表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
30/298

ガラス工房

 川沿いに魔の森を進む。


 川下になるにつれ川幅は広く、しかし水量は減っていて、大量の砂と細い水流が特徴的な地形となる。この辺りの土壌は深くまで砂質で、川は地下水脈へと流入しているのだそうだ。もっと川下に進むと、川は完全に地下に潜って消えてなくなる。

 水流に運ばれて流されてきた川砂はこの辺りに堆積し、良質の採砂場となっている。


 ぽつぽつと石造りの建物跡が見えてきた。

 ここが今日の目的地。200年前はガラス工房が立ち並んでいた場所だった。


 崩れずに残った工房を、ジークと二人で覗いていく。ヤグーも当然のように付いてくる。ジークをボスと思っているのか。


 1軒目、片側の壁しか残っていなかった。

 2軒目、建物は半分ほど残っていたが、中はクリーパーがみっしりと生えていた。床だけでなく壁にも生えている。群生していて栄養が足りないのか子株ばかりだが、一面うにょろうにょろと蠢いていて、ものすごく気持ちが悪い。ここは見なかったことにする。


 3軒目、4軒目と見て回るが、どこもこんな調子で、設備が使えそうな建物が残っていない。この辺りは水場の近くということもあってクリーパーが多い。幸い成長していない子株ばかりで、オーク革のブーツのおかげで毒針で刺される心配はないし、踏めば倒せる程度のものだ。

 ジークが先頭を行き踏み均した後をマリエラが続く。マリエラを挟んで左右に続く2頭のヤグーも、タッタカと軽快な足踏みで絡み付こうとするクリーパーを踏み潰している。草食動物なのになんとも頼もしい。


 川を離れて工房跡地を奥に進むが、稀に廃墟があるばかりで、やはり駄目かと引き返そうとしたとき見慣れた植物を見かけた。


 デイジスとブロモミンテラ。


 かつては錬金術師が工房を構えていたのだろう。天井はなく、壁も半分崩れているが、デイジスの蔦が壁を這いブロモミンテラが木々に埋もれるのを防いでいる廃墟があった。


 ここならば、とマリエラが期待をこめて中を覗いた瞬間、ジークに強く引っ張られた。


 ダダダダダ


 マリエラが覗いた場所に、石つぶてが飛んでくる。よく見ると、石ではなくて見たことのある種だ。


「うわー、クリーパーの親株だー。」


 しかも種がある。知能がある厄介なタイプだ。


 デイジスとブロモミンテラのおかげでクリーパーの群生は免れたものの、奇跡的に成長した1体が大きく成長したようだ。

 ちらと中を見た限り奥に炉らしきものが残っていて、ここならガラスが作れそうなのだが。


「どうする?」


 ジークがマリエラに聞く。いくらジェネラルオーク革レベルに強化したといえ、二人の装備は革の服だからクリーパーの石つぶてならぬ種つぶては凌げない。


 そういえばガーク爺が言っていた。種もちのクリーパーは酒も回る、と。

(お酒かー、今は秋だしあるかも。)


「木の虚でさ、甘い臭いがするやつ。探したいんだけど。」

「猿の秘酒か?」

「それでもいいんだけど、猿招きのほうがいいかな。」


 『猿の秘酒』は、猿や小動物が木の虚などに隠した果実が発酵して酒になったもので、ごく稀に見つかっては富を招くと珍重される。『猿招き』の方も木の虚に溜まった酒だが、こちらは樹蜜が発酵したもので毒が有る。


 『猿招き』が見つかる季節は決まって秋なので、酒の甘い臭いで獲物をおびき寄せ、毒で殺して冬場の栄養にする、と考えられている。


 今から酒を買って戻る時間はない。明日になるなら駄目もとで周囲を探索してみたい。


「俺に探索スキルがあれば良かったんだが。」


 冒険者時代のジークは探索などしたことが無かった。仲間に命じて獲物を連れて来させ、それを射殺すだけだった。使える武器も弓だけで、今はたいした戦力にならない。クリーパーの親株など、Bランク冒険者であれば難なく倒せる魔物であるのに、役に立てない自分が歯がゆい。


(狩人だった父さんは、どうやって獲物を探していたんだ?)


