大工と建築家
1刻もしないうちに、ゴードン、ヨハン親子の改築案がまとまった。
住居部分は、洗い(清掃)作業の後、壁や床石を軽く削って磨き、傷や凹みをきれいにする。迷宮都市付近では資材が貴重なため、床に板やタイルを敷いたり壁紙を張ったりするのは貴族の邸宅に限られるそうだ。
引越しの際に、大型の家具は売るか置いていく場合が多く、この家に残されていた家具は、運搬賃も怪しいような古い物ばかりらしいが、木材が朽ちていないものは修理を請け負ってくれるそうだ。足りない家具も、棚や机などの装飾性の低い物は、あわせて作ってもらえるし、作り付けの棚の蝶番が緩んでいたり、扉の建てつけが悪いといった建具の劣化も修理する。
1階の広すぎるリビングは、元は2部屋に分かれていたようで、壁を取り払ってレストランの客室にしたのだろうと言っていた。元の位置に壁を作ったほうが、使い勝手はいいらしい。リビングに置く家具は、客の目に触れるものだから、見目の良いものを買うべきだと勧められた。
迷宮遠征が終わって2ヶ月ほどすると、中古の良品家具が出回りやすいらしい。遠征で得た素材をヤグー商隊が運び、往復2ヶ月ほどかけて、帝都の製品を運んでくる。迷宮都市では作られていない、高級家具の部材や絨毯なども運ばれて来るから、買い換えた貴族の屋敷から払い下げられた品が出回るのだと教えてくれた。
油のにおいが染み付いた元厨房は、スキル持ちが洗い作業を行なった後、石材の磨き、壁板の張替えを行う。屋根の瓦も割れているものをいくつか取り替える。
ここまでは、あまり資材を使わないので、金貨1枚と大銀貨7枚の見積もり。
問題なのは店舗部分で、ほとんど作り直して、金貨5枚。以前はタープを屋根代わりにしていたが、木造で屋根まで施工する見積もりだ。壁は以前と同様に、外壁を流用して、新たに作らない。
外壁の高さが高いため、内側に新たに壁を作ったとしても、窓からは壁しか見えない。店舗スペースが狭くなるうえ、建材費用が高くなるだけ、というのが迷宮都市の増築の感覚らしい。
あわせて金貨7枚弱だが、どこを削る?と聞かれた。住宅部分の買い取り価格が金貨3枚だったから、倍以上の金額だ。大金だからだろう、内訳までヨハンが丁寧に説明してくれた。ゴリ押ししないスタンスで、好感が持てる。
マリエラは、店舗部分の採光が気になると話す。薬を置くカウンターの後ろの棚は日陰でもいいが、外壁を壁にした場合、窓ひとつ無いお店になってしまう。陰気で息が詰まりそうだ。
「板ガラスが手に入ればいいんだけどなぁ」と、ヨハン。
「迷宮都市の外から持ってくるのか?手に入らんだろ」とゴードン。
(板ガラスなら、作れるんだけど。)
「板ガラスがあったら、どういう店舗が作れるんですか?」
後学のために、と言った様相でマリエラが聞くと、
「ガラスがふんだんにあったら、天井の半分をガラス張りにするね。勿論強度が必要だから、四角く格子状に窓枠を切って、正方形のガラスを、こう、斜めにかけるんだ。」
「建築家様は発想が貧困だな。ワシなら正三角形をつないで、カーブをつけるわい」
「なんだと、親父……。
それは素敵じゃないか!」
ガラス天井の構想に盛り上がる二人から、ガラスのサイズは一辺がどれくらいで、厚みと個数がこれくらいで、というところまで、さりげなく話を聞く。
「店舗部分に関しては、2,3日時間をもらえますか?
