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(3)

「おー…晴れたはれた」


外に出ると、程よい肌寒さに身が震えた。空は雲一つない晴天だ。…まあ、そういう日をノワールが選んだっていうのもあるんだけど。猫の天気予報ってあたるんだな、初めて知った。


「ほら、ブランも早く!」

「な___ンで、オレがっ」

「なにかあったらどうするのさ、一緒にいくの!」


(おーおー子猫がかわいくジャレあってるのう)


頑なに小屋から出ようとしないブランの背を、ノワールがぐいぐいと押している。二人とも顔が本気で、荒い息を吐き頬が高揚していた。うん、眼福。ありがとうございます。


正直この二人、何をしていても可愛くジャレあってるようにしか見えない。単体でもそうだから、幾ら相手が必死でもこっちは癒し動画を見ている気にしかなれないのだ。いやあ、可愛いって損だなぁ。


「お、お待たせしましたっケイさん! それじゃあ行きましょう!」

「…ッチ」


「……おー」


ところで、二人の恰好が可愛すぎるのだがどうしよう。


ノワールは、何時もシャツやセーターと割と地味なスタイルをしている。今日は町にでることを意識しているのか、少し色がついていた。襟に猫の肉きゅうがステッチされたシャツに、灰青色のネクタイ。その上に薄手のパーカーを着ているのだが、この見せステッチが凄く可愛い。腰のベルトは後ろでリボンに結ばれていて、肩に斜め掛けの大きな鞄を下げていた。ぴったりパンツに、少し大きめのワークブーツがとても心擽られる。


ブランは、何時も動きやすい軽装だ。今日もそれは変わらない。長い白のマフラーを中心に、薄い色で纏まった動きやすそうな格好だ。青いラインの入ったハーフパンツに、リネン地の長そで。ソックスはアンバランスで、草臥れたブーツは紐で適当に括られている。見える太腿はしっかりと程よく未発達なラインを描いていて、真っ白な様相は彼の左だけ赤い瞳に良く栄えた。


(バリかわゆす)


「け、ケイさん? どうしたんですか、急に頷いて…」

「放っておけ。どうせ碌でもない理由だ」


まったくもってその通りである。


「町までどの位かかるの?」

「僕たちの足だと…大体30分くらい」

「アンタの豚足だと5時間はかかる」

「くぁwせdrftgyふじこlp」


想定外の数字に思わず人格が崩壊してしまった。

え、そんな時間歩くの!?こんなヒラヒラしたドレスワンピースで!?


「あ、安心して下さい! ケイさんはまだ病み上がりですし、今回はテレポーターを使います!」

「て、てれてもーた?」

「テレポーター」


イラっとした様子で復唱するブランに、うっと身が縮む。日本人だから横文字は苦手なんだよ…いや、日本語も胸張れるほど得意じゃないけれど。


「えっと、テレポーターとは魔術技術のひとつです。目的地の座標を固定値して、どこからでもワンアクションでテレポートできるようにしたものです。モンスターの多い森やダンジョンに入る冒険者、それに、ブランみたいな狩人が良く使ってるんですよ」

「おー わたしそんなの見たことあるぞ」


某魔法学校映画で。


「テレポーターっていうからには何かモノだったり、特定の場所だったりするの?」

「ノワールにそんなもの必要ない」


ずばっとブランが言い切る。ぷいっとそっぽ向きながら「ノワールは優秀なんだ」と続ける。ちらりとノワールを見ると、どこか照れ臭そうに耳を泳がせていた。


「え、 えっと、ケイさん。手をつないでも良いですか?」

「どんとこい」

「わあ、ありがとうございます。ブランも、離れないでね」

「解ってる、早くしろ」


小さくとも男の子らしいブランの手を握ると、ノワールもいそいそとブランの傍に寄った。大きな猫目がわたしとブランの手を見て不機嫌に吊り上ったが、何も言わずに尻尾で地面を叩くだけだ。


(…不機嫌)

「じゃあ、はじめますね!」


ノワールがパーカーから取り出したのはすらりと長い棒だった。まるで指揮棒、深い藍色に金のツルが描かれたそれは、良くノワールにそぐう。ノワールはすうと息を呑み、歌う様にして呪文を。そして指揮棒を振った。


「___≪♪ソナタの詩よ 円環の女王のもとへ≫」


次の瞬間、足元から不可視の竜巻が巻き起こる。風でも空気でもない、温かくもなく冷たくもない…感じたことのない衝撃が全身を包み込んだ。







「______さあ、着きましたよ。ケイさん!」


ノワールの言葉におそるおそる目を開ける。差し込んできた光に目がくらんだ。聞こえてくる雑踏、高らかな鐘の音、食べものや鉄の混ざった不思議な香り…誘われるようにもう一度目を開いた先には、見たことのない世界が広がっていた。


