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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
184/297

02.東南の塔 最上階

「ん……う……」


 寒い、冷たい、そして硬い。

 服を通して伝わって来るこの感覚は覚えがある。

 時々、こんな感じで目が覚めるのだ。今日もいつの間にかベッドから落ちてしまったのだろうか。人間の生存本能はなかなか侮れないもので、ベッドから落ちて冷たい床で寝ている時は、無意識に毛布を手繰り寄せたり、マットの上に丸くなっていたりする。なのに、今日はいつもよりひんやりとして寝心地が悪い。掻き寄せた布地はべたりと体に張り付いてマリエラの体温を奪っている。


(うぅ……毛布……、って、あれ?)

 ぱっちりと、ようやく目を覚ましたマリエラ。


「えぇと……。師匠を探して沼のほとりの祠に辿り着いて……、扉を開けたら水に落ちたんだった……」

 記憶をたどって状況を思い起こしてみるのだが、どうにもよく分からない。地下に落ちるならわかるのに、どうして水にはまったのか。地下室が水浸しだったのだろうか。だとしたら、今の状況は何なのだろう。


「誰かが助けてくれた……感じじゃないよね?」

 仰向けで倒れていたなら、目覚めると同時に目に入った天井に、「知らない天井だ」といったコメントも残せたのだろうが、マリエラがうつぶせで倒れていたのは、マリエラの胸部よりも平らで硬い石畳だった。

 服も髪もびしょ濡れのままだから、誰かが介抱してくれたとは考え難い。じっとりと水を吸って重くまとわり付く衣類を引き摺ってゆるゆると起き上がり、《乾燥》のスキルで乾かすと差し込む日差しに温められた空気が入り込んできて、縮こまっていた体からほっと力が抜けていく。


「あんまり時間が経っていないのかな」

 石の床の冷たさに目が覚めたわりに、体は冷え切ってはいないようだ。この場所に倒れ込んでさして時間が経っているとも思えない。


「っていうか、ここ、どこだろう?」

 温かな日差しに暖まりながら、体に異常がないことを確認していたマリエラに、つい、と何ものかの影が横切った。


「鳥……? え……!?」


 マリエラが倒れていた場所は、マリエラの脚で端から端まで20歩以上あるんじゃないかという広さの円形の部屋で、床も壁も石でできていた。落ちてきたはずなのに、頭上にはちゃんとドーム状の天井があって、代わりに円形の部屋をぐるりと取り囲む壁には一定間隔でスリットのような背の高い窓が8方向についている。窓はマリエラのひざあたりから手を伸ばしても届かないほど高くまで開いていて、幅は肩幅くらいだろうか。格子などははまっておらず、カーテンなども掛かっていない。


 部屋を満たす温かな日差しはその窓から差し込んでいて、外の景色は霧か(もや)がかかっているのか不透明だ。今いる場所の安全に気を取られていたマリエラは、天気が悪いのだろう、くらいの印象で気にも留めなかったのだけれど、窓を横切りマリエラに影を落としたのは鳥ではなくて魚だった。


「魚っ!?」


 慌てて近くの窓に近づいてみると、天気が悪いと思っていた外は、深い水の中だった。距離感がよく分からないけれど、人間位はありそうな巨大な魚がゆったりと泳いでいる。窓から見上げると水面がどこにあるのか分からないほど深い場所で、光が散乱しているのか水全体が朝か夕方かという程度の明るさを保っている。


「えぇー? やっぱり水には落ちたんだ……?」


 訳が分からない。いや、水に落ちて、ここに流れ着いたことは想像がつくのだが。

 何とはなしに水に満ちた窓の向こうに手を伸ばす。


「ひゃっ、水!?」

 窓の、部屋と外の水を隔てる境界に手を伸ばしたマリエラが触れたのは、ガラスではなくて水だった。直立した水面が、マリエラに触れられて石を落とした水面のように揺れている。


