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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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凋落の都

 低級ポーションや魔物除けポーションに、なぜ200倍もの値段がついたのかわからないが、どのみちポーションを売るつもりでいたから、売り先を探す手間が省けたともいえる。

 結局、マリエラがフォレストウルフにつかった分とあわせて、9本のポーションをディック隊長の言い値通り金貨1枚で売ることで話が付いた。ポーチから魔物避けポーションを3本と低級ポーション5本を取り出して渡すと、長期保管用の魔法陣が描かれた専用の箱に厳重に仕舞われていた。


(あれって、上級ポーションを保管するやつだよね。何年も命の雫が抜けなくて効果が続く魔道具。

 私、錬金術師だけど持ってないんだよね。高いし、保存に魔石使うし。)


 ポーションは作られた地域、正確には命の雫を汲み上げた地脈の範囲を離れると、あっという間に命の雫が抜けてただの薬水になってしまう。この保管箱に入れておけば地脈の範囲を離れてもポーションの劣化が抑えられるから、複数の地域を移動しているであろう黒鉄輸送隊が保管箱を所持していること自体おかしいことではない。ただ、保管に必要な魔石のコストを考えれば、本来安価であるはずの低級ポーションを入れるのにふさわしいものではない。もっとも、1本大銀貨1枚となれば話は別なのだが。


 代金は、価格交渉の際にディック隊長に耳打ちしてた人が払ってくれた。

 厳ついディック隊長とは対照的に細身で優雅な人だ。ゆるくウェーブのかかった金髪を後ろに束ねており、エメラルドのような緑の瞳をしている。振る舞いもどこか品があり、貴族のようにも見える。マルロー副隊長と言うらしい。ちなみに糸目君は、リンクス君。

 そう言えば名乗っていなかった。改めて挨拶すると、


「マリエラさんですか。所で他のポーションを手放されるご予定は?」


 とにこやかに聞かれた。もちろん目は笑っていない。売るならば自分たちに売ってくれ、ということだろう。腹の探りあいのようなやり取りは苦手だ。


「入り用な物がそろわなければ、またお願いします。」


 とぼかしておく。状況が読めなくてやりづらいったらないな、とマリエラは思った。



 黒鉄輸送隊が迷宮都市まで乗せて行ってくれることになった。

 馭者台を勧められたけど、窓もほとんどない鉄の箱の中なんて怖いし、スタンピードの後、外の様子がどう変化しているのか確認したかった。「街まですぐだから」と、装甲馬車の背面にある昇降用のタラップに座らせてもらった。

 ちなみに乾燥薬草(コシミノ)は外して鉄馬車に吊るしている。


「んじや、俺も。」


 隣にリンクスが座る。広めのタラップだが2人で座るとぎゅうぎゅうだ。


(包囲網が形成されてるのかもしれないけど。)


 自然な様子で距離を縮めてくるリンクスに、不快感は感じなかった。




 街道を鉄の馬車が進む。速度は大して出ていないが、がたごとと結構ゆれる。マリエラは馬車に乗るのは初めてだが、長く乗るとおしりが痛くなりそうだな、と思った。ゆっくり走ってこの揺れならば、速度を出したらどんなことになるんだろう。目が回ってタラップから転がり落ちてしまいそうだ。

 そんなことをリンクスに話すと、これだけ街が近づけば魔物にもあまり出くわさないし、日はまだ高い。このままゆっくり行くから大丈夫だと言われた。フォレストウルフもこの辺で出くわすことはまずなくて、もっと離れた場所から追いかけてきたそうだ。街に引き連れていくわけにも行かず、このあたりで追い払うのは良くあることだと言っていた。


