両の眼に映る景色は
「王家の血を引く姫君は、わがシューゼンワルド家へ輿入れした。精霊エンダルジアの血は我がシューゼンワルド家に受け継がれている」
ウェイスハルトは断言する。それは事実を断定する物であり、同時に真実を問いただすものであった。彼の問いは炎災の賢者フレイジージャに向けられたもので、同時にジークムントに向けられたものでもある。
なぜ、ジークムントが精霊眼を持っているのかと。
「エンダルジア王家の血は、確かにシューゼンワルドに流れているよ」
見通すようなフレイジージャの黄金の瞳。
彼女の瞳は、レオンハルト、ウェイスハルトに流れている血潮を見通し判定しているかのようにさえ思える。古の賢者の名を名乗る得体のしれない彼女の断言は、数多の貴族の臨席の下に下された皇帝の裁定よりも強く脳裏に刻まれて、彼らの疑念を確定たらしめる。
「でもね、精霊エンダルジアが瞳を与えた我が子は、男の子だったのさ」
フレイジージャの視線につられ、一同の視線がジークに集まる。
「……男系継承か」
それは、つぶやいたレオンハルトが持つ『獅子咆哮』にもある特性だ。
スキルとは不思議なもので、一般的には血統で継承されやすいとされるが、男系しか受け継がれないもの、女系しか受け継がれないものもある。また『加護』と呼ばれるものの中には、時代に一人しか発現しないものもあれば、特定の条件を満たした者だけが発現するものもある。
先ほどのフレイジージャの話が真実なら、ジークの持つ精霊眼もそういうものなのだろう。
男系の子孫にのみスキル因子が受け継がれ、先代の保有者が亡くなれば、条件を満たす因子保有者から一人だけが選ばれる。
姫君を娶ったシューゼンワルド家には、エンダルジア王家の血が流れていても、精霊眼のスキル因子は受け継がれていない。
そして、この200年の歴史において、精霊眼を持つ者がジークを含め複数確認されているということは。
「先ほどの話、精霊は『新たな王を守れ』と言っていたな。つまりは、亡国の王妃の子供は双子であったということか……」
有り得ない話ではない。先の見えない迷宮討伐に多大な犠牲を投じようという時に、亡国の王子など妨げにしかならない。
国も民も資金もない者に、犠牲に見合う対価など払えるはずがないのだから。
始めから姫一人しか生まれていないことにされたのか、殺されかけたところを運よく誰かに連れ出されたのか。その答えを知る者はいない。
『精霊眼』を持つ意味はすでに失われていたから、珍しい眼を持つ者として魔の森のほとりの辺境に埋もれながら、その血を繋いできたのだろう。国を滅ぼした宰相の奸計は、図らずも王子を生き永らえさせたことになる。
「親からなにか、聞いていたか?」
ウェイスハルトにそう問われたジークは、言葉を失いつつも首を振る。
「『精霊眼』に恥じぬ人物になるようにと、育てられました」
ジークが答えられたのは、亡き父に言われた言葉だけだ。
恐らくは父も知らぬ事だったのだろう。その言葉が指し示す意味さえ知らず、『精霊眼』という加護を尊び、“ふさわしくあれ”と伝えてきたのだ。
『エンダルジアの王として、恥じぬ人物となるように』
「ふーっ」
レオンハルトが深く息を吐く。これは、看過できぬ問題だ。
亡国の正当な後継者など……。
けれど、その懸念はフレイジージャに吹き飛ばされた。
「そこは悩むところじゃない。
エンダルジア王国はとっくに滅んでんだ。
国っていうのは土地のことか? 地脈のことか?
200年という時間は短いものじゃないだろう。
そんだけの間、お前たちが戦い守ってきたものは、金か? 土地か?
ここに住まう、人じゃないのか?
