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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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スタンピード

※ 新春早々ですがグロ注意です。

「なんだ、こいつらは! 魔物と混ざっているぞ!」


 うぞうぞと湧き出て来る死人の群れに、兵士たちが混乱の声を上げる。

 死人たちは、でたらめに継ぎ合わされた体に慣れていないのか、動きがどこかぎこちない。中には生前高位の冒険者であっただろう身のこなしの死人も混ざっているのだけれど、切れのある動きを見せるのは自分の体の部分だけで、重心のずれや足の長さの違いなど、継ぎ合わされた体が邪魔をして実力を出し切れていない様子だ。

 虚ろな彼らの表情からは、理性らしきものを読み取ることができないから、己の体が出たらめにつなぎ合わされていることに、気づいていないのかもしれない。


 それを「幸いなことに」と評するべきは、骸を弄ばれた死人たちにとってだろうか、それとも迎え撃つ迷宮討伐軍にとってだろうか。

 少なくとも、尽きることなく溢れ、迫り湧き出る死人の群れに、200名を割り込んだ迷宮討伐軍で対応できているのは、彼らの歪な体ゆえではあったろう。


 剣を振るい死人の首を、手足を切り落とし、槍はその体幹に大穴を開ける。ハルバードは胴を真っ二つにし、矢は雨のように降り注ぎ、魔法が死人を呑み込んでいく。


 虐殺にも似た圧倒的な進軍だ。

 レオンハルト率いる迷宮討伐軍は集団として最強に近い強さを誇る。


 そうであるのに、死人は何故(なにゆえ)ひるまないのか。

 死人故に、恐怖も痛みも感じないのだろうが、体幹に穴が開こうが省みず、脚が無ければ腕で這い、腕が無ければ口で武器を噛み締めて、倒せど倒せど迷宮討伐軍へといどみかかる様子には、どこか信念にも似た決死の思いが感じ取れる。

 それはまるで、迷宮に、死地へと赴く迷宮討伐軍の同胞たちが抱いているような。


「我らの街を守るのだ、今こそ我が名を示す時」

 そんな思いがマリエラに伝わる。それはどちら(・・・)の想いだろうか。

 200年前、いやマリエラからすればたった1年程前の出来事なのだ。魔の森の氾濫(スタンピード)の混乱の最中に、彼女が耳にし感じ取った防衛都市の、エンダルジア王国の人々の想いが、200年の時間に風化することも許されずに、今ここに満ちている。

 その想いに終止符を打つ術など一介の錬金術師であるマリエラにはない。マリエラは、ただラプトルの背にしがみ付き、死人の群れを薙ぎ払いつつ進む一軍と共に、過ぎさりし時間を駆け抜けていた。


「我らの街を守るのだ、今こそ我が名を示す時」

 自分はここで潰えようとも、大切な誰かが生き残れるなら。そんな願いが、交わされる剣から伝わって来る。レオンハルトは死人たちから伝わって来るそんな気持ちに覚えがあった。


「あいつらは、未だ夢を見ているのさ。二百年前の終わらない悪夢を」

 第58階層に続く階層階段までたどり着いたレオンハルトに、フレイジージャがそう伝える。

「彼らは、200年前の魔の森の氾濫(スタンピード)の犠牲者なのだな」

 レオンハルトの問いに頷き答えるフレイジージャ。死人たちは未だ魔の森の氾濫(スタンピード)の悪夢のなかで、レオンハルトらが襲い来る魔物か何かに見えているのだろう。だからあんなになってまで、戦い続けようとするのだろう。


「つまりこの下にはエンダルジア王国1国分の死人が待っているというのですね」

「それと、死んだ魔物たちもな」

「なぜ魔物たちまで?」

 ウェイスハルトとフレイジージャのやりとりをおぼろげに聞きながら、マリエラはかつてジークから聞いたエンダルジア王国滅亡の物語を思い出していた。

 ジークは200年前の魔の森の氾濫(スタンピード)はおとぎ話のように語り継がれていると言っていた。王国に、防衛都市へと押し寄せた魔物の群れは、立ち向かう勇者たちを、王国の民を平らげ、さらには魔物同士で喰らいあい、最後に残った一体が地脈の精霊を呑み干して、後には迷宮が生まれたと言われていると。

 フレイジージャの答えは端的で、そしておぞましいものだった。


「ここと一つ上の階層は迷宮の主の『脚』だっただろ? 足の上には何があるんだ?」

「腹……、か」

 つまり下の階層は、200年前喰われ喰い合い喰い腹に溜まったものたちの成れの果てが集っているということなのだ。


 この階層に溢れ出てきているのは、そのほんの少しだけなのだろう。ぽかりと開いた階層階段からは、死人が積み重なるように溢れ出てきてはいるけれど、階層階段自体の断面積が律速して、一度に出てこれる数が決まっている。

