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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
207/304

24.運の悪い男

 ジークムントは運が悪い。


 見た目も頭も悪くはないし、戦闘能力もAランク。

 性格は、合う合わないが人によってあるものだけれど、(おご)らず(たゆ)まず(おこた)らず、マリエラが堅苦しく感じない程度に清廉で、マリエラが不安を感じない程度に誠実で、マリエラがよそ見をしない程度に魅力的な男であろうと心掛けてきた。

 少なくとも本人はそのように思っているし、表面上は狙った通りに振る舞えているのだろう。


 だから彼を多少は知っている、という程度の間柄の迷宮都市の人たちは、理想的な好青年だとジークの事を考えている。

 肝心のマリエラはと言えば、ジークが己を良く見せようとせっせと取り繕っていることなどお見通しなのだけれど、化粧した顔とすっぴんの顔くらいの認識で、どちらも好意的にとらえている。


 つまり、マリエラも含めた周囲の人間からは、ジークムントはかなりの高スペックな男性として認識されているのだ。


 そんなジークの一番残念な点を挙げるとすれば、マリエラの事となると若干常識の範囲を逸脱しがちな性格よりも、彼の運の低さがあげられるだろう。


 今回マリエラを怒らせてしまったのだって、釈明の余地は十分あるのだ。大変不幸なめぐりあわせが重なって、弁解のタイミングを失ってしまっただけで。


 しっかりと説明し、心から謝ればマリエラはきっと許してくれる。

 そう思ってこうして魔の森の奥深くまで追いかけてきたというのに……。



「ここは……、塔!?」

 自分は確か魔の森の沼地にいたはずだ。そこにある祠の扉に手をかけた瞬間、まるで地震でも起こったような感覚がした。激しい眩暈に前後不覚になるようなそんな感覚に思わず目を閉じ、そして開いた時にはジークは塔の中にいたのだ。


 いくつもある塔の窓からは湿った空気が吹き込んできて、外は星一つ見えない真っ暗闇だったけれど、はるか下方からマリエラの魔力が微かに感じられた。


「!! マリエラ、すぐに行く!」

 丸い塔の内壁に沿って螺旋に続く階段を、半ば飛び降りるように駆け下りるジーク。


「扉が二つ……。どっちだ!?」

 扉のある階層――、ジークは知らぬことだが4階に、驚くほどの速度で到着したジークは、しかしぐるぐると回る螺旋階段にマリエラのいる方向を見失ってしまった。


「魔力は……、ダメだ。拡散し過ぎて……」

 外では魔力によって起こされたのか暴風が吹き荒れていて、特に魔力を使っているでもないマリエラの魔力はかき消されて感知できない。ならば視覚でと『精霊眼』を発動しながら適当な窓から外の様子をうかがうと、そこには広い中庭のような場所と、その中央にそびえる神殿のような建物が見えた。


「!? ぐっ」

 ジークの『精霊眼』が中央にある神殿を捉えるや、ぐぐうっと引きずり出されるように精霊眼を経由して魔力が神殿へと吸い込まれていった。

 同時に神殿を中心に、この世界全体に濃い水の気配が急激に高まっていく。


「水!? いかん、閉じ込められる!」

『精霊眼』が映し出した水の満ちるイメージに、ジークはとっさにこの場を離れなければと考える。今いる場所は塔の中、両側に二つの扉がある部屋だ。下に続く階段もあるけれど、この塔にマリエラはいないから、下へ向かう選択肢はない。


 右か左か。どちらかの扉の向こうにマリエラがいるに違いない。


 窓から吹き込む風はますます水の気配を増していて、一刻の猶予さえジークに与えてはくれない。


「マリエラ! 俺を導いてくれ!!」

 ジークは意を決して一方の扉へ駆け寄ると、扉の外、外壁上の通路へと飛び出した。


 外は霧というには濃すぎるほどの湿気た空気で満ちていて、呼吸もままならないほどだ。しかもジークのいた塔と隣の塔を繋ぐ壁は崩れてかなり距離がある。反動をつけて飛び移ったとして、今いる4階からむき出しとなった3階の廊下へ飛び移るのが精いっぱいだろう。つまり、一度飛び移ってしまったら、この塔へ戻れるかはわからない。


 それでもジークは選択したのだ。

 マリエラに続いていると信じて、この扉を選んだのだ。

 そしてもう、選びなおす時間はない。


「ええい、ままよ!」

 と隣の塔へと続く廊下に飛び移り、そのまま廊下を駆け抜ける。


 体にまとわりつく空気の重さに、自分の周囲にあるものがどんどん水に近づいていることを理解する。

 辿り着いた隣の塔の扉が壊れていたことは、ジークにとって唯一の幸運だったかもしれない。そこに辿り着いた時には辺りは水で満ちていて、もし扉が壊れていなければ水圧で開けることもできなかっただろうから。


 何とか塔の中に滑り込んだジークは、空気を求めて上階へと泳ぐ。

「ぷは、部屋は浸水しているが、塔の上部は浸水しないのか……」


 浸水していないなら、きっとこの塔を上った先にマリエラがいるに違いない。

 ジークムントはそのように考えて、そのように己の運を信用して、呼吸を整えることもせずに螺旋階段を駆け上がる。


 この先にきっとマリエラがいるはずだ。

 なんて言って謝ろう。なんて言って説明しよう。

 いや、彼女のことだから、ここまで追ってきたというだけで、温かく俺を迎えてくれるかもしれない。


 あぁ、きっとそうだ。

 きっと、あの笑顔が見れるはず。


 マリエラ、マリエラ、マリエラ……。






 ジークムントは運が悪い。

 少なくとも、周囲の笑いをとれるくらいには。


「ウッキー」


 塔を駆け上がったその先で、マリエラではなくウキウキ言ってるエドガンを見つけたジークの表情は、その場に居合わせたグランドルとドニーノに、「この仕事を受けて良かった」と思わせるほどに面白いものだったという。



