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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
202/297

19. ジーク立つ

2でしたー。

最後の材料は一体どこに……!?

 ジークムントは焦っていた。

「マッ、マリエラッ!」


 マリエラが家出をしてさして時間も経っていない頃のことだ。

 精霊眼を全開にして『木漏れ日』の隅から隅までマリエラを探す様子に、『木漏れ日』の常連になったガーク爺が見かねて声を掛ける。

「どうしたんでぇ、兄ちゃんよ」

「マリ……マリエラッ」

「いや、それがよ。カミさんに出て行かれたらしくてよ」

「違うわよ、ゴードンさん。まだジークさんはマリ姉様にプロポーズもしていないもの」


 大して時間も経っていないのに、早速「マリエラ」としか言葉を話さなくなったジークの替わりにゴードンが説明し、学校帰りのシェリーが残酷な修正を加える。この話の流れに喰い付いたのは、奥様諜報部員のメルルさんだ。


「おや? そろそろ、プロポーズするつもりじゃなかったかい? あたしゃ、てっきり失敗してフラれたのかと思ってたよ」

「マ゛ッ!!」

 流石は情報通。もっとも触れられたくないネタを、絶妙のタイミングで仕込んでくる。


 これに顔を青くしたのはジークだ。

 迷宮が倒されてから1年。この1年は非常に忙しかったのだ。

 迷宮都市に錬金術師が増えたとはいえ、特級ポーションを錬成できる錬金術師はマリエラしかいない。彼女の希少性は依然として高いままで、マリエラを取り込もうとする輩が、誘拐を目論んだり、高圧的に出てみたり、友達を装ったり、恋人になろうとしたりと枚挙にいとまがなかった。無論そのすべてはジークが単独で、あるいはシューゼンワルド辺境伯やアグウィナス家の力を借りて阻止し、マリエラを守り切ってみせたのだが、ちょっと過保護過ぎたのかもしれない。


 何度か危機的な状態はあったはずなのに、ジークが水面下で防いだおかげで、吊り橋効果によるドキドキ感すら感じなかったマリエラは、親に守られた幼児のような健やかさで、ジークとゼロ距離で爆睡をかますまでに懐いてしまった。


 のびのびどころか伸びきっている。

 仮死の魔法が発動したのかというレベルの危機感の無さである。


 二人の仲は一見睦まじいのだけれど、新婚になってもいないのに、長年連れ添った老夫婦のような穏やかさだ。

 ヘタレすぎると言ってはいけない。その台詞は、シェリーやエミリーちゃん、メルルさんをはじめとした『木漏れ日』の常連たちが散々言っているのだから。


「このままではマズイ」と危機感を募らせたのか、「そろそろ我慢の限界だ」とちょっぴり本音が漏れだしたのか、外面では余裕をぶちかましていたジークムントはついに重い腰を上げたのだ。

 ジークは迷宮討伐から1年が経過し錬金術師育成の目処や特級ポーションのストックがそれなりに整って、マリエラの周辺が落ち着いて来たこのタイミングで、グダグダの関係を改善すべく一手を講じるつもりだった。


 その一手が失敗したのか、その前段階でやらかしたのか、『マリエラ語』しか話さなくなったジークの説明は、諜報部員のメルルさんにも理解することはできないけれど、「ジークムント、フラれる」などと言う情報が迷宮都市をかけめぐるのはジーク的に非常にまずい。何のために、今まで邪魔者を徹底的に排除して外堀を埋めまくって塀にしてきたのか分からないではないか。


「マ゛ッ、マ゛ッ、マ゛ッ、まだ……、まだだ。ちょっと喧嘩しただけだ……」

「あ、しゃべった」


 ようやく言葉と恐らく正気を取り戻したジークムントに、アンバーさんが声を掛ける。


「だったら、さっさと追いかけて仲直りしておいで! 大丈夫、誠心誠意謝れば許してもらえるわよ」

「分かった」

 アンバーさんの言葉に力強くうなずくジーク。流石はしょっちゅういらんことをするディック隊長を叱り飛ばしては、平謝りを受け入れている女傑の言うことは重みがある。


「ジーク兄ちゃん、マリ姉ちゃんの場所はわかるの?」

 こてんと首を傾げるエミリーちゃんに、ジークは「大丈夫だ。方法はある」と頷くと、裏庭へと向かっていった。


「イルミナリア! イルミナリア、力を貸してくれ!」

 ――なによぅ、もう……――

 精霊眼を無駄遣いして、精霊イルミナリアを呼び出したジークはマリエラの後を追いかけるべく急いで準備を整える。


「ジーク兄ちゃん、行動が遅いよねー」

「ねー。そもそも、温厚なマリ姉様を家出するほど怒らせるなんて、調子に乗り過ぎなのよ」

「ねー。すぐ彼氏ヅラする男は嫌われるっていうねー」

「ねー」

 エミリーとシェリー、二人の少女の聞こえよがしな会話に、「ぐぅ」と声を漏らしながらも、ジークはようやく『木漏れ日』を出立するのだった。



 *****************************



「やっぱりあった……」


 死肉の洞窟が鎮火した後、マリエラたちは1階へと進んだ。ほぼ密閉状態で炭化した洞窟を、冷やし、換気しながら進んだ一行が、南東の塔1階に辿り着いたのは正午頃だっただろうか。