 今は階層階段前に陣取った精鋭たちが、技をたたき込みながら死人を燃やし、あるいは肉片に変えて、これ以上の進行を押しとどめている。


「賢者殿は、何故死人が階層を超えられたとお考えか?」

 今度はレオンハルトが意見を求める。

 その問いは、本来意味のないもので、楽観的な意見に安堵を覚えたいだけのものだっただろう。けれどそれを切って捨てるかの如く、フレイジージャは、

「死人だけだと思うかい?」

 と質問を返した。

 死人に階層を超える能力があるのではなくて、第58階層の解放と同時に魔物の階層間の移動が解禁されたのだと、レオンハルトが懸念した通り、迷宮の氾濫(スタンピード)が起こりつつあるのだと。


 それを聞いたレオンハルトは、僅かに躊躇(ためら)うこともなく、弟に命じた。

「ウェイス、お前は斥候および第4、第5部隊を連れて地上へ戻れ」

「しかし、兄上!」

「案ずるな。迷宮の主(ヤツ)も脚を失い窮状(きゅうじょう)に喘いでいるのだ。この機を逃すわけにはいかん。迷宮を斃し、この街に、我らが領民に未来をもたらすことこそが、このレオンハルトの宿願だ。

 だがな、この街の、我らが領地の未来というのは、民あってのものなのだ。民なくして何が領主か。民を守るも我らが務めだ。だからこの任、お前に託す。

 行け! ウェイスハルト。皆を頼むぞ!」


 そう言って、弟の肩を強くたたくレオンハルト。

 すれ違いざまに、「行け、お前の姫を守ってやれ」と言い添えて。


 ウェイスハルトはぐっと歯を食いしばり、強く手を握りしめた後、託された斥候および第4、第5部隊に矢継ぎ早に指示を出した。

「一気に駆け抜ける。遅れずについてこい! 斥候は迷宮内の冒険者に知らせて帰還を命じろ! 階層周辺の魔物の移動状況についても可能な限り情報を集めよ!」

 第2階層は地下大水道に通じている。ここを通られると厄介だ。直ちに封鎖する必要がある。迷宮都市中心の迷宮を囲む防壁は封鎖し、迎え撃てるよう整えなければ。同時に戦えない者たちに避難の指示も必要だ。犠牲を最小限に止めるためには、魔物の進軍より早く地上へ帰還する必要がある。


(ディック、私は地上へ向かいます。生きて再び会いましょう)

 地上へ向かうマルローがディックに別れの念話を送る。マルローの念話は迷宮の最深部から地上ほどの距離を伝達できるものではないが、混乱を極めるだろう地上で必ず役に立つだろう。

(あぁ、お前の念話は必要だ。死ぬなよ)

 短く応じるディック。気負いも恐れもない返事はひどく彼らしいものだった。


「マリエラ、ちょっとばかし怖いかもしれないからね、目をつぶってラプトル(クー)にしがみついといで。サラマンダー、《おいで》。マリエラの行く先を照らすんだよ」

 フレイジージャは『師匠』の顔でそう言うと、マリエラの頭をやさしく撫でて、手を取り手綱を握らせた。

 どこか見覚えのある死人の群れに、震えることしかできないマリエラの手は、冷たく冷えて震えている。そんなマリエラの右手を両手で包み込むように握りしめた後、中指にはめた指輪に触れて、手のひらほどの小さなサラマンダーを召喚すると、クーの頭に乗せて笑ってみせた。


「キャウ!」

「ギャウッ!? ギャウ!!」

 小さなサラマンダーが何事かを伝えると、クーが「任せとけ」とばかりに返事をする。


「じゃあ、ジーク。頼んだよ」

 そう言って、酒瓶を取りに行くような何気なさでマリエラの元を離れ、レオンハルトのいる前線へと歩いていくフレイジージャ。

「しっ、ししょう……」

 マリエラの呼ぶ声に振り返り、手を振って応えるフレイジージャの姿にマリエラは、師匠に二度と会えないような、そんな不安を覚えてしまった。


 呼び止めたい。けれど、きっと呼び止めてはいけないとマリエラは思う。

 師匠は為すべきことがあったから、200年後のこの時代に目覚めたのだと思うから。

 師匠は為すべきことを知っていて、こうして出かけていくのだろうから。

 そして、師匠が行けと言うのなら、辿り着いた先にマリエラの為すべきことがあるのだろうから。

 マリエラは、リンクスを失った時のように、せめて足手まといにだけはならないようにと、ラプトルの手綱を強く強く握りしめた。



「さーて、将軍閣下。行きますか」

「これは、炎災の賢者殿。ご助力いただけるとは心強い。何か良い作戦が?」

 全てを知り尽くしたようなフレイジージャにレオンハルトが声を掛ける。死者の大地を前にして、恐れを見せないレオンハルトの様子は金獅子の二つ名にふさわしい堂々としたものだった。


