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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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二本目の脚

 第57階層に降り立ったマルローたち斥候部隊が初めてそれらを目にした時、「金属でできた巨大な杭のようだ」と、そのように思った。


 その柱がどこまで伸びているのかと天を仰いだその後は、「首も尾もない馬のようだ」と評する者もいれば、「前へと歩く蟹のようだ」、「脚を下へ伸ばした蜘蛛のようだ」と評する者もいた。


 結局、その魔物を『(けもの)』と表現するに落ち着いたのは、蟹や蜘蛛の脚が曲がった状態を定常とするのに対し、その魔物の脚がはるか上空に望む胴体から真っ直ぐ伸びて立っていたからだろう。


 魔物の脚は黒い鋼の毛が、ワイヤーが絡まったように生えていて、所々に覗く地肌は金属光沢を持つ暗い緑や紫で、磨いた金属が焼け付いて変色したようにも、元からそのような色であったようにも思える。


 1本の脚の太さは、人の背が届く先端部分で一抱えほどだろうか。実際に抱えて測ることなどできはしない。わずかに弧を描く先端は尖っており、巨大な鎌のように研ぎ澄まされた刃のようになっているから、巨大さに似合わぬ素早い動きに、人間などすぐさま真っ二つにされてしまうだろうからだ。


『刃脚獣』と仮称されたこの魔物は、刃の脚を左右に4本ずつ、合わせて8本持つくせに、頭もなければ尾も持ち合わせていない。

 この迷宮第57階層は、落ち切らぬ雨を抱えたような灰色の雲が低く立ち込めた階層で、霧と呼ぶにはいささか薄い湿気を含んだ空気に空と雲の境があいまいで、遠くはけぶって見通せない。刃脚獣は足の長さだけで10メートルを超えるから、側面からその全貌を把握できる距離では、(もや)に覆われ視認できない。近づいて下から仰ぎ見てようやく、馬のような楕円の胴から刃脚だけが生えているのだと分かるのだ。


 こんな魔物は見たことも聞いたこともありはしない。だから、刃脚獣と便宜上名をつけたのに、この階層にはこの刃脚獣がうじゃうじゃいるのだ。


 ザクッ、ザザッ、ザクッ、ザザッ。

 馬の駆け足くらいの速度で動き回る刃脚獣の刃の脚が、砂と砂利が入り混じった迷宮の地面に突き刺さる。元は岩場だったのかも知れないが、突き刺し斬り裂く刃脚によって、砂と小石に砕かれた足元は、人間が進むにはしまりが悪く脚を取られて歩きづらい。


「先の階層も火山が歩いていたが、この階層もおかしな脚の魔物とは。迷宮の主は脚に何やら思い入れでもあるというのか」


 迷宮討伐軍を率いて第57階層に降り立ったレオンハルトが、独り言のように漏らした苦言に、同行していた炎災の賢者ことフレイジージャが返事をする。


「そりゃ、脚が二本あるからだろうさ。人間だって同じだろ。右足か左足かは知らないけどね、片足ずつ使った(・・・)ってことだろう」

「それは随分と、ぞっとしない話だ。いや、もう直ぐだと喜ぶべきか」


 フレイジージャの言わんとすることを察したレオンハルトは、軽く肩をすくめてみせる。確かに、『歩く火の山』には少なからず違和感を覚えていたのだ。

 それまでの階層主は、どれも全うではないにしろ、理解のできる形をしていた。けれど歩く火の山は火山というただそこにあるべきものに無理やり足をくっつけたような、目も口もない異形と呼べるものだった。


『歩く火の山』や刃脚獣を生み出したこの階層主が、迷宮の主の脚から作り出されたというのなら、この『両脚』の先に一体何が待ち受けるのか。そのおぞましい想像に身を震わせる時間も、これらと戦わないという選択肢も、レオンハルトらは持ち合わせてはいはない。むしろ、これらが両足だというのならば、ここからさほど遠くない階層で『本体』とまみえることができると闘志を奮い立たせるべきだ。


 それにしても、この刃脚獣の目や口は一体どこにあるというのか。

 ただの、楕円の岩の塊のような胴体に刃の脚を生やした獣は、どうやって知覚しているのかは理解できないが、迷宮討伐軍に気付いた数体がこちらに向かって走ってきている。


「第2、第3部隊、前へ」

 巨大な斧を備えたハルバードを持つ第2部隊の隊長と第3部隊長のディックを筆頭に、長柄の武器を得意とする兵士で構成された二つの部隊が刃脚獣へと向かっていく。こういった得体のしれない巨大な魔物と相対するには、やはり長柄の武器というのは使い勝手がいい。


「どうりゃあ!」


 並の剣など叩き折る速度と技量で打ち出されたハルバードの切っ先は、ロック・ウィールのドワーフたちが鍛えたアダマンタイト製。いくら一抱えもある金属の塊だとて、斬り裂けぬものではない。