「…うわあ___!」


「ようこそ! 商業の町・マイカへ!」


木の枝と宝石でできたゲートの下に、わたしたちはいた。フリルを沢山あしらった亜人の少女が、営業スマイルを浮かべる中、沢山の人間と亜人が町を行き交っている。小さな石が敷き詰められた遊歩道でみなが思い思いに用をこなし、たまに不思議な荷物を沢山くくった馬車が抜けていった。その様子は、わたしが知っている”商店街“そのものだ。


同じ息吹を、生活を、____人のやりとりを、感じた。


胸がどきどきした。嬉しさと、言葉にしにくいむず痒さに、ぎゅうと締め付けられるようだった。茫然としているわたしに痺れをきらしたのだろう、ブランが「早く行け頓馬」と足を蹴って来た。凄まじいクリティカルが発生して蹲るわたしを、ノワールが甲斐甲斐しく世話してくれる。ノワールはさっさと歩いて行ってしまった、このやろう…!かわいい!


「さっ ケイさん、ケイさんが行きたいところに行きましょう!」

「え、でも…」

「僕からのウェルカム・ギフトです! さあ、行きましょう」


ピンと耳をはったノワールが嬉しそうにわたしに腕を絡めると、はやくと先を急いだ。いやいや、ギフトなら何時も君から腕に抱えられない程貰っているよ。そう思うも、尻尾を振ってアレやコレを説明してくれるノワールの顔をみると、言葉も引っ込むと言うもの。わたしは素直に、彼の歓迎を受けることにした。


商業の町・マイカ。

その名のとおり、マイカには様々なものが売られていた。店は一戸建てのショップよりも、道にひしめき合うように誂たマーケットが中心だ。そこには見たことのない漢方、鉱石、食べものが売られている。全てわたしの世界にはないもので、逆に見知ったものが見つからない。だがそれは通いなれたノワールたちも同じらしい。マイカはとにかく流通が早く、とても盛んで。目新しいものは一度目を離すと、もう一度お目にかかるのも難しいとか。


「ケイさんは何が欲しいんですか?」


薬に使う材料が小さな瓶に詰めて売っている店の前で、ノワールが訊いて来た。ブランは中央の噴水に腰かけてつまらなそうに膝を抱えている。


「んー…とりあえず、文字を覚えたいから…もし解りやすいテキストがあれば欲しいな」

「となると、本屋ですかね。僕の行きつけがあるので、後で行きましょう!」

「マジで? ありがとう。 あ、あと役場みたいな場所があれば見てみたいかも」


わたしの言葉に、一瞬ノワールに緊張が走った。その様子にわたしは焦った。


「え、…と、 ほら、わたし住民登録とか、なにもしてないし! 住むからにはそういう申請?しないとダメなんじゃないの?」

「あ なるほど…ケイさんの住んでいた世界はそういうシステムがあったんですね。大丈夫です、この世界にはそういうものはないです」

「そう」


何時もの調子で説明してくれるノワールに、内心ほっとした。


「…でも、もしよかったら」

「?」

「ブランの、 ブランが所属しているクランの、狩人(ハンター)クランに行ってみませんか?」

「くらん」


訊いたことのない言葉に、おもわず舌足らずな音で復唱すると、ノワールが察して丁寧に教えてくれる。


「クランというのは、同じ職種や目的の為に集まったコミュニティのことです。狩人のクランとなれば、強力なモンスターの狩猟や、珍しい動植物の捕獲ですね」

「なるほど、ギルドみたいなものか」

「ギルドは冒険者コミュニティの一種です。 …もしよければ、そういった専門用語が乗った辞典も一緒に探しましょうか?」

「うわマジ助かる ありがとう!」


正直聞いたこと無い言葉ばかりで辟易していたところだ。がばりとノワールに抱き付くと「あわわわわわケイさん!!?」とノワールがぼんっと尻尾を膨らませた。驚かせてしまったらしい「ごめんねぇ~」といいながら、顔を真っ赤にしているノワールの頭を撫でると、ノワールもぷんぷんしながら許してくれた。まあ正直迫力はなかったな、かわいいだけだい。


特にマーケットで欲しいものは見当たらず、ノワールが生活に必要な用品と薬草を少し購入した。遠慮するノワールから荷物を奪い、二人でブランのもとへと戻った。


ブランはやはり噴水の所にいた。眠っているのだろうか、くたりと膝に顔を俯せている。どうしたのかと首を傾げるわたしの耳が、不意に不穏な声を拾った。


「____“親殺し”だ、」

「__ああ、 ___赤の片目___“白銀のブラン”__」


「___?」


ブランと聞こえた。それと、____親殺しって、なんだろう。

解らず眉を顰めるのと、くんっと体を引っ張られるのは同時だった。


「ちょっ」

「ブラン!」


ぐんっとわたしの腕を引いたのはノワールだった。何時もは優しく待ってくれるノワールの腕が、らしくない強引さを以てわたしをブランの下へと引き摺って行く。ちょ、スカート踏む!スカート!


