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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
200/301

18.疫病の柘榴

「さっき、ドニーノさんに飲んでもらったのは、特級解毒ポーションです。どんな病気もたちどころに治癒してくれるし、飲んで数日は感染することもありません。これを、魔物の苗床に投入します」


 コリコリと白い角を削りながらマリエラは作戦を伝える。

 マリエラたちがいる場所は、2階に並ぶ錬金術師の工房の一つ。ユーリケやドニーノにとっては初めて入る場所だけれど、マリエラにとっては何度か入ったことのある場所だ。陳列された高価な材料の中でも最高級品に分類されるのが、マリエラが今削っている白い角、ユニコーンの角だ。


 かつてキャロラインの伯父ルイスが贄の一族の秘術を伝える為に講じた手段の中で、唯一アグウィナス家に届いたのが、このユニコーンの角の中に忍ばせる方法だった。

 マリエラはその話を聞いた後、実物を見せてもらってどこに仕舞われているか知っていたのだ。そう、ここはキャロラインの工房なのだ。


 金やすりで削りだしたユニコーンの角を、ライナス麦から作ったビネガーに加えて溶かしていく。このビネガーは《命の雫》を自然に蓄えられるライナス麦以外の材料を一切使わない純粋なもので、ライナス麦自体、胚芽を除き表面を磨き上げた物を原料にしている。それを《錬成空間》の中に空気と《命の雫》を送り込んで短時間で酢に加工したものだ。

 ユニコーンの角を使う特級解毒ポーションは、その製造工程において不純なものの混入を極端に嫌うから、二重に張り巡らせた《錬成空間》の中から一度も出さずに錬成を行う必要があるのだ。


「それと、今回はシノギラの根の薬晶を加えて、溶かした地脈の欠片と合わせてっと」

 別行動している間に作った10本と、追加で作った20本。これだけあれば足りるはずだ。


 今、死肉の洞窟の内部は、ゴブリンを中心に無数の魔物が生まれては、それより遥かに多く湧き出る黒ネズミを捕食している。黒ネズミを喰らったゴブリンたちは、ネズミのまき散らす疫病によって目鼻口だけでなく毛穴からも血を噴き出し、肉が溶けるように崩れて死んでいく、地獄のような状況だ。

 黒ネズミは死んだ魔物や洞窟自体を喰い荒らし、新たな通路が形成されたり喰い残された死肉が癒着して新たな床になったりと地形すら変化しているらしい。


 ネズミにだって敵わないマリエラは安全な南東の塔でクーとともに留守番で、完成した特級解毒ポーションは、ユーリケとドニーノが死肉の洞窟に無数に存在している魔物の苗床に投入してくれている。

 ポーションが投入された苗床から生じた魔物には、ポーションの効果が続いている間だけだが疫病に対する耐性が備わっているから、時間が経つにつれて洞窟内部のバランスは反転し、ネズミは駆逐されていくだろう。


 もっとも、魔物1体あたりのポーション量は少ないから、ゴブリンたちが疫病耐性を有していられる時間は半日あるかないかだろうか。あと数時間もするうちにゴブリンもネズミもその数を大きく減らすに違いない。


「あとは、待つだけだね」

「ギャウー」

 少しだけ心細そうなマリエラに、大丈夫だと言いたげにラプトルのクーが顔を寄せる。


「ありがと、クー」

 今マリエラはクーと二人、いや一人と一匹きりだ。サラマンダーはユーリケの肩に乗って洞窟の方へ行っている。ユーリケの戦力に不安があったのか、自発的にユーリケの肩に乗り移ったのだ。

 精霊であるサラマンダーに調教スキルは効かないから、ユーリケはサラマンダーと会話ができるわけではないのだけれど、

「お、こいつ。一緒に行くし?」

 と嬉しそうにしていたから、根っから動物が好きなのだろう。


「たぶん、あのポーションで間違っていないはず……」

 ユーリケの集めてくれた材料は全て火炎瓶に変えたし、魔物肉の調理も済ませた。

 手持無沙汰になったマリエラは、座り込んだクーにもたれかかりながら、二人の帰りを待っていた。



「マリエラ、マリエラ起きるし。そろそろ時間だし」

「え、ユーリケ、私寝ちゃってた?」

 ユーリケに揺り起こされたマリエラは、目をこすりながら体を起こす。

 どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。随分と深く眠り込んでいたようで、魔力もすっかり回復している。


(夢、見なかったな……)

 いつの間にかマリエラの肩の定位置に戻ってきていたサラマンダーに、顔を洗えとチロチロ頬を舐められながら、マリエラは身支度を整える。


「今、何時くらい?」

「たぶん正午ぐらいだろ」


 マリエラの質問に、ガブリと魔物肉の塊にかぶり付きながらドニーノが答える。極端に夜の短い生活にマリエラの体内時計はすっかりくるってしまったけれど、もともと旅生活を続けていたドニーノたちの腹時計は大層正確であるらしい。


