138:積み重ねたもの1
*戦闘シーンおよび、残酷描写が含まれます。ご注意下さい*
前回のざっくりあらすじ:ニースとセラは、辛い状況の中で、どうすれば聖歌を歌えるのかを、話し合った。
メグたちを地上へと逃したジェラルドとカサンドラは、兵士たちと合流し、アングイスの掃討作戦を始めていた。
二人は地下に散らばる男たちを倒していくうちに、再び広間へとたどり着いていた。
広間には、逃げ出そうとするかのように、たくさんの男たちが集まっており、ジェラルドたちに立ち向かってきた。
何人目になるのか。アングイスや盗賊団の男たちを斬り伏せたジェラルドが、ため息を吐いた。
「ここからラチェットさんを撃ったんですね……。まさか遺跡の壁が開くとは、思いませんでした」
カサンドラが、トマホークを叩きつけ、振り向いた。
「確かに壁だったのかい?」
「ええ。私とエドガーで確認しましたから、間違いありません」
広間の奥には闇の中に紛れて隠し通路があった。ラチェットを撃った男たちは、壁だったはずの場所に通路を開き、広間へやってきたのだった。
二人は、兵士たちと共に、隠し通路の奥深くへと入り込んだ。
隠し通路の奥は、延々と長い隧道になっていた。壁や床は広間と同じ無機質な白壁だが青水晶はなく、明かりもなかった。
「どこまで続くんだい、これは」
「たぶん、サバンナでしょう。森や山の地下を通ってるはずですよ」
「古代人は、なんだってこんなもんを……」
進めば進むほど、鉢合う敵は少なくなった。長く暗い通路を走り続けるのに疲れてきた兵士たちは、だんだんと緊張が緩み始めた。
「鬼神と恐れられたジェラルドさんと、味方としてご一緒出来るとは思いませんでしたよ」
「噂通り、剣さばきが素晴らしいですね」
無駄話が多くなっている兵士たちの様子に、ジェラルドは不安を感じていた。
「ありがとうございます。ですが、今は親睦を深める時ではありません。とにかく先を急ぎましょう。この先に、逃げた一味や首謀者がいるはずです。もしかすると、別のアジトがあるかもしれません」
「やはり、鬼神は違うなぁ。今回は敵じゃなくて良かったですよ。これが終わったら、ぜひ話を聞かせてください」
気が緩んだままの兵士たちと共に、ジェラルドたちは通路を進む。会敵する事もなく、やがて道の先に光が見えた。
あまりに長い隧道に飽き飽きしていた兵士たちは、思わず歓声を上げた。
「出口だ!」
一部の兵士が速度を上げて走ったので、ジェラルドが叫んだ。
「危ない!」
ジェラルドの叫びと同時に、数人の兵士が倒れ、逆光の中に、黒装束に身を包む男が立つ姿が見えた。
突然現れたエルネストに、兵士たちは戸惑い、声をあげた。
「なんだ、あいつは!」
ジェラルドは、エルネストに一気に近づき、斬りかかった。
「奴は私が!」
二人の刃がかち合う音を合図にしたかのように、エルネストの後ろから、白装束の男たちがなだれ込んできた。
ジェラルドとエルネストは、切り結びながら外へ出る。男たちの数名が巻き込まれ、倒れていった。
突然現れた大量の敵に兵士たちは動揺し、次々に倒されていく。カサンドラは、残った兵士を鼓舞するように叫んだ。
「体勢を整えろ! 道は狭い! 落ち着いてやれば、負けることはない!」
兵士たちは、はっとして気を引き締め直し、カサンドラと共に、徐々に男たちを押し返していった。
灼熱の太陽が、まばらな木々と揺れる草に照りつける。
ジェラルドとエルネストは、斬り結びながらサバンナへ飛び出した。暗がりから出た二人は眩しさを感じたが、目を瞑ることもなく、剣とサーベルで激しく斬り結んだ。
「エルネスト。王国から鞍替えですか?」
「そんなんじゃねえよ。俺の忠誠は変わらない」
ジェラルドは一度距離を取り、息を吐いた。
――やはり、アマービレの者か……。
再び迫るエルネストの刃を躱し、ジェラルドは艶やかな笑みを浮かべてサーベルを振るった。
二人は互いを牽制するように、打ち合いながら言葉を交わした。
「ではなぜ、アングイスに加担を?」
「俺は連れを取り戻したいだけだ」
「ニースくんではなく?」
「天の導きも連れ帰るさ」
互いに一歩も引かぬ打ち合いは、延々と続くかと思われたが、程なくして状況は変わった。
……パン!
