その4 台風の夜にホラーを読む
さて、そろそろ作家の皆さんは、どんな形で小説と出会ったのでしょうか?
多くの作家は、運命とも言える本との出会いを語ります。ある一冊の本と出合い、それに見入られ、気づくと、本を読む人になり、果ては、小説家の道に踏み出してしまいます。
それは火のような体験です。
何も他のものが目に入らないほどに、その本の世界に没入する。同じ著者の本があると聞けば、遠い本屋まで買いに行き、手に入らないとなれば、古本屋や図書館を巡り歩く。
冒頭やクライマックスの一文を聞いただけで、その読書体験が蘇り、脳内は興奮で満たされる。その中身はもはや覚えてしまっているというのに、何度も貪るように読み返す。あるいは、暗記してしまう。
そんな本との出会いが人を作家という生き物に変えるのです。
クトゥルフ神話などのホラー、ジュブナイル、近年は室町時代小説で名高い朝松健氏は、ある台風の夜、一編のホラー小説を読んだことが人生を変えた、と語っています。その作品の名はH・P・ラヴクラフトの「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」。当時十四歳だった氏は、父譲りのホラー好きではあったが、この作品との出会いによって、ホラーに取り憑かれたと言ってもいいでしょう。人生を変える嵐の夜でした。
以降、朝松氏は高校時代にはホラーファンのサークル「黒魔団」を立ち上げ、全国のホラー小説ファンと交流し、紀田順一郎氏ら人生の師というべき先達の作家、翻訳家の人々と出会います。大学卒業後、出版社「国書刊行会」に入社した朝松氏は、魔術関係、ホラー関係の叢書を立ち上げ、八十年代の第一期クトゥルフ神話ブームの立役者となりました。
やがて、同社を退社した氏は、アーサー・マッケンの名をもじった「朝松健」をペンネームとして、ソノラマ文庫でデビュー、「逆宇宙」「私闘学園」などのジュブナイル・シリーズを発表しました。その後、生死に関わる大病を患った氏は、自らの原点を訪ねて、大人向けの本格現代ホラー長編「肝盗村鬼譚」を執筆、新たな時代を迎えます。氏の作品は現代向けが多かったのですが、その後、戦国時代や室町時代に目を向け、室町時代伝奇というべき作品を次々と生み出します。長編「明けの蛍」や短編集「東山殿御庭」(表題作は日本推理作家協会賞短編部門候補作)、一連の一休物、真田物など多くの作品があります。
好きな本、好きな作家がいて、それを目指すのが王道でしょう。「図書館戦争」で名高い有川浩さんも、女流SF作家新井素子さんの本に衝撃を受けて小説家を目指したそうです。
あなたの魂を震わせるような本を探してみませんか?