 臭いで吐くだろうからというユーリケのすすめにしたがって、ほんの軽い食事で済ませたマリエラは、ガッツリ食事を済ませたドニーノとユーリケとともに、ポーションの効き目をかくにんすべく、東の塔にある死肉の洞窟へと向かっていった。



 *****************************



「よくもまぁ、こんだけ上手く行ったもんだ」

 ドニーノが驚いたように呟く。


 その声を曖昧に笑ってごまかしながら、マリエラは目の前の、熟れ落ちて朽ちかけた柘榴のような塊を見つめる。


 あの疫病の夢の話はしていない。ユーリケたちから何の話もでていないから、あの夢を見たのはマリエラだけなのだろう。

 夢で見た疫病について、マリエラは師匠から聞いたことがあった。


 遥かな昔に流行した疫病があったと。

 その頃は、まだポーションの技術は未熟で、あの病を癒やすポーションは作られていなかったし、治癒魔法を下手に使うと病人どころか病魔さえ回復させることが知られていなかった。


 だから、人々は病を癒やすつもりで治癒魔法を乱用し、いたずらに病人の体力を削り、病の蔓延を招いたのだという。

 結局、発症した者とその家族は街から隔離し、発病者の家や持ち物、家畜まで余さず焼却処分された。

 隔離と言っても、隔離された病人を看病する者など居はしなかったから、殺されたに等しい扱いだったのだろう。


 勿論、病魔に対して何の研究も為されなかったわけではない。疫病を癒やすポーションの研究にはおしみなく金が注がれて、やがて一本のポーションが完成した。

 上級解毒ポーションの原型となったこのポーションのおかげで病は沈静化を見たけれど、その頃には街の人口は半分以下に減っていたのだという。


 上級解毒ポーションが効いたのだ。特級であればその効果は疑いようがない。しかも今回は、シノギラの根の薬晶を加えている。シノギラは熱帯の森の中に稀に咲く紫色の花で、花弁と特に根に強い抗菌効果を持っている。迷宮の疫病をまき散らす魔物が蠢く亜熱帯の階層でも、シノギラの咲く水辺の水だけは飲んでも問題ないと言われるほどだ。


 シノギラの根から抽出した成分は通常では不純物が多いから、ユニコーンの角を原料とする特級解毒ポーションに混ぜられるものではないのだけれど、薬効成分以外の不純物を一切含まない薬晶の状態で配合したから、上手く錬成することができた。


 これは、この病魔特化型の特級ポーションといっていい。


 その効果は絶大で、ポーションを投入された苗床から生じたゴブリンたちは疫病に侵されることなく疫病をまき散らす黒いネズミを喰らいつくしていた。途中何体か生き残ったゴブリンの襲撃を受けたけれど、所詮はゴブリン。全てドニーノの一撃で、洞窟の一部と変わり果てていた。生き残った魔物の襲撃を予想して、ゴブリンが生じる苗床にしかポーションを投入していないのだから、これも予定通りと言えた。


 マリエラたちが辿り着いた最下層では、ネズミに喰われていない様子からポーションの効果が切れたのか、効果を上回る疫病を取り込んだゴブリンの死骸が、幾体も折り重なるように倒れていた。その中央でまるで呼吸をするように腐臭を吹きだしているのは、ドニーノが見たという真っ黒い巨大な柘榴のような塊だった。


 黒いネズミが溢れ出た亀裂が、まるで熟れた柘榴が割れるように底面から四方に走って、赤黒い内面を露出している。内側にびっしりと生えた赤黒い繊維状の組織は繊毛なのだろうか。どろりと血膿のような粘液をまとわりつかせて蠢く様子が、これがまだ死滅していないことを物語っている。


 呼吸をするように膨れ、腐臭を吐き出す亀裂から、音が聞こえる。

 死肉でできた洞窟を吹き抜け響く、風音にも似たそれは、マリエラの耳にはこのように聞こえた。


『イタイ、イタイ、シニタクナイ』


「貴方たちの命も体も、この世界には残っていないの。とっくに解放されているんだよ……」

 マリエラは、作製した特級解毒ポーションの蓋をあけると、黒い柘榴の内側へと放り込む。

 その瞬間、ビグリとその実を収縮するように、中身を絞り出すように柘榴は体を強張らせ、次の瞬間にはぐだりと中身を失った果実の皮のように萎れて、その場で動かなくなった。