「それよりさ、マリエラはどこに住んでんの?」

「森の中に住んでたんだけど、ちょっと住めなくなっちゃって……」


 身の上を探るように話しかけてくるリンクスをしどろもどろにかわしながら周囲を見回す。

 そろそろ防衛都市のはずだ。


 防衛都市が近づくにつれ、そわそわと落ち着かない様子を見せるマリエラに、リンクスが声をかける。


「大丈夫だって。まだ昼間だし、ゾンビもレイスも出やしないって。

 まぁ、何回通っても慣れないっつーか、気持ちのいい場所じゃねーけどさ。」


 馬車が、防衛都市だった場所に入った。



 そうじゃないかとは思っていた。『迷宮都市』と言っていたから。


 でも、マリエラはスタンピードを、ほんの昨日の出来事のように感じていた。


 防衛都市のひしめき合うように立ち並んだ建物も、

 品物が溢れ返った商店や、空腹を誘う露店の匂いも、

 威勢のいい冒険者達が織りなす喧騒も、

 ありありと思い出せる。


 なのに、


 寄りかかるように増改築を繰り返して蟻塚のようだった建物は跡形もなく、

 あらゆる品を扱った大店さえ、僅かに石積みを残すばかりだった。

 異国の料理や甘味さえ楽しめた露店からのたまらない匂いは樹々の匂いに変わり、

 人々の熱気に満ちた喧騒も聞こえてはこなかった。


「帝都より栄えたって街が一晩で消えたとか、おっかねぇよなー。

 って、大丈夫か?顔、真っ青だぞ?」


 人付き合いは苦手だったが、親切にしてくれた人達だっていたのだ。


「生き残った人達はいたのかな……逃げ延びた人とか…………」


 不自然な言動をしている自覚はあったが、マリエラは聞かずにはいられなかった。


「あ?そりゃ、迷宮都市にいんだろ?生き残りっつーか、その子孫だけどよ。」


 よかった。生き残った人達もいたんだ。

 マリエラの安堵の息は、しかし吐く前に呑み込まれた。


「まー、200年も前の話だからなー。おとぎ話みたいなもんだよな。」



 200年


 そんなにも長い間眠っていたのか。

 途方もない時間に唖然とする。


 リンクスは話続けていたけれど、マリエラの耳に入ってはこなかった。



「おーい、マリエラ!」


 防衛都市の変わり果てた有様と、200年も眠っていたという事実に呆然としていたマリエラは、リンクスに肩をつかまれて、漸く正気に戻った。


「ご、ごめん。疲れちゃったみたいで。」


「魔の森を1人で歩いてたんだもんな。そりゃ、疲れるよな。

 でもほれ、着いたぜ。迷宮都市だ。」


 いつの間にか装甲馬車は停止していた。マルロー副団長が開門要請をしているようだ。

 タラップから降りて見回すと、見覚えのある外壁が見えた。


 迷宮都市と呼ばれたそこは、かつてのエンダルジア王国だった。


 見覚えのある外壁は、かつてエンダルジアの都を囲んでいた白壁だ。

 スタンピードで破られたのだろう。

 一面白く保たれていた外壁は、大きく崩れたあと、補修された跡があったし、大気に漏れる魔力を吸って魔物から存在を隠してくれるデイジスの蔦が一面を覆っていた。

 外壁の周囲の森は広く切り拓かれ、魔物避けの薬草であるブロモミンテラが一面に植えられている。

 どちらも魔の森で暮らすマリエラの小屋にも植えていたもので、魔物の領域で人が暮らしていくために必要な植物だった。しかし、うねうねと曲がりくねって壁に張り付くデイジスの蔦は、白壁を蝕む血管のようだし、赤紫をしたブロモミンテラが一面を覆う様は、どこか恐ろしく、美しいエンダルジアの白壁に似合うものではなかった。 


 200年の時間は、エンダルジア王国の栄光をおとぎ話にかえてしまった。


 有事を除き開かれていたエンダルジア外壁の大門は、今では固く閉ざされ、1人が通れる程度の勝手口に衛兵が詰めているようだった。ディック隊長と衛兵は知り合いらしく、挨拶を交わしてしばらくすると、大門が重厚な音を立てて開かれた。マリエラを乗せて装甲馬車は大門をくぐり、迷宮都市に入る。


 大門の中も変わり果てた光景が広がっていた。

 流民の街だった防衛都市と異なり、エンダルジアの都は石造りのつくりのしっかりした建物ばかりだったから、更地どころか森に変わっていた防衛都市よりは建物が倒壊せずに残っていた。

 それでも、瀟洒な邸宅は半分以上が倒壊し、残った建物には機能性ばかりを追求した暗い色の石や木材で継接ぎ(ツギハギ)のような修復がなされている。装飾の施されたエンダルジア建設とのっぺりと石や木を並べただけの修繕部分がなんとも歪で、芸術作品に泥を塗りたくったような、落ち着かない気分にさせる。


 目の揃った石畳が敷き詰められ、脇には花が咲き乱れていた大通りは、修復に使ったのか石畳があちこち剥ぎ取られ土が露出していて、僅かに残った石畳は細かくひび割れている。四季折々の花々の代わりに、ポツリポツリと建物にへばりつくように露店のテントが張られていた。


 行き交う人は、中級以上と思われる物々しい冒険者や衛兵たちばかりで、細い路地には、仕事にあぶれたのだろうか、どこかを怪我した役夫がしゃがみ込んでいる。


 栄華を極めた美しい都の凋落ぶりを、見る人が見れば涙しただろうが、マリエラには防衛都市の時ほどの動揺はなかった。


 ここはエンダルジア王国民のための都で、マリエラや防衛都市に住まう流民達の居場所はなかったからだ。

 開かれた大門は、都の栄華を見せつけるためのもので、マリエラ達を迎え入れなかった。マリエラが大門の中に入ったのは、師匠に連れられ錬金術師になる儀式に訪れた、たった一回きりだった。


 大門の中の変貌は、マリエラにとってどこか他人事のように思え、冷静さを取り戻すことができた。


「なー、マリエラ。今日の宿、決まってないんだろ?俺たちの定宿に来いよ。

 この辺とか、あんまり治安よくねーんだ。迷宮都市もイロイロでさ。

 先に荷を降ろしちまわないといけないんだけど、大して時間もかかんねぇし、一緒に行こうぜ。」


 街に着いても解放してはくれないらしい。


 出会って以来、ポーション狙いなのがバレバレである。わかりやすすぎて、ちゃんと商談できているのか心配になってくるくらいだ。


(でも、ホントに心配してくれてるみたい…)


 ポーションの代金は払ってくれたし、人目につかない森の中で半刻ほども一緒にいたのに、脅すことも拘束することもしてこない。まだ信用できる程、知り合えた訳ではないが、右も左も分からないまま放り出されるより、よほど安全かもしれない。


「ありがとう。助かるよ。」


 正直にお礼を言うと、リンクスはニカッと笑った。



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