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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座【第8章 砂漠に咲く花】
168/647

138:積み重ねたもの1

*戦闘シーンおよび、残酷描写が含まれます。ご注意下さい*


前回のざっくりあらすじ:ニースとセラは、辛い状況の中で、どうすれば聖歌を歌えるのかを、話し合った。

 メグたちを地上へと逃したジェラルドとカサンドラは、兵士たちと合流し、アングイスの掃討作戦を始めていた。

 二人は地下に散らばる男たちを倒していくうちに、再び広間へとたどり着いていた。

 広間には、逃げ出そうとするかのように、たくさんの男たちが集まっており、ジェラルドたちに立ち向かってきた。


 何人目になるのか。アングイスや盗賊団の男たちを斬り伏せたジェラルドが、ため息を吐いた。


「ここからラチェットさんを撃ったんですね……。まさか遺跡の壁が開くとは、思いませんでした」


 カサンドラが、トマホークを叩きつけ、振り向いた。


「確かに壁だったのかい?」


「ええ。私とエドガーで確認しましたから、間違いありません」


 広間の奥には闇の中に紛れて隠し通路があった。ラチェットを撃った男たちは、壁だったはずの場所に通路を開き、広間へやってきたのだった。

 二人は、兵士たちと共に、隠し通路の奥深くへと入り込んだ。


 隠し通路の奥は、延々と長い隧道(トンネル)になっていた。壁や床は広間と同じ無機質な白壁だが青水晶はなく、明かりもなかった。


「どこまで続くんだい、これは」


「たぶん、サバンナでしょう。森や山の地下を通ってるはずですよ」


「古代人は、なんだってこんなもんを……」


 進めば進むほど、鉢合う敵は少なくなった。長く暗い通路を走り続けるのに疲れてきた兵士たちは、だんだんと緊張が緩み始めた。


「鬼神と恐れられたジェラルドさんと、味方としてご一緒出来るとは思いませんでしたよ」


「噂通り、剣さばきが素晴らしいですね」


 無駄話が多くなっている兵士たちの様子に、ジェラルドは不安を感じていた。


「ありがとうございます。ですが、今は親睦を深める時ではありません。とにかく先を急ぎましょう。この先に、逃げた一味や首謀者がいるはずです。もしかすると、別のアジトがあるかもしれません」


「やはり、鬼神は違うなぁ。今回は敵じゃなくて良かったですよ。これが終わったら、ぜひ話を聞かせてください」


 気が緩んだままの兵士たちと共に、ジェラルドたちは通路を進む。会敵する事もなく、やがて道の先に光が見えた。

 あまりに長い隧道に飽き飽きしていた兵士たちは、思わず歓声を上げた。


「出口だ!」


 一部の兵士が速度を上げて走ったので、ジェラルドが叫んだ。


「危ない!」


 ジェラルドの叫びと同時に、数人の兵士が倒れ、逆光の中に、黒装束に身を包む男が立つ姿が見えた。

 突然現れたエルネストに、兵士たちは戸惑い、声をあげた。


「なんだ、あいつは!」


 ジェラルドは、エルネストに一気に近づき、斬りかかった。


「奴は私が!」


 二人の刃がかち合う音を合図にしたかのように、エルネストの後ろから、白装束の男たちがなだれ込んできた。

 ジェラルドとエルネストは、切り結びながら外へ出る。男たちの数名が巻き込まれ、倒れていった。


 突然現れた大量の敵に兵士たちは動揺し、次々に倒されていく。カサンドラは、残った兵士を鼓舞するように叫んだ。


「体勢を整えろ! 道は狭い! 落ち着いてやれば、負けることはない!」


 兵士たちは、はっとして気を引き締め直し、カサンドラと共に、徐々に男たちを押し返していった。




 灼熱の太陽が、まばらな木々と揺れる草に照りつける。

 ジェラルドとエルネストは、斬り結びながらサバンナへ飛び出した。暗がりから出た二人は眩しさを感じたが、目を瞑ることもなく、剣とサーベルで激しく斬り結んだ。


「エルネスト。王国から鞍替えですか?」


「そんなんじゃねえよ。俺の忠誠は変わらない」


 ジェラルドは一度距離を取り、息を吐いた。


 ――やはり、アマービレの者か……。


 再び迫るエルネストの刃を躱し、ジェラルドは艶やかな笑みを浮かべてサーベルを振るった。

 二人は互いを牽制するように、打ち合いながら言葉を交わした。


「ではなぜ、アングイスに加担を?」


「俺は()()を取り戻したいだけだ」


「ニースくんではなく?」


「天の導きも連れ帰るさ」


 互いに一歩も引かぬ打ち合いは、延々と続くかと思われたが、程なくして状況は変わった。


 ……パン!


