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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
203/304

20.水底の刻

 マリエラたちが沼地の祠に辿り着き、皆でロープを引っ張って祠の扉を開けようとした時、グランドルは最後尾でロープを括り付けられて重装鎧のまま鎮座ましましていた。


 重石代わりだ。


 この時、重装鎧を脱いでいたなら、グランドルが中庭の水底に何日も沈んだままになることは無かったのだろうが、動けはしないがなかなか快適な重装鎧の中でのんびり寛いでいたグランドルは、重装鎧のまま一同もろともにこの水の世界に引き込まれてしまった。


「おおぉ。何事ですぞ?」

 重装鎧から水底に沈んでいく一同を眺めるしかないグランドル。

 脱出しようと試みるも、水圧のせいなのか、自力で鎧を空けることもできない。


 一つ不思議だったのは、この重装鎧、高性能ではあるけれど、視界部分は開口しているし関節部分だって密閉構造になっていないのに、水が入ってこないということだ。

 これはどうしたことだろうと冷静に様子を伺っていると、仲間たちは沈む、というより運ばれていくと言った方がいいように同じ方向へ、6本の塔と城壁が取り囲む、見たこともない様式の神殿へと流されていくではないか。


 神殿が近づくにつれ一人、また一人と塔の最上階へと運ばれていく仲間たち。

「全員が異なる塔の最上階に運ばれていくようですな。ふむ、私はあの塔ですか」

 仲間たちは水に飲まれて意識がないのか、水流に逆らうこともなく塔の上階に開いた窓から塔の中へと消えていく。

「さして複雑な建物でもない様子。これならすぐに合流できますぞ」

 グランドルがそう呟いたその時。


 ゴン。


 グランドルの重装鎧が塔の窓につっかえた。

「おや? 入りませんぞ?」

 重装鎧は重いのだ。すいーっと斜めに運ばれて、窓からするりと塔にエントリーするはずが、ゴツンと塔に引っ掛かり、そのままグランドルは塔の外壁をがりがりとこすりながら、中庭の一階へと落ちていった。


 グランドルが装備していた重装鎧は、黒鉄輸送隊の仲間内から箱鎧などと揶揄さている、一見すると重装兵が纏うような全身金属製の不格好で厳つい鎧である。


 しかもサイズがバカでかい。細身のグランドルが二人は入れるほどのサイズで、身長だってあっていないし、表も裏も関節部分も全て板金製である。


 詳しい者が見たならば、本来動きやすさを考慮して作られるべき関節部分の構造が、特殊であると気付いただろう。

 実はこの鎧、着込んだグランドルが動かすことが全く想定されていない。

 ラプトルに騎乗させた状態で固定され、ラプトルの動きに合わせて自動で関節が稼働して、バランスを取る高性能さで、一応自分で脱出することができる造りになってはいるが、グランドルからしてみれば箱詰めにされているのと変わらない。


 どうせ、盾も持てないほどか弱いグランドルだ。それなりの装備でも動けなくなるのだから、いっそのことどこから狙われても生き残れるようにと、ドニーノが趣味を全開に作り上げたのがこの重装鎧だ。


 グランドルに不便を強いる代物だけれど、その分居住性は考慮されていて、内側はふかふかの内張りがしてあるし、少量ではあるが備蓄食料も内蔵している。物資のやり取りをする小窓まで付いた、鎧型の箱なのだ。


 幸いこの中庭には食べられる水草も生えていて、もともと食が細くて菜食中心のグランドルが飢え死にすることは無かったけれど。


「暇ですぞ……」

 昼間は水が満ちていて、水圧で鎧から出ることができないし、夜になったら黒い魔物がまとわりついてこれまた外には出られない。幸いグランドルの盾スキルは黒い魔物にも有効なようで、黒い魔物が鎧の隙間から入って来たり、攻撃されたりはしなかったけれど、グランドルがこの場から抜け出すことはできなかった。

 そんな彼を慰めてくれたのは、小さな一匹の蛇だった。


「魔物、でしょうな。しかし、何とも愛らしいですな」

 一対の胸びれ状の突起を持つ白い蛇で、尾の先やひれ、頭のあたりが薄桃色に色づいたその蛇は、グランドルの細い腕を一周するほどの長さしかない、小さな小さな蛇だった。


 生まれてすぐ、偶然紛れ込んだのだろう。

 シャア、シャアと小さいながらもグランドルを威嚇する蛇に、携帯の干し肉を裂いて与えると、腹の膨れたその蛇はグランドルの手の中で丸くなって眠ってしまった。


 その蛇にグランドルが直接触れたのはその日だけで、翌日には鎧の開口部から出入りできないほどにその蛇は大きくなった。

 餌をくれたグランドルを親だと思ったのか、それともグランドルの鎧に巻き付いていれば攻撃を受けないと理解したのか、その蛇はグランドルに巻き付いて離れることなく黒い魔物を喰らうようになった。