先に住居部分を、見積もりの案でお願いします。何日くらいかかりますか?」
その間に、ガラスを用意しておこう。それっぽい理由も考えておかないと。『ヤグーの跳ね橋亭』は今晩もあわせてあと5日押さえてあるから、入居できる日程も聞いておきたい。
「5日もあれば住居部分は十分間に合う。物は相談なんだがな、洗い作業にスラムの連中を使わせてもらえねぇか?料金はスキル持ちにやらせるのと同額で賄う。勿論、ウチのスキル持ちに監督させて、キッチリ仕上げさせてもらう。ちょっと時間が多めに掛かっちまうが、アイツラに仕事をやってもらえないか?」
ゴードンが聞いてきた。スラムとは、迷宮都市の南西門、魔の森に面した区画にある、エンダルジアの半壊した建築物に継ぎ接ぎの修繕を施した一角だろう。迷宮都市に着いたとき、リンクスが「この辺は治安が悪い」と言っていた。
「スラムには、怪我や病気で冒険者を続けられなくなった人たちが集まっているんです。まじめな人も多い。お願いできませんか?」
ヨハンが説明してくれた。
「後日、盗みに入る、可能性は?」
これまでマリエラに任せていたジークが、話に参加してきた。
「人を選んで連れて来ます。日雇いですが、『得た情報を私的に使用しない』旨、きちんと魔法契約を交わします。」
ジークは、雇ったスラムの住人が、仕事に乗じて下見をし、後日盗みに入られることを警戒したようだ。
(その可能性は、考えてなかった……。それにしても魔法契約してまで雇いたいんだ。)
「悪いやつばっかじゃねぇ、チャンスをやってくれないか。」
自分の左手首を握って、ゴードンはそういった。ゴードンさんの左手には大きな傷跡があった。
「ゴードンさん、その左手。」
「昔、冒険者をしてたときにな。冒険者は続けられなくなったが、俺は、大工としてやってこれた。」
マリエラの問いに、ゴードンが答えた。ゴードンはチャンスを貰えたんだろう。だから、後進に恩を返そうとしているのだと思う。
「分かりました。よろしくお願いします。」
ジークは、もの言いたげな表情だ。マリエラ自身も軽率だったかも知れないと思う。でも、なんとなく、『そうするもの』だと思った。200年前の防衛都市の広場で、ポーションを売りながらお腹を鳴らしたマリエラに、自分の昼食を半分分けてくれた人がいたな、と思い出した。
(あの昼食を返せたのなら、いいんじゃないかな)
マリエラは、漠然と、そんな風に思った。
手付けとして金貨1枚を支払う。明日、契約を交わしてから仕事を始めるので、朝のうちに来て欲しいと言われた。合鍵を渡すのも契約後で良いそうだ。
ゴードンさんに、「一緒に木材を選びに行くか」と誘われたが、お任せしますと断った。木材の良し悪しなど分からないし、どんな仕上がりになるのか、想像も付かない。
「居心地のいい感じで。」という条件に、「わかった」とゴードン、ヨハン親子はうなずいた。
夕暮れまで、まだ2刻ほどある。商人ギルド 薬草部門長のエルメラは、冒険者ギルドの売店に薬が売っていると言っていた。ちょっと市場調査していこう。
卸売市場を来た時と逆に抜けて、迷宮北東出口のそばの冒険者ギルドに向かう。板ガラスを作るなら、いくつか準備するものがある。ついでに買い足しておく。
『冒険者ギルド』というだけで、なんだか少しおっかない。入った途端に、怖いおじさんに「子供の来るところじゃねぇんだぞ」とか恫喝されそうだ。
恐る恐る中に入る。商人ギルドよりロビーが広く、受付カウンターが複数並んでいる。あちこちに大きな看板が下がっていて、『←素材買取所』、『↑依頼受付』、『掲示板→』、『売店→』等と、絵つきで表示してある親切設計だ。
まだ迷宮から戻っていないのだろう、冒険者らしき人影はまばらで、端に置かれた椅子に座ってだべっているか、掲示板を見ているか。マリエラたちには見向きもしない。
絡まれなくて良かったと、安堵しかけたその時、中年の冒険者らしき男性が近寄ってきた。
「どうした、嬢ちゃん、依頼だったらこっちだぜ!」
ニカっと笑うと白い歯が光る。ついでにつるりとした頭も光る。
(そうだよねー、依頼する側に見えるよねー。)
新米冒険者と思われるかもしれない、なんて、厚かましい。どう見ても『お客さん』だ。「売店を見に来た。」と答えると、「それなら、あっちだぜ!」とずびしと指し示された。ただのおせっかいさんだった様だ。お礼を言って売店に向かう。