何なら、ここに住んでる連中に聞いてみりゃいい。『ここはどこだ』って。
ここはとっくに迷宮都市で、シューゼンワルドが治める場所だ。
こいつの『精霊眼』は確かにエンダルジアの眼玉だけどね、そもそも精霊に王様だとか国だとか人間が作った仕組みなんて、わかりゃしないんだ。
人間どもが『精霊眼』の持ち主をどんな地位に据えようと、それは人間同士の勝手な都合で、精霊にとっちゃどうでもいい事なんだよ」
静かにジークの手を握っていたマリエラは、ジークの周りに浮かぶ光の粒を見回す。幼い頃に精霊公園に行ったときは、もっとサイズが大きかったし、蝶や鳥、人の形をしたものもいたのに、今いる精霊たちは形も見えないとても弱弱しいものばかりだ。
けれど、どの光も『木漏れ日』の店内で遊んではジークのそばに寄って来るような動きを繰り返していて、なんだかとても嬉しそうに見える。
「精霊たちはジークのことが大好きで、ジークが楽しくて幸せだったらそれで十分なんだろうね」
ぽつりと漏らしたマリエラの言葉に、フレイジージャが笑って頷く。
「そうだよ、マリエラ。正確には、この世に現出した精霊王の瞳に自分たちの王、エンダルジアを感じているんだろうがね。
精霊眼は精霊の力を強める触媒だ。だからこんな形も取れない弱い精霊さえもこの世に姿を現せる。
こいつらは単純だからね、ここが気持ちのいい場所で、精霊眼の持ち主がいいヤツだったらそれで十分嬉しいんだよ。
とっくに滅びた王国なんて、精霊たちにとっちゃどうでもいい事なんだ。」
「つまり、先ほど言った重要なことというのは、精霊エンダルジアが完全に喰われる前に迷宮を倒すということか」
ウェイスハルトはため息が出そうになるのをこらえながら、分かり切った事実を告げる。言葉にするのは簡単だ。だがこれまでどれほどの時間と労力をかけて、ようやくここまでたどり着いたことか。
「そゆこと。あと、時間はあんまりない」
「賢者殿は随分と簡単に言われるが……」
フレイジージャの軽い口調に、今まで口を慎んでいたニーレンバーグが苦言を呈す。眉間のしわは今までよりも随分深い。
「あーらら、センセ、ケツでこやばい。大丈夫だって。しくみはだいたいわかってんだろ? ポーションがでまわって外から人が来るようになったんだ。じゃんじゃん迷宮にいれりゃいい。たとえゴブリン一匹だって、ちりも積もれば迷宮は弱る。街中みんな迷宮に放り込めばいい」
「確かにその通りだが、外から来る人間だけではとても足りまい。この街の人間は怪我をして迷宮に潜れぬものも大勢いるのだ」
気軽なフレイジージャに慎重なニーレンバーグ。この二人は正反対だ。フレイジージャは気にしていないようだが、ニーレンバーグの毒舌はフレイジージャの前では随分鈍る。
「だからさ、あるじゃん。特級ポーション」
「だが、特化型はまだ眼球しかできておらんし、腕や足を丸々失ったものの場合、いかに特化型があろうと、飲めば足が生えるというものでもあるまい」
修復可能な体積があるし、欠損してから時間が経ちすぎていれば、体が健常な状態を忘れてしまってうまく治らないこともあるという。
そんな懸念をフレイジージャは一笑に付す。
「なに言ってんの。できるだろ? 特級がないと厳しいけがを、上級ポーションで治してきたじゃん。技術も知識もあるはずだ。センセーに足りない知識はロブが持ってる」
こんな風に言われてしまうと、ニーレンバーグは何も言えない。非道な者と恐れられ、血に濡れた手と忌避される。そんな視線には慣れているのに、そんなすべてを意にも介さず、こうして面と向かって実力を、成果を認められるとどうしていいかわからない。
再び黙り込んだニーレンバーグからロバートに視線を移したフレイジージャ。
「ローブー、聞いてたな。仕事だ。センセと一緒にスラムの連中全員治療だ。
お前も、散々やらかしてきたんだから、特級ポーションがありゃ、大抵のことはできんだろ?