 朝が来る度、魔物は生まれる。

 満ちた水の世界で、水にヘドロが舞い散るように黒い魔物が消えていき、それを生じたばかりの小さな魔物の赤子が喰らって急激に成長していく様を、グランドルは毎日眺めていた。生まれた魔物は、夜に北から雪崩れ込んでくる黒い魔物を喰らい喰らわれ、大半がその夜のうちに死に絶える。

 けれどグランドルの盾スキルに護られた蛇だけは黒い魔物に殺されることなく、日に日に成長というよりは進化という方が正確な速度で成長を続けていた。


 グランドルの細腕を一周廻るのがやっとだったその尾が、グランドルの鎧に幾重にも巻き付く様になったのは、一体何日目だろうか。

 稀に開口部からグランドルをのぞき込むその顔が、人のそれをとなったのは一体何日目だろうか。

 ラミアが苦も無く倒せていた黒い魔物を蹴散らすように、騎兵団を思わせる黒い魔物が現れたのは、一体何日目だろうか。


 ラミアは日増しに強大に、強い魔物に成長していく。

 けれど黒の騎兵団は押し寄せる戦禍のように周りの魔物も黒い魔物も呑み込んで、夜ごと戦を繰り返す。

 まるで滅することを知らぬが如く、まるで引くを知らぬが如く、まるで愚かな人の生む戦禍の如く。黒い戦禍は押し寄せる。


 夜が明けて、水が満ちると黒の戦禍は水に溶けるを厭うが如く体を丸めて動きを止めるが、夜が来る度、目覚めてあたりを蹂躙する。

 戦の歴史が語るが如くその動きは夜を経る度研ぎ澄まされる。どれほどラミアが力を付けても、黒い戦禍を倒すことはできない。


 そんな夜が、一体何日繰り返されただろう。

 グランドルとラミアの前に、マリエラたちが現れた。



 *****************************



 ユーリケの背後に現れた黒い影は、まるで逆光に浮かび上がる騎兵の一団のようだとマリエラは思った。


 その場に停止していても、時事刻々と形を変えるその様子は、一体の騎兵というより複数の騎兵の集合体の様だ。

 騎馬を思わせる複数の脚を持つ影の上に、またがる人のような上半身は、槍のような長物の武器を携えている。


(侵略者……? まるで、戦争……)

 この黒く塗りつぶされた魔物が、過去の災厄の化身であると、マリエラはすでに気が付いている。

 飢餓、疫病。そして、恐らくこの騎兵団のような黒い魔物は、過去の戦禍なのだろう。


 黒の戦禍の武器がユーリケを襲うより先に、再びラミアの水の刃が黒の戦禍に打ち込まれる。

 ラミアの水の刃によって、ザックリと切り裂かれた騎兵団の前列。しかし次の瞬間には、続く後ろの列と入れ替わり、いつの間に増えたのか、まるで何のダメージも受けていないように騎兵団の規模は変わらず槍を構えるのだ。


 ラミアを敵と定めたのだろう、騎兵団の一矢乱れぬ槍撃がラミアめがけて繰り出される。

「シャアァッ、シャアッ」

 その攻撃をラミアは尾で薙ぎ払おうとするけれど、氷風のポーションで鈍らされた尾は満足に動かず、槍を受ける盾の役しか果たせない。


「マリエラ、今のうちにグランドルを!」

 ユーリケの声に我に返ったマリエラは、グランドルの重装鎧の背側に付いた扉を開けて、グランドルに呼びかける。


「グランドルさん、グランドルさん、早く!」

「これは、マリエラさん。すみませんが、ポーションを頂けますかな。ずっとこの体勢でいたもので、体が動きませんのでな」

 重装鎧から顔を出したグランドルの声はひどく小さく、細い体はさらに痩せて見える。保存食や水草で長らえていたとはいえ、衰弱しないはずはない。

 それでも、グランドルは身動きとれぬ重装鎧の中から状況を把握していたのだろう。その表情はいつになく険しく、マリエラから受け取ったポーションを飲み干すと、傘を片手に重装鎧からするりと抜け出した。


「今行きますぞ」

 ラミアの下へと駆け出すグランドル。


 ポーションで回復したとはいえ、さらに減った体重が元に戻るわけではない。地を蹴るグランドルの脚には力が入らず、僅かな動きで呼吸は乱れる。

 これほど衰弱しているのだ、ラミアと黒い魔物が戦っている隙に、一旦退却するべきだろう。


 けれどグランドルは駆け出した。

 昼に生まれる通常の魔物は、夜と共に訪れる黒い魔物を襲うけれど、マリエラたち人間の味方というわけではない。それは、“首飾り”や毛虫の魔物にさんざん追いかけられたマリエラたちが良く分かっている。

