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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
172/297

創造の魔手

 ウェイスハルトを放置して地上に戻ったキャロラインは、父ロイスや家令に状況とポーションの消費予測を伝えた。


 各階層とも、迷宮から魔物が溢れるという状況のわりには、安定した戦闘が繰り広げられている。もちろん予断は許さない状態であるのだが、一気に魔物が押し寄せて死傷者が大量に発生するということにはならないだろう。逆に戦闘の長期化が見込まれるから、疲労が蓄積する頃合いにポーションをまとめて届ける必要がありそうだ。


「ふむ、それでは我々供給側は必要な時に動けるように、休息をとりつつ準備しよう。キャル、お前も少し休みなさい」

 そう言ってキャロラインを労うロイスに、

「わたくしは、お兄様に状況をお話してから休みます」

 と、再び街へと出かけて行った。


 ロバートが働く診療所には、既に多くの怪我人が押し寄せていた。

「お兄様、ポーションは足りていますか?」

「キャルか。お前の采配なのだろう? 迷宮だけでなくこちらにも十分なポーションがとどいている。治療にあたる人手の方が足りないくらいです」


 そう答えながらも手を止めないロバート。

「魔物の牙を体内に入れたままポーションで傷をふさぐからこんなことになるのですよ!」

 と怒りながら患者の腹部を切り開いて、体内の異物を取り出している。

 一時の陰気な様子に比べると、随分と生気に満ちた顔をしている。家督を外されてしまった兄ではあるが、今のロバートを見ているとこれで良かったのではないかとキャロラインには思えた。


 それにしても、こんな誰でも入れる場所で、体が汚れたままの冒険者を開腹するなど少し前の迷宮都市では考えられぬことではあった。このような治療を施しても、この後でポーションを使用すればなんの問題もなく治すことができるのだからポーションとは便利なものだ。


「全く! 無知蒙昧な者共が、ポーションに頼りすぎるからこうなるのです! これでは二度手間だ! よし、治ったぞ。次の者!」

 ロバートは冒険者たちを罵りつつも治療しているのだが、冒険者たちは彼が言うように無知蒙昧なものだから“無知蒙昧”などという難しい言葉は理解していない。

 分かったとしても、ロバートは丁寧な口調のわりに口が悪いから、いつものことと受け流すだけなのだが、今日の冒険者は事態の深刻さに、つい愚痴めいた本音を漏らしてしまう。


「だったらよ、若先生が迷宮に来てくれりゃいいんだよ」

 今はまだ、迷宮を上ってこの診療所まで治療を受けに来ることができるが、もっと戦況が厳しくなったらここに来るまでもたない者も出てくるだろう。

 この貴族然とした青年に迷宮で戦う力などないのだろうが、命を懸けて魔物に対する不安からか、その冒険者はついそんな一言を漏らしてしまった。


「ふむ、なるほどその方が効率がよさそうだ。そうするとしましょう」

「え? 若先生!?」

 唖然とする冒険者を尻目に、その考えはなかったと言いながらロバートは、治療の機器を鞄に詰め込み始めた。


「お兄様、行かれるならば20階層がよろしいかと。一番負傷者が多いようですわ。お兄様が使われる分のポーションの輸送とこの診療所の後任はわたくしのほうで手配しておきます」

「手間をかけますね、キャル」

 そそくさと出ていく兄とその後に続く護衛の兵士たち。余計なことを言ってしまったとばかりに、治療を受けた冒険者まで後ろを付いて行っている。


 そんな彼らを見送りながらキャロラインは、兄が思う存分治療を行えるように諸事を整えるために指令室のある冒険者ギルドへと向かっていった。



 *****************************



 永劫とも思える闇を切り裂きながら、レオンハルトたちは進んでいた。

 この暗闇の階層で戦い始めて、どれほどの時間がたったのだろうか。

 一体これは、何本目の特級リジェネ(再生)薬なのだろうか。


 倒しても倒しても尽きることない強敵をそれでも倒し続けて、迷宮討伐軍は前へ前へと歩を進める。

 どれ程負傷を負おうとも、何度魔力が枯渇しようと、後ろに続く錬金術師(マリエラ)が作り出す何百本ものポーションによって、彼らは再び戦線に戻る。


 もはや、どこから来たのかさえ分からない、無限とも思える暗闇の世界は、しかし徐々に変化を見せ始めていた。


 足元は抉り取られたようにでこぼことしていて、凹凸の縁には柔らかい土がわだかまっている。そんな場所を奥へと進むと、そこに双子の大樹が生えているのが見えた。


 遠くから離れて見るそれは、()()()()()()()()()、その全貌がはっきり見えても大樹に見えたことだろう。

 例え、幹と呼べる物がなく、大地から枝が何本も生えた状態だろうとも。

 たった一片ほども葉が付いていなくとも。


 樹木というよりは、木が反転して根が地上に現れたような、そんな存在であったけれども、幹を持たず地面から枝を何本も生やすような植物は存在する。その枝が複雑に枝分かれして広がる様子も、葉が茂る枝先に、葉肉を持たず楓のような根元から5つに分かれた葉脈だけが生い茂っている様子も、枯れてしまった樹木のようだ。