あ、治療費はちゃーんとツケて払わせろよ? 全員治療が終わったら、お前の借金もチャラにしてやる」
「えぇー……」
「ローブー」
ビシビシビシビシ、ビシバシビシビシ。不満そうなロバートに師匠のデコピン攻撃が炸裂する。
「またぁっ。痛っ! 痛い痛い痛い痛いー、ソレ痛いんですって、ワカリマシタアァァ!」
師匠も師匠だが、ロバートもちっとも学ばない。師匠のデコピン攻撃に喜んでいる様にすら見える。折角の雰囲気が台無しだ。
「はぁ……。我がアグウィナス家の栄光の歴史を伝えるために呼ばれたわけじゃなかったんですね……」
項垂れながら、師匠のそばを離れニーレンバーグのほうへあゆみよるロバートにニーレンバーグは、
「あの賢者殿相手にそんな幻想を抱く方が驚きだ」
と追い打ちをかけるように呟いていた。
「センセとロブは正反対だけど、相性はいいんじゃね?」
迷宮討伐軍にマッドな治療コンビが誕生した瞬間だ。性格というか、嗜好に相違のある二人だがどちらも世の常識などどこ吹く風の手法をとれる逸材だ。
フレイジージャの一言に、迷宮討伐軍、いや迷宮都市の未来の一部を垣間見たレオンハルトは、かるく眩暈をおぼえつつも、なすべきことを口にする。
「まずは赤竜をくださねばな」
「はい、兄上。精霊眼が戻ったのです。エンダルジアの加護を置いても弓の精度、威力を向上させる魔眼と聞き及んでいます」
レオンハルトに答えたウェイスハルトは、ジークの方を向き直ると「ジークムントよ、力を貸してもらえるな?」と問うた。
「もちろんです」
力強くうなずくジーク。
“なぜ今、精霊眼が戻ったのか”
その答えを彼は得た。
この『精霊眼』は人々の平和と幸福を願う精霊エンダルジアの祈り。
ジークの瞳に宿っていても、私的に使うべきものでない。
“この街でのんびり楽しく暮らしたい”というありふれた少女の、ありふれた願いを叶えるものだ。そんな少女が暮らす世界を、丸ごと守るために与えられた精霊の加護だ。
『木漏れ日』に集った一同の、思いと目的は一致した。
「詳細は明日にでも」
今から作戦を練るのだろうか、レオンハルト、ウェイスハルトは来た時同様地下から帰り、ニーレンバーグもロバートを連れて、馬車で基地へと帰って行った。
皆が帰って静まり返った『木漏れ日』の店内で、ジークはマリエラに聞いてみた。
「マリエラは、あんまり驚かなかったな」
「うん、なんか、納得しちゃって。
ジークと河原でポーション瓶作ったことあったでしょ? あの時さ、あんなに小さい竈だったのに、サラマンダーが来てくれたじゃない。最後に指輪までくれてさ。
あれって、ジークがいたからなんだなって。薪が燃え尽きそうになった時、ジークが薪足してくれたじゃない? 普通の薪を足しただけなのに、サラマンダーったらくるりと回って喜んでたし。精霊たちにはちゃんとわかってたんだね」
「それにね」、と続けてマリエラは裏庭にでる。
いつもと変わらず佇む聖樹は、何日も水をあげていないように、葉が垂れ下がって疲れて見える。
「イルミナリアだったんだね」
その根元に、《命の雫》いりの水をたっぷり撒きながらマリエラは聖樹に話しかける。
「さっきので、ため込んでいた力を使い切ったみたいだからな、しばらくは現出できんだろ」
師匠の言葉にうなずきながら、マリエラは聖樹の幹をやさしく撫でる。
「イルミナリア、また会えてよかったよ」
イルミナリアは聖樹の精だ。自分が何者か伝えるために、聖樹を模した天窓から月光と共に『木漏れ日』の店内に現れたのだろう。
「でもさ、友達の私より、ジークにたくさん葉っぱをあげるの、ちょっとひどいと思うんだけど?」
イルミナリアもサラマンダーと同じで、ジークが何者かわかっていたのだろう。マリエラが水をやるよりもジークが与えた方が、たくさん葉っぱを落としていたから。
えこひいきだよ、と笑いながら話しかけるマリエラ。その声が聞こえてもその言葉は通じない。けれど、聖樹がひらりと落とした一枚の葉っぱは、ぽふんと撫でるようにマリエラの頭上に落ちた。
「あ、そーだ、師匠。師匠にも聞きたいことがあったんですよー」
お腹がすいた、夕食にしようとうるさい師匠に、作っておいたご馳走を並べつつ尋ねるマリエラ。
想定外の出来事に、お祝い気分はしおれてしまったけれど、ジークの眼が治ったことには違いない。幸い師匠はどんな時でもパーティー気分の人だから、3人だけのお祝いだ。
「んー?」
焼きたての地竜の肉を頬張る師匠。
「さっきの話で、アグウィナス家の先祖が王妃様にレインボーフラワーを贈ったって言ってたじゃないですか。あれって……」
「おー、あれな、マリエラが小っこいころ散々作ったヤツ。いやー、助かったわアレ。ロブ、あ、200年前のロブな。ロブに出世払いの分割払いの高利回りで売りつけたから、5年くらいは食い扶持も酒代も困らんかったな!」
「やっぱり……」
小さい頃は意識したことがなかったけれど、『木漏れ日』で師匠と一緒に暮らすようになって気になっていたのだ。
師匠が働くとか、想像できない。生活費はどうしてたんだろうと。
「まぁ、悪いことしてなくてよかったよ。あ、師匠、今日もお酒は1本だけですからね!」
そう言うとマリエラは、師匠がうっきうきで持って来た2本目の酒瓶を没収し、代わりにグラスに水を注いだ。
ジークムントはそんなありふれた日常の光景を、揃った両目で穏やかに見つめていた。
ざっくりまとめ:200年前のマリエラたちの生活費、アグウィナス家が払ってた!
4章終わりです。活動報告更新してます。




