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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
210/298

27. 首飾り

(なんて、酷い記憶……)


 こんな記憶なんて、取り戻さない方がエドガンは幸せだったのではないか。

 そんな風に思いながら、ゆっくりと起き上がるマリエラの目に飛び込んできたのは、大泣きしながらエドガンを抱擁するジークの姿だった。


「エドガンー! エドガン、お前、辛かったなあぁぁぁぁあ!!!」

「うぉう、ジーク。オレ、そう言う趣味は……」

「言葉も戻ったんだな! よかった! よかったー!!」

「お……、おぅ……」


 一時期過酷な奴隷生活を送っていても、もともとお坊ちゃん育ちなうえ、生来の気質としてジークは感受性が豊かな男だ。命を救ってくれたマリエラを女神だ運命だと傾倒してしまったり、いろいろ面倒くさく思い悩んだり忙しい男なのだ。


 黙っていても女性が寄ってくる時期が長すぎたのか、それともマリエラ観察に忙しいのかは分からないが、普段は無口で無表情だから、精神状態もフラットなのだと思われがちだがそうではない。

 黙って何かに熱中していても動きがコミカルで面白いイメージのマリエラの近くにいるせいで、相対的に冷静沈着な男に見えているだけだ。実際は、『精霊眼』が発現しただけあるというべきか、彼の精神性はマリエラよりも繊細で豊かだ。


 逆にマリエラの方が鈍感で、今まで見たユーリケたちの記憶も炎の精霊のものと思われる過去の災厄の記憶も、すべて記憶の再生として認識していて、悲惨な記憶を痛ましいものと心を痛めても感情移入し過ぎることはない。もっとも、高位の錬金術師でもあるマリエラは生命の存在を視覚や聴覚と言った五感だけでなく、《命の雫》のありようで認識しているから、映像だけでは感化されにくいのかもしれないが。


 過去の記憶を、『他人の過去にあったこと』と切り分けて考えてしまえるマリエラと違って、ジークはすっかり感情移入してしまったようで、さっきから、わんわかわんわか大洪水だ。

 マリエラが抱えていたはずのサラマンダーまでジークにつられてしまったのか、エドガンの肩に上って慰めるようにエドガンの頬をぺろりと舐めている。


「ジークよー、ちょっと落ち着けー?」

「だって、だって、エドガン。もしマリエラがあんなめに遭ったなら、俺ならきっと耐えられない……!!」


 どうやら、エドガンの記憶の中で非業の最後を遂げた女性たちを全部マリエラに置換してしまったらしい。脳内とはいえ、マリエラをひどい目に合わせ過ぎだ。どうせならピンチになる前に颯爽と助けるところまでセットで妄想頂きたい。


「まぁ……仲がいいのはいい事だよね。エドガンさんも、少なくとも人間に戻ったわけだし?」

 マリエラが寝ずに番をしてくれたユーリケを振り返りながらそう言うと、ユーリケは軽くうなずいて、“人間に戻った”かどうか確認するようにパァンと鞭を打ち鳴らした。


「エドガン、ジークもその辺にしとくし!」

 ユーリケの一声に、ジークは我に返っていそいそと身だしなみを整えマリエラのそばに移動したけれど、エドガンはシャキーンと直立不動で起立したから、まだちょっぴりだけ猿な部分が残っているのかもしれない。



