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******の物語 その3

 魔物というのはとてもとても強い生き物です。

 森の獣など相手にはなりません。


 狩人たち村の人々は、仲間の獣や精霊と一緒になって村を護るために一生懸命に戦います。

 手先の器用なにんげんは魔物の侵入を阻む柵をつくります。

 ある精霊は魔物から人間を隠すツタに変身し、ある精霊は魔物が嫌う臭いをだす草に変身して、村を護ります。


 戦えるにんげんは武器を手に魔物に立ち向かいます。

 動物たちも一緒になって柵の木材を運んだり、にんげんをのせて走り回ったり、一緒に闘って大活躍。

 精霊だって負けてはいません。にんげんの魔法を手伝います。


 こころやさしい精霊の女王は、魔物に森に帰るように説得します。

 魔物はちょっぴり凶暴で、すぐに森の獣や精霊をいじめたりするけれど、それでも森に暮らす仲間です。

 精霊の女王は魔物と闘いたくありません。

 にんげんも、獣も、精霊も、そして魔物も傷ついて欲しくないのです。


 にんげんが暮らすのは、森の中の一部だけ。ここでだけ静かに暮らせればいいのです。

 森はまだまだ広いのだから、どうか、森に帰って欲しいと一生懸命お願いします。


 あぁ、けれどけれど。

 そうやって、獣や精霊がにんげんの味方をすればするほど、魔物達は怒り狂います。

 だって、今までこの場所で、精霊の女王たちと一緒に暮らしてきたのは、魔物たちのほうですから。



 *****************************



《錬成空間》


 本を読む子供たちの声が聞こえてくる。距離は遠くて何を言っているかはわからないけれど、きっと『木漏れ日』の店の一角で額を寄せ合って1冊の本を読み合っているのだろう。


 マリエラの手にある地脈の欠片ももとはそういうもの(・・・・・・)だった。どんな魔物だったのか、詳細までは分からないけれど、群れで暮らしていたように、包み込む手のひらから感じ取れる。


 だから、《命の雫》といっしょに《錬成空間》に入れた後は、温度より先にゆっくり圧力を上げていく。圧力を上げるというよりは、《命の雫》を近づけていくという方が正確かもしれない。ぎゅぎゅっと押しくらまんじゅうだ。


 師匠の《錬成空間》はやたら丈夫でちょっとした攻撃くらい受け止められそうだけれど、《錬成空間》というのは本来そういうものではない。

 戦闘スキルではないのだ。一点を強く打たれるだけでたやすく壊れてしまうし、マリエラの魔力量を持ってしても地脈の欠片を溶かせるような、指先ほどの面積で何百キロもの重量を支える強度など持たせようがない。


 だから、《錬成空間》で押し込めるのではなくて、《命の雫》を近づける。《錬成空間》を温めるのではなくて、地脈の欠片近くの《命の雫》を温める。《錬成空間》は空気とふれて《命の雫》が地脈に還ってしまわないように添えているだけだ。


 地脈の欠片は魔物に宿る《命の雫》の結晶体。この世に具現化したエネルギーそのもので、魔力の結晶が魔石なら、こちらは生命力の結晶ともいえる。

 もっとも魔物の体内で形成されたものだから、魔物の意識の残渣が感じ取れる。それは明確な意思のようなものではなくて、集まりたいとか、走りたいとか、高いところが好きだとか、どんな気温が好ましいとかそういった漠然としたもので、そこを合わせてやることで、近くにある《命の雫》と容易に馴染んでくれるようだ。


 そんなことに気づいてからは、簡単にとはいかないけれど、何とか10回に1回くらいは地脈の欠片の抽出を成功させることができるようになった。

 《命の雫》ととけあった地脈の欠片は、《錬成空間》から取り出しても液体の状態を保っていて、《命の雫》よりも強く、けれど儚い光を放っている。


「次は、キュルリケ」

 今までならば粉砕して《命の雫》をとかした水でしゃばしゃば抽出していたけれど、いまではもっと簡単に抽出できる。裏庭で摘んできたばかりのキュルリケに《命の雫》を行き渡らせれば、葉の、葉脈の間に薬効成分が集まっていることが感じられる。

 その成分に《命の雫》を溶かし込んで《分離》するのだ。


 癒しの成分に直接《命の雫》を込める。

 薬草が持つ癒しの力に大地の慈愛を感じる。人間に対してだけでなく、森に生きる鳥も動物も健やかたれと世界が願っているのだと思う。

 その願いに、ありように、寄り添うように《命の雫》を込めてやれば、キュルリケの葉肉はさらさらと、細かい砂のような、淡い光の粒子のような物に代わって葉脈を残して流れ出す。


