05 東の塔
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「階下の通路を通って北東の塔を目指そう!」
「わかったし?」
マリエラの提案にユーリケが頷く。
そうと決まれば夜までに準備だ。お互いの情報も共有しておいた方がいいだろう。
「そう言えばユーリケは、どのあたりで目が覚めたの?」
「ボクが目覚めたのはココ、たぶん南西の塔だし」
ユーリケはマリエラが目覚めた南東の塔の西隣で、一人で目覚めたらしい。目が覚めた時、日が沈みかけていたというから、マリエラと同じくらいの時間に気が付いたのだろう。
マリエラと違って採取を行わず、動きも俊敏なユーリケは、塔を一気に駆け下りて日が沈む前にこの城壁通路のある階に辿り着いた。
「ボクが見てきた感じだと、ここ、たぶん4階だし?」
今いる場所は南北方向東側の城壁で、外に満ちる水が視界を邪魔して南面も北面も見えない。下をのぞき込みたくても、窓は細長くて頭を出せないから、窓から見えるのは神殿と、反対側に広がる森だけだ。
けれど日があるうちに4階に辿り着いたユーリケは南西の塔から直角に交わる通路を見て、窓の数からここが4階だと分かったのだという。
「南西の塔の3階は浸水して下りられなかったし、北へ行く扉も東へ行く扉も外は水で開かなかった。出られそうな場所は塔の天辺の窓くらいだし、最悪朝になったらほかの塔に泳いで行くことも考えてたし?」
布巾を広げて真ん中に昼食の包みを置くと、周りを囲むようにコップや器を6個、長方形の形に置く。長方形の形に添うように、ひも蔦を置いているのは外壁の印なのだろう。左下に置かれたコップがユーリケが辿り着いた、南西の塔だ。
「あの神殿が怪しいのは分かってたけど、塔はだいぶ高いから、塔の天辺から神殿に泳いでいくのは息が続かないし。南側の通路から神殿へ続く道らしきものが微かに見えたから、行くなら南東の塔だと思ったし?」
南側、東西方向の外壁の中央から、神殿に当たる昼食につつっと指を動かすユーリケ。そこに道があるのだろう。
そのまま昼食の包みを開けると、今朝と同じサンドイッチを一つ取り出す。
「塔の天辺に戻る前に、浸水している3階を調査しようと潜ったのは、日が沈む直前だったし?」
差し込む光があるうちに下の階を調査しようと、浸水している3階にユーリケは潜ったのだそうだ。3階は外周側の壁面が崩れ、そこから水が入ってきているようだった。後はいくつか雑品が入っているらしい木箱が置かれているだけで4階と変わらない部屋には、2階に続く階段と北と東に向かう扉がついていた。
ユーリケは魔物魚をおびき寄せないように静かに扉に近づいて開かないことを確認した後、2階に続く階段から、2階の様子をのぞき込んだ。
しかし、夕日が落ちてしまって十分な明かりはなく、2階の様子は確認できなかったのだという。
「日が落ちると同時に、水が消えていったから、調査を打ち切らざるを得なかったし?」
水が引いた、ではなく水が消えたのだそうだ。水の密度が薄くなって濃霧の中にいるような状態に変わり、気が付けば息ができるようになっていたと。どういうことかと壁面に開いた穴から外を見てみれば、壁を伝って黒い魔物が何体もうぞうぞと這い上がってきていたらしい。
鞭で応戦したものの、壁の穴から入り込んで来る数の方が余程多い。何体かに取りつかれたのを必死で振りほどいて何とか4階へ駆け上がった。
4階の部屋は松明がまばらについているだけで薄暗く、下階からは夜より暗い魔物が溢れ出すように湧いて来る。
「上に逃げたって行き止まりだし、水も無くなっている。だから南東の塔をめざしたし?」
水が引いたから水圧で開かなかった扉が開いたのか、それとも他の要因か。ガラスもないのに水が入ってこない不思議な場所だから、水圧だけではないのだろうが、水が引いて開いた扉からユーリケはマリエラのいた南東の塔へ来られた。
マリエラが塔を下り、4階に辿り着いたのは、日が沈み切った後のことだったから、マリエラが4階に着くより先に、ユーリケは南東の塔へ来ていたのだろう。