ノワールの声に反応したのか、ブランの耳がぴくりと動く。そうしてのっそりと不機嫌そうな顔が膝から起き上がった。それは、ノワール…正確にはわたしを捉えると、さらに嫌そうに歪んだ。


「…なに」

「次のお店行くから迎えに来たんだよ! ほら、立って!」

「…ッチ」


ノワールに叱られるようにして、ブランはのっそりと立ち上がった。面倒くさそうに立ち上がり、顔を隠す様にマフラーをたくし上げた。その様子は何時もの彼らしくなく、辟易とした雰囲気を感じる。どうしてなのか思い至らず首をかしげていると、ノワールがどんっとブランを押し付けた…わたしに。


「ブランはケイさんと一緒!」

「!!!?」

「っ はい!?」


反射的にブランの身体を抱きしめてしまったが、目を開いて全身を爆発させたブランが直ぐにわたしの身体を押しのけた。


「っ なんでこんなヤツと!!」

「だってブラン、放っておくとなにもしないんだもん。今日はケイさんのために来たこと忘れたの?」

「オレは来たくて来た訳じゃない!!」

「だからってなにもしないのはダメ! なにもしないならせめてケイさんの傍にいること! いいですよね、ケイさん」


「はいえ!?」


突然話しをふられたので変な声が出てしまった。


「え、わたしは…どっちでも…」

「だって、良かったねブラン!」

「良くねぇーよ!!」

「ケイさん、ブランと一緒に居てあげてください。目を離すと、すぐどっかいっちゃうんです」

「マジか」

「いかねーよ!」


ブランがガチで切れていたが、ノワールはどこに吹く風と涼しい顔をしていた。三者三様ちぐはぐながらも一緒に移動を始めると、妙な視線を感じた。誰からとはいわない、誰にとも…一概には言えないが。それはわたしに向けられた奇異…あるいは、嫌悪の視線だったと思う。


(…なんだろう、)


少しだけ、胸騒ぎがした。


だがそれもすぐに忘れた。ノワールの行きつけの店で数冊本を見繕って貰った。ついでに今夜のデザートの材料を買った。腕いっぱいの荷物を抱えて、わたしの最後の観光スポットとなる…狩人クランへ向かうことになった。


「狩人クランってどんなところ?」

「どんな…僕は、流動的な所だなあって思います。狩人はどこかに留まっている人より、特定の町を一定期間で回っている人が多いんです」

「特定の町を一定期間で回るの?」

「はい。 期間は、狙っている獲物とエンカウントできる時期。特定の町は、エンカウントできるポイントの周辺ですね。冒険者と違って、狩人は相手にするモンスターが決まっていますから」


そういうものなのか。ほうとノワールの話を聞きながら、ちらっと後ろを見る。そこにはつまらなそうに歩くブランがいる。その空気は重いの一言で、わたしは耐え切れずにノワールにこっそりと聞いた。


「…ブラン、クランに嫌いな人でもいるの?」

「… どうしてですか?」

「…ずっと、怖い顔してるから」


言うと、ノワールは思いつくところがあるのだろう。少しバツがわるそうに、耳を垂らした。


「…えっと、あれは別にケイさんのことがイヤというわけじゃなくて…」

(あ、そうなんだ。よかった、)

「…ブランと、僕は… ちょっと特殊で。それで、奇異の目で見られるんです。ブランは…それがイヤで」

「…それって異人よりも、ふたりがとんでもなく可愛くて優秀なネコちゃんだから?」


もちろん本気ではない、場を和ませるためのジョークだ。暗い顔をするノワールの頭をよしよししてあげると、頬を明るめたノワールが「も、もうっ ケイさんっ」と怒った。うん、かわいい。


「まったく…ケイさんは、すぐそうやって誤魔化すんですから」

「ごめんごめん」


なんとなく、二人がわたしに何か隠していることは知っている。今回のそれは、きっとそれに連なることなのだ。正直かなり気になるのだが、人様の心のテリトリーに土足で踏み込むほどわたしは図太くない。しかも居候の身だし、そういう図々しい態度は自粛するにしかりなのだ。


(いつかちゃんと一人立ちして、…二人に恩を返せたら、)


その時は、少しだけでもいい。二人が抱えている重くて苦しいものを、少しだけ軽くしてあげることができたならなんて。



(やっぱり、図々しい考えなのかな)



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