刃を打ち付け合う二人の元へ、銃弾が放たれた。ジェラルドは、自分を狙った弾をギリギリで躱したが、体勢を崩し、エルネストの剣を足に受けた。
「ちっ……」
ジェラルドは思わず舌打ちをしながら、銃声の主を目で追った。銃を放ったのは、車椅子の男を連れた白装束の男、オピスだった。
「外したか」
悔しそうに顔を歪めるオピスに、エルネストが怒鳴った。
「邪魔をするな!」
「手助けしてやったのに、酷い言い草だな」
オピスは車椅子の男から離れると、再び銃口をジェラルドに向けた。
ジェラルドは弾を避けながら、オピスにナイフを投げ付けた。ナイフは真っ直ぐ飛んでオピスの手に刺さり、オピスは悲鳴と共に銃を落とした。
「ぐぁっ……!」
「自業自得だ」
エルネストは呟きながら、ジェラルドに斬りかかる。
ジェラルドはサーベルで打ち合うも、足に力が入りきらず徐々に押されていき、体の至るところに傷がついた。
「くっ……これは!?」
徐々にジェラルドの動きが鈍り、力の入りきらない手からサーベルが弾き飛ばされた。
血を流しながら膝をついたジェラルドに、エルネストが別れを惜しむように笑った。
「お前との斬り合いは、なかなか楽しかった」
「毒ですか……アングイスの物ではないですね」
「俺の特製だよ。冥土の土産だ」
「くっ……」
悔しそうにギリリと奥歯を噛み締めるジェラルドに、エルネストがとどめを刺そうとした、その時。大きな風切り音が背後から迫り、エルネストは身を躱した。
「遅くなった、すまない!」
トマホークを投げたカサンドラが、ジェラルドに叫んだ。
オピスは既に拘束されており、あたりに残っているのはエルネスト一人となっていた。
「仕方ない。ここまでか……」
エルネストは身を翻し、駆け出した。カサンドラが数発の銃弾を放ったが、その全てが当たることなく、エルネストはサバンナへ消えていった。
ジェラルドは隠し持っていたナイフを手に、悔しそうにサバンナを見つめた。
「また逃がしてしまった……!」
ジェラルドはカサンドラの肩を借りながら、兵士たちの元へ戻っていった。ジェラルドが歩いた後には、ぽたぽたと血が落ちていた。
森に再び日が沈み、夜が来る。いつの間にか眠っていたニースは、目を覚ますとテントの中にいた。
大きく伸びをしてニースが外に出ると、グスタフたちが焚き火を囲みながら、兵士たちと食事をしていた。
ジーナが、ニースを見て声をあげた。
「ニースくーん。お腹空いたでしょー? こっちにおいでー」
ニースは、倒木に座るジーナの隣へ腰を下ろし、あたりを見回す。グスタフ、マルコムとエドガーが笑いながら話をしており、高い木の上にバードとココがいたが、セラとダナの姿が見当たらなかった。
「セラたちは、どこにいるんですか?」
「セラちゃんは、まだそこのテントで、ダナちゃんと寝てるわー」
ニースは、ジーナからスープを受け取ると、離れた場所でラチェットとメグが、倒木に並んで座っているのに気がついた。
二人が座る場所は、食事を取る兵士たちと少し距離があり、二人きりの空間で、ぴたりと寄り添い合うように座っていた。
両手が包帯で動かせないラチェットに、メグが甲斐甲斐しくスープを飲ませており、二人の幸せそうな笑顔に、ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ラチェットさんとメグ、元気になったんですね」
「うふふー。そうねー。メグちゃんは、ようやく素直になったみたいだしー。元気になりすぎちゃって、これからは辛いかもねー」
ニヨニヨと二人を見つめたジーナの言葉に、ニースは首を傾げた。
「元気になると辛いんですか?」
「そうよー。だってラチェットは、手が使えないじゃなーい。動きたくても動けないのは、辛いと思うわー」
「……そうですね。手が早く治るといいんですけど」
ニースはスープを飲みながら、焚き火を囲んで楽しそうに笑い合う兵士たちを眺めた。
兵士たちは、アングイスと複数の盗賊団をまとめて壊滅させ、無理やり連れて来られていた女性たちを解放し、多くの男たちを捕らえていた。
懸念された毒はダナの解毒薬で無力化され、エドガーたちの奮戦もあり、予想外に早く片がついていた。
ジェラルドと行動を共にした兵士たちはまだ戻っておらず、死傷者も多かったが、アジトの制圧を終えたため、和やかな夕食となっていた。
「みんな、嬉しそうですね」
「そうねー。中は大変だったみたいだから、ひと段落ついて安心したんだと思うわー。あとは、隠し通路に向かったジェラルドたちが帰ってくれば、安心なんだけどねー」
「ジェラルドさんたち、まだ戻ってないんですか?」
「そうなのよー。もう少ししても戻らなかったら、探しに行くみたいー」
ニースが不安そうに顔を曇らせると、兵士たちが俄かに騒がしくなった。
「どうしたんでしょう?」