「あの黒い魔物、取りつかれると何か吸われる感じするし……」
もぐもぐとサンドイッチを咀嚼しながらユーリケが開いた手を握ったり開いたりする。
「吸うって、血とか? それとも魔力?」
「いや、どちらでもないし? 何かは分からないけど……、大事なものを吸われた気がするし?」
そう言えばクーも黒い魔物に張り付かれていた。あの黒い魔物は生き物に張り付いて何かを吸収するらしい。
「グギャー」
分かっているのかいないのか、クーも同意するように鳴く。その鳴き方が、「すわれちゃったー」と言っているようで可愛らしい。慰めたくなったマリエラは「ちょっとだけだよ?」と干した魚をひと切れ与える。
クーは1日2食で、昼は水しかもらえない。他のラプトルは1日1食なのだけれど、迷宮都市暮らしのクーは人間に合わせて1日2食の癖がついている。なのに今日はおやつまでもらえた。
「ギャ!」
途端に元気を取り戻すクー。この様子を見る限り、大切な物を取られたようには見えないのだが。
「南東の塔は北側の扉が壊れてたから、この東の塔まで移動したし。ん? クーはボクを追いかけてきたし?」
「ギャウギャウ」
なるほどそう言うことだったのか、とマリエラは納得する。クーは西側のどこかにいたらしい。移動するユーリケの魔力を感知して、追いかけてきたところを黒い魔物に襲われたようだ。
マリエラたちはここへ6人でやって来た。そして塔の数は恐らく6本。それぞれ別の塔に流されたと考えるなら、この東の塔には誰がいたのだろうか? マリエラたちが移動しているのだ。他のメンバーがじっとしているとは考え難い。
「どうせ、皆あの神殿を目指すだろうし? そこで会えるはずだし?」
黒鉄輸送隊の仲間たちの無事を信じて疑わないユーリケは、最後の一口になったサンドイッチをぽいと口に放り込んだ。
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昼食と情報交換を終えた後、マリエラとユーリケは東の塔の3階を何かないかと物色していた。
「うーん、雑貨とか食器かー」
「こっちは服だし? 武器になりそうなものは特にないし?」
無秩序に並べられた棚や箱には、雑貨や食器、本や洋服などの日常生活で使用するものが整然と入れられていた。下級貴族か商人の家にでもありそうな、華美過ぎずそれなりに質の良い物ばかりだったけれど、食糧も、武器になりそうなものも見つからなかった。
「食器なー。せめてガラスだったらよかったのに」
「ガラス瓶なら、ここにあるし?」
ユーリケが見つけてきたのは、高級そうな酒瓶が入った箱と、香水瓶が詰められた箱だった。
「うわぁ、お酒。って、あれ?」
これを並べて置いたら師匠がやって来るんじゃないかと、酒瓶を手に取ったマリエラは、酒瓶の中身が酒でなくてただの色水であることに気が付く。
「この香水も……」
香水瓶を開けると、花の匂いはするものの、それは貴族やお金持ちの女性が使うようなものではなくて、街の娘が使うような、継続時間の短い物だった。
「この荷物の持ち主は、相当な見栄っ張りだし?」
「うーん、どうなんだろう……」
改めて置かれたものをよく見ると、服は生地も仕立ても良い物だが、何度もつくろわれた跡があり、銀食器もピカピカに磨かれているけれど使い古された品物だと分かった。
どれも品の良い物ばかりで、大切に使われてきたものだと分かる。
「なんだか、誰かの過去を覗いているみたい……」
マリエラはなんだか悪いことをしている気分になって、ガラスでできた香水や酒の瓶を必要な分だけ頂くと、4階へと上がっていった。
「マリエラ、何作るし?」
空の酒瓶にひも蔦から作った紐を適当な長さに切って、口から垂らすように入れていくマリエラにユーリケが尋ねる。
「えとね、あの黒い魔物、火が嫌いみたいだからね。念のために作っとこうかなって。火炎瓶」
「火炎瓶!?」
マリエラの口から飛び出した過激な単語に驚くユーリケ。
「当たらなきゃ意味ないし、森で使って火事になったら困るから、普段は作らないんだけどね。ちょうどゲプラの実も手に入ったし、ここなら大丈夫かなって」