 《薬晶化》

 流れ出た癒しの力はとても小さくて、どんなに指の間を閉じていても手で受けるとさらさらと指の間を通り抜けて零れ落ちてしまう。《命の雫》と違ってたしかに存在する物なのに、廻るという《命の雫》の性質が強いのだろうか、瓶に移してもいつの間にかなくなってしまって、どうやっても留めておくことができない。だから、粒子と粒子を魔力で繋ぎ、同時にこの世に固定する。


 この一連の工程を《薬晶化》というらしい。

 使えるようになったのは、キャル様を探して世界に溶け込みそうになった後だ。《ライブラリ》にはいつの間にか《薬晶化》という名前と、『材料のもつ力を結晶化する方法』という簡単な説明だけが追加されていた。


 得られた薬晶は魔力で繋ぎ止めているせいなのか、作った錬金術師しか使えないが、ポーション瓶に入れておけば乾燥薬草より長持ちする。何より砂粒ほどの1粒でポーションが1本できて、とてもコンパクトだ。


 しかもキラキラしている。素材ごとに色が違って、瓶に入れて棚に並べるととても綺麗だ。嬉しくなって今まで貯めた素材から、新たに買い付けた素材まで片っ端から《薬晶化》したら、工房も地下室も随分すっきり片付いてしまった。

 綺麗になった部屋をみてジークはうんうんと頷いていたけれど、ごちゃごちゃとした部屋に慣れてしまったマリエラはちょっぴり落ち着かない気分になった。もっとも、部屋の開いたスペースは、師匠がしょっちゅう何やら持ち込んでは片付けずに帰っていくから、すぐにごちゃごちゃした部屋に戻ったのだが。


「こんなに便利なんだから、《ライブラリ》にもっと詳しく説明載せればいいのに」

 マリエラがそう言うと、師匠は、

「説明されたって、使えるようになんねーだろ?」

 と返された。なるほどそうだ。薬草の、素材のありように寄り添うなんて言われても、分かるものではない。


「あとは、『竜骸茸』に、『竜の血』でしょー、スラーケンの粘液はもう薬晶化してあるし……」

 流石は特級ポーションというべきか、材料も豪華絢爛だ。

 竜骸茸というのは、文字通りドラゴンの死骸に生える茸。死骸といっても血肉を栄養にするのではなくて、皮や骨に宿った魔力を糧に育つものらしい。竜種であればいいらしく、ちょうど湿っぽい時期の終わりにどこぞの賢者が地竜を大量にファイヤーしてほったらかしにしていたから、丁度良い苗床になっていた。


 勿論、あたりの地竜が根絶やしになったわけではないから、竜の血の回収もかねて、迷宮討伐軍と冒険者ギルド混成部隊の『Bランク以上限定強化合宿』が催された。特級ポーションの材料はこれから幾らでも必要となるから、兵士や上級冒険者のレベルアップを兼ねて定期開催されるらしい。

 当然のようにジークも狩り出されていて、そして場所を知っているはずの師匠は当然のように不参加だ。


 残る材料は『人面樹の実』と『熱砂蠍の毒』。

 こちらは迷宮都市に保管されていた物が手に入った。どちらも迷宮で採れる素材で、難易度は地竜ほど高くはないから、今後は買取価格を引き上げて採取を推奨するらしい。

 このあたりの素材はまだ《薬晶化》できない。なんども処理をして十分理解した素材でないと無理なようだ。

 《薬晶化》というのは、ポーションを作るのに必須の技術ではなくて、簡単に抽出してコンパクトに長期間保管できる便利技なのかもしれないと、マリエラは考えている。


 竜骸茸は生木さえ燃え上がるような高温で乾燥させた後、細かく砕いて氷より冷たい温度の水で抽出する。竜の血には毒があるから、溶ける温度の異なる3種類の油と振り混ぜては分離させる作業を繰り返して、丁寧に毒を抜く。


 人面樹は、人の顔を持ち動き回る大樹。

 人の顔を持つ樹木の魔物は複数種確認されているが、人面樹もその1種だ。迷宮で確認されている中で、最もアクティブな樹木の魔物で、根っこを器用に動かして自分で歩くし、幹に現れた顔に表情がある。


 何より特徴的なのが、不定期に実る果実で、この実は熟れると赤子の顔のような切れ目ができる。木に生っている時は眠っているような穏やかな表情なのに、もぐと目や口を見開くし、乾燥させると苦悶の表情を浮かべた老人のようになる気持ちの悪い木の実だ。熟れた果実も薬効があるのだけれど、特級ポーションで使うのは熟れる前の青い実で、こちらは顔は浮かんでいない。薄くて固い果肉の下に大きな殻に包まれた種があって、種の中身が材料だ。