 果実が熟れ落ち、腐り、干からびていく様を早送りで見るように、急速にしなび、乾いていく黒柘榴。


『イ……、……イ、シ……ク……イ』

 その音は、死肉の洞窟を吹き抜ける風の奏でた音色だろうか。

 ドニーノとユーリケが持ってきた火炎瓶を黒柘榴と周りに投げると、サラマンダーの放った火により辺りは炎に呑まれていった。


「サラマンダーが護ってくれるっつっても、このままじゃ蒸し焼きだ。一旦引くぞ」

 ドニーノの号令で死肉の洞窟を後にする一同。出口に急ぐマリエラの肩から、サラマンダーだけが燃え尽きていく黒い柘榴を見つめていた。



 *****************************



「さて、そろそろ今後の方針ってやつを決めねぇとな」

 南東の塔2階にいったん戻った一行は、これからの方針について話し合っていた。


 グランドルを助けるにせよ、このまま先に進むにせよ中庭に出る必要がある。

 単に中庭に出るだけならば、エントランスのある南側で待機して“首飾り”が活動を停止する日暮れに外に出ればいい。

 けれど、東側の1階に潜むものを放置したままでは、万一途中で夜が明けたり1階に潜むものがエントランスに入ってきたら対処することができないから、これまでは経路の確保を優先していたにすぎない。


「まだ、1階に魔物か黒いヤツが残ってるかもしれないし」

「おう、そいつは、火が鎮まった後でワシが確認してくるわ。それより問題は、あの蛇女だ。グランドルのこった。放っておいてもどうってことはねぇんだろうが……。嬢ちゃん、蛇に効きそうなポーションの材料揃ったか?」


 ドニーノのといかけにマリエラは首を振る。

「あと一つだけ材料が足りないですが、1階を探索出来たら、きっと手に入ると思います」


「きっと、か……」

 ドニーノはちらと東の塔の方角を見る。偵察から帰ったドニーノはおそらく病魔に侵されていたのだろう。それを見透かしていたように差し出されたマリエラのポーション。死肉の洞窟に巣くう病魔を倒したのだって、まるで倒し方を知っていたようだ。


 だから、まだ到達していない1階へ行けば、最後の材料が手に入るという言葉にも不思議な説得力があった。


「嬢ちゃんよ、決めてくれ」

 ドニーノがマリエラに問いかける。


「わし一人じゃ、あのラミアは手に余る。エドガンを呼んでくるか、ポーションで道をひらくか。なんならグランドルの奴は後回しにしてもいい。

 だがな、エドガンも、ポーションもってぇのはなしだ。

 こっから先は今まで以上に何が起こるかわからねぇ。嬢ちゃんが逃げ切るにゃ、ユーリケとラプトルに乗ってる必要がある。別行動は認めらんねぇからな。ポーション作ってエドガンを迎えに行ってたんじゃ、時間がかかりすぎるってもんだ」


 ドニーノの提案は全員が生き残る可能性があるものばかりなのだろう。

 グランドルを助けるならば、エドガンを頼るのが最も確実なのだろう。仮にもAランクのエドガンの戦力はラミアさえねじ伏せてくれるに違いない。


 マリエラのポーションはあくまで蛇の動きを阻害するもの。

 結局はドニーノの戦力に頼らざるを得ないのだ。


 ただ一つ気がかりなのは、エドガンに助けを求めたら、北の守りが手薄になるということだ。フランツ一人で果たしてどこまで持ちこたえられるのだろうか。


 それならば、いっそ先に神殿を目指すというのも手ではないのか。フランツもエドガンも、今はここにいないのだから。


 マリエラはユーリケの方に目を向ける。

 ユーリケはすこし落ち着かない様子で北の方を向いている。

 彼女が心配しているのは、フランツだろうか、それともエドガンなのだろうか。

 勿論グランドルを心配していないとは思わないけれど、それ以上の気がかりがあるようにマリエラには思えた。


「ドニーノさん、ユーリケ……」

 マリエラは二人の名前を呼ぶと、今後の方針を話し始めた。



ざっくりまとめ:黒い中ボス、2匹目撃破。


《地脈の囁き》8/12 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。


 1.確実にグランドルさんを助けるために、エドガンさんの力を借りよう。

   火炎瓶をたくさん置いてきたし、フランツさんならきっと大丈夫だよ。


 2.北を守っているエドガンさんは頼れない。

   ポーションを使ってグランドルさんを助けよう。


 3.とりあえず、神殿を目指さない?

   フランツさんもエドガンさんもここにいないわけだし、

   脱出経路を確保する方が先決だと思うの。

   状況が大きく変わればラミアも移動するかもしれないよ。

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― 新着の感想 ―
1も3も希望的観測。 危ういねぇ...。 まぁ、マリエラには 先が視えているんだし…。
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