 グランドルとて元迷宮討伐軍の一員で黒鉄輸送隊として長く魔物と相対してきたのだ。魔物は所詮魔物で、相容れることは無いと理解していないはずがない。


 けれど、すべてを理解して尚、彼は駆け出したのだ。

 ラミアと過ごした数日間、ラミアと交わした視線の中に、理性にも似た、人と通じる何かを見た気がしたからだ。

 利害が一致しただけかもしれない。けれどラミアはグランドルを傷つけようとはしなかった。その強大な尾で締め上げたなら、グランドルのスキルが切れたその瞬間に彼の重装鎧はひしゃげて潰せたに違いないのに。

 それは、紳士にして『でんせつのゆうしゃ』グランドルを駆り立てるのに十分な理由であった。


「《シールド》」

 ラミアに駆け寄るグランドルに黒の騎兵団は隊列を変え、何本かの槍が降り注ぐ。

 開いた傘をシールド代わりにして、その槍撃を受け流すけれど、たった一撃受けただけで傘の布地はズタズタに裂け、衝撃でグランドルは弾き飛ばされる。


 ラミアのそばへと。


 グランドルの盾スキルは強力だけれど、彼自身は軽く非力だ。だから、攻撃を防ぐことはできてもそのエネルギーを返すことはできない。

 グランドルは受ける角度を調節して、攻撃で跳ね飛ばされる衝撃さえも利用して、ラミアの前に立ちはだかった。


「上手くいきましたぞ。《アース・ウォール》、《シールド》」


 傘はもう使えない。一般市民が採取に向かうような軽装のグランドルは、土魔法で壁を形成し、その上から盾スキルを使って簡易のシールドを築く。


 ラミアに止めを刺すはずの黒の戦禍の攻撃は、グランドルの盾スキルによって全て防がれるけれど、魔術師ではないグランドルの土壁は脆く、一度の衝撃で崩れ去る。


 土壁の崩れる土煙を目くらましに、黒の戦禍に降り注ぐラミアの水の刃。

 切裂かれ、けれど僅かほども怯む様子もなく次の一手を打ち出さんとする黒の戦禍。


 グランドルの加勢によって戦況は一時好転したけれど、後どれだけ黒の戦禍の攻撃をしのげるだろう。


「しかたねぇ、加勢するぜグランドル。おっと、威嚇すんなぃ、蛇スケよう」

 シャァッと短く威嚇するラミアを横目にドニーノがグランドルの横に並び、マリエラとユーリケも周囲に集まる黒い魔物をけん制するように火炎瓶を投げながら、ラミアのそばへと移動する。


 ラミアを狙う黒の戦禍の攻撃を、グランドルの土壁と盾スキルが防ぎ、ラミアの水の刃とドニーノのハンマーが反撃する。マリエラとユーリケはどんどん数を増していく、スライム状の黒の魔物に火炎瓶を投げつけて、囲まれないようけん制している。


 黒の魔物はよく燃える。

 中庭はすでに一面火の海で、そこに浮かび上がる黒の戦禍はまるで進撃してくる軍隊のようだ。


「!!!!!!!!!!!!!!!」

 耳をつんざく大音響が、中庭に木霊する。

 黒の戦禍が吠えたのだ。


 それは鬨の声のようであり、獣の咆哮のようでもあった。

 びりびりと空気を震わす轟音に身をすくませたマリエラがあたりをみまわしてみると、それまで軟体状であった黒い魔物がぶるぶると震えながらも身を起こし、炎の中から立ち上がっていった。


「ゴ……ブリン?」

 剣とも棒ともつかない武器を携えて、にちゃあと笑う黒い影。

 略奪の快楽に、殺戮の興奮に、蹂躙の愉悦に狂ったその姿は、襲い来るゴブリンの群れのようだとマリエラは思った。


「違うし。あれは、あんなのは、きっと人間だけだし」

 マリエラの声をユーリケが否定する。


 火炎瓶の炎など、燃料が燃え尽きる短い間しかもたない。勢いの弱まった炎を踏みつけ消し去ってマリエラたちを取り囲む軍勢など、ユーリケ一人で対処できるものではない。


 黒の戦禍の攻撃を防ぐグランドルは、魔力も体力もすでに限界近いのだろう。ドニーノやラミアの受ける傷はどんどん深くなっていき、マリエラたちを取り囲む黒い魔物たちの輪はじりじりと狭められていく。


(せめて回復を……)

 傷の深いラミアやドニーノにポーションを使おうと振り返ったマリエラは、彼らの少し先にいるはずの黒の戦禍が津波の如く押し寄せるのを見た。


 にやり。

 真黒で目鼻があるかさえ分からぬそれが、愉悦に顔を歪ませたようにマリエラは思った。


 降り注ぐ黒い槍。

 視界を埋め尽くす黒の斜線が、グランドルの土壁をたやすく打ち破り、ラミアを、そしてドニーノとグランドルさえつらぬこうとしたその時。


「ウッキー」


 空から、なにかが降って来た。





ざっくりまとめ:ウキー

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