 子供のころ、熱を出したジークに父が蜂蜜を採ってきたことがあった。どうやって見つけたのかと聞いたとき、父は確かこう言っていた。


「精霊にお願いしたんだよ。熱を出したジークのために、蜂蜜のありかを教えてくださいって。」


 熱が下がってから、ジークも蜂蜜が欲しいとお願いしたが、何の変化も現れなかった。


「精霊はね、誰かのために何かをしたいっていう、人の気持ちが好きなんだ。自分の望みは自分で努力しないとね。」


 なんて役に立たないと、あの頃のジークは思っていた。そういえば、あの頃からだ。精霊たちの姿が消えて行ったのは。ジークが利己的になればなるほど、精霊たちは離れていった。精霊に嫌われてしまったのだと、今頃になって漸く気付いた。


(森の精霊たち、お願いだ。マリエラが『猿招き』を欲しがっている。どうか、力を貸してくれまいか。)


 ジークは心の中で精霊に願い、ふと、自嘲した。自分はなんて都合がいいのかと。父の言葉を信じたわけでもないのに、精霊に祈っている。クリーパーさえ倒せない、剣だって素人程度でマリエラを守ることも難しい。その上探索まで、他人任せか。


 マリエラはきょろきょろと森を見回して、懸命に『猿招き』を探している。祈っている暇があれば自分も探そう。鼻も利くし、目だって一つ残っている。


 ジークは森の匂いを嗅ぎ、1本1本木々を確認しながら森を進んだ。勿論魔物に会わないよう注意も怠らない。マリエラを危険にさらしたくない。マリエラの望みを叶えたい。


 ふわり、と風が甘い匂いを運んできた。


「! マリエラこっちだ。」


 匂いのしたほうへ進むと、芳香を放つ一本の木が生えていた。




「ジーク!あったよ、すごい!」


 マリエラが大喜びで木に駆け寄る。クリーパーの子株を引っこ抜いて作った使い捨てのゴムの袋に、『猿招き』をせっせとつめる。


「折角だから、茸もいれちゃえ。」


『猿招き』の周囲に生えた毒々しい色の茸を、摘んでは練成して『猿招き』に加えていく。


「マリエラ、その茸なんだ?」


 また変なことしてるんだろうと、ジークが聞く。


「こっちは、食べるとクラクラして意識を失う毒キノコ。これは食べて眠ったら三日は目が覚めない茸で、そっちはお酒と一緒に食べると、あっという間にお酒が回っちゃう茸。この辺すごいね、永眠させる気満々だね。」


 マリエラ特製の睡眠ポーション入りの『猿招き』を小分けにしてゴム袋につめる。全て片手で握れるサイズにしてある。


 種持ちクリーパーの場所に戻って、討伐を開始する。

 作戦は簡単で、『猿招き』の入ったゴム袋をクリーパーにぶつけて割るだけ。地面に染みた『猿招き』をクリーパーが吸って、眠ったらジークが接敵して倒す。

 マリエラとヤグー二頭は撤退係。万一ジークがクリーパーにつかまったら、ジークの腰に結んだロープを引っ張って離脱する。


 実に雑な作戦だ。特に撤退の辺り。ヤグーとクリーパーでジークを綱引きか。


 ジークはクリーパーにつかまる気など無いのだろう、マリエラ達にロープの端を渡すと、崩れずに残った壁の間から『猿招き』のボールを投げる。


 投げては、種を避け、種を避けては、ボールを投げる。


 なかなかの身のこなしで、まったく被弾していない。しかも全弾クリーパー付近に着弾している。マリエラは、おぉ、と感心してジークを応援していて、2頭のヤグーは安全地帯に転がってきたクリーパーの種をもぐもぐと食んでいる。そういえば、そろそろお昼時だ。今日のお弁当は何だろう。


 緊張感の無いことをマリエラが考えている間に、クリーパーは酒が回ってきたらしい。念のため残りの『猿招き』を全てクリーパーにぶつけて、反応が無いのを確かめた後、ジークは小剣を片手にクリーパーに駆け寄った。


 撤退係もスタンバイだ。マリエラとヤグーも壁の隙間からジークを見守る。


 まずは種の詰まった莢を切り落とし、次に毒針を持つ触手を根元から断つ。クリーパーは完全に寝入っているのか、ピクリともしない。

 全ての触手を切り落とした後、ジークの一刀が中心部分の茎を切り裂く。太さは人の首ぐらい。先端には人頭大の蕾のようなものが付いている。


 ビクビクとクリーパーの葉が揺れる。攻撃できる触手も種の詰まった莢も、もうない。


 残されたクリーパーの葉は、見る間に茶変して萎れてしまった。どうやら無事に倒れたらしい。危なげない討伐で本当によかった。


「やった!ジーク、すごい、おめでとう!」


 マリエラが歓声を上げる。ヤグーたちと一緒にジークの元へ駆け寄る。ジークは照れくさそうに笑うと、「うまく行ってよかった」と言った。

 勝利を祝って食べた昼食は、いつもよりずっと美味しいとジークは思った。




 昼食後、まずはクリーパーの素材を処理する。マリエラが莢を乾燥させている間に、触手の粘液がこぼれないようジークが切り口を焼いて縛っていく。クリーパーがばら撒いた種は、ヤグーたちが食べて片付けた。人頭大の蕾の中には、こぶし大くらいの魔石が入っていて大収穫だ。