「えー? 夢、じゃないよね、冷たいし。えーと、不思議世界?」

 ぽちゃこんぽちゃこんと窓の底に手を突っ込んでは引き戻すマリエラ。激しく水面を叩くと水しぶきが飛んでくるけれど、水がドバっと部屋に流れ込んでくるようなことは無い。


「困ったなー、私泳げないんだよな」

 そういう問題ではないのだろうが。

 この部屋にいるのはマリエラだけで、泳げたとしてこんな不思議な世界から抜け出せるのか? というまっとうな意見を述べてくれる人は誰もいない。


 ばしゃばしゃばしゃ。

 部屋の中に掻きだすと窓の垂直の水面に戻っていく水が面白くて、思わず水面で遊んでしまうマリエラ。


 つい、と魚が寄って来た。

 躍る水面に餌だとでも思ったのだろうか。


「うわっ、おっきい!」

 慌てて横に跳びのくと同時に、マリエラの手があった場所をかすめていく魚は窓を覆うほどに大きくて、びっくりするほど高速に泳ぎ去っていった。恐らく魔物の一種だろう。


「こわー。これ、泳げても水面までたどりつけないかも……」

 あくまで泳げることにこだわるマリエラ。

 論点はずれているが、窓から脱出できないという結論だけは間違っていない。

 魔物魚が泳ぎ去った後、部屋をぐるっと回って外の様子を見てみると、地面らしきものは遥か下にあるらしく、この部屋は高い塔の最上階であることが分かった。


 水の中ではあるけれど、一方向の光が強くて朝日か夕日を思わせる。ここに落ちてさほど時間が経っていないだろうから、その光を夕日と仮定するなら、ここは巨大な建造物の南東の角に位置する塔らしい。

 夕日のお陰で水の向こう、西と北に高い建造物が確認できた。ここと同じ塔かも知れない。南から東の方角は底の方深い緑が垣間見えるから恐らく森なのだろう。緑が樹木の物なのか、水草が密集しているのかはマリエラの目では視認できない。

 それでもなんとなく、この塔は、どこかの森に建てられた巨大な建物の南東の角の塔なのではないかとマリエラは思った。


「こんな大きな建物、魔の森にあったっけ?」

 あったとして、どうして水に沈んでいるのか。マリエラの問いに答える者は誰もいない。いたとして、このような巨大な建築物、魔の森はおろか迷宮都市にだって無いことはマリエラにだって分かっているのだ。そもそも、ガラスも入っていない窓から水が入ってこない不思議仕様だ。


 すぅ、と深呼吸をする。

 水分を多く含んだこの場の空気は、祠に着く前に嗅いでいた森と水の匂いがする。ここは、確かにあの祠から繋がる場所なのだとマリエラは思った。


「ここでじっとしてても、お腹が減るだけだよね」

 さっきの魔物魚を捕まえられれば良かったのだけれど、マリエラでは餌になるのが関の山だ。もう少し難易度の低い食料を調達せねば、もうすでにお腹は減り始めている。

 この部屋にはマリエラ以外誰もいなくて、周囲には何の気配も感じられない。恐らく安全な場所なのだろうけれど、ここに落ちて来る時にエドガンたち黒鉄輸送隊の皆が落ちて来るのを確認したのだ。早く合流した方が賢明だろう。誰か食料を持っているかもしれない。


「階段は1箇所だけか……」

 円形の部屋の一カ所に下へ続く階段がある。塔の壁に沿うように作られた螺旋階段は、マリエラが両手を広げたよりも幅があるけれど、塔の真ん中が吹き抜けになっていて下まで見下ろせる。塔の内壁に沿って一定間隔でたいまつが燃えていて、足元を照らしてくれるものの、吹き抜けの下は果てしなく遠くて底が見えない。


「いっそのこと、下まで流されてたら楽だったかも」

 延々と続く螺旋階段に溜息を一つ付くとマリエラは、

「とりあえず、使えそうなもの探そう……」

 と、今いる部屋を物色しはじめた。



「食べれるものはなさそうなんだよね」

 室内に水は入ってこないけれど、この部屋は水の匂いがして湿度が高い。壁面には苔や所々に蔦状の植物が生えている。蔦はガラスのない窓を通って部屋の外にも中にも這っていて、外側には水草も生えている。採取は簡単にできるし、陸上の植物も水中の植物もあるけれど、どれも食べられるものではなかった。

