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作者: 葛城アモン



 それは一本の薔薇だった。 

 小振りな箱に収められ、赤いリボンで綺麗にラッピングされた一本の紅い薔薇……。


 有名デパートの宅配で届けられた突然の贈り物は――伝票に記された送り主の名前や住所に心あたりはなく――期日指定で私の誕生日に届いた……。



 診察の帰り、買い物を済ませ、部屋に戻ると郵便受けに一通の手紙が届いていた。表書きは流麗な女文字で、裏には名前がなく、中を開くと便箋に一行だけこう記してあった。


「貴方を愛している」



 部屋に誰か入って形跡があると気付いたのは、通院日の土曜だった。昼過ぎに帰宅すると、部屋は綺麗に片付けられ、たまった洗濯物はベランダで整然と風に揺れていた。

 猫が足元に身をすり寄せてくる。私は抱き上げ、その頭を掻いてやりながら、キッチンテーブルの上に置かれた一枚のメモをじっと見つめていた。


「貴方は誰にも渡さない」

 


 恋人の洋子から、いたずら電話で悩んでいると相談を受けたのは、私自身も医師から一度入院を、と勧められた日の夜だった。


「毎晩、毎晩、12時になると決まってかかってくるの。出ても無言だし、気持ち悪くて電話会社に調べてもらったんだけど、公衆電話で相手は特定できないですって。どうしたらいいと思う?」


 私は食後に飲んだ薬が効きはじめたのか、惚けたような顔で何も考えられず、不安そうな洋子の顔をじっとみつめているだけだった。 



 猫が死んだのは、私が医師の紹介で病院を変えた直後だった。マンションの郵便受けに押し込まれた猫は、真っ黒に汚れた濡れ雑巾のようで、滴った血が床に丸い血溜まりを作っていた。

 その死骸の上に置かれた一枚の紙切れと赤い薔薇……。


「貴方を愛せるのは私だけ」 



 訪ねてきた刑事は私に、落ち着いて話を聞いて貰いたいと言った。 昨夜未明、何者かによって貴方の友人が殺害され、身元の確認をしてもらいたい、のだと言う。身支度を整え、パトカーに乗せられて着いた先は、やはり洋子のマンションだった。

 両側から支えられるようにして、エレベーターを待つ私に刑事は重ねて言った。

 

「身元確認も困難なほど、ひどい状態なので、前もって心の準備だけはしておいていただけますか」

 

 私は刑事と共に洋子の部屋に入った。目に飛び込んできたのは、真っ赤に敷き詰められた薔薇だった。何百本の薔薇の中に洋子は仰向けに浮かんでいるように見える。見分けのつかないほど殴られた顔は、握り潰した熟れたトマトのようだ。ワンルームの狭い部屋を埋め尽くした紅い薔薇からは、気も遠くなるような強烈な甘い香りが……。 

 

 

 私はパトカーの後部座席で警察署への道を揺られながら、ぼんやりとした意識の中で、今までのことを思い起こしていた。あの私の誕生日に届いた一本の赤い薔薇、片付けられた部屋と無言電話、猫と洋子の無残な死。そしてあのメッセージ。

 なぜか悲しみと無縁になってしまった虚ろな心で、私は何度も何度も自らに問い続ける。

 

 私を愛していると言ったあの女はいったい誰だったのだろう?

 

 

 そして、私の手のひらには、どうしてこんなに、棘で刺したような傷跡が無数にあるのだろうかと……。

 

 

 

   



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sent from W-ZERO3



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