 *****************************



「ウキー?」

「……マリエラ」

「ウッキー、ウキキ!」

「……マリエラ」


 猿と化したエドガンと並んでジークも珍獣の仲間入りか。

 一つも記憶を取られていないというのに、あまりのショックに正気を失ってしまったのだろうか。


「マリエラ、俺を導いてくれ」も何も、そんなミラクルなパワーはマリエラにはないし、何より、怒らせて家出中のマリエラがジークを導く理由はないのだ。

 ここに『木漏れ日』の常連たちがいたならば、ジークの甘ったれた思考回路を肴にティータイムとしゃれこんだに違いない。


「そんなに気を落とすなって。こっちに来ちまったのは、まぁ、残念だったとしか言いようがねぇが、夜になりゃあ外に出られるんだ。嬢ちゃんともじきに合流できるさ」

「そうですぞ。こんな場所まで迎えに来てもらって、喜ばない女性はおりませんぞ」

「ウキ!」


 落胆の色を隠せないジークを慰めるグランドルとドニーノ。なかなかの紳士ぶりである。最後の一匹は全く持って邪魔なだけだが。


「マリエラは無事なんですね……」

 ようやく顔を上げ、蚊の鳴くような声で尋ねるジークに、グランドルとドニーノは、おぉ、人語をしゃべったぞ、と心の中で思いながらも、「無事だ。元気にしている」と状況の説明を始めた。



「つまり外に出られるのは夜の間だけで、しかもその時間は短いと」

「そういうこった。ユーリケたちとは南東の塔で落ち合う手はずになってる」

「ウキ」


「敵の情報は? 黒い粘体以外には?」

「普通の魔物もおりますぞ、昼間に発生・成長するのです。あの黒いのとは敵対してるようでして、黒いのに優先して襲い掛かるのですぞ」

「ウッキ」


「では、問題は黒い魔物の量だけか……」

「いや、黒い魔物の親玉みてぇのも何体かいるな。

 めぼしい敵は片付けたんだが、中庭にとんでもねぇのがいやがんだ。今は石化したラミアが押さえつけてくれてるんだが、何夜持つかはわからねぇ。まぁ、ジークが来てくれたんならどうにかなると思うがな」

「ウッキィー」


 情報を交換し合うジーク、ドニーノ、グランドルと、いちいち「ウキ」と猿語で絡んでくるエドガン。

 いや、もしかしたら会話に参加しているつもりなのかもしれないが、わざわざジークの視線の先に移動しては、顔をのぞき込んでくるから鬱陶しいことこの上ない。


「……エドガンは、記憶を失くしているんだよな?」

「……」

「……」

「ウキウキ!」


 黒い魔物に取りつかれると記憶を失うことについては情報を交換済だけれど、エドガンの状態に関してはエドガン以外答えようがない。

 ドニーノとグランドルも先の夜の間にこの塔にたどり着いたばかりだ。


 ジークと友達であったことを僅かばかりでも覚えているからなのか、それとも究極の二択に見事敗れて、開けた扉の先にエドガンの姿を見定めた時のジークの絶望の表情に、全力でからかいに来ているのかは分からないが、先ほどからエドガンはジークばかりにまとわりついている。


 迷宮の討伐以来、来るもの拒まず去る者追いまくりだったエドガンが唯一まともであったことは、人妻や恋人のいる女性には手を出さないことだったのに、いくら依頼で仕事だとしても、ジークの下からマリエラを連れだしたのだ。これは、万死に値する。


 まぁ、万死に値すると思っているのはジーク一人なのだけれど、ジークの友達だというなら、マリエラを説得するなり、ジークに声をかけるなりしてくれてもいいだろう。


 いくらジークに非があるといえ、喧嘩してから家出実行までわずか数時間の出来事なのだ。申し開きの機会も得られなかったジークは、エドガンとの交友関係を見直そうかと本気で考えていた。

 とはいえ、今は何を言っても通じはすまい。


 ウキウキと楽しそうなエドガンをちらりと見たジークはため息を一つ吐く。

「まぁ、中央の精霊の神殿にたどり着ければ、エドガンもどうにかなるだろう」


 ジークの何気ない一言に反応したのは、ドニーノとグランドルだ。

「精霊の神殿?」

「ここは精霊の世界ということですかな?」

「ウキキ?」


「あ、あぁ。恐らく水の精霊だろう。精霊眼で神殿を見た瞬間に魔力を随分持っていかれたから、かなり高位の精霊だと思います」

「ウッキー」


 さらっと、重要な情報をもらすジークと、ウキウキとシリアスをぶち壊すエドガン。ウキウキと鳴いているのか、ウキウキご機嫌状態なのか。それ共両方なのだろうか。どちらにしてもそろそろ猿の相手も飽きてきた。

 グランドルとドニーノは納得がいったとばかりに、「だから水が満ちている間は黒い魔物が来ないのか……」などと話し合っている。


 そんな二人と、二人を眺めるジークの視線に入り込もうとうろつくエドガンを遠い目で見ながら、ジークは夜の訪れを今か今かと待っていた。




ざっくりまとめ:ジーク、マーフィーの法則発動!

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