マリエラは乾燥させてクーに積んでいた水草、ゲプラの実を取り出すと《錬成空間》内で粉砕する。
《命の雫、抽出、分離》
この工程では溶媒となる水も油も使わない。粉砕したゲプラの実に含まれる油分をいきなり《命の雫》に溶かし出し、残った滓を分離する。ゲプラの実から抽出した油を《錬成空間》から瓶に移し替えると、《命の雫》があっという間に油から抜けて消えていく。ゲプラの油は《命の雫》をたくわえておく力が弱い素材だから、《錬成空間》の中ではゲプラの油と溶け合って抽出用の溶剤として使えるけれど、《錬成空間》から取り出した途端に分離してゲプラの油だけが瓶に残るのだ。
この段階のゲプラ油には余分な物が含まれていて、黒ずんだ色をしている。用途によってはこの後幾つもの工程を経るのだけれど、火炎瓶に使うならこのままで十分だ。
「ゲプラの油は魔力の感受性が高い素材なの。これを好んで食べるカエルの魔物は強い個体ほど行動範囲が広いから、強い個体に食べられて中の種を遠くに運んでもらえるように、魔物から洩れた魔力を吸収して短時間だけサイズも効果も強くなるんだって」
そう言ってマリエラが、瓶の底に指一本分しかないゲプラ油に魔力を込めると、ぼこぼこと気泡を生じながら膨れ上がった。
「こんなふうにね、投げる直前に魔力を込めると、ばーんとファイヤーなんだって」
乾燥させたひも蔦の葉をぎゅうぎゅう瓶に詰めて蓋をしながらマリエラが説明する。これは、最近ライブラリに加わったレシピだ。迷宮を斃した後、これでもかと弟子を取りまくったおかげでマリエラのライブラリにはこういった新しいレシピがどんどん増えている。中には帝都の錬金術師を教師として招き、教わった秘伝のレシピが増えていたりするからいいのだろうかと思ってしまう。
どうやらライブラリには、その流派に属する錬金術師が新しく覚えたり、開発したレシピが勝手に登録されるものらしい。その閲覧権限は登録者とその師匠が設定可能で、弟子が秘匿したレシピも、師であるマリエラは見たい放題だ。
もちろん、マリエラは一生懸命開発したポーションのレシピを勝手に公開したり錬成して販売し、利権を脅かすような真似はしないし、逆に病や毒を振りまくような非人道的なポーションのレシピは非公開にするつもりだ。今のところ、そんな恐ろしいことを企む弟子はいなくて、危険なポーションといってもこの火炎瓶くらいのものなのだが。
「あとは、魔物除けポーションの代わりにっと」
そう言って、塔の外壁からちぎったハルノニアスを取り出す。
水生の魔物を遠ざけるこの植物は、ブロモミンテラのように魔物が嫌う臭いを出すわけではないが、魔物の穢れた魔力を喰らう性質がある。だから、魔物のいない清らかな場所には生息しない植物で、この水草の葉の間に暮らす小エビや魚にとっては快適な住処となるけれど、採取する人間にとっては水生魔物と出くわす危険を伴うやや貴重な水草だ。
《粉砕、ウオーター、命の雫、抽出、残渣分離、濃縮、薬効固定》
手早くポーションを作り上げる。
マリエラも初めて扱う材料だったが、作り方は下級ポーションとかわらない。錬成している間に《薬晶化》できるようになったから、残りのハルノニアスは《薬晶化》しておく。
ポーション瓶でなく香水瓶に入れているから、長期保存はできないけれど、下級のポーションは劣化が遅いし、数日くらいは問題がない。
「よしっ、完成! はい、ユーリケの分」
火炎瓶を2本と魔物除けポーションもどきを3本ユーリケに渡す。マリエラも同じ本数取ると、残った6本の火炎瓶をラプトルに積む。
マリエラ、ファイヤーな武器をゲットだ。ちょっと師匠に似てきたかもしれない。
「あとは早めに夕食を済ませて、夜に備えますか!」
日が落ちて水が引いたら北の塔に突入するのだ。
塔までは室内の廊下を利用するから黒い魔物は恐らく現れないけれど、北の塔の中はどうなっているか分からない。体力は温存しなくては。
マリエラたちは早めの夕食を済ませ、準備を万端に整えると夜までの間体を休めた。
今回分岐ありません。