 手に入りそうなものと言ったらこれらの植物だけで、この部屋には家具もなければ箱の一つも置いてはいない。便利な道具も手に入らない。


「デイジスとかだったらよかったのになー」

 文句を言いながら蔦を採取し、手の届く範囲の苔や水草と言った薬草を採取するマリエラ。

 蔦は『ひも蔦』と呼ばれるよく見かけるもので、細い繊維がより合わさった丈夫で柔らかい蔦植物だ。名前の通り紐として使える植物で、乾燥させると繊維が固くなって丈夫さが増す。つまめるほど細い間はロープ代わりに使えて便利な植物なのだが、握れるほどの太さになると、硬くて手が付けられなくなる。

 幸いここは日当たりが良くないからか細いひも蔦ばかりだったから、長いものを選んでいくつか刈り取り、乾燥させて巻いておく。ロープがあると何かと便利だろう。

 刈り取ったひも蔦の葉も束ねて乾燥させ蔦で束ねる。この葉は肉厚だが乾かせばスポンジのような多孔質となるから、水を吸わせたり、保水材として使ったり、あるいはそのまま火を点けると着火剤としても優秀だ。


 あと使えそうなのは、窓から室内にまで入り込んでいるゲプラという水草の実くらいだろうか。


「いよいよの時は、これを食べよう……」

 魔物魚に気を付けながら、ゲプラの実を回収していく。粟のように小粒の実が房状についたゲプラの実は油分を多量に含んでいる。本当はもっと浅いところに生えている水草なのだが、塔の中は陸上だからここに生えていたのだろうか。


 油分を含む水草だから、栄養がないわけではないのだけれど、これを好んで食べるのはカエルの魔物くらいのもので、書物によると生臭くて食べれたものではないらしい。

 手近な分を採取して、大きい葉で包んでひも蔦で縛る。


「どうしよう、思った以上に使える物がない……、あ、そうだ!」

 武器もなければ魔物除けのポーションも材料が無くて作れない。しかし、マリエラには心強い味方がいるのだ。こんな時こそ来てもらおう。


 《来たれ、炎の精霊、サラマンダー!》

 マリエラは右手の中指にはめた指輪に魔力を込める。サラマンダーがいてくれれば、松明なんてなくたって周りを照らしてくれるし、マリエラよりも強そうだ。


 そう思って呼ぼうとしたのだけれど。


「……来ない」

 サラマンダーは来なかった。


「えー。まだ受肉したままなのかな?」

 師匠の元へ案内してもらう代わりに、多めの魔力で受肉させたのだ。小さいトカゲの体でも、現出するのは嬉しいらしい。


 けれど仮初であっても肉の体がある限り、ほいほいと来たり消えたりはできない。肉の体で歩いて来るか、魔力が切れて還った後で、再び召喚するしかない。


「だっ、大丈夫! 一人でも平気だもんね。ここは一方通行だし、下りた方が早くみんなと会えるもん!」


 意を決したマリエラは、ゲプラの実を包んだ葉っぱと、ひも蔦の葉とロープを肩に背負うと、ちょっぴりへっぴり腰になりながら、薄暗い螺旋階段を下りていった。


  挿絵(By みてみん)     挿絵(By みてみん)

 図.東南の塔 最上階    図.東南の塔 螺旋階段


 てくてくぐるぐる、てくてくぐるぐる。

 どれくらいこの塔を下りただろう。見上げた頭上にも、見下ろす足元にも螺旋階段が続いている。かれこれ数時間は歩いているのではなかろうか。

 途中で2回、マリエラがいたような部屋があって、休憩をはさみながらの移動である。そうでなければ、変わらない螺旋階段に目が回って上も下も分からない状態で、転がり落ちてしまったかもしれない。


 途中の部屋にも、茸や苔、育ちが悪いながらも薬草などが生えていて、採取しながら移動した。残念なことに、香草として使える草はあったけれど、そのまま食べられそうな植物は手に入らなくて、本格的にお腹が減った。途中の部屋と最初の部屋で違いがあるとすれば、窓が小さくなっていることと、窓の両脇に赤々と松明が燃えていることくらいだ。

 窓というよりスリットに近いかもしれない。手を出すことはできるけれど、マリエラの頭は通らない縦に細長い窓が3つセットで並んでいる。それが最初の部屋と同様に8方向。日が昇っていたなら、今どちらの方向を向いているのか分かったのだろうが、二つ目の部屋にたどり付いた頃には日はいつの間にか落ちていて、松明の灯った部屋から除く外の景色は真っ暗で何も見えない。


