あだ名はスラハン
「よおスラハン。今日もスライム狩りに精が出るな。」
この言葉は決して俺を労っているわけではなく、ただの皮肉だ。
この世界は人間と魔物が存在する。
この二つの種族は決して相容れることはなく、日々戦いを繰り広げており、この戦争は千年もの間続いているらしい。
そのため、男の仕事と言ったら戦士となって魔物と戦う、というのが一般的になっている。
男でも農業や飲食店、その他の仕事をする者ももちろんいるが、変な話、俺たち若者の間では戦士がブームというか、戦士になるのがかっこいい、みたいな風潮があるのだ。
この俺も御多分に漏れず、戦士となったのである。
しかし、俺には致命的な弱点があった。
それは、極度なビビりである、ということ。
みんなと同時に戦士になったものの、スライムを倒すのにも一苦労。
周りはゴブリンだのゾンビだの、どんどんと強いモンスターに挑んでいく中、俺はスライムしか狩ることができなかった。そしてついたあだ名はスラハン。スライムハンターを略しているのだ。
俺だって、強い魔物を倒したい。でも怖いのだ。どうやって戦ったらいいか、まったくわからない。
そんなわけで今日も俺は、スライムをひたすらに倒しているのである。
「ただいま、母さん。」
今日もスライムを倒し、家に帰った。ちなみにお金は、町からの依頼を受けて報酬をもらうか、倒したモンスターの素材を売ってお金に換えるかどちらかになる。
「あら、お帰りダン。今日もお疲れ様。」
そういえば名乗っていなかった。俺の名前はダン、アイム。母さんはエダ、アイムだ。
母さんは18の時に俺を産んだ。苦労したそうだが、俺のことを一生懸命育ててくれた。(そのためかやたらと甘い)とても綺麗で、自慢の母だ。
「ダン、毎日戦って偉いわね。」
「やめてよ母さん。俺がスライムしか倒していないの、知ってるでしょ?」
「スライムを倒すのだって、ちゃんと町の役に立っているわ。それに、ダンはちゃんと強くなっていること、お母さんはちゃんとわかってるんだから。」
「うん、ありがとう。」
本当に息子に甘い母だ。こんなスライムしか倒せない息子、普通情けないだろうな。
「さ、夕食にしましょう。今日は自信作なんだから。」
そうして出てきたのは、俺の好物ばかりだった。
朝、ランニングをするのが日課である。
せめて努力は怠らないようにと、三年前から続けている。
21歳になった今、結構な距離を走れるようになった。
帰り道、町がなんだか騒がしかった。
騒ぎの中心に行ってみると、理由はすぐにわかった。
剣聖、アラン。
彼が帰ってきていたのだ。
この男は、この町出身の剣豪で、四年前、この町最大の危機であった魔物の大量襲撃を、なんと一人で殲滅したのだ。しかし、剣聖の称号がついたのはそれだけではない。
この世界の生物は、全て魔力が備わっている。
訓練次第で誰でも魔術を会得でき、戦士ももちろん使うことができる。
魔術と剣術、どちらも鍛えることが、一般的な戦士である。
しかし、彼は一切魔術を使うことがないのだ。
四年前の襲撃も、無論例外ではない。
圧倒的な、絶対的な剣術。そしてついた称号が剣聖なのだ。
そして彼こそが、こんなビビりな俺が戦士を目指した最大の理由なのだ。
「アランが帰ってきてるってことは、遠征が終わったんだ!」
なんとか話しかけたいと近づくが、あまり野次馬が多くてとても割り込めない。
仕方ないので、家に帰ることにした。
「お帰りダン。朝食、できてるわよ。」
食卓についたとき、思わずため息がでた。
ああ、アラン見たかったな・・・
「どうしたの?なにかあった?」
「町が今騒がしいの、気づいてない?アランが帰ってきてるんだよ。なんとか一目見たかったけど、野次馬が多くてね・・・」
「ふうん。それは残念だったわね。」
母は、あまりアランに興味がない。なぜかはわからないが、四年前もそうだったのだ。
「さ、食べなさい。冷めちゃうわよ。」
「うん。いただきます。」
朝食の間、特にアランの話はしなかった。
「行ってきます。」
朝食を済ませて、今日も狩りにでかけた。
相変わらず町は騒がしかったが、どうせ会えない。それに俺みたいなやつはさぼってはいけないのだ。
といっても、スライムを狩るだけだが。
すると、遠くのほうから小さな地響きのような音が聞こえた。
「なんだ・・・?」
少し気になったが、とりあえず狩りに向かうことにした。
「ふう・・・」
なんとかノルマの分はスライムを狩ることができた。
日も暮れてきたし、今日はもう帰ろうかな・・・
その時。
町の方角から、爆音が響いた。
「な、なんだ!?」
急いで町へ戻った。
すると、巨大なゴブリン三体を、アランが一人で相手していた。
「私が戻ってきていてよかった・・・ みんなを守ることができる。」
そういうと、剣聖はすさまじい速度で斬りかかった。
ゴブリンたちはあまりの速さに剣聖を見失った。
困惑していると一体のゴブリンから血しぶきがあがる。
あまりの速さに、斬られたゴブリンは自分が斬られたことに気づいていなかった。
ゴブリンが倒れる。それに気づいた二体は怒りの咆哮をあげる。
しかしそれもすでに遅い。
二体のゴブリンの横を激しい風が吹いたとき、すでに斬撃は刻み込まれていた。
「・・・すごい。」
あまりの強さに、見とれてしまっていた。
すると、アランはこちらに気が付いた。
「そこの君、大丈夫かい?」
「は、はい!傷一つないです!」
「そうか、それはよかった・・・ ん?君は・・・」
アランが何か言いかけた時、わあっと歓声が上がった。
どうやら、剣聖の戦いを影で見ていたらしい
町のみんなが一斉にアランのもとへ駆け寄り、俺は群衆にはじかれたしまった。
「いてて・・ みんなミーハーだなあ・・・」
まあ、人のことは言えないが。
すると、人々を巨大な影が覆った。
いち早く気づいたアランが声をあげた。
「巨大なスライムだ!みんな逃げろ!」
人々は一斉に逃げ出した。
アランは人が多すぎて動けない。
「くっ、まずい!」
アランがスライムを見上げたその時、スライムがバラバラになった。
そして一瞬のうちに、そのかけらが一つも残ることなく、全て燃え尽きた。
一体何が・・・?
アランが視線を下にやると、一人の青年が剣を鞘におさめていた。
「君は・・・」
青年は顔を赤らめ、頬をかきながらこう言った。
「俺、スライムしか倒せないんですけどね。」