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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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ウィグラーツィル

 迷宮都市の南東には険しい山々が広がっている。


 山並みは南にいくほど切り立っていて、途中まで登ることはできても人の足では超えることなどできはしない。

 ごつごつとした岩ばかりの山並みは、勾配がいくらかましな東の山でも変わりばえはないが、東の山には切り立った山頂の手前に山の一部がずれて崩れたような、巨岩が積み重なっている場所がある。


 その場所に辿り着くには、山間を縫うように迂回して、比較的勾配の緩やかな、しかし足場の悪い山道を進んでいくほかはない。

 もともと人の立ち入らぬ岩山だ。道が整備されているはずはなく、進路にマリエラの背ほどの段差があるなど、しょっちゅうだ。


 こんな場所に好きこのんで生息するなど、ヤグーくらいのものだろう。

 ひょいひょいと山道をご機嫌で進むヤグーと対照的に、その背にしがみつくマリエラはさっきから半泣きだ。


「高いっ、怖いっ、師匠ーっ、帰りたいー!!!」

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。もうすぐ、もうすぐ」

「さっきからそればっかりー!!」


 ヤグーの前に乗って立派な角をむんずと掴んで振り落とされないように必死なマリエラと、マリエラの後ろに横据わりして、唄を口ずさみながら景色を楽しむ師匠。

 そして後続のヤグーに一人騎乗して、「解せぬ」という顔をしながら付いて来るジーク。


 山道をいく一行を見れば、疑問は幾つも浮かびあがるだろう。

 例えば、師匠とマリエラの乗るヤグーは、ジークの乗るヤグーより一回り小さいのに、まるで誰も乗せていないように、疲れも知らぬ軽やかな様子で岩山を走り回っていて、ジークを乗せた迷宮都市で一番強いヤグーが付いて行くのがやっとであることだとか、激しく揺れるヤグーの背にあって、横座りをした師匠が落ちる様子も見せないことだとか。

 もっと言えば、マリエラのようにどんくさい娘が、長時間しがみついていられるはずのない道行きなのだ。


 もっとも、だいぶ師匠に慣らされてしまったジークにとっては、何故自分とマリエラが同じヤグーでないのか、という点が一番解せないようである。


「今日はこの辺で野営だな」

「えぇ、師匠、もうすぐって言ったのに~」


 比較的開けた場所で一行はヤグーを止める。師匠が魔法を使っていたおかげで、ヤグーの背でも振動は少なくて、ぼんやり座っていたとしても転がり落ちることはなかったのだが、そんなことは知らないマリエラは全力でヤグーにしがみついていたものだから体中ががくがくだ。ヤグーの背からジークにおろしてもらった後も、両足で立つこともできずに生まれたてのヤグーのように両手をついてプルプルしている。

「リ……、リジェネ薬(再生)

 腰のポーチから持って来たリジェネ薬を取り出して飲み込むマリエラ。師匠に言われて持ってきたのが役に立った。こんなことに使っているなんて、日々訓練に勤しむ迷宮討伐軍がみたら血の涙を流すのかもしれないが、そこは時間があれば筋肉を蓄えているお兄さんと、時間があればポーションをつくっているマリエラの差だ。折角のマリエラ強化月間なのだ。大目に見て頂きたい。


「マリエラは休んでいるといい」

「ありがと、ジーク」

「悪いなー」


 休んでいろと言われていない師匠まで、野営の準備をジークに任せてその辺に寝転がる。野営の準備と言ってもテントを張るわけではない。比較的平らな地面に持って来た分厚い魔物の毛皮を敷いて、その上で毛布に包まって寝るだけだ。

 周囲に魔物除けポーションを撒いておけば、弱い魔物は寄ってこないし、強い魔物はこの辺りには棲んでいない。むしろ獣の方が危険だろうが、こちらは火を焚いておけば寄ってこないだろう。


 夕食の為に、薪を探しに行こうとするジークを師匠が止める。

「マリエラ、指輪に魔力こめな。たっぷりな」

「え? 魔法陣ないですよ?」

「あたしが呼ぶから平気。マリエラが呼んだらサラマンダー働かないだろ?」


 サラマンダーだって、ほとんど働かない師匠に言われたくはないだろう。赤竜討伐の際は、最初こそラプトルの体に慣れずにこけてしまったり、ちょっぴりはしゃいでしまったけれど、ジークを助けて大活躍だったのに。

 師匠はサラマンダーの指輪をはめたマリエラの右手に手を重ねると、何やら呪文を唱えて手のひらサイズのサラマンダーを呼び出した。

 今日は、マリエラが今まで呼び出していたような、炎をまとったトカゲの姿だ。

「ちっさい……」

「いいんだよ。朝まで番をしてもらうだけなんだから。大きけりゃ朝までもたないだろ?」


 サラマンダーはサイズに見合わない光量と熱量で、いるだけでぽかぽかと温かい。この辺りは標高が高くて日が出ている今でもひんやりと寒いから、朝までいてくれるのならありがたい。

 サラマンダーはあたりを見回してジークを見つけると、嬉しそうに尻尾をパタパタと振っている。

「あの時は世話になったな」

 そう言いながら、ジークがその辺の石を積み上げて簡易の竈を作ると、おうちを作ってもらった! とばかりにのそのそと竈の中へ入っていった。番犬ならぬ番サラマンダーだ。今は肉体があって、精霊として呼んだ時よりもずっと自由に行動できるから、夜中に全員が寝てしまっても獣や魔物から一同を守ってくれる。