売店には初心者向けの武器や防具、ロープやランタン、携帯食等が置かれていた。薬も3棚分ほど陳列されており、上に大きく分類が、こちらも絵付きで書いてある。『傷薬』、『血止め』、『飲み薬、その他』。実に、雑な分類だ。
傷薬だけでも複数種類があるのかと思ったら、製作者が違うようだ。成分などは書いていないが、製作者によって材料も効果も違うのだろうか。傷薬や血止めのほとんどが軟膏らしく、軟膏缶に入れて売られていた。
飲み薬は、毒消しや気付け薬、解熱薬、下痢止めと言った、一般家庭の常備薬らしきものまでおいてあった。ポーションのような液状の薬は少なく、丸薬が多いようだ。薬の種類と価格帯を確認しておく。
「何をお探しですか?」
売店の店員さんに声を掛けられた。やさしそうな美人のお姉さんだ。ちらと見た受付嬢もそうだったが、きれいな人が多い。冒険者は血気盛んな男性が多いから、すんなりやり取りができるよう、見目の良い女性をそろえているのか。よく見ると、一定の距離を保って厳つい男性職員が待機している。トラブルが起こったら、出張ってくるのだろう。
「傷薬は、どれが一番よく効きますか?」
「この辺りが、人気の商品ですね。」
薦められたのは、高級そうなパッケージで、傷薬の中では単価の高いものだった。『高くて高価そう』なイメージで売れている気がしないでもない。値段は、銅貨50枚。200年前の防衛都市の物価で、低級ポーション10本分だ。軟膏だから、薄く塗れば手のひら10個分くらいの面積にぬれそうだから、妥当な値段なのかもしれない。
ひとつ購入して売店を出る。
掲示板の前を通り過ぎると、ジークが一枚の掲示物を見つめていた。
『実技講習のご案内』
コースごとに分かれた講習会らしく、迷宮の浅い層を探索しながら、採取や魔物について学ぶコースや、武器の種類毎に訓練を行うコース、初級魔法のコースや、探索者に多いスキルについてのコースが箇条書きにされている。どれも冒険者ギルド指定のインストラクターがマンツーマンで実技指導をしてくれるらしい。
半日の指導が隔日で計5回行なわれて、お値段はどれも大銀貨1枚。プロのマンツーマン指導付きならば、安いんじゃないだろうか。
「マリエラに、もらった、大銀貨で、これを受けても、いいだろうか」
ジークは剣の使い方を学びたいらしい。
「俺は、弓しか、使えない。弓は、もう。」
ジークの右目はつぶれて見えない。今のマリエラには治すこともできない。
『利き目』が無く単眼であれば、照準が狂い距離感がつかみにくくなるのだろう。
だから、新しく戦い方を学びたいという、ジークの希望を止める理由などない。
受付に申し込みに行くジークの後を、マリエラは付いていった。必要なものがあっても、ジークは遠慮して言い出さないかもしれない。一緒に聞いておきたい。
受付で、実技講習を受けたいと話すと、
「おぉ、実技講習の受講者か!俺が講師のハーゲイだぜ!」
つるりとした頭に西日が反射してまぶしい。ハゲ、いやハーゲイと名乗ったのは、さっき売店に案内してくれた中年男性だった。名前が憶えやすい。
おせっかいさんではなく、冒険者ギルドの職員だったようだ。いつから講習を受けられるのか聞くと、
「生憎と、遠征が始まるまでは予約がいっぱいだ。4日後以降なら空いてるぜ!
エモノは用意してるから、動きやすい服で来てくれや!」
と、ニカっと白い歯を出して言った。
「遠征に行くのは、迷宮討伐軍ですよね?」
どうして遠征前に、冒険者が実技講習を受けるのか。
「そりゃ、稼ぎ時だからな!いつもより深いところに潜るから、鍛えたいヤツはたくさんいるのさ!」
迷宮討伐軍は、迷宮の最深部を目指して遠征する。迷宮討伐軍を迎え撃つため、最深部の魔物が増え、浅い層ではその分、魔物の湧く数が減る。群れで襲われるリスクが減るので、冒険者たちはいつもより深い階層まで潜るのだという。戦闘力のない生産職までも、冒険者を雇って迷宮に潜り、採取活動を行なったりする。
人間が一所に集まりすぎると、稀に通常より強い魔物が湧き出るから、冒険者ギルドでは、これを倒すための上級冒険者を派遣する。
上級冒険者の活躍を観戦できる機会も多く、新人や、下級冒険者達の楽しみでもある。
遠征期間中は迷宮都市全体が、祭りのような活気に包まれるそうだ。
「4日後の朝に、北東の大通りを迷宮討伐軍がパレードしながら迷宮へ向かうから、見てから訓練を受けに来るといいぜ!」
ニカっと笑って、ハーゲイが教えてくれた。