 しかし、レオンハルトらが知る樹木と決定的に異なっていたのは、その双樹がうねうねと、何かを掴むように蠢いていることだろう。枝先だけが風に揺られるように震えて動いているのではない。地面から突き出した枝の一本一本が、うねうねと根元から動いている。

 周囲の魔物を蹴散らして近づいて見たならば、枝先の5本に別れる葉脈までもが蠢いていることが見て取れただろう。


「これが、手というわけか……」


 双樹であるということは両手なのだろう。脚を置き去りにし、腹を裂き、この地に両手を残した。

 脚の歩くという概念が『歩く火の山』や『多脚の刃獣』と化し、腹からは魔の森の氾濫(スタンピード)で喰らいつくした人や魔物が溢れ出た。

 それではこの『手』は一体どういうものなのか。


 レオンハルトの疑問に対する答えはすぐに得られた。

 双樹が大きく傾いて、何かを掴み捏ねるような仕草を見せると、その方向の地面が抉れ、見る間に一つの土塊が造り上げられたからだ。


「創造の御手というにはおぞましい。『創造の魔手』とでも呼ぶとしよう。

 皆の者! あれこそがこの階層の親玉だ! 土くれより魔物を生み出す、命の定めに背きし忌まわしき手だ!

 あれさえ打ち倒せば、この魔物どもも最早新たに生まれては来ぬ。

 奮い立て! 迷宮の主は近い! 

 奮い立て! 我らが切っ先はもう直ぐ彼奴(きゃつ)に届くのだ!」


 奮い立て、奮い立てとレオンハルトは兵士たちに告げる。

 奮い立て、奮い立てとレオンハルトは己に命じる。


「奮い立て!」「奮い立て!」

 ディックが、ニーレンバーグが、レオンハルトにしたがう兵士たちが口々に声を上げる。


「奮い立て!」「奮い立て!」「奮い立て!」

 倒れても、倒れても、消え去りそうな命の灯を、バラバラにちぎれた四肢を繋ぎ合わせ、ポーションで癒やして何とかここまでやってきた。


「奮い立て!」「奮い立て!」「奮い立て!」「奮い立て!」

 体力も魔力も気力さえ、とっくに限界を超えている。

 特級のリジェネ(再生)薬で未来を対価に差し出して、ここまでたどり着いたのだ。


「奮い立て!」と鼓舞する今でも体が軋む。視界は霞み、吐く息は血の味で呼吸さえままならない。

 苦しいのだ。辛くて痛くて、何も残っていないのだ。

 いっそここで立ち止まり楽になればと思うほどに、身も心も削られて、もはや何も残っていない。

 けれどここで立ち止まったら、ここでついえてしまったならば、自らの生きた証さえ残りはしない。


 だから、みんな叫ぶのだ。

 己を、仲間を叱責し、励まし立ち向かうために。

「奮い立て!」「奮い立て!」「奮い立て!」「奮い立て!」


 レオンハルトが剣を振る。幾度も切りつけ魔物を屠ってきた刀身は、欠けて疲労が蓄積し、もう長くはもたないだろう。彼自身の状態を表すようなその剣を、レオンハルトは振りかざす。

 兵士たちを、彼に従う部下たちを奮い立たせる金獅子の咆哮は、その喉が潰れ声が枯れ果てかすれても、兵士たち一人一人の心に届く。


 ディックは、各部隊長たちは、部下を鼓舞し激励し、扱いなれた自分の武器で何度も何度も突撃する。限界を迎えた彼らの体は、武器を一振りするごとに筋が千切れ、筋が裂け、そしてその度、リジェネ(再生)薬がその身を癒やす。

 魔物の爪が、牙が、彼らを傷つけ何度も何度も吹き飛ばし、体中の血を流し尽くしても、なお足りないほどに血まみれだ。その何倍もの魔物を屠ってきた彼らの体は、己と魔物の血にまみれ、人とも思えぬ有様だ。