 刃を打ち付け合う二人の元へ、銃弾が放たれた。ジェラルドは、自分を狙った弾をギリギリで躱したが、体勢を崩し、エルネストの剣を足に受けた。


「ちっ……」


 ジェラルドは思わず舌打ちをしながら、銃声の主を目で追った。銃を放ったのは、車椅子の男を連れた白装束の男、オピスだった。


「外したか」


 悔しそうに顔を歪めるオピスに、エルネストが怒鳴った。


「邪魔をするな!」


「手助けしてやったのに、酷い言い草だな」


 オピスは車椅子の男から離れると、再び銃口をジェラルドに向けた。

 ジェラルドは弾を避けながら、オピスにナイフを投げ付けた。ナイフは真っ直ぐ飛んでオピスの手に刺さり、オピスは悲鳴と共に銃を落とした。


「ぐぁっ……!」


「自業自得だ」


 エルネストは呟きながら、ジェラルドに斬りかかる。

 ジェラルドはサーベルで打ち合うも、足に力が入りきらず徐々に押されていき、体の至るところに傷がついた。


「くっ……これは!?」


 徐々にジェラルドの動きが鈍り、力の入りきらない手からサーベルが弾き飛ばされた。

 血を流しながら膝をついたジェラルドに、エルネストが別れを惜しむように笑った。


「お前との斬り合いは、なかなか楽しかった」


「毒ですか……アングイスの物ではないですね」


「俺の特製だよ。冥土の土産だ」


「くっ……」


 悔しそうにギリリと奥歯を噛み締めるジェラルドに、エルネストがとどめを刺そうとした、その時。大きな風切り音が背後から迫り、エルネストは身を躱した。


「遅くなった、すまない!」


 トマホークを投げたカサンドラが、ジェラルドに叫んだ。

 オピスは既に拘束されており、あたりに残っているのはエルネスト一人となっていた。


「仕方ない。ここまでか……」


 エルネストは身を翻し、駆け出した。カサンドラが数発の銃弾を放ったが、その全てが当たることなく、エルネストはサバンナへ消えていった。

 ジェラルドは隠し持っていたナイフを手に、悔しそうにサバンナを見つめた。


「また逃がしてしまった……!」


 ジェラルドはカサンドラの肩を借りながら、兵士たちの元へ戻っていった。ジェラルドが歩いた後には、ぽたぽたと血が落ちていた。




 森に再び日が沈み、夜が来る。いつの間にか眠っていたニースは、目を覚ますとテントの中にいた。

 大きく伸びをしてニースが外に出ると、グスタフたちが焚き火を囲みながら、兵士たちと食事をしていた。

 ジーナが、ニースを見て声をあげた。


「ニースくーん。お腹空いたでしょー? こっちにおいでー」


 ニースは、倒木に座るジーナの隣へ腰を下ろし、あたりを見回す。グスタフ、マルコムとエドガーが笑いながら話をしており、高い木の上にバードとココがいたが、セラとダナの姿が見当たらなかった。


「セラたちは、どこにいるんですか?」


「セラちゃんは、まだそこのテントで、ダナちゃんと寝てるわー」


 ニースは、ジーナからスープを受け取ると、離れた場所でラチェットとメグが、倒木に並んで座っているのに気がついた。

 二人が座る場所は、食事を取る兵士たちと少し距離があり、二人きりの空間で、ぴたりと寄り添い合うように座っていた。

 両手が包帯で動かせないラチェットに、メグが甲斐甲斐しくスープを飲ませており、二人の幸せそうな笑顔に、ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。