 熟れる前の青い実の種の中身は液体で、穴をあけて中身を取り出す。

 この液体には人面樹が栄養にした様々な生物の魔力が封じ込められているから、デイジスの繊維をスポンジのように丸めた物と一緒に漬け込んで、余分な魔力を抜いておく。


 熱砂蠍の毒はいかに不純物を取り除くかが調整の肝だ。砂漠の階層の熱砂の中から襲い掛かるこの蠍の強さはBランクで、群れで行動しないことから討伐自体は比較的容易ではあるが、採取できる毒の量が少なく、しかも空気に触れると劣化が進む。

 届けられた時には大半が分解していて使える物はほんの数滴、ということも多い。しかも、段階的に分解が進むから、分離するための材料も手間がかかる。

 迷宮都市で手にはいる材料では、ドワーフたちが鋼を鍛えるのに使う石炭の灰が適していて、それを苛性スライムの溶解液とスラリー状に混ぜた後、高温高圧で数時間養生する。この時間と温度が重要で、分解されていない熱蠍の毒だけが入り込むサイズの微細な穴を灰の粒子に作ることができる。


 どの材料も入手どころか処理方法も煩雑で、難易度が高い。流石は特級ポーションということだろう。


 揃えるだけでも時間がかかる材料だが、マリエラがポーションを作れば作るほど迷宮討伐軍も迷宮都市も助かるのだから、必要な材料は最優先で揃えて貰える。

 処理の難易度にしても、地脈の欠片の処理に比べれば、他の素材など楽なものだ。手順は複雑だが、手順通りに行うだけで出来上がるのだ。何回も復唱し、繰り返し処理をして覚えればいいだけだ。


 努力で乗り越えられる課題を、マリエラは障害だと認識していない。

 新しい知識を得るたびに、自分の世界が広がる思いがして、楽しくて飽きることもない。特に《薬晶化》が使えるようになってからは、今までよりずっと深く素材のことが分かるのだ。

 今まで点と点であった情報がつながって、体系的に整理されていく感覚に、夢中で作業を繰り返していた。


 おかげで特級ポーションは1月とかからず作れるようになってしまった。まだ成功率は100%とはいかないけれど、マリエラは特化型のポーションにようやく手が届いたのだ。


「そして最後に、ゲイザーの水晶体」

 マリエラは濡れた布で厳重にくるまれ、氷と共に大きな瓶に入れられたゲイザーの水晶体を取り出す。


 ゲイザー。観察者とも呼ばれる、目玉の魔物。

 浮遊し、高度な魔法攻撃を繰り出す巨大な眼球の魔物の水晶体は、目的とする特化型ポーションの材料として、実にイメージ通りと言えた。


 マリエラの両手のひらくらいの巨大なレンズは、透明で光を通すのに、触るとふにりと柔らかい。

 マリエラはナイフを取り出すと、ゲイザーの水晶体をなるべく薄くスライスしてから、一つ一つ丁寧に《乾燥》させていく。温度を上げても圧力を変化させても変質してしまうから、薄くしてから乾燥させて細かく砕いて粉にする。できた粉はあらかじめ準備しておいた特製のビネガーと混ぜて置いておく。


 ゲイザーの水晶体の処理は、水晶体自身よりこのビネガーの調整が難しい。ライナス麦をベースに数種の穀物や果実、木の実を数十種類配合して作ったビネガーで黒茶色をしている。ちなみに味は極めてとげとげしくて食べられたものではない。特にマリエラが使っているのはできたばかりのビネガーだから酸味がきつくて蓋を開けただけでも目が痛くて涙が出てきそうになる。

 このビネガーは容器に詰めて十年ほど熟成させると、極めて美味な高級品になるらしい。その代わり、ゲイザーの水晶体の処理に必要な性質は消えてしまって、ポーションの材料にはならないらしいが。マリエラもかなり多めに作って地下室に保管している。十年後が楽しみだ。


 このビネガーの作り方も《ライブラリ》に載っていたけれど、食品の扱いで材料全てを覚える必要はなかった。いくらマリエラでも数十種類ものビネガーの材料を覚えるのは大変だったから助かった。


 処理の済んだ材料を決められた順に、決められた量、決められた温度で配合する。最後まで気は抜けない。これは、ずっと作りたかったものだから。


「……できた」


 ジークムントに出会って、およそ1年。

 マリエラは、眼球特化型の特級ポーションを、とうとう作り上げたのだ。






ざっくりあらすじ:眼球特化型の特級ポーション完成!

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