83.くべられるもの
――この先さ――
(え?)
急に足元が流砂に変わって、呑まれたような感覚がした次の瞬間、気が付けばマリエラは、肉体を離れ帝都と地脈の狭間にいた。
(この先って、地下? あぁ、アタノールが燃えるよう……)
地脈から大アタノールに吹き込み、そして帝都へと吹きだしていく《命の雫》は、激しく炎を噴き上げる炉のようだ。今は《命の雫》がはっきりと視えるけれど、ここはあまりに眩しすぎて、物質の形があやふやだ。
マリエラは、大アタノールに目を凝らす。こんな場所に招いてまで見せたかったものは、きっとそこにあるのだろう。
マリエラは、足元が水面のように揺らぐのを感じた。
それは、とても小さなさざ波だ。
地脈というとても大きな湖に、誰かが飛び込んだような。
その最初の衝撃は大アタノールから生じ、波紋のように広がって、遥か先、8か所の小アタノールに当たって跳ね返り、複雑な波紋を形成する。大アタノールがあるのは帝都の中心。それを囲む同心円状に8個の小アタノールが一定の間隔で位置している。その円の外が外縁部。つまり帝都と定義されるのは、円の内側だけなのだろう。
まるで帝都全域に八芒星が描かれているようだ。調和のとれた美しい配置だけれど、何かの結界のようにも思える。
そしてこの円の内側にだけ、黒く渦巻く帝都の地脈が横たわっているのだ。
マリエラは、波紋の元へと目を凝らす。かつて見た真っ黒な帝都の地脈に向かって落ちていく一筋の流れ。その中に、大アタノールに入っていたリリアたちの姿を見つけた。
(子供たちが地脈に向かってる。これ結脈式典なの? でも何だろう、何かがおかしい)
マリエラが視ているものは、以前見た結脈式典なのだろうか。
(あの時はこんなに地脈が乱れたりはしていなかった)
マリエラは目をつむる。こうして視覚を遮った方が、《命の雫》の流れが良く視える。
(おかしい……。でも何が?)
9人の子供たちが精霊に導かれ、深く、深く地脈に潜っていくのが分かる。
(……精霊?)
子供たちを導く精霊の姿は、最初こそリリアの兄、ロキに似ていたけれど、潜るにつれて外側がにじんで本来の姿へと変わっていく。
(あの精霊、見たことがある。そうか……)
その正体にマリエラは気付いている。けれど、今気にするべきはそこではない。
(だめ、だめだよ、そんな場所まで潜ったら……)
深く、深く、深く、深く。
帝都とは縁遠いマリエラでは見通せないほど深い場所まで、ロキは子供たちの手を引いてどんどん潜っていくのだ。
(そんなに深く潜ったら、誰も戻って来れないどころか――)
マリエラの懸念した通り、子供たちの姿はあやふやな、ただの命に変わっていく。
(行っちゃダメ、リリアちゃん! そこは、それは地脈じゃない……!)
助けなければ。追いかけたいのに、まるで帝都の大地に拒まれているように、マリエラの意識は地表に縫い留められて動けない。
それでもまだ助けられるのではないか、そんな気がしてマリエラは手を伸ばす。
――無理だよ。もう、あの子たちは還ってしまった――
その手を取って押しとどめたのは、さっきまで子供たちを導いていたもの。マリエラが初めて会う姿の、けれど帝都で何度も会ったゲニウス・ロキだった。
『ゲニウス・ロキ』。
それは、特定の個人を識別するための名前ではない。
ゲニウスとは擬人化された精霊あるいは守護の存在、ロキは土地や場所を指す。
つまり、ゲニウス・ロキとは特定の場所に宿る精神や守護の存在、つまり”土地の精霊”または”場所の守護神”を意味する言葉だ。
今、目の前にいるゲニウス・ロキの姿は、これまでマリエラの前に現れていた少年の姿ではなくて、『緋色の宝珠』に触れた時に見た、荒れ地の精霊の姿だった。
「どうしてこんなことをするの? こんな、酷いことを」
――僕が望んだ訳じゃない。君たちヨハンの民が望み、ヨハンが願った事だろう?――
「だからって、こんな……。これが帝都の地脈の正体だなんて!」
知ってしまったのだ、この帝都の成り立ちを。
帝都が人の住めない荒れ地にあって、これほど発展できた理由を。
【帝都日誌】帝都の地脈の正体って……。byマリエラ
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