 炭化した洞窟をラプトルが通れる程度に拡張してくれたドニーノや、暑い洞窟を進んだクーをねぎらうユーリケに休息を促したマリエラは、「この先は安全だろうから」と一人、塔付近の部屋の探索に出て、すぐにこの部屋を見つけたのだ。


『木漏れ日』にあるマリエラの工房があったのだ。ずっと長い時間を過ごし、錬金術を学んだこの部屋も近くにあるに違いないと思っていた。


魔の森の氾濫(スタンピード)でいきなりなくなっちゃったから……。懐かしいな」

 200年前、師匠と過ごした魔の森の小屋。

 それが、あの頃と変わらぬ様子でそこにあった。


「ここがどういう世界でも、作ったポーションが効果あるのは間違いないし、これだけ錬金術師の工房が並んでるんだもん、使える物は使わなきゃ。……っと、あったあった」

 流し台の近くにおいてある食料保管庫の上部から、布でぐるぐる巻きにした包みを取り出す。


 ひんやりと冷気が漏れ出すそれは、『氷精の口づけ』。

 霜が降りた早朝に、木の幹や窓などに張り付いている氷のような植物だ。日に当たると溶けてしまうから、冬の冷え込んだ朝は、毎日、日の出前に起き出して確認して回るのだ。


 採取は寒くてつらい作業なのだけれど、この『氷精の口づけ』を冬場に採取し夏場に加工して売れば、なかなか良い収入源になる。

『氷精の口づけ』という名前は、“氷精に口づけられると体の熱を奪われて絶命してしまう”という言い伝えによるもので、熱を奪う性質がある。

 半透明の蔓のような地上部は氷のように冷たいのだけれど、採取後に一定の熱を加えると溶けて消えてしまう。


 光にも熱にも弱い素材だから、氷と一緒に厳重に保管しなければならないが、『氷精の口づけ』の効果を高めた『氷風のポーション』は、半日程度の間部屋の空気を冷やしてくれるポーションとして、夏場によい値段で売れたのだ。


「200年前は冷房の魔道具なんてなかったもんね」

 今では冷房の魔道具が部屋を冷やしてくれるから、ほとんど需要が無いけれど、あの頃のマリエラにとっては夏場の重要な収入源だった。


「それにしても、寂しい食糧庫だなー」

『氷精の口づけ』を保管していた箱は、200年前でも旧式だった食料保管庫で、氷を入れて食料を冷やす造りになっている。

『氷精の口づけ』にスペースを取られて食料を入れる隙間は少ししかないけれど、そんな隙間も必要ないほど、貧しい食生活だった。師匠がいてくれた頃は、黒焦げの魔物肉やら、どこかから貰ってきたオミヤゲだとかでそれほどひどくはなかったけれど、マリエラ一人の生活はとても慎ましいものだった。


「師匠がいた時はもう少し色々入ってた気がするけど、でも変な魔物肉ばっかりだったなぁ……。それでもね、師匠がいた時は、毎日楽しかったんだよ?」

「キュウ」

 マリエラのつぶやきに、襟元のサラマンダーが返事をする。


 目まぐるしく過ぎ去った、大切な日々。温かかった時間。


(恩返し、しなくちゃね……)

 マリエラはその言葉を心の中で呟くと、『氷風のポーション』の作製に取り掛かった。



 そして、何度目かの夜が来る。


 窓の外が暗くなったのを確認して、エントランスへの扉をくぐるマリエラたち。ここには樹木の魔物、“首飾り”が陣取っている。

 根があるため自ら移動はできないが、鋼のように硬質な蔦を自在に操って、人の首をからめとり、その身に飾り付けようとするファッショナブルな樹の魔物である。


 過剰な装飾を好む人間の多くに見られるように、この“首飾り”も少々趣味が特異なようで、毛虫の魔物も飼っている。珍しいペットだと樹木の魔物の間で有名なのかは分からないが、マリエラたちにはたいそう評判が悪い魔物だ。特に毛虫に追われた経験はユーリケに深いトラウマを残したようで、極力戦わない方向で作戦が調整されていた。