 ヤグーに積んできた食材で簡単な食事を作っていると、沈む夕日を追うように空をウィグラーツィルが隊列を組んで飛んでいった。

「あれが最初の渡りかな」

 ウィグラーツィルの渡りは一番最初に迷宮都市に秋の訪れを告げる。


 迷宮都市ではこの時期に空の高くを渡っていく姿を見るだけで、どこに棲んでいるのかはわかっていないが、ウィグラーツィルが渡った後には日が短く、気温も寒くなって木々が色づき始めるから、秋の先ぶれとして知られている。

 隊列を組み、長い飾り羽をなびかせて飛んでいく様は、遠目に見ても美しいものだ。


 ぼんやりと空を眺めるマリエラに、ジークが

「もう直ぐ、マリエラとであって1年だな」

 と声を掛けるより早く、師匠がジークに明日の予定を告げる。

「ジークは明日ここでウィグラーツィル狩りな。ここなら矢が届くから」

 予定は未定というけれど、師匠が言うこれは確定事項だ。


「え?」

「えぇ?」

 ジークとマリエラの初のお泊り遠足(保護者付き)二日目は、どうやら別行動となる様だ。



 翌日、師匠と共にヤグーに乗り込んだマリエラが、昨日より一段と険しい山道に、「高いっ、怖いっ、師匠~」と悲鳴を挙げ、師匠が根拠のない「ダイジョウブ~」を繰り返していた頃、一人別行動を申し渡されたジークは、ヤグーを全速で走らせながら、足場の悪い山道を逃げていた。

「くっ、まさかウィグラーツィルがあれほど攻撃的とは……」


 わずかな直線に入るや、振り向きざまに弓を構えるジーク。

 揺れるヤグーの背から空を飛ぶウィグラーツィルを射貫くなど高度な射撃であるのだが、精霊眼の助けがあればさほど難しい事ではない。


 ターン。

 固く薄い装甲を射貫くような音を立てて、先頭のウィグラーツィルが地に落ちる。けれど後続のウィグラーツィルは怯むどころかますます速度を増してジークめがけて飛んでくる。

 この調子では、最後の一匹になるまで攻撃をやめはしないだろう。


 ただの渡り鳥だと侮って、大きな群れの先頭に矢を射かけたのが失敗だった。気づかれぬよう最後尾を打ち落とすべき種族だったのだ。

 仲間を失ったウィグラーツィルの群れは、仇を討とうと急旋回してジークに襲い掛かってきた。


(こうなることを分かって、この場所を指定したのか……)

 昨日野営をしたこの場所は、崩れた岩山で谷が埋まったような地形をしていて、足場は悪いものの谷に転落する恐れはない。また、すこし進むと巨岩が積み重なってトンネルのようになっていたり、岩陰が多くあって弾丸のように飛び込んでくるウィグラーツィルの群れを躱しやすい場所だった。

 ヤグーにへばりつく様に体を低くして岩の隙間に飛び込んで、そこまで迫ったウィグラーツィルの群れをやりすごす。ジークが飛び込んだ場所は洞窟ではなくただの岩の隙間であるから、すぐに岩を回り込んだウィグラーツィルの群れがおそってくるのだが、それでもいくらか距離は稼げる。


(何!? 前から)

 ウィグラーツィルはどうやら頭がいいらしい。この隙間をたった数回通っただけで、ジークの行動パターンを覚え、前後で回り込んできた。


(くっ。前方の左、2、いや3匹を落とせば抜けられる!)

 ウィグラーツィルの軌道を瞬間的に把握して弓を放つジーク。今で何匹倒しただろう。後何匹残っているのだろう。


 翼で風に乗り、あるいは翼をはためかせて飛ぶ鳥では不可能な速度で低空を飛び、高度を変え、旋回してみせるウィグラーツィル。小型の渡り鳥と変わらぬサイズのこの生き物は、羽毛に覆われた翼を持ち、頭部と尾には美しい飾り羽を持っているけれど、その顔にくちばしはない。鳥と見えなくもないスっと尖った口先を開くと、小さく鋭い歯が生えていて、その自在な飛行のたびに、魔力の発動が感じられる。


(まさか、ウィグラーツィルが竜種だとは……)

 小さな体に見合った生命力しか持たないことだけが救いだろうか。弓の一撃で倒せなければ、この数相手に全く勝機は見えなかっただろうから。


 ジークは精霊眼を見開いて、ウィグラーツィルの動きを探る。右から、左から、後ろから、頭上から。

 縦横無尽に揺れるヤグーの背から進路を確保し、距離を稼ぎながらも射かける隙を窺う。


(精霊眼を使う練習というわけか……)

 それにしてもスパルタだ。遠足だと思っていたら一人強化合宿だった。


(マリエラが帰ってくる前に倒さないとな)

 あの師匠のことだから、マリエラがウィグラーツィルに襲われるような状況は避けるのだろうが、この場所ごと迂回して、ジークを放って帰りかねない。

 大量のウィグラーツィルをヤグーに積んで、一人歩いて帰る自分を想像したジークは、その想像を振り払うように身震いすると、意を決したように弓をつがえた。





ざっくりまとめ:ジーク、遠足風強化合宿でボッチ。

        師匠「二人一組なー。あ、あたしマリエラと組むし」


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― 新着の感想 ―
ジーク:マリエラと師匠。 全ての行動には、意味がある!? 師匠だけに...。(師匠だし。) 師とは…導くもの也。
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