ニースが不安を感じていると、立ち上がって様子を伺っていたジーナが、顔を青ざめた。
「ジェラルド!」
駆け出していくジーナを、ニースは慌てて追いかけた。
兵士たちは、捕まえたオピスや白装束の男たちの収容、負傷者の対応で慌ただしく動いていた。
たくさんの人の波の隙間から、ニースが目を凝らすと、カサンドラにもたれかかり、引きずられるように連れてこられるジェラルドが見えた。
野戦病院のテントへ連れて行かれるジェラルドは、包帯が真っ赤に染まっており、前回よりもさらに酷い傷を負っていることが見て取れた。
「大変だ……!」
ニースは慌てて踵を返し、セラのテントへ駆け込んだ。
「セラ、起きて!」
ニースの叫び声に、セラよりも先にダナが目を覚ました。
「ニースくん、どうしたんだ?」
「ダナさん! ジェラルドさんが大怪我を!」
「ジェラルドが!?」
ダナはすぐにテントから駆け出していった。ニースは、必死にセラを揺すった。
「セラ、お願いだよ、起きて!」
「んん……もう食べられない……」
「セラ!」
「……ニース?」
セラは大きなあくびをして、目をこすり、ゆっくり起き上がった。ニースは焦りを必死に押さえて、セラに話した。
「セラ、聖歌を歌おう」
「……いま?」
「そう、いま」
「……なんで?」
「ジェラルドさんが、大怪我をしたから」
「え!?」
セラは、目をまん丸にして、立ち上がった。
「それって、この前よりひどいの!?」
「うん、たぶん。血がいっぱい出ていて、ぐったりしてるんだ!」
ニースの言葉に、セラは顔を青ざめながらも、表情を引き締めた。
「わかった。歌おう」
二人は、真っ直ぐジェラルドの元へ向かった。ジェラルドが運び込まれたのは、テントではなくタープの下で、エドガーもグスタフたちも皆が集まっていた。
怪我の様子を見にきたはずの衛生兵は、頭を振ってすぐに別の患者の所へ向かってしまった。ジェラルドは気を失っており、顔が真っ青だった。
カサンドラが、苦しそうに息を整えながら、二人に顔を向けた。
「坊や、お嬢ちゃん。聖歌を……」
「はい。歌いにきました。どんな怪我ですか?」
「それが……。血が止まらないんだ」
「え!?」
エルネストは特殊な毒を新たに作り出し、剣に塗り込んでいたようで、ダナの解毒薬も効かなかった。
話を聞いたラチェットが、小さく唸った。
「毒はさすがに、聖歌でもどうしようも出来ない……」
「そんな! 血が止まらなかったら、ジェラルドが死んじゃうよ!」
絶望の色を滲ませたダナに、ニースとセラは恐怖で震えた。
「ジェラルドさんが……」
「……死んじゃうの?」
ラチェットは真剣な眼差しを二人に向けた。
「毒は消せないけど、傷を閉じることが出来ればいいはずだ。毒があっても聖歌が効くかは分からないけど、とにかくやってみるしかない。ニース、セラちゃん。怖いかい?」
青ざめた顔で、こくりと頷いた二人の手を、メグが労わるように、そっと握った。
「怖いわよね。私も、ラチェットが死んだって思った時は、怖くて仕方なかったもの。でも、今ならまだ間に合うわ」
ラチェットがメグの肩を抱いて、二人に優しく語りかけた。
「僕もメグが攫われた時、すごく怖かったよ。でも、後悔しないために僕は動いた。ニースとセラちゃんにも、僕は後悔してほしくない。ジェラルドさんのために、歌ってくれないか」
「メグ、ラチェットさん……」
柔らかく包み込むような二人の目に見つめられて、ニースは、目を伏せて考えた。
――みんな辛くて苦しくても、諦めずに頑張った。だからこうして今、一緒にいられるんだ。ぼくたちだって、頑張ればきっと出来る。悲しい世界で歌い続けたカルデナの気持ちになって、歌えば……。
ニースは、ふぅと息を吐くと、ゆっくり目を開き、戸惑うセラの手を取って、微笑みかけた。
「セラ、一緒に歌おう?」
セラはニースに見つめられ、恐怖が和らぐのを感じた。
――ニースと一緒なら、きっと出来るよね。……ううん。必ずやらなくちゃ。ジェラルドさんを、助けなくちゃ。さっき話したことを、思い出して……。
セラは温かなニースの手を、ぎゅっと握り返した。
「うん」
ニースとセラは、ラチェットと相談して聖歌の順番を決めた。マルコムが、二人の顔をじっと見つめた。
「周りは公国の兵士だらけだ。歌えば確実に騒ぎになる。だが、絶対に俺が二人を守る」
エドガーが言葉を挟んだ。
「万が一の時には、俺たちが必ず逃がす。もう二度と失敗はしない」
ジーナとグスタフも、声をかけた。
「ニースくん、セラちゃん。二人の歌なら、きっと上手くいくわ」
「マルコムなら、必ずうまく話をまとめる。だから、心配せずに思いきり歌ってくれ」
「「はい」」
ニースとセラが頷き合うと、バードとココがジェラルドの傍へ舞い降りた。
皆が緊張した面持ちで見つめる中、二人は手を繋いだまま、聖歌を歌い始めた。