 肝心の工房には、ガラスの溶融炉がほぼ原型のまま残されていた。耐火物がはがれていたが、炉の周囲に元耐火物の土山があるし、ガラスの原料である砂や、副原料のラム石、トローナ石の置き場も有る。真っ白に劣化して砕けたガラスもあって、昨日商人ギルドで買った分も合わせると材料の量は十分だ。


 原料も副原料も、長年風雨にさらされて変質してしまっているが、どれも加熱すれば元に戻すことができる。マリエラは原料を乾かし、副原料を加熱し、使える状態に戻していった。炉の耐火物も粉になってしまったものを、粘土のように塗り固めては乾燥させて成型していく。


 準備は整った。


 炉に薪をくべ、金属の小粒に魔力をこめて火花を起こす。


 《来たれ、炎の精霊、サラマンダー》


 右手をかざして詠唱すると、中指にはめた指輪がきらりと光る。ポーション瓶を作ったときに顕現したサラマンダーがくれた指輪だ。


 炎がぐるりと揺らめいて、小さなトカゲの形をとる。


 あのサラマンダーだ。やっぱりまた来てくれた。


「サラマンダーさん、力を貸して。今日は景気良くいきたいの。」


 サラマンダーは自分が呼ばれた炉をくるりと見渡すと、マリエラが起こした火花をばくばくばくんと飲み込んだ。


 ゴウ、と一気に火力が強くなる。


 この火力なら一気にいける。砂100に対して、ラム石を15、トローナ鉱石を0.2。劣化したガラスの破片も混ぜ込んでは、錬金術スキルを使って炉に投入していく。


 火花をよこせと尻尾を縦に振るサラマンダーに、たっぷりと火花をあたえる。サラマンダーの火力は溶融物にまで影響するのか、溶けたガラスはゆっくりと渦を描き、均一な液体に代わる。後は固めるだけだが、ここが一番難しい。

 ガラス細工のレシピがあるのはポーション瓶だけで、板ガラスの作り方は聞きかじった程度にしか知らない。ガラスは粘度が高いから、吹いて膨らませるポーション瓶とは勝手が違う。工房に残っている設備は炉だけで、ガラスの引き上げ装置は朽ちて跡形も無いから、錬金術スキルでなんとか工夫するしかない。


「サラマンダーさん、ありがとう。もうちょっとお願いしたいけど、先にお礼をしておくね。」


 マリエラは、サラマンダーにたくさん火花を与えると、炉の開口部に目を向ける。サラマンダーに言葉は伝わらないけれど、やりたいことはわかるのだろう、ぱくりぱくりと火花を食べると、首をかしげるようにマリエラを見た。


《練成空間、圧力制御-真空》


 人差し指ほどの厚みで、腕の長さほどの長方形の練成空間を作り、溶けたガラス面につけると、中の空気を抜く。ちゅるりとガラスが吸いあがる。


(うわ、練成空間壊れる。)


 高温すぎて練成空間がもたない。あわてて同じ長さのロール状の練成空間を二つ形成し、吸い上げたガラスを挟み込んで巻き上げる。


 高温のガラスに接触した練成空間が壊れる速度とロールの回る速度はほぼ同じ。ガラスと接触した練成空間は端から端から壊れるが、壊れる直前にロールが回転するからガラスは上に引き上げられていく。壊れた練成空間は、再度ガラスに接触する前に修復していく。


 引き上げられたガラスは軟らかいうちに一定の長さに切断し、ジークが製品置き場に重ねていく。引き上げた端から急激に冷えて固まっていくのは、サラマンダーがやっているのだろう。マリエラにそこまでの余裕は無い。サラマンダーが助けてくれなかったら、折角引き上げた板ガラスは、ぐねぐね曲がって長いまま固まってしまっただろう。


(きっつー)


 マリエラは声もでない。魔力の減りようは前回の比ではない。まるで体の芯に穴が開いて、そこから流れ落ちていくようだ。ロール状の練成空間を再生成する速度が速すぎる。ガラスを早く引き上げなければ、はやく、はやく。魔力が切れてしまう前に。


 なんとか、炉内のガラスを全て引き上げたあと、マリエラはその場で意識を失った。







ジークは魔力を感知する「探知魔法」(「ジークムント:短剣」)は使えますが、目的の獲物を探す「探索スキル」は持っていません。紛らわしいので念のため。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ第二弾「輪環の魔法薬」3巻は2024年4月1日発売です!
小説全6巻、コミカライズ第一弾(小説1巻部分)全2巻、第二弾「輪環の魔法薬」1~2巻KADOKAWA エンターブレイン様より好評発売中です。

■□■
生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
改定&更新中!『俺の箱』もよろしくお願いします(なろう内、別ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