 ともかく、作戦を実行できる十分な戦力がようやく揃った。

 ジークとエドガン。二人のAランカーが揃ったわけだ。


 この二人が揃ったならば、過酷な素材集めが始まらない訳はない。


「よかったよ、これで何とかなりそうだよ!」

 にこにこと笑顔のマリエラは、二人に頼めばなんでも手に入ると思っているフシがある。


「えーと、マリエラちゃん? オレたちに何をさせるつもりかなー?」

 過去にさんざん素材集めに駆り出されたエドガンは、恐る恐るマリエラに聞く。

「今回は雪山じゃないから大丈夫だよ! まずはね、木材が必要なの」

 ニコニコと無邪気な笑顔のマリエラと、ニマニマと邪悪な笑顔のユーリケ。

 寒くなければ大丈夫なのか。マリエラの基準がよくわからないが、二人の笑顔を壊すことなど、そんな恐ろしいことがジークとエドガンにできるはずがない。


「マリエラ、まかせておけ! 俺たちがなんでも手に入れてくるからな」

「ちょ、ジーク、お前、安請け合いし過ぎ……」

「エドガン? マリエラの依頼を受ける前に俺に一言あっても良かったんじゃないかと思うんだよなー」


 エドガンの境遇に涙したジークであったが、自分に一言の相談もなくマリエラの家出依頼を受けたことを、まだ根に持っているらしい。


「そういえば、私、ジークに怒ってるんだった」

 ジークの不用意な発言に、マリエラが思い出したようにつぶやく。


「ここを脱出できたら、ちゃんとオハナシしようね、ジーク?」

「はい……」

 マリエラの方も、こんなところまで迎えに来たジークをそのまま許してはくれないらしい。


「プー、ジーク、墓穴~」

「黙れ! エドガン、行くぞ!」

 ジークはマリエラの笑顔にびくつきながらも、エドガンを捕まえて南東の塔を出かけて行った。

 こうして毎度のことながら、二人の過酷なハンティングが始まった。



 *****************************



「うっわ、デカ! うっわ、キモ!」

 ひゅんひゅんと鋼鉄のような蔦が飛び交う中、壁さえも足場に縦横無尽に攻撃を回避しつつ隙を伺うエドガンと、無言のままにビシビシ巨大毛虫を狙撃するジーク。


 二人がいるのは南側1、2階の中央にあるエントランス。

 そう、“首飾り”の部屋だ。


 “首飾り”。トレントなどに代表される樹木の魔物の亜種。

 樹木に多くの種類があるように、樹木の魔物の種類も数多く、中には歩行する個体も存在する。


 “首飾り”は歩行しないが、寄生させた蔓植物を触手のように自在に操り、鞭のように獲物をからめとってはその身に飾る悪趣味な魔物だ。この蔓は鋼のように硬質で、1本ずつならエドガンならば断ち切ることは可能なのだが、 “首飾り”の幹にぐるぐる巻きつけられると、鎧代わりとなって攻撃を阻む。


 さらに悪趣味なことに、この個体は枝葉に大量の毛虫を飼っていて、枝からふるい落とされるとたちまち1~2メートルに成長して襲い掛かって来る。毛虫自体は大して強力な魔物ではないが、生理的に受け付けないビジュアルと、毒の棘のお陰で、エドガンのような軽装の近距離攻撃型はなるべく近づきたくない魔物である。


「“首飾り”の木材はとっても丈夫ですごく柔軟性があるから、ぴったりだってドニーノさんも言ってくれたの」

 ドニーノの木材うんちくをそのまま語って、ジークたちを送り出したマリエラ。


 そりゃあ、あれだけの大木で、歩きはしないが動く樹木の魔物なのだ。丈夫だろうし、動くんだから柔軟性もあるだろう。

 木材としてみたならかなりの高級品だろうけれど、それに見合った討伐難易度の魔物である。


 鞭のように繰り出してくる寄生植物の触手も厄介だけれど、この個体は大量の毛虫を使って攻撃してくるのだ。こんな魔物を、一体どうやって倒せばいいのか。

 炎で焼き尽くしたり、雷を落としたりすれば討伐自体は難しくない。けれどそれではせっかくの木材まで駄目になってしまう。



「ぎゃっ、ジーク、ちっとは気をつけろよ! 汁が! 汁が飛んでくるー!!」

「しかたないだろ! この殺虫ポーションの特性なんだから!」


 マリエラが毛虫対策に持たせてくれた殺虫ポーション『虫爆弾』は、効果を高めるために本来低級ランクの物を特級の基材で配合した、つまりは効果のブースト量だけ特級並みにしたマリエラのアレンジが加わったものだ。


