。いや、力がないと勘違いしているなら、無理矢理連れてこなくてもいいか……。殺そうとしたぐらいだ。監視ぐらいはつくだろう。我々が下手に動いて、事が露見しても面倒だ」
「でも、研究はどーすんのさ?」
「それなら心配ない。お前が送ったデータの解析が進んでいてな。そのままそっちで、子どものデータを送り続けてくれればそれでいい。子どもが成長して、もう少しデータが取れるようにならないと、これ以上は難しそうだしな」
「えー、またココと会うのお預けなのー?」
「お前ほんとにあいつのこと好きだな。数千年越しの片思いも辛いもんだなぁ」
「んもー! 余計なこと言わないでよ! これでも俺っちのハートは繊細なんだよ!」
「ははは。そいつはすまなかった。お前にハートがあるとは、思ってなかったよ。まあ、お前の名前から濁点を抜けばハートになるわけだから、ハートを持ってるとは言えるがな」
「んもー! また分かりにくいバカなこと言って! それ、昔の宇宙を漂ってた、異世界から流れてきたとか眉唾モノの謎電波の文字でしょ。俺っちじゃなきゃその冗談理解できないよ?」
「いいんだよ、お前に伝わればそれで。俺はお前をからかってるんだから」
「んもー! エクシーなんか知らない! とにかく、ニースの監視を続けるのは了解したよ! また連絡する!」
「おいおい、そう怒るなってバード。まあとにかくがんば……」
エクシーが全部言い終わる前に、バードは一方的に通信を切った。バードは、ぷりぷり怒りながらもニースに目を向けた。ニースは大人しく離れで本を読んでいた。
――まったくもう。ほんとエクシーのバカヤロウ。俺っちみたいな心の広いやつじゃないと、あんなにからかわれたら仕事しなくたっておかしくないんだぞ! こんなだから、エクシーは結婚できないんだよ。いい歳してまったく……。
バードはニースを監視しつつも、ぶつぶつとエクシーの愚痴をこぼす。その声は、周囲にはただの鳥のさえずりにしか聞こえない。バードのさえずりに気づいたニースが、本を読む手を止めて顔を上げた。バードはそっと、木陰に身を隠した。




