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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第1部 天の導き【第2章 羊たちと歌】
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◆《閑話〜アンヘルの手記》第1回02

 ニースの歌を披露すると父が言い出した時、私はつい、ため息を吐いてしまった。父はずいぶんとニースの歌を気に入っており「これはきっとものすごい歌の力をもっているはずだ」と、普段から言ってはばからなかった。歌の力を実際に調べたわけでもないのに、父は全幅の信頼を寄せてニースに期待を持っていた。その様子に、私たちは冷ややかな目線を送っていたのだ。

 しかし今回は、今までのようにただ歌うだけではなかった。公爵夫人が歌の力を計るペンダントを持ってきていた。きっと夫人は歌の力をどの程度持つのかを調べるために、わざわざ用意してきたのだと、私は今でも思っている。


 公爵夫人のペンダントが、ニースの歌の力を計る。それの意味するところは非常に大きい。成功すれば、公爵家がニースの歌の力を認めることとなる。

 公爵家は、貴族の序列の中で頂点に立つ家だ。万が一、王に子どもが生まれない場合や、病気や戦争で王子が亡くなってしまった際に、保険となる存在が公爵家だ。そのため、公爵家の子どもたちは、代々王室の子どもたちと婚姻を結び、血を絶やさないようにしている。

 公爵家はアマービレ王国には三つあるが、ペンダントを持参した公爵夫人は、今の王妃の妹だ。夫人の父である前公爵には娘しか生まれなかった。長女(現王妃)はすでに当時の王太子(現王)と婚約していたため、現王の弟(現公爵)が公爵家の次女(現公爵夫人)に婿として降りた。そのため、第二の王室と言われるほど、ペンダントを持ち込んだ公爵家は強い権力を持っていた。その公爵家が歌の力を認めたとあれば、これほど確たる裏付けはない。

 ニースの歌の力が強いことが証明されれば、公爵家をはじめとする高位貴族がニースを手に入れるため、私や弟妹との婚姻を求めるだろう。ニース本人との婚姻を狙う事はもちろんだが、生家である伯爵家が最もニースに対して影響力を持てる。まして、天の導きといえどニースは庶民出身の側室の子だ。貴族出身の母から生まれた、私や弟妹との姻戚関係を結ぼうとするのは必然だ。

 うまくいけば、王室から位の低い王女を私の妻としたり、妹を王子の元へ嫁がせることも出来るかもしれない。そうなれば、アレクサンドロフ伯爵家の権力は、数多くある伯爵家の中でも上位に入ることが出来る。いや、伯爵よりもさらに上の爵位をもらえるかもしれない。うまく王室と繋がりを作り続ければ、数代後には四つ目の公爵家となれる可能性もある。


 このような事を考えて、父はニースに歌を披露するよう言ったのだろう。しかし、私は父とは違った。父は恐らくニースが失敗する可能性など考えていないだろうが、もし、ニースの歌の力が大したことがなかったら、どうなるだろうか。

 ニースの歌の力が大したことがなく、公爵夫人のペンダントの反応がもしも小さかったら。ニースの歌の力は天の導きとはいえ大したことはないとなるだろう。力の弱い、見かけ倒しの天の導きは稀にいる。

 ここには、公爵をはじめとする高位貴族がたくさん来ている。そんな中で歌の力が小さいと知れれば、隠したりごまかしたりすることは出来ない。噂は瞬く間にアマービレ王国中に広がるだろう。そうなれば、ニースはどうなるか。ニースを大切に可愛がり、嫡男の私を蔑ろにしてきた父はどうするだろうか。

 きっとニースはただの歌い手の一人として、生涯を終えることになるだろう。弱い伯爵家の三男としては充分な身の振り方は出来るはずだ。力が大きくなくとも歌い手の存在は貴重なものだ。それなりに良い貴族の家か、大富豪の商人の元へ召し抱えられ、ニースは歌い手として富を築くだろう。父は、今までの自身の浅はかさを知るだろう。きっとこれまでの行いを謝罪し、ニースが生まれる前のように私や弟たちに接してくれるはずだ。母も安心して喜ぶだろう。