「魔の森は虫もたくさんいたからね、薬草園を守るために殺虫ポーションはいろいろ工夫したんだよ。特級まで威力を高めたのは初めてだけど、効果は絶対あるはずだから!」

 殺虫ポーションを渡してきたマリエラの自信を裏付けるように、このポーションはたいそう高い効果を示した。


 ボン、ボン、ボボン! と、ポーションを浸した矢が刺さった毛虫が、端から爆発するほどに。


 毛虫が爆発するたびに、黄色い虫の体液が辺りにプシプシとスプラッシュする。

 惨劇だ。

 巨大な毛虫を一撃で倒すには多少なりと『精霊眼』の力が必要だったろうから、毒矢で仕留められるこのポーションは、魔力消費を抑える上でとても役に立ったのだけれど、製造禁止にしたほうがいい。


 少なくとも、遊び半分で虫を殺す子供が手にしようものなら、大喜びで虫爆弾遊びをしてしまいそうだ。

 もっとも魔の森の小屋に暮らしていたマリエラには、虫を爆発させて遊ぶ余裕などみじんもなくて、周囲に飛散した虫の臭いで他の虫を寄せ付けない副次効果が重宝していたのだけれど。


 一体どこにそれだけの毛虫を住まわせていたのか、もしや卵から超高速で成長しているのか。次々と毛虫をけしかけてくる“首飾り”と、その毛虫を毒矢で爆発させていくジーク。

 “首飾り”の触手や、その周囲に蠢く毛虫の攻撃を躱しきれるエドガンも、同じAランカーであるジークの射撃の軌道までは読み切れないらしく、飛び上がった先でべちゃり、着地した先でまたぐちゃりと毛虫の体液をしたたかに浴びている。


「この汁、臭せっ! 虫汁くせー! 聞いてんのか、ジークー!! まさかわざとじゃねーだろうなー!」

 ウキーと怒るエドガンの汚れっぷりを遠目から確認したジークは、ふむとばかりに頷くとエドガンに合図を送った。


「……そろそろ頃合いか? よし、エドガン、援護する。“首飾り”を仕留めるぞ!」

「へ!?」


 同時に“首飾り”に向けて放たれる何本もの矢。

 その矢は恐るべき精度で振り上げられた何本もの蔦に命中し、跳ね上げていく。


「今だエドガン! “首飾り”はがら空きだぞ!」

 すべての蔦を跳ね上げられた“首飾り”は、ほんの僅かな時間だけ全く無防備な状態になった。


「ナイス、ジーク! でもよ、毛虫が……って、あれ!?」

 そして、どうしたことだろう、毛虫の魔物は近くにいるエドガンを避け、遠くで弓を構えるジークに向かって押し寄せているではないか。


「そうか! 虫汁の臭いを嫌って……」

「早くしろ、エドガン! 俺が毛虫を引き付けている間に!」

「!! わかったぜ、ジーク!!」


 ここは俺が引き付ける、だからお前が止めを刺してくれ――。

 なんだか友情物語っぽい展開だ。お猿なエドガンが好みそうなセリフでもある。

 王道っぽい展開にすっかり調子が上がったエドガンは、わき目もふらずに“首飾り”へと切り込んでいった。


「《我が左腕は疾風(しっぷう)の座、我が右腕は金剛の座 宿れ 双属性剣《デュアル・エレメンツ・ソード》》」


 双剣を地属性で硬化し、風属性で勢いを増して、“首飾り”の幹へと叩きつけるように切り込んでいく。その切れ味は鋼のごとき蔦を断ち切り、その勢いはまるで斧が大樹を削るようだ。

 しかし、動物であったなら、肉を切り裂き骨まで絶っただろうその一撃は、“首飾り”という樹木相手には、深手にすらなり得ない。


「浅かったか!!」


 せめて痛みがあったのならば、攻撃の手が緩むこともあったのだろう。けれど“首飾り”に痛覚はなく、さらに厄介なことに怒りの感情だけは備わっているようだ。


 醜くゆがんだ樹皮の裂け目のような、吊り上がった眼をさらに釣り上げ、醜い口をゆがませて、“首飾り”は幹に巻き付けていた蔓をすべてほどいて、射程距離にいるエドガンに向けて全力で打ち付けようとのけぞるようにその身を逸らした。