 そんな彼らをニーレンバーグは治しつづける。立ち上がり戦う意志がある者の、前に進んでいこうという意志を、彼は決して終わらせはしない。

 どれ程その身が血に染まろうと、どれほどの痛みに苛まれようと、くじけぬ意志があることを、ニーレンバーグは知っているから。


「この場所に、共にあれるこの身に感謝を」

 ジークムントは弓を引く。

 この場所は、この地の底は地獄のような場所だと思う。

 けれどここには、この暗闇には眩しいほどの人の意志が満ちている。

 今まで受けた痛みや苦しみは、今ここで受ける苦痛に比べれば児戯のようであると思える。そんな苦難を乗り越えて、進んでいく迷宮討伐軍に美しさにも似た感銘を受ける。


 なんと、人の強きことよ。なんと己の弱かったことか。

 今ここで、この場所で、共に戦い未来を創れる己の運命に、ジークムントは深い感謝を捧げる。

 自らの両手でマリエラを守り通せる未来よ来れと、真摯なまでに祈りを捧げる。


 祈りと感謝を込めたジークの矢には『精霊眼』に昂められ、幾多の精霊たちが集い来る。無理な使用に『精霊眼』は血を流してはリジェネ(再生)薬の効果で癒やされる。


 再生と破壊を繰り返す肉体と、生誕と死滅を繰り返す魔物たち。

 その連鎖に終止符を打つべく、ジークムントの矢は『創造の魔手』に向かって放たれる。



 そして、マリエラは。

「ポーションは、人を癒すものなのに。痛みも苦しみも取り除いてくれるものなのに……」

 腕がもげ、脚がちぎれても誰も歩みを止めようとしない。どれほどの苦痛に苛まれようと、ポーションがあるかぎり、その傷は癒やされ再び戦場へと舞い戻っていく。

 血を流し、血を流し、その血に染め上げられた跡を歩いて、彼女はここまでやってきた。


「お嬢ちゃん、地脈の欠片を拾ってきた。これでポーションを作ってくれ」

 血まみれの兵士がマリエラにこの階層で得られた地脈の欠片を手渡す。《薬晶化》した薬草や月の魔力はまだ残っているけれど、持って来た地脈の欠片は使い果たしてすでに無い。

 リジェネ(再生)薬の継続回復効果があるからこそ持ちこたえている状態だ。


「マリエラ、ポーションを作るんだ。誰も諦めてはいない。マリエラがポーションを作ってくれるから、治すことができるから、皆あんな魔物に立ち向かえる。

 勇気を振り絞ることができる!」

 ジークはずっとマリエラのそばにいて、彼女を守り励ましている。


「でも……」

 地脈の欠片を受け取るマリエラの手が震える。


「くっ、危ない!」

 丁度その時、低空を舞っていた小型のドラゴンが、マリエラたちに向けてブレスを放った。

 前に躍り出たジークが幾本も矢を放ってブレスの弾道をそらし、ドラゴンそのものを地に落とす。放たれたブレスはさらに盾戦士によって弾かれて、マリエラに当たることは無かったけれど、ブレスがかすったジークの左半身は焼け焦げぶすぶすと煙を上げている。


「ジーク!!!」

 叫ぶマリエラ。

「大丈夫だ。リジェネ(再生)薬が効いている。これくらいすぐに治る。

 手を止めるな、マリエラ。ポーションを作ってくれ。

 俺たちは諦めてなどいないんだ。リンクスも最後の瞬間まで決して諦めたりしなかった。

 俺たちの希望を消さないために、ポーションを作ってくれ」

 ジークは落ちたドラゴンを見据え、弓を引きながらマリエラに語り掛ける。


「でも、でも、ジーク……、血が……、煙まで……」

 泣きそうなマリエラの声に、ジークムントは一瞬だけ振り返り、にっこり笑ってこう言った。


「マリエラ、こんな時は、頑張れって言ってくれ」

「……ジーク……。わかったよ。頑張れ! 頑張れジーク! 頑張って!!」


 マリエラは地脈の欠片を握る手に力を籠める。

(みんな頑張ってるんだ! 守られてばっかりの私がくじけてどうするの!)


 そんなマリエラに、ラプトルもサラマンダーも、「ギャウギャウ」「キャウ!」と声援を送る。


 《錬成空間》

 ポーションしか作れないけれど、他には何もできないけれど、錬金術師を続けて良かった。ポーションを作り続けて良かったんだと、マリエラは思う。


(私にも、みんなの為にできることがある……!)


 地脈の欠片はこの階層の魔物から得られた分しかもうなくて、数は残り少ない。一つだって無駄にできない。作りだすポーションの1本1本に祈りを込めて、願いを込めて、できる限りの《命の雫》をとじこめて、マリエラはポーションを作る。


(頑張れ! 頑張れ! みんな頑張れ!)

 ポーションに込められた想いはきっと届くから。


 マリエラの想いのこもったポーションは、迷宮討伐軍の、ジークの傷や魔力を回復させる。

 終わりの見えない戦いに強張った心と、痛みに委縮した体に、マリエラの想いは温かく染みわたり、迷宮に赴く前の初心を蘇らせていく。

 階層主へと立ち向かう兵士たちはもう、武器を握る手に再び力を籠めなおし、もう一歩前へと踏み出した。





ざっくりまとめ:みんな頑張れ。

※ 次回サブタイトルは「エドガン、モテる」です。


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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
次話の先頭から戻ってきました。サブタイトル、本当だ…
[良い点] 腹の階層に出てきたゾンビやアンデッドの群れの如くなりおおせても、足を止めない討伐軍の勇姿に涙 [一言] 次回予告が不穏だ シリアスさんパートであってほしい
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