 私はそう考えると、仄暗い感情が顔に出そうになり、ごまかすのに苦労した。口元がニヤリと不敵に歪みそうになるのを、必死にこらえた。伯爵家の嫡男が、そんな顔を人前で見せてはならない。常にスマートで、余裕ある姿を見せねば、狡猾な貴族社会で侮られかねない。

 もしニースが成功するなら、それはそれでいい。せいぜい利用させてもらおう。だがしかし、失敗するなら、これ以上に面白いことはない。私はその時、ニースが失敗することをこっそりと願った。


 すると、どうだろう。公爵夫人のペンダントは、ニースの歌に反応しなかった。

 私は自分の予想を上回る事態に驚くと共に、自分の願いが叶ったとほくそ笑んだ。ニースは取り返しのつかない大失態を犯した。私はその場で小躍りして喜びたいのを我慢した。ニースは歌の力が弱いのではなく、歌の力がそもそもなかったのだから。

 私は心の底から「ざまあみろ」と思った。私には、これまでの父の行為が、まるで道化のように思えた。ニースの色に騙され、歌の力をもたないニースに歌い手の真似事をさせた。そうして出た結果がこれだ。父は社交界の晒し者となるだろう。

 もし万が一、公爵夫人のペンダントが何らかの不具合を抱えていたのだとしても関係ない。公爵夫人がこれだけの人々の前に不良品を持ち込んだなど、恥でしかないからだ。公爵家は決して自らの落ち度を認めることなく、全責任をニースと父に押し付けるだろう。

 伯爵家は一時的に笑い者になるかもしれないが、私には大した問題にはならない。嫡男の私を父が軽んじていたのはすでに周知の事実だ。「妾の生んだ偽の天の導きに騙された伯爵に、軽んじられてきた可哀想な嫡男」として、私には同情の目が向けられるだろう。父は早々に引退して、私に爵位を譲ることになるかもしれない。それはそれで、私にとっては「いい気味だ」と思えることだった。


 私から父を奪ったニースは、追い出されるかもしれないと、その時私はのんびり考えていた。あれだけ父と違う色をしているのだから、どこかでニースの母が()()()()()()()のではと思ったのだ。

 そうなれば、ニースは伯爵家の子ではないわけだ。しかし、さすがに五年もの間、我が子として目に入れても痛くないほど可愛がってきたのに、今更自分の子ではないなどと大っぴらに父は言えないだろう。そんなことをしたらより大きな恥となってしまう。

 きっと、対外的にはその理由は公にされないまま、ニースはひっそりと修道院へ送られるだろうと私は予想していた。しかし、この予想は大きく裏切られることとなった。

 この時の私は知らなかったが、歌い手の証とされる黒い色だけは血で受け継がれることはなかった。目も髪も肌も、黒い色だけは血で受け継ぐことはないのだ。よく考えてみれば、確かにそうだろうと思う。

 歌い手は先祖返りで、黒い色は歌い手の証だ。もし黒い色が血で受け継がれるなら、歌い手の力が血で受け継がれないのはおかしい。

 しかし、この時の私はそこまで考えが至らなかった。我ながら恥ずかしい。もちろん、父はこのことを知っていたため、ニースの母が他所から子種を仕込んだとは思っていなかった。


 父が慌てふためき冷や汗を吹き出しながら、パーティの終わりを告げ、ニースを引きずるように会場を去るのを、いい気味だと内心で笑いながら私は見送った。

 それから私は努めて平静を装いながら、招待客たちが帰るのを父の代わりに見送った。招待客の間では、ペンダントがなぜ光らなかったのかという話で持ちきりだった。しかし、ペンダントの持ち主である公爵夫人に直接尋ねる者はいない。そんなことをすれば、公爵夫人に恥をかかせてしまうからだ。公爵夫人に尋ねはしないが、人々は事の真相を予想し、口々に囁き合っていた。