「作戦てほどじゃないけどね、あいつらはデタラメに作られたもんだから、()()のわりに実力が低い。だけど数だけは多いし、下は迷宮の主の腹の中だ。

 この階層じゃ、きざめば(・・・・)動きは止まるけど、下なら大まかに切り分けたくらいじゃ、じきに作り直されるだろうね。全員が100人切りをやったって、追っつかないだろうよ。

 だから気にせず駆け抜けな。階層移動の制限が解かれたんだ。下への道はすでに開いてるはずだ。

 幸い腹の中ってやつは、分岐のない一本道だ。蹴散らし真っ直ぐ走っていけば、必ず辿り着けるだろうよ」

「だが、それでは死人が上へ溢れてしまう」

「ここは、あたしが食い止める」

「賢者殿……」

「気にする必要はないよ。このくらい、200年前の魔の森の氾濫(スタンピード)で魔物を間引いたことに比べれば、随分と楽な仕事だよ。

 それに、あいつらは200年前の連中だ。200年前からやってきたあたしが還してやるのが筋ってもんだ。そうだろ? 

 大丈夫、心配はいらない。あたしはとても長生きなんだ。

 引き際だって心得ている。こんなところでくたばりゃしないさ」


 にぃっと笑ったフレイジージャの笑顔によって、二人の会話は締めくくられた。

 決断を戸惑う時間は最早ない。作戦は定められたのだ。

 レオンハルトは全軍に手持ちの魔物除けポーションを使うよう指示を出した後、作戦開始の号令を下した。


「魔導士部隊前へ! 全力で叩き込んだ後、全軍我に続け! 全力で駆け抜ける!」


「うおおおお!」

 迷宮が震えるような雄叫びは、一体誰のものだろう。

 魔導士たちが放った大出力の火炎にそのまま突っ込むように、レオンハルトが先陣を切る。その後を、ぴたりと従う兵士たち。

 人が焼け、魔物が燃え、呑まれた街が灰燼と帰す臭気すら吹き飛ばすように、誰も彼もが皆叫ぶ。

 誰も彼もが武器を振るい、魔法を技を放って活路を開く。


 まるで突進する一個の獣のようだ。

 まるで押し寄せる魔物のようだ。

 まるで、魔の森の氾濫(スタンピード)のあの日のようだ。


 迷宮第58階層は、赤黒い腸のような洞窟で、そこに空などありはしないのに赤黒い壁は炎上する街のごとくで、赤黒い床は血に染まる滅びし国を思わせた。


 過ぎし悪夢を振り払うように、覚めぬ悪夢を置き去りにしたまま、迷宮討伐軍は縋る死人を振り払い、文字通りその身を切り刻まれながら、悪夢の中を駆け抜けていった。


 剣を取れ、弓を構えよ。おのれ、魔物め。よくも、よくも――。

 それは、誰の想いだろうか。

 誰に向けての想いだろうか。


「全部終わったことなんだよ」

 レオンハルトらの遥か後方、迷宮第58階層、尽きぬ悪夢の入り口でフレイジージャは静かに佇む。

 彼女の周りには炎が幾重にも壁となり、死人が上の階層になだれ込むのを防いでいた。


我が眷属よ(おまえたち)、出番だよ。200年ぶりの大舞台だ。過去に囚われた哀れな迷子を連れて還る仕事だよ。さぁ、今まで喰らった供物(さけ)の分だけ、きっちり働いてもらおうじゃないか」

 炎に焼かれ炭と化しても、積み重なるように押し寄せて来る死人の群れにフレイジージャを囲む炎の防壁は少しずつ小さくなる。時折飛んでくる槍や魔法をするりするりと躱しながら、上階への階段を死守するフレイジージャは美しい炎舞を演じているようだ。


 その舞は彼女の独演ではなくて、彼女を囲むように次々と浮かび上がって来る炎の精霊たちによる群舞であった。


 フレイジージャは舞いつつ謡う。

 精霊たちに捧げる唄を、眷属たちに命じる唄を。

 いやそれは、死人に捧ぐ鎮魂歌であったのかもしれない。


火多火多(ひたひた)と、火多火多と来たれ。真炎(しんえん)よ、深焔(しんえん)よ、()は原始の血。熱せよ、滅せよ、爆ぜて発せよ。《爆炎招来》」


 その瞬間、死者の悪夢の階層は轟音と爆風と圧倒的な熱量で、悪夢は灰と化し消えた。

 死人は200年の悪夢から覚めて、死者はただ死者として還るべき場所へと旅立った。




ざっくりまとめ:師匠の酒、燃料だった


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