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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
189/297

07.南東の塔

圧倒的1



「準備は大事だよ! 追加の火炎瓶を作ってから西側へ向かおう」

 マリエラは、ユーリケの手を取りそう言った。


 マリエラだって急いで西に行きたい気持ちはある。けれど気持ちだけでどうにかなるものではない。

 ユーリケはマリエラより余程強いけれど、鞭では黒い魔物を倒せないのだ。火炎瓶の切れた今、有効な攻撃手段はサラマンダーだけだ。そのサラマンダーとていつまで魔力が続くか分からない。確実に前に進んでいくために、有効な攻撃手段は確保しておくべきだろう。


 マリエラの意図を理解してくれたのか、ユーリケは黙ってうなずくと、ラプトルの手綱を握る。


「大急ぎで行くし? マリエラ、しっかり掴まってるし?」

「うん、わかったあああああああぁぁぁぁ!」


「分かった」と返事をしたマリエラだったが、「ちっともわかってなかったな」と、揺れまくるラプトルの背中で少しだけ後悔した。舌を噛まないように途中で口を閉じただけ、偉かったと自分で思う。

 ユーリケはエドガンにあんなに冷たい態度をとるのに、内心とても心配なのだろうか。それとも西側にいる外の仲間を心配してのことだろうか。


 ゲプラの実が生えている階層にたどり着いた頃にはマリエラはへろへろで、とてもではないが採取ができる状態ではなかったから、採取は全てユーリケがしてくれた。


(これ、私が来る意味なかったんじゃ……。手分けすればよかった……)

 お尻をさすっているマリエラの前に、ユーリケがどんどん水草を積み上げる。塔の外壁に生えているゲプラの実をその周辺の薬草ごと片っ端からもいできているから、関係のない薬草の方が多いくらいだ。食べられる水草も混じっているから、乾燥させておいて明日のスープに入れることにしよう。

 そんなことをマリエラが考えている間にも、ユーリケはどんどん水草を積み上げる。手が届かない範囲のものは、鞭を使って上手にからめとっているようだ。ユーリケには水草は全部同じに見えているのかもしれない。


「ほら、マリエラ。さっさと火炎瓶を作るし?」

 別けるだけでも大変そうな水草の山を横目にユーリケが言う。

 鬼だ。日頃ジークに甘やかされっぱなしで、ふやけたマリエラにはいいリハビリだ。


「キャウッフー」

 何がお気に召したのか、サラマンダーが楽し気に尻尾を振り振り喜んでいる。


「うぅ、やりますよう……」

 観念したマリエラは、暴走ラプトルの背中で打ちまくったお尻をさすりつつ、水草の分別と火炎瓶の作製を始めるのだった。



 *****************************



 ユーリケがむしり取った水草の量はとんでもなかったけれど、マリエラがクーの背中に積み込めるだけの火炎瓶を作り上げるのに、さして時間はかからなかった。

 ポーションのレベルから言えは初級か中級かといった低レベルの物で、マリエラならあっという間にできてしまう。大量に積み上げられた雑多な薬草の分別と処理を入れたとしても1刻とかからない。

 まとめてむしり取られた水草も、まず薬草を《薬晶化》して除き、残った水草やゲプラの実は乾燥条件を変えて風力選別を混ぜながら分ければさほど時間はかからない。

 全部を種類ごとに分けるのならば、こうも簡単にはいかなかったのだろうが、必要な物が限られていたからマリエラならば苦も無く分けることができる。


 だからゲプラの実を採取して火炎瓶を作り、南東の塔の4階に戻ってくるのに、この南東の塔に辿り着いて数刻とかかっていないはずなのだ。だというのに。


「え……? 扉が開かない!?」

「もう、夜が明けてるし!」


 ここは時間の流れもおかしいのだろうか。昨夜は普通と変わらない時間、夜が続いていたはずなのに、外は白み始めて水がすでに満ちていた。


「なにか、条件があるし?」

 考え込むユーリケ。


「前と違うことと言ったら……、エドガンさん?」

「うん。エドガンがファイヤーダンスでフィーバーしてたくらいだし?」

 エドガンはいつの間に時を操る術を得たのか。

 流石はAランカーと言いたいところだが……。


「エドガンが何かしたとか、さすがにそれはあり得ないし」

「だよね。でも、朝になったってことは黒い魔物は出なくなるから、エドガンさんも休めるね」

「! それだし!」


 マリエラの何気ない一言に、ユーリケが反応する。

「朝が来たから黒い魔物がいなくなったんじゃなくて、黒い魔物をやっつけたから朝になったんだし!」


 この世界の夜と黒い魔物は連動していて、魔物を倒し切れない場合は通常通りの時間夜が続いて、朝になれば水が満ちて黒い魔物はいなくなる。初日は黒い魔物の弱点が分からなかったから、エドガンは夜通し戦い続けていたのだろうが、今日はユーリケが弱点を教えて火炎瓶を渡した。

