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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
61/298

材料

 おかしなこともあるもんだ。


 アグウィナス家に運ばれてきた奴隷の一人は、目の前に配られた、温かなスープを見て思う。


 隷属の焼印を押されて尚、足には鎖がつけられ手は体の前で枷をつけられている。

 彼は帝都でも有名な盗賊団の一員で何人もの人を殺めてきた重罪人だ。アジトがばれて頭や抵抗した仲間は殺された。運良くというべきか、鈍器で殴られ失神したこの盗賊と弟分は捕らえられ、取調べが終わるなり犯罪奴隷に落とされた。


 奴隷になってさして日は経っていないが碌な物を食べていない。与えられるパンはどれも古くなった廃棄直前のものばかりで、乾燥して堅かったり、腐り掛けですっぱい臭いや味がしたり、カビが中にまで生えていたり。

 黒鉄輸送隊の馬車で揺られている間は、雑穀が混じった獣くさい乳で、腹に溜まりもしなかった。


 それが奴隷商館に着いた昨日は、夕食にオーク肉が出された。薄く切られて量も少なく僅かな塩で味付けされただけのものではあったが、久しぶりの肉だ。

 昨夜の寝床としてあてがわれた地下の牢屋での食事だ。監視の目を盗んで喧嘩をし『商品価値』を下げないようにという配慮だろう、おとなしそうな者は数名まとめて大部屋に、重罪人の盗賊は個室に入れられた。監視がしやすいようにだろうか、廊下に面した壁面は鉄格子で他の牢が良く見える。


 監視の者が出て行った後、盗賊は自分の肉を食べながら大きな声でこういった。


「俺たちゃァ、同じトコへ売られるらしいなァ、ってこたぁこれから仲良くやっていく、ご同輩ってわけだ。そうだろう?弟よ。」

「そうですぜ、兄ィ。お前らもそこんところ、よーっく分かってるよなァ」

「それにしても、腹が減ったなァ、これっぽっちの肉じゃぁ、足りやしねぇ。」


 そう言って、他の牢屋の奴隷達の顔を、一人一人じっくりとねめつけていく。


 同じ場所に売られた後、目をつけられてはかなわない。その眼力に耐えかねた一人が、自分の肉を差し出すと、周りの奴隷達もその皿に肉を乗せていき、盗賊の下に大量の肉が集まった。


 集まった肉の量は多く、盗賊二人で食べきれなかったので、今朝も腹いっぱいに食べている。

 だから腹は減っていない。肉を取り上げられた他の奴隷達は、アグウィナス家で供された肉の欠片の入ったスープをがつがつと食べているが、盗賊二人はスープの肉だけ食べた後、監視の目を盗んで近くの奴隷の皿に自分のスープを流し込んだ。


(おかしなこともあるもんだ、扱いが良すぎやしねぇか?)


 運ばれた先では肉が与えられ、売られた先でも温かい肉の入ったスープが出される。

 歓迎されたと考えるような甘っちょろい考えは盗賊にはない。自分たちがそういう上等なモノでないことを知っているからだ。空のスープ皿を抱えてじっくりと辺りをうかがう。


 ここの館の人間はどいつもヒョロイ男どもだ。隷属紋さえ発動しなければ、例え手足を枷で拘束されていようと、簡単に倒すことができそうだ。隷属紋の焼印を押されたときに、『主』となる男は現れなかった。瓶に入れられた血液で契約がなされたから、誰が自分たちに《命令》できる『主』かはわからない。


(どいつだ……?)


 『主』がいなければ、逃げ出すこともできそうだ。


「う……。」

 ごとり、とスープを注いでやった隣の奴隷が皿をひっくり反して倒れる。盗賊が注いだスープは食べ切れなかったのか器からこぼれて盗賊にかかる。


「きたねぇな」そう文句を言おうとして、盗賊はうまく口が動かないことに気付く。

(毒……、いや痺れ薬か?)


 わざわざ買った奴隷を殺す意味はないだろう。素早く周囲を見回すと、連れてこられた奴隷は皆倒れ伏している。さっと弟分に目配せをする。『合わせろ』と。弟分もいくらか薬は回っているが、意識を失ってはいないようだ。


 アジトを襲われた時もそうだった。こういうものには時機ってものがある。闇雲に暴れるのはあほうのやることだ。


(碌でもねぇことを企んでやがんだろうが。あのひょろモヤシども、恐らくたいして闘えねえな。)