「ちいっ!」

 ジークによって跳ね上げられた蔦は、すでにエドガンを打ち付けるべく軌道を変えている。これらの初撃を避けたとしても、幹を覆っていた蔦がエドガンを逃しはしまい。

 網のように広がって行く手を遮る蔦の襲来に、それでも起死回生の一手を探るエドガンは、逃げられぬなら倒すのみだとばかりに、“首飾り”への次の一撃を身構える。

 今、“首飾り”は全ての蔦を攻撃に回して、その幹はがら空きなのだ。

 今なら、エドガンの双剣は、より深く“首飾り”の幹をえぐるに違いない。


 エドガンの一撃が“首飾り”の幹をえぐるのが先か、“首飾り”の蔦がエドガンを叩き伏せ、体中の骨を粉々に打ち砕くのが先か。


 ヅドム。


 決死の瞬間、エドガンの剣戟でも“首飾り”の蔦の打撃音でもない、鈍く強い音が響いた。

 エドガンと“首飾り”の生死をかけた緊迫の一瞬は、ジークが放った精霊の矢によってあっけなく終わりを告げていた。


「……え? あれ?」

 突然の終わりに啞然としながら、幹の上部、目の上にある枝の付け根当たりから矢を生やして動かなくなった“首飾り”を眺めるエドガン。振り上げられた蔦は、重力に引かれるままにばらばらと枝葉に絡まりつつ落下している。


 ジークムントは待っていたのだ。“首飾り”の幹を守る蔦がほどかれる瞬間を。

 “首飾り”が幹をのけぞらせ、枝の付け根、普段なら蔦で覆われ枝葉で隠されている弱点、魔石のありかをさらす瞬間を。


 どんな魔物であっても、必ず魔石が備わっている。

 コンパクトで持ち運びやすく、高値で取引される魔石は、魔物狩りにおける重要な戦利品であると同時に、魔物の力の源で、急所でもある。

 魔石を射貫かれた“首飾り”は、ただの一撃で魔物としての生を終え、ただの樹木と化してしまったのだ。


 その場所は個体によってまちまちで、種類によっておよそこの辺りという目安は知られているものの、死体を解体しなければ正確なありかは分からないし、魔石を砕いてしまうなど、狩りの成果が半減しかねない行いだから、今回のように素材優先の状況でなければまず考えない芸当ではある。


 もちろん、ジークの『精霊眼』だからこそ、魔石のありかを探り当て、ほんの一瞬さらされた急所を射貫くことができたのだけれど。


「なー、ジークぅー? これって、計画通りってやつかなー?」

「くっ、エドガン、まだ毛虫が残ってるぞ! 助けてくれ!」

 数メートルの目前まで迫ってきた毛虫を、ビシビシと危なげなく打ち抜き、飛んでくる虫汁まで華麗にかわす余裕がありながら、エドガンの質問には答えないジーク。


 毛虫の大軍を相手にピンチを装ってはいるのだけれど、何ぶん演技が下手すぎる。


「止めはさー、まー、いいとしてもよ? もしかしてもしかすると、虫汁がオレに掛かるように毛虫仕留めてたんじゃね? なー、ジークぅー」

「おっと、危ない! 毒棘が!」

 ジークの台詞が棒読みだ。

 ちなみにジークを襲う毒棘は、弓の一振りで巻き起こった風に払われジークに全く届きはしない。魔力を節約するために『精霊眼』は少しだけしか使っていないが、精霊的な便利機能のお陰で、ジークは余裕の戦いだ。


「お前なんて、お前なんて、虫汁にまみれてマリエラちゃんにふられっちまえー!!! 《ウィンド・エッジー》!!」

「縁起でもないこというなー!! もとは、エドガンがマリエラを連れ出したのが悪いんだろ!! 《ウィンド・ウオール》!!」


 ぎゃあぎゃあ、わあわあ。

 男たちの“首飾り”戦より過酷でくだらない争いは、大量の毛虫が全て潰され二人が虫汁にまみれるまで続けられた。


 “首飾り”は倒したものの、虫汁まみれで戻った二人は、マリエラとユーリケに臭いと言われて、マリエラが臭い消しのポーションを錬成するまで、塔の部屋にも入れてもらえず、二人仲良く廊下に立たされることになった。





ざっくりまとめ:ジークとエドガン、仲直り。

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