80.再誕の儀
ジークの視力検査が始まった頃、レビスの秘密を知るため『再誕の儀』へと赴いたロバートは、大アタノールと呼ばれる塔の広場にいた。
九人の年端もいかぬ幼子が大アタノールに続く石畳を進んでくる。
その両脇を固めるように列を成すのは、『贄の一族』の秘儀を受け継ぐ天翳派の導者たちだ。
いつの間にか帝都には珍しい霧が出ていて、その行列を一層厳かなものに見せている。アカデミーの最奥にあるこの場所は、人を寄せ付けないよう壁や植栽で囲まれているが、その閉鎖的な背景さえも霧に溶けあって、夢の中にでもいるようだ。
何もかもが霞む視界の中で、近くまで来てようやく確認できた子供たちの表情は不安げだ。「特別な結脈式典」だと教えられているけれど、周囲を囲む表情を持たぬ大人たちのせいで戸惑いと怯えを感じているのだろう。
霧に霞む塔は、子供たちから見れば巨大な魔物の影のようにそびえ立って見えただろう。その大扉が鈍い音を立てて開かれるのを、固唾を飲んで見つめている。
その門の向こうから、一人の少年が現れた時、子供の一人から歓声が上がった。
「にいちゃん!」
ロバートは知らないが、ロキの妹、リリアだ。
幼いリリアが兄のもとに走り出すより先に、子供たちを囲む導者たちが一斉に跪く。
「あれは……?」
小声で問うロバートに、グレイゴリ導者は「この帝都の礎たる精霊、ゲニウス・ロキだ」と短く答えた。
「おいで、リリア。他のみんなも。さぁ、行こう」
優しく微笑み手を差し伸べるロキ。跪き頭を垂れる大人に囲まれて驚き戸惑う子供たちは、兄のもとへ走り寄るリリアに付いて塔の中へと入っていった。
「どこにいくの?」
「深い、懐かしい所だよ」
子供たちに向けられる、慈しむような眼差しに、リリアも他の子供たちもロキの周りに集まる。その後を導者たちが続き、最後にロバートとグレイゴリが中に入ると塔の扉は鈍い音を立てて閉ざされた。
塔の中は二重の同心円になっていて、子供らが入った中心の大きな部屋はいかめしい外観やアタノールという名前に反して何もない。磨かれた床面と、足元を照らすのに十分な照明。特筆すべきはそれだけで、装飾も魔法陣の一つも描かれていない。
そんな部屋の中央に、ロキと9人の子供たちが辿り付いた瞬間。
ドサ、ドサドサ、パタッ。バララッ。
9人の子供たちは、まるで糸の切れた操り人形のように一斉に倒れ、彼らの中央に立っていたロキは、真っ黒な土塊に変わって崩れ落ちた。
「なっ、何が起こった!?」
子供たちが倒れたのはまだ分かる。だが、このロキの変貌は。
ついさきほどまでは確かに人と変わらない姿で動いていたのに、今そこにあるのは、彼の着ていた衣服と肥沃な黒い土だけだ。
「ゲニウス・ロキが子らを連れ、旅立たれたのだ」
ロバートの問いにグレイゴリ導者が静かに答える。
この異様な状況も、導者たちにとっては見慣れた儀式の一環なのだろう、幾人かは倒れた子供たちを抱き上げ、残る者たちは少年だった土塊を丁寧に回収し始めた。
「待ってください、子供たちが地脈に潜っているなら、肉体を動かしては帰ってこられなくなる!」
この儀式は、話に聞いていた結脈式典――、地脈と契約し、錬金術師になる儀式ではないのか。しかし、グレイゴリ導者から帰ってきた答えはずっと残酷なものだった。
「彼らには、元より手を引く者はない」
「手を引く者? 確かにここには子供らを連れ帰る錬金術師が存在しない。つまり帰ってこられないという事か? それではあの子供たちは生贄ではないですか……!!」
思わず目を見開いて、グレイゴリ導者を睨むロバート。しかしグレイゴリ導者は、その視線をそらすことなく受け止めた。
「帝都の、いやこの帝国の存続のために必要なことなのだ。分かるはずだ。迷宮都市を救うため、黒の秘薬というダメージ転移の呪術薬を作り出したお主なら。より多くの民を救うために、少数を犠牲にする。その判断ができたお主なら」
「……調べたのですか」
「この先は帝都の秘奥。それを知る者が導者と呼ばれる。その資格があるか、調べるのは当然だ。精霊眼の力を借りるためにだけ、連れてきたわけではない」
かつてポーションの枯渇した迷宮都市で、迷宮の最前線で戦う兵を癒すため、ロバートは赤と黒の秘薬を開発した。原料となったのは犯罪奴隷。他人を傷つけ奪い殺し、他者の幸福を踏みにじってきた者たちだ。
あれが正しいことだとは思っていない。
けれどあの時、マリエラという錬金術師が現れなければ、他により良い方法を見つけることができただろうか……。
「来たまえ。レビスはこの下。帝都の中心に座すアタノールと呼ばれる場所はこの先だ」