 ギィン、と脳に伝わる金属音を響かせて第2部隊長の放った一撃は見事、刃脚獣の脚を切り裂いた。

 それはディックとて同じこと。彼の黒槍もアダマンタイトで打ち直されていて、突きの一撃が破壊の起点となって刃脚獣の脚をへし折っている。


 けれど、それだけだ。

 10メートルある脚の1本が1メートルほど短くなっただけだ。

 それも8本あるうちの1本だけ。


 刃脚獣に痛みなどはないのだろう。

 複数ある関節を少しだけ折り曲げて脚の長さを調節すると、まとわりつく様に攻撃してくる第1、第2部隊の兵士を串刺しにしようと巨大な刃の脚を振り下ろした。


「あぶねっ」

 頭上から振り下ろされる切っ先を躱しながら、砂利に刺さった刃脚獣の脚にきりつける兵士たち。鋼の塊のような脚を一撃で切り落とせるのは、Aランクの強さを誇る両隊長くらいのもので、他の兵士のハルバードは刃脚の表面に生えるワイヤーのような金属の毛に衝撃を吸収されて、数撃喰らわせなければ切り落とすことさえ叶わない。


「こうやって少しずつ脚短くしていくのか!?」

「ディック、お前作戦忘れちまったのかよ? そんなにのんびりもしてられんでしょ」


 ディックの問いに、第2部隊の隊長が答える。

 砂利の砂地はサクサクとしていて、突き刺さる刃脚獣の脚を支えて動きを阻害しないが、兵士にとって踏ん張りやすい地盤ではない。まだ戦闘が始まったばかりだから体力にも余裕があるが、長丁場になるほど不利になるに違いない。

 そもそも、刃脚獣一体に時間を掛けられるほど、魔物の数が少ないわけではない。

 迷宮討伐軍がこの階層に来たばかりだというのに、この数体の他にも十体以上の刃脚獣がこちらにむかってくる影が、霞む景色の中でも見て取れる。


「脚は報告通り、っと。じゃあ、胴はどうかな」

どうはどう(・・・・・)って、余裕あるな!」

 第2部隊の隊長の呟きに、今度はディックが言い返す。ディックの方も随分余裕がありそうだ。


「余裕はあるけど、ギャグじゃねぇよ! 《戦斧烈破》!」

「むぅ。《昇槍烈破》!」


 それぞれが、相対している刃脚獣の胴体に向かって、遠距離攻撃を打ち出す。どちらも武器にまとわせた魔力を飛ばして攻撃する技で、武器そのものを飛ばすわけではないから攻撃力はやや落ちるし、必要な魔力量も少なくない、肉弾戦を得意とする彼らにとってはあまり使いたくない技だ。


 ドゴォ。

 岩に鈍器をぶち当てたような音を響かせ着弾したディックらの攻撃は、刃脚獣の胴を3分の1ほど抉り、息の根を止めたようだ。

 もっともこの表現が適切かは分からない。活動を停止した刃脚獣は、関節部分が外れるようにばらばらになって、落下してきたのだから。とても命ある生き物の最後とは思えない。


 落下してきた胴体も、それまでは金属の巨大な刃のようだった脚さえも、岩の塊のような色合いに変わって、倒壊の衝撃で幾つかに割れてあたりに散らばっている。


「遠距離攻撃確定だな。2,3人1組で当たれ。上空からの攻撃と倒した後の落下物に注意しろ」

「そういうことだ。かかれ!」


 的確に指示を出す第2部隊の隊長と、適当に指示を出す第3部隊隊長のディック。どちらの隊員も慣れたもので、一度の攻撃で刃脚獣を倒しうるメンバーに分かれて攻撃を始めた。




「階層主の居場所は分かったか?」


 後方の本隊ではウェイスハルトが諜報部隊の報告を待つ。

 この階層にかかる靄は階層主の魔力が含まれているせいなのか、蟲使いの蟲も音使いの音でも離れた場所を探ることができない。だから素早く回避能力に優れた者が刃脚獣の攻撃を避けながら階層中を走り回って、肉眼で階層主を探すしかない。しかもさらに厄介なことに、目を離すと刃脚獣より歩みは遅いとはいえ階層主は動き続けているから、どこかに移動してしまう。刃脚獣とちがって積極的に攻撃してこない階層主を倒すには、諜報部隊が張り付いて逐次場所を本隊へと知らせる必要がある。


「確認しました。前方およそ2時の方向。念話が遠い。距離は2、いや3キロメートル程かと」

「行くしかあるまい。全軍、続け!」


 マルローの報告を聞いたレオンハルトは、全軍に進軍を告げる。

 1軍全員と2軍の魔術師部隊からなる、200名にも及ぶ集団だ。


 全8部隊からなる1軍の内、2部隊が進行方向の刃脚獣を倒して道を切り開き、その後を軍の中心を守るような陣形で進軍していく。

 2,3キロメートルの道のりなど、精鋭の部隊長だけで進めば10分とかからずたどり着けるだろう。けれどそれでは階層主は倒せない。行く手を阻む刃脚獣を倒すだけで魔力が枯渇してしまう。それほどに、この階層の刃脚獣の数は多く、倒しても倒しても灰色の靄の向こうからとめどなく湧くように現れてくるのだ。