 噂話でざわめく招待客たちを、母や弟たちと共に見送った私は、ようやく部屋に戻って一人になると、今までこらえていた笑い声を大きく上げた。

 私はひとしきり笑って満足すると、寝巻きに着替えてベッドへと潜り込んだ。今日は久しぶりにいい夢が見られそうだと思いながら、その日私は眠りについた。




 翌朝、朝の挨拶のために父の執務室へ向かうと、中から怒鳴り声が聞こえた。執務室の入り口の前に控えていた使用人が慌てた様子で私を見て、どうしたものかとオロオロしていた。

 私は、父が昨日のことで取り乱しているのだと考え、思わず「みっともない」と呟き顔をしかめた。しかし、浮かべた表情とは裏腹に、心の中ではほくそ笑んでいた。

 私が顔をしかめるのを見た使用人は、バツが悪そうに私に道を開けた。私は扉をノックしようとして、驚いた。


「殺してやる! あんなやつは殺してやる!」


 扉の向こうから聞こえてきた父の声は、今まで聞いた事のない激しい怒りに満ちており、聞こえてくる言葉はあまりに物騒なものだった。

 父は普段から温厚な人柄であり、いくら恥をかかされたとはいえ、「殺してやる」などと物騒なことを言うような人ではない。私は、とても部屋に入る気にはならず、そのまま部屋の中から聞こえる怒声を聞いていた。どうやら、部屋の中には父だけでなく、母とニースの乳母がいるようだった。

 ニースを殺すと叫ぶ父の声に、必死になだめる母の声。そこへ混じる“調子外れ”という、聞いたことのない言葉。そして、自分が引き取るから、せめて命だけは助けてくれと懇願する乳母の声が、扉の向こうから聞こえていた。私はそのやり取りの一部始終を、扉の前に佇み聞いていた。

 しばらくすると、怒鳴り声は小さくなり、中から聞こえる話し声は、怒りを込めながらも落ち着いたものに変わった。怒鳴り声ではなくなったから、もはや話の内容は扉の外へ聞こえなくなった。しかし、もう少し時間を置いた方がいいと考えた私は、くるりと踵を返し自室へと戻った。


 自室へ戻り、私は窓から外を見た。いつもと同じ朝の景色を見ながら、私は先ほどの怒鳴り声を思い出していた。

 昨夜ニースが大失態を犯してから、私はずっと笑いが止まらなかった。今までの理不尽さを覆す出来事に、胸がスッとした。しかし、いくらなんでも殺そうとするのはやりすぎだ。

 父がニースを殺そうとしたのは、自分の子ではないと思ったからではなかった。“調子外れ”という、私がこれまでに聞いたことのない理由で、あんなに可愛がっていたニースを殺そうとしていた。

 父たちのやり取りの内容を考える中で、“調子外れ”という言葉は、歌の力がない歌い手を指すのだと、私は気付いた。歌の力を持たない歌い手がいるなど、私はこの時まで知らなかった。歌い手なのに何の力も発現出来ないのなら、普通の人間でしかない。歌の力がないのなら、一体何をもって歌い手であると定義されるのかはわからないが、私の知らない違いが何かしらあるのだろう。

 ニースが、その役立たずの“調子外れ”だったと知った、父の受けた衝撃はどれほどのものだっただろう。私は父の怒鳴り声を思い出し、父へ同情の気持ちが湧くのを感じた。


 そして、不思議なことに今朝までの晴れやかな気分に影がさしているのに気がついた。あれほど憎み、恨み、嫌いだったニースだが、赤ん坊のころは私の手で世話をしたし、決してニースが何か過ちを犯したわけではないことに気がついたのだ。

 髪も目も肌も、色は自分では選べない。ニースは、勝手に父に天の導きだと思い込まれ、散々弄ばれた挙句に、殺されようとしているだ。私はニースに、父に対する以上に同情し始めていた。

 私の恨みの矛先は、私を見てくれなかった父に向けるべきものであり、何の罪もないニースに対して向けていいものではない。私がニースを憎いと思っていたのは、ただの八つ当たりだった。

 八つ当たりで嫌いだったニースが、父の手で殺されそうになっている。それに気付いた私は、ニースの気持ちを考えた。

 十歳を越えていた私でさえ、ずっと優しかった父が、ニースの誕生を機に私を見向きもしなくなったことに、大きなショックを受けてきたのだ。これがまだ僅か五歳の幼いニースならどうだ。優しい父の眼差しを他に取られるどころではなく、自分に対して殺意を向けられるのだ。