「ラチェットさんとメグ、元気になったんですね」


「うふふー。そうねー。メグちゃんは、ようやく素直になったみたいだしー。元気になりすぎちゃって、これからは辛いかもねー」


 ニヨニヨと二人を見つめたジーナの言葉に、ニースは首を傾げた。


「元気になると辛いんですか?」


「そうよー。だってラチェットは、手が使えないじゃなーい。動きたくても動けないのは、辛いと思うわー」


「……そうですね。手が早く治るといいんですけど」


 ニースはスープを飲みながら、焚き火を囲んで楽しそうに笑い合う兵士たちを眺めた。


 兵士たちは、アングイスと複数の盗賊団をまとめて壊滅させ、無理やり連れて来られていた女性たちを解放し、多くの男たちを捕らえていた。

 懸念された毒はダナの解毒薬で無力化され、エドガーたちの奮戦もあり、予想外に早く(かた)がついていた。

 ジェラルドと行動を共にした兵士たちはまだ戻っておらず、死傷者も多かったが、アジトの制圧を終えたため、和やかな夕食となっていた。


「みんな、嬉しそうですね」


「そうねー。中は大変だったみたいだから、ひと段落ついて安心したんだと思うわー。あとは、隠し通路に向かったジェラルドたちが帰ってくれば、安心なんだけどねー」


「ジェラルドさんたち、まだ戻ってないんですか?」


「そうなのよー。もう少ししても戻らなかったら、探しに行くみたいー」


 ニースが不安そうに顔を曇らせると、兵士たちが(にわ)かに騒がしくなった。


「どうしたんでしょう?」


 ニースが不安を感じていると、立ち上がって様子を伺っていたジーナが、顔を青ざめた。


「ジェラルド!」


 駆け出していくジーナを、ニースは慌てて追いかけた。




 兵士たちは、捕まえたオピスや白装束の男たちの収容、負傷者の対応で慌ただしく動いていた。

 たくさんの人の波の隙間から、ニースが目を凝らすと、カサンドラにもたれかかり、引きずられるように連れてこられるジェラルドが見えた。

 野戦病院のテントへ連れて行かれるジェラルドは、包帯が真っ赤に染まっており、前回よりもさらに酷い傷を負っていることが見て取れた。


「大変だ……!」


 ニースは慌てて踵を返し、セラのテントへ駆け込んだ。


「セラ、起きて!」


 ニースの叫び声に、セラよりも先にダナが目を覚ました。


「ニースくん、どうしたんだ?」


「ダナさん! ジェラルドさんが大怪我を!」


「ジェラルドが!?」


 ダナはすぐにテントから駆け出していった。ニースは、必死にセラを揺すった。


「セラ、お願いだよ、起きて!」


「んん……もう食べられない……」


「セラ!」


「……ニース?」


 セラは大きなあくびをして、目をこすり、ゆっくり起き上がった。ニースは焦りを必死に押さえて、セラに話した。


「セラ、聖歌を歌おう」


「……いま?」


「そう、いま」


「……なんで?」


「ジェラルドさんが、大怪我をしたから」


「え!?」


 セラは、目をまん丸にして、立ち上がった。


「それって、この前よりひどいの!?」


「うん、たぶん。血がいっぱい出ていて、ぐったりしてるんだ!」


 ニースの言葉に、セラは顔を青ざめながらも、表情を引き締めた。


「わかった。歌おう」


 二人は、真っ直ぐジェラルドの元へ向かった。ジェラルドが運び込まれたのは、テントではなくタープの下で、エドガーもグスタフたちも皆が集まっていた。

 怪我の様子を見にきたはずの衛生兵は、頭を振ってすぐに別の患者の所へ向かってしまった。ジェラルドは気を失っており、顔が真っ青だった。

 カサンドラが、苦しそうに息を整えながら、二人に顔を向けた。


「坊や、お嬢ちゃん。聖歌を……」


「はい。歌いにきました。どんな怪我ですか?」


「それが……。血が止まらないんだ」


「え!?」


 エルネストは特殊な毒を新たに作り出し、剣に塗り込んでいたようで、ダナの解毒薬も効かなかった。

 話を聞いたラチェットが、小さく唸った。


「毒はさすがに、聖歌でもどうしようも出来ない……」


「そんな! 血が止まらなかったら、ジェラルドが死んじゃうよ!」


 絶望の色を滲ませたダナに、ニースとセラは恐怖で震えた。


「ジェラルドさんが……」


「……死んじゃうの?」


 ラチェットは真剣な眼差しを二人に向けた。


「毒は消せないけど、傷を閉じることが出来ればいいはずだ。毒があっても聖歌が効くかは分からないけど、とにかくやってみるしかない。ニース、セラちゃん。怖いかい?」


 青ざめた顔で、こくりと頷いた二人の手を、メグが労わるように、そっと握った。


「怖いわよね。私も、ラチェットが死んだって思った時は、怖くて仕方なかったもの。でも、今ならまだ間に合うわ」


 ラチェットがメグの肩を抱いて、二人に優しく語りかけた。


「僕もメグが攫われた時、すごく怖かったよ。でも、後悔しないために僕は動いた。ニースとセラちゃんにも、僕は後悔してほしくない。ジェラルドさんのために、歌ってくれないか」


「メグ、ラチェットさん……」


 柔らかく包み込むような二人の目に見つめられて、ニースは、目を伏せて考えた。


 ――みんな辛くて苦しくても、諦めずに頑張った。だからこうして今、一緒にいられるんだ。ぼくたちだって、頑張ればきっと出来る。悲しい世界で歌い続けたカルデナの気持ちになって、歌えば……。


 ニースは、ふぅと息を吐くと、ゆっくり目を開き、戸惑うセラの手を取って、微笑みかけた。


「セラ、一緒に歌おう?」


 セラはニースに見つめられ、恐怖が和らぐのを感じた。


 ――ニースと一緒なら、きっと出来るよね。……ううん。必ずやらなくちゃ。ジェラルドさんを、助けなくちゃ。さっき話したことを、思い出して……。


 セラは温かなニースの手を、ぎゅっと握り返した。


「うん」


 ニースとセラは、ラチェットと相談して聖歌の順番を決めた。マルコムが、二人の顔をじっと見つめた。


「周りは公国の兵士だらけだ。歌えば確実に騒ぎになる。だが、絶対に俺が二人を守る」


 エドガーが言葉を挟んだ。


「万が一の時には、俺たちが必ず逃がす。もう二度と失敗はしない」


 ジーナとグスタフも、声をかけた。


「ニースくん、セラちゃん。二人の歌なら、きっと上手くいくわ」


「マルコムなら、必ずうまく話をまとめる。だから、心配せずに思いきり歌ってくれ」


「「はい」」


 ニースとセラが頷き合うと、バードとココがジェラルドの傍へ舞い降りた。

 皆が緊張した面持ちで見つめる中、二人は手を繋いだまま、聖歌を歌い始めた。

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