 エドガンは属性剣を使えるが魔術師ではないから魔力はさほど高くない。けれど火炎瓶をうまく使えば、効率よく黒い魔物を倒すことも可能だろう。

 というのが、ユーリケの推論だった。


「うん、こんな不思議な世界だもん、そんなことがあってもおかしくないよね。でも、だとしたら……、やっぱりエドガンさんが夜を終わらせたってこと?」

「う……。その言い方、エドガンのくせに、なんかムカつくし」

「たしかに、『ふははは、俺様は夜の王だー』とか言い出しそうだね」


 夜王エドガン。違う意味で似合っている気がしないでもないが、女性とのトラブルでここへ来た経緯を考えると、夜の王というより夜の奴隷が相応しいかもしれない。


「エドガンにそんなこと言ったら、王どころか『俺は夜の神だー』とか言い出すし? あいつの性格、ぺらっぺらなんだから、神っていうより紙が相応しいし。ファイヤーで燃え尽きたらいいし?」

 昨夜のエドガンはファイヤーで絶好調だったのかもしれないが、ユーリケの毒舌ぶりもなかなかに絶好調だ。マリエラはちょっぴり引きつりながらも愛想笑いを返すしかない。


「あ、あはははは。まぁ、でも、火が効果的だったのは間違いないよね。あ……」

「どうしたし?」


 火という単語でマリエラは思い出したのだ。

 エドガンのいた北東の塔の3階と4階はどちらも松明が灯っていなかったことに。


「ねぇ、ユーリケ。この部屋、松明が一定間隔で灯っているじゃない? それって黒い魔物を寄せ付けない結界になっているんじゃないかな? 昨日はクーを追いかけて一匹入って来たから、絶対に安全てわけじゃないんだろうけど……」


 クーを追いかけてこの部屋に飛び込んできた黒い魔物は、この部屋の中で明らかに動きが鈍くなっていたことを、マリエラは思い出した。


「なるほど……。松明の状態で安全かどうかの判断がある程度付くわけだし?」

「うん、たぶん」

「火……か……」

 何か符合めいたものを感じているのは、マリエラだけではないのだろう。

 ユーリケはしばらく考え込んだ後、「今は、できることをするし」と言葉に出して気持ちを切り替えたようだった。


「とりあえず、3階の北に向かう通路、通れるようにしておくし?」

 今いる南東の塔3階の荷物を片付ければ、東の塔を経由してエドガンのいる北東の塔までの通路が確保できるはずだ。この通路は一定間隔で松明が灯っていたから安全な通路として確保しておきたい。


「マリエラ、北東の塔3階の入り口に、火炎瓶を置いておきたいから追加で作って欲しいし?」

「エドガンさんの分だね。でもどうやって知らせよう?」

 エドガンにはとことん厳しいユーリケだけれど、やはり仲間は心配なのか。

 ユーリケのエドガンを思いやる気持ちに少しうれしくなったマリエラだったが。


「廊下の窓のところに、食べ物を置いておいたら匂いを嗅ぎつけてやって来ると思うし」

「……動物かなにかかな?」

 ユーリケはやっぱり安定のユーリケだった。


 今度はちゃんと仕事を分担し、クーに乗ったユーリケが薬草を採取に行っている間にマリエラが3階の北の扉前の荷物を移動させ、ユーリケが火炎瓶や食料を届けて行っている間に、マリエラが魔物魚の残りを調理しておく。

 この世界は昼夜の時間さえあいまいだから、いつでも食べられるように準備しておいた方がいい。


「なんか眠くなっちゃった……」

「体感時間ではたぶん深夜を回っているし。少し食べたら、寝ておいた方がいいし?」


 夜は短くなったけれど、その分昼が伸びるのだろうか。

 正確な時間が分からないのは、落ち着かない気分にさせられる。


 南東の塔の3階は、ごちゃごちゃと箱がたくさん置いてあって、乱雑で狭苦しい感じがほんの少しだけ懐かしい。マリエラは荷物のくぼみに丸くなる。

 ユーリケやクーも落ち着く場所を見つけて眠る準備をしているようだ。

 いつの間にかそばに来ていたサラマンダーが、マリエラに寄り添ってくれていて、触れたお腹がぽかぽかと温かい。


 マリエラは瞼を閉じると眠りの中に落ちていった。



今回分岐ありません。


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