 前方を切り開く2部隊だけでなく、本陣の側面にも背面にも靄の向こうから現れた刃脚獣が襲い掛かる。200名の集団というのは、迷宮討伐軍の討伐規模からすると『呪い蛇の王』討伐以上の大部隊なのだが、10メートルを超える脚ならば容易に中央を狙える規模だ。

 固まった集団に向けて振り下ろされる巨大な切っ先を、本陣に配備された盾戦士が防ぎ、魔術師の魔法が弱点である胴体を薙ぎ払う。


「怪我をした者、魔力が切れた者は中央の治癒部隊へ! もうじき第2、第3部隊の魔力が切れる。第4、第5部隊は、出撃準備を! 交代だ!」


 ウェイスハルトの統制で一団は途切れることなく目的地へと進んでいく。魔力切れにより戦況が崩れる前に交代の部隊と入れ替わった第2,3部隊は、吸い込まれるように本陣の中心へと戻っていく。


「ぐあー、魔力切れでクラクラする……」

 普段肉弾戦ばかりしている兵士たちには、魔力切れの感覚が不快なのだろう。魔力量や遠距離攻撃の攻撃力だけ見れば魔導士部隊の方が高いのだが、刃脚獣へと飛び込んで道を切り開くのは攻守ともにバランスの取れた彼らの方が適任だ。

 とはいえ、ここは戦場でしかも彼らは1軍の精鋭だ。開戦して間もなく大怪我を負ったわけでもないというのに、少々“俺たちタイヘンなんだぜ”感を出し過ぎではないだろうか。

 そんな兵士たちに、少女の手がポーションを差し出す。


「お疲れ様でーす。はい。マナポーションです」

「ありがとー、マリエラちゃん」

「俺も、俺も。って、ジークは護衛に徹してろよ。マリエラちゃんから貰いてーんだよ」

「マリエラはポーション作りに忙しい。寄るな、触るな、見たら減る!」


「減らないし!」

 ぷーと膨れながらも、両手で地脈の欠片を月の魔力と共に《命の雫》に溶かしては、マナポーションを作っていくマリエラ。同時並行だ。実に器用だ。こんなに要領の良い作業なんてマリエラらしくない。調子に乗った瞬間にすっころぶ未来しか見えない。


 そんな周囲の心配をよそに、次々とマナポーションを完成させていくマリエラと、マリエラに延ばされる手を振り払いながらせっせとマナポーションを配っていくジーク。


 マナポーションの製造工程はシンプルだ。地脈の欠片を《命の雫》に溶かす時に、月の魔力も一緒に混ぜるだけでいい。そうすれば月の魔力と地脈の力が絡まり合って、月の魔力を摂取した者の体に馴染ませて回復させるマナポーションになる。


 飲むだけで魔力を回復してくれる希少なポーション。これさえあれば常に全力で戦い続けることができよう。魔法だろうがスキルだろうが、最大威力で打ち放題だ。

 こんな戦況を大きく変える奇跡の技に、欠点がないはずがない。


 まず原料が希少であること。誰の物にもなっていない月の魔力でなければならない。魔物や人、誰かの魔力を使っても摂取した者の魔力を回復することはできない。

 最も馴染みやすい月の魔力であっても、地脈の欠片と《命の雫》という高濃度のエネルギーを媒介にしてようやく吸収できる形になるのだ。

 マナポーションの製造過程で余計なものを加えたり、作業を付け加えたりすれば月の魔力は変質して、マナポーションは失敗してしまう。


 つまり、マナポーションは《薬効固定》さえもできないのだ。

 月の魔力を貯められる特殊な水晶から取り出した瞬間から、月の魔力は失われていく。それはマナポーションになった後もだ。

 マナポーションは強力だけれど作りたてを飲まなければ意味がない。


 マナポーションが必要な戦場というのは、もれなく激戦が予想される地で、そんな場所に戦えない錬金術師がやって来る。それも、特級ポーションが作れる数少ない高位の錬金術師だ。

 高位の錬金術師であってもマリエラのようにスキルだけで地脈の欠片の処理ができる者などそういるものでないから、馬車などに設えた簡易の工房を伴って戦場に赴くことになる。当然狙われるリスクはその戦場で最も高い。

 そんなことを分かっていて、それでもマナポーションを供給するため錬金術師が戦場に赴く。それだけの理由があるからだ。


 古来より、マナポーションが歴史に記される戦いというのは、街の、国の、そこに住まう人々の存亡をかけた、文字通り決戦と呼べる戦いだった。





ざっくりまとめ:マリエラ、最前線で少々モテる


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― 新着の感想 ―
古来より、マナポーションが歴史に記される戦いというのは、街の、国の、そこに住まう人々の存亡をかけた、文字通り決戦と呼べる戦いだった。 まだ、57階層なのに? まだ、296分の163なのに? 最終決戦…
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