「インク壺を覗いてるみたい……」

 ガラスのない窓枠だけの窓からは、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。


「え? 風?」

 おかしい。外は水中だったはずだ。どうして風が吹き込んでくるのか。

 窓から真っ暗な外へと伸ばしたマリエラの指先は、水に触れることなく外の空気を掴んでいた。


「水がない!?」

 いつの間に水がひいたのだろう。手を伸ばして塔の外壁に触れてみると、しっとりと濡れた水草が手に当たる。やはり先ほどまで水に浸かっていたらしい。


「どうなっているんだろう……」


 訳は分からないけれど、この窓は狭すぎて頭を出して外を見ることはできないし、何より外は真っ暗で様子を知ることもできない。水は引いても、外はインク壺のようにどろりと深い闇が満ちていて、見通しの効く水の中の方がよほど安全な気持ちさえする。


 なんとなく、外の暗闇が恐ろしくなったマリエラは、触れた外壁の水草を引き抜きながら手を引っ込める。


「あ、これ、ハルノニアスだ。これが生えてるってことは、塔の中は……安全なのかな?」


 ハルノニアスは水場の守りとも呼ばれる水草の一種だ。水草の割には、陸上の常緑樹のような硬くしっかりとした葉をもち、岩場などに根を這わして生息する。水場の守りと称されるのは、人や獣が水場にするような川や湖に生息すること、ハルノニアスのそばに水生魔物が寄って来ない性質による。

 最初に目覚めた部屋では、魚の魔物が泳いでいたけれど、ハルノニアスが生えているならこの塔の中は安全なのだろう。もっとも今は水がないから魚も泳いで来られないだろうが。


 ちなみにハルノニアスも食べられない。毒ではないが栄養もない。この部屋は安全なのだろうけれど、動けるうちに少しでも先に進んだ方がいいだろう。


 そう思って歩き続け、ようやく3つ目の部屋が見えてきた時、マリエラは「ギャウギャウ」と吠えるラプトルの声を聞いた。


「この声、クー!?」


 急いで階段を駆け下りるマリエラ。飛び込んだ三つ目の部屋もこれまでの部屋と同様に長い窓の脇に松明が赤々と燃えているだけの殺風景な石の部屋だったけれど、下階へ続く階段の他に二つの扉が付いていた。


 扉は直角方向についているから、最初の部屋から確認できた北と西へ向かう扉なのだろう。北へ向かう扉は半分朽ちていて、上部が欠けて外が見える。きちんと締まらないのか少し開いていて、押せば簡単に開きそうだ。

 西の扉はきちんと締まっているけれど、マリエラを何度も助けてくれたラプトルのクーの鳴き声は、こちらの西の扉から聞こえてくるようだ。


 下階に向かう下り階段も、今までの薄暗い螺旋階段とは違ってこの部屋同様の明かりが漏れているから、すぐ下にも部屋があるのかもしれない。


「ギャ、ギャ、ギャウー」

 クーの声は断末魔というほど切羽詰まったものではないが、助けを求めているように聞こえる。バシバシを尻尾を叩き付ける音も聞こえてくるから、なにものかと戦っているのかもしれない。


(て……敵!?)


 助けを求めるクーの鳴き声にマリエラは…………。



《地脈の囁き》:マリエラの行動を投票で決定します。

5/3 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。

大筋は変わりませんが、ルートによってエピソードが増えたり減ったりエンディングが変わったりする予定。


 →1.クーの声がする西の扉を開け、扉の外へと飛び出した。

 →2.とりあえず、なんか役に立つものは無いかなと、下の部屋へと降りていった。

 →3.戦えないマリエラにできることは無いのだからと、北の扉の向こうに逃げ出した。


5/5 更新予定です。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
改定&更新中!『俺の箱』もよろしくお願いします(なろう内、別ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
確か、 平成か、令和の仮面ライダーで 視聴者投票で ラストの展開が変わる作品が 有った様に思います。 こういう趣向も面白いですね。
昔は雑誌なんかで読者のハガキで主人公の行動を決める企画はあったんだけど、今の子はしらんわな。 ゲームブックも知らないならこれが新鮮に見えても仕方ないか。
アンケで展開が変わるなんて、面白い事をしていたんですね。 感想は合った方が、無いよりいいかなと思って書き散らしましたが、負担になるでしょうし、感想返しは無くても大丈夫です。
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