 日が落ちた短い時間だけただの植物に戻るこの魔物を起こさないようにそろりそろりと、エントランスの中央に設けられた扉へ歩み寄るマリエラたち。

 マリエラたちの背よりも遥かに高い重厚な扉は、押すと音もなく外側へと開いた。


 外壁の上を何度も移動しているのだ、外へ出るのは初めてではない。

 けれど、重苦しい空気に息苦しさを感じる。肺の腑に満たされる空気が重く湿っているだけではないだろう。


 ここは、水の底。

 この水の世界のすべてが舞い下り、降り積もる場所なのだ。


 水気に満ちた空気に、暗い狂気が入り混じる。

 光を反射し魔物を育む水の慈愛は、今は微塵も感じられない。


 中庭の中央にそびえたつのは、半球のドーム状の天井が幾つも折り重なったターコイズの建物。光のない今は、ただただ黒く、のしかかって来るように重苦しい。

「あれは、きっと神殿だ」

 マリエラは、そう感じた。一体何を祭る神殿なのか。

 きっとそこに、すべての答えが待っているのだろう。けれどそこへ向かうのは今ではない。


「あっちだ、いくぞ」

 神殿を見上げるマリエラに、ドニーノが声を掛ける。

 神殿へ続く道を外れ、中庭の東へ。そこでグランドルが身動き取れずにいるはずなのだ。


 湿気た重苦しい空気の中を進むにつれて、まるで水底からヘドロが舞い上がるようにあたりに黒い魔物が現れる。

 どろどろと流れ込んだ汚泥が巻き上がり、湧き立つように身をもたげる黒い魔物に、マリエラたちは火炎瓶を投げつける。


「雑魚には構ってられねぇ、急ぐぞ」

 目指す先は、東の塔のたもと。重いハンマーを抱えて走るドニーノにあわせて、ラプトルに騎乗したマリエラとユーリケが黒い魔物を火炎瓶で制しながら進んでいく。


「見えたし! グランドルの鎧だし!」

「ラミアもいるぞ! 夜は短い、一気に行く!」

 グランドルに近づく一行をねめつけながら、ゆらりとラミアが顔を上げる。

 近くで見るとその大きさに息を呑む。


 シャア、シャアッ。

 威嚇音を響かせるラミアをハンマーを振りかざしたドニーノがけん制し、マリエラたちがポーションをなげつける。ポーションはラミアの熱を奪い、体の動きを阻害するけれど、上位種の動きを完全に防ぐことなどできはしない。

 ハンマーを振り上げラミアに殴り掛かるドニーノ。

 その隙にマリエラたちはラミアの尾に、体に氷風のポーションをこれでもかと投げつける。


 何本も惜しげなく投げつけられる氷風のポーションによってラミアの体は熱を奪われ、ドニーノでも攻撃を避けられる程度にラミアの動きを緩慢にしていく。6本もあるラミアの腕の攻撃を躱し、あるいはハンマーで打ち返しながら、ドニーノはラミアを少しずつグランドルの下から引き離していく。


「今だし! 尾が鎧から離れたし!」

 グランドルの箱鎧に巻き付いていたラミアの尾が完全に離れた瞬間に、グランドルの下に駆け寄るユーリケとマリエラ。


 二人はラプトルから飛び降りると、半ば凍り付いてなお、ユーリケたちを阻もうとするラミアの尾をユーリケが鞭でいなし、その隙にマリエラがグランドルの箱鎧を外から開けようと駆け寄った。


「グランドルさん! 早く!」

 グランドルをラプトルに乗せて移動させるためのドニーノ特製の箱鎧は、虚弱なグランドルが装備して動かすことはできないけれど、内側からでも外側からでも開けられるよう2箇所開閉口が設けられている。その1箇所、外側の鍵を開けたマリエラはグランドルに助けに来たのだと告げる。


 その瞬間。

 シャアアアアァッ!

「ぐおっ」

 中庭を震わすようなラミアの威嚇音に振り返ったマリエラは、ラミアの一撃でドニーノが吹き飛ばされ、尾を捌いていたユーリケにラミアの水魔法が襲い掛かるのを見た。


「ユーリケ!!」

 叫ぶマリエラ。

 このラミアは水魔法まで使えたのか。

 半月状を描いてユーリケめがけて打ち出されたいくつもの水撃は、恐ろしく鋭い水の刃物なのだろう。


 思わず身を竦め、ラミアの水の刃を躱したユーリケ。

 躱したのではないのだと、ユーリケは次の瞬間、理解した。


 ラミアの尾さえも気に留めず、全神経を集中してその場から飛び退るユーリケ。

 ユーリケのうしろには、鋭い水の刃を受けてなお、怯む様子さえ見せない、人馬を思わせる黒い影が立っていた。





ざっくりまとめ:「マリエラッ」ジーク、ヒーロー降格目前。

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