 つい昨日までは愛情を一身に注いでくれていた相手が、たった一度の失敗で殺意を向けてきたとしたら。私はもし自分がニースの立場だったらと考え、背筋がぞくっとなるのを感じた。それは、想像もつかないほど恐ろしいことだろう。

 ニースの失敗を見て、いい気味だと嘲笑っていた先ほどまでの自分とは打って変わり、ニースが可哀想だと感じていることに、この時の私は戸惑いを隠せなかった。ニースが、これからどうなるのか。私は自分でも気づかないうちに、ニースの命が助かることを、祈っていた。




 ニースが家を出ると聞いた時、私は心底ほっとした。公には死んだことにされてしまうが、それでもニースは命を繋ぐことが出来るのだ。

 あのパーティの夜に、父に引きずられるように会場を去る姿を見て以来、私がニースの姿を見ることはなかった。ニースは屋敷の離れに隔離され、数日後には死んだと発表された。その発表が嘘だと知っているのは、屋敷の中でも数えるほどしかいない。弟と妹にも知らされていない。家族で知っているのは、父と私の母、そして私の三人だけだ。あとは、ニースの乳母夫妻と、家令、信頼出来る口の硬い護衛と使用人数名だけだ。

 ニースは乳母夫妻に引き取られることとなるが、死んだはずのニースを伯爵領内に住まわせるわけにはいかない。乳母夫妻は、ニースを連れて屋敷を出るのだと私は思った。しかし、それは違った。ニースがどうなるのかを教えてくれたのは、乳母の夫である私の護衛ダミアンだ。

 ダミアンは腕がよく、熱心に私に仕えてくれていた。ダミアンがいなくなってしまうのは悲しいが、ニースの命のためには仕方ないと、私は考えていた。しかし、ダミアンが去ることはなかった。父が乳母夫妻を手放すことを嫌がったのだ。

 ニースの乳母は、乳母となる前から伯爵家に仕えており、父や母たちに気に入られていた。貴族の生活の中で、信頼出来る優秀な家臣はとても貴重だ。その家臣がいるかいないかで、いざという時に大きく変わる。優秀だった乳母夫妻を、父は手放すことを良しとはしなかった。ニースの命を救う条件のひとつとして、乳母夫妻が今後も変わらずに伯爵家に仕えることを条件に出したそうだ。

 こうしてニースは、乳母の養子となりながらも、遠く離れた地へひとり送られることになった。ニースは、会ったこともない乳母の父親と、見知らぬ土地で暮らさねばならない。ニースを不憫に思いながらも、私は父の判断も仕方がないと思った。


 もう、私がニースの姿を見ることはない。ニースの容姿は黒い色だから、遠い地へ向かってもきっと人目をひくだろう。けれど、歌い手として何の力も持たないニースは、ただの珍しい黒い子どもとして、庶民として生きていくだろう。遠く離れた辺境の地で、平凡な人生を暮らす一庶民となるニースのことを、今後私が知ることはない。

 私は、ニースを乗せているだろう粗末な幌馬車が、朝焼けの中、屋敷の門をくぐり外へ向かうのを見送った。もう二度と会えない、あの珍しい、しかし美しくも見えた艶やかな黒を纏ったニースの姿を、脳裏に思い浮かべた。きっと、数年後には姿形すら思い出せなくなるだろう。父は姿絵すら捨ててしまいそうな勢いだから。

 私の愛すべき弟ニースは、こうして私の前から消えた。




 願わくは、我が弟に起こったこの悲しい出来事が、誰かの身に再び起こることがないことを。願わくは、遠く離れた辺境の地で、弟がこれから送る平凡な新しい人生に、幸せが訪れんことを。そして、願わくは愚かなこの兄が、愛すべき弟にした数々の仕打ちが許されんことを。

 心からの祈りを込めて、この手記を書き残す。


 ――アンヘル・アレクサンドロフ――

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