 手足の自由を鎖で奪い、隷属紋を刻まれた奴隷に薬まで盛る連中だ。暴れられたら困るから、薬を盛ったに違いない。幸いたいしてスープは食べていない。意識を失ったフリをして、痺れが取れた隙に暴れて《命令》される前に逃げだそう。『主』が分かれば成功率は跳ね上がる。倒れたふりをしていれば、じきに姿を見せるだろう。

 なあに、道は覚えている。ここは古い屋敷の地下室だ。一本道で迷いようもない。


 盗賊は倒れたふりをして、辺りの様子をじっと窺う。運び込まれた奴隷達が皆動かなくなってようやく、奥の扉が開いて数人の男たちが出てきた。人が乗れる大きさの車輪が付いた台車に、薬で痺れた奴隷達を一人ずつ乗せて、奥の部屋へと運んでいるようだ。


 一人の男が台に乗せられた奴隷を検分すると、「そいつは赤の間へ。コイツは準備室だな。」などと指示を出している。どうやら部位欠損のある物は「赤」の部屋へ、五体満足の者は「準備室」へと振り分けられるようだ。


(マズイな。アイツ(弟分)はとっ捕まった時に腕を一本持ってかれてる。このままじゃぁ、別の部屋に入れられちまう。

 逃げるにも、仲間は多いほうがいい。恐らく赤だの準備室だのと偉そうに指示を出しているあのヤロウが『主』だろうが、なかなかこの場を離れやがらねぇ。)


 次々に運ばれていく奴隷たち。自分たちの順番はすぐそこまで迫っている。じりじりと焦れる盗賊。弟分も同じ気持ちなのだろう。さっきからせわしなく視線を盗賊に送ってきている。

 手足の痺れもずいぶんましになってきた。いっそ一か八か賭けに出ようか。


 盗賊の辛抱が限界に達そうとしたその時、奥の部屋でなにやら動きがあったようだ。指示を出していた『主』と思しき男が、部屋の奥へと引っ込む。


(今だ!)


 弟分へ目配せするや、盗賊たちはばっと立ち上がり、入ってきた扉へ向けて踏み出した。

 その時。


「《動くな》。残念だったね。ここから逃げることはできませんよ。」


 いつの間に、いつから其処にいたのか。盗賊達の後ろから声がした。

 恐らく若い男だろう。顔は見えない。《動くな》と命じられてしまったから。


「台をこちらへ。拘束具も忘れずに。薬を除ける知恵もありますよ、油断しないように。」


 隷属契約の《命令》は魔力を消費する。効果は命ずる側の魔力と命令の内容、受ける側の意識によって大きく変わる。『今からお前を殺すから、そこから一歩も動くな』と命じられた場合の効果時間はいかほどか。

 さして長くはないだろうその《命令》の効果時間に、盗賊たちは台に縛り付けられる。ご丁寧に猿轡まで噛まされてしまったから、わめき散らすこともできない。大声で暴れれば薬で眠った他の奴隷が起き出して、その混乱に乗じることができたかもしれないのに。

(ちくしょう、ツイてねぇ……。)

 台に縛り付けられた盗賊は『準備室』へ、ふごふごと何か言おうとする弟分は『赤の間』へ、二人は台に縛られ運ばれていった。


「残った者の移動と拘束を、早く済ませてしまいなさい。そろそろ薬が切れる頃です。」


 その目は既に、決死の脱出を試みた盗賊たちを見てはいない。いや、連れてこられた奴隷達など最初から個々の人として見てなどいないのだ。


「先ほどの二人は体力がありそうだ。長持ちしてくれると良いのですがね。」


 残る奴隷達の移動を見届けると、ロバートも奴隷達が運ばれた奥の部屋へと向かう。先ほど「赤の間」でなにやら騒ぎがあったようだ。どうせ目覚めた奴隷が暴れたのだろう。主任が向かったから、既に事態は収まっているだろうが。

 前回の遠征からおよそ一月半。そろそろポーションの注文が来る頃合だ。製造を急がねばなるまい。ロバートの作った新薬は画期的だ。錬金術師が作り出すポーションに比べればその効果は及ぶべくもないが、『魔法薬』と言って差し障りない効果を発揮する。ポーションの替わりとして必ずや迷宮攻略の助けとなるだろう。


 ロバートは歩みを止めない。200年の永きに渡り、アグウィナス家が歩んできた道の先を進んでいるのだ。錬金術師が絶えたとして、どうして歩みを止められようか。どのような手段を取ろうと必ずやたどり着く。必ずやエスターリアを連れて行く。

 迷宮が滅びた後の、約束の世界へと。




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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
人間の中にある魔力を吸い取る的な? まあ、録な死に方しない気がする…。 それとも、 妹の慈悲的なやつで助けて貰えるかな?
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