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焦燥感

(まさか、ロック・ウィールが? そんなはずはない。マロック公は腹の内の読めぬ男だが、彼の手勢はドワーフばかり。外見に特徴があり過ぎるし、何より小賢しい真似をする者たちではない……)


 焦る弟の肩に再び兄レオンハルトの手が置かれる。

「焦るな、ウェイス。誘拐には目的があるはずだ。キャロライン嬢に直ちに危害が及ぶわけではない。順を追って状況を整理しよう」

 そういうとレオンハルトは、伝令に詳細を報告するよう求めた。



 工房が襲撃されたのは、アグウィナス家の馬車が工房に到着した朝方のことだった。工房は敷地面積の大半を製造用の建物や材料置き場に使用しているから、2台分しか馬車を止める場所がない。いつもはアグウィナス家の馬車と護衛に付けられた迷宮討伐軍の兵士の馬車と2台で移動するのだが、その日はたまたま急な来客があって、アグウィナス家の馬車1台しか工房の裏庭へ入ることができなかった。

 アグウィナス家の馬車は裏庭に入れるが、護衛兵の馬車は裏通りの邪魔にならない場所で待機することになる。もちろん乗り込んだ兵士は馬車から降りて工房へと徒歩で向かうのだが、兵士たちが裏庭の門をくぐるより先に、工房敷地内の物陰から飛び出した襲撃者たちによって、裏庭の扉は閉ざされた。


 襲撃者は3人。廃棄寸前の安物の武器や防具を纏ったやせ細った男たちで、身のこなしからDランク程度の冒険者たちと思われた。

 工房の裏庭に潜んでいた彼らは、アグウィナス家の馬車が入場するや裏門を閉ざし、馬車へと群がる。

 キャロラインを人質に何らかの要求を突きつけようというのだろう。


「賊を倒せ、倒すのだ!」

「おうよ、たっぷりはずんでくれよ、商人さんよ!」

 襲撃者たちがアグウィナス家の馬車に手をかけるより早く、声を上げた者がいた。

 自らの護衛に場の制圧を命じたのは、工房の裏門を破ろうと苦闘する兵士でも、アグウィナス家の御者でもなく、たまたま面会を求めてやってきていた、とある商人だった。商人の馬車から飛び出した装備の良い護衛の数は4人。体格もよく、一目で襲撃者より強いと見て取れる者たちだ。


 彼らは剣を抜くと、手加減する気も取り押さえる気も全くない様子で、襲撃者たちに切りかかった。ランクの違いというのは、明確な攻撃力の差として現れる。痩せて碌な装備もないDランク程度の襲撃者に対し、護衛たちは体格も装備もよくランクもC程度。襲撃者を殺さなくとも十分無力化できる戦力差である。

 けれど品性の下劣さが顔にまで現れた護衛たちは、殺せばすべてカタが付くとばかりに、剣を振りかざす。


「ひっ、ひぃ、そんな」

「うるせぇ、黙って死んでろよ」


 襲撃者に振り下ろされる下卑た護衛の剣は、襲撃者の剣をたやすくたたき折る。そしてそのまま襲撃者を袈裟切りにしようと振り上げ、けれど振り下ろされるよりも、アグウィナス家の馬車の扉が開かれる方が数舜だけ早かった。


 馬車の扉が開かれてからのほんのわずかな間の出来事を、正しく認識できた者が何人いたかはわからない。

 馬車の扉が開かれると同時に飛び出してきた人影は、襲撃者たちが知覚できないほどの高速で接敵すると、抜刀していた全員をサーベルの鞘で端から打倒していった。

 もっとも遠い、裏門近くにいた襲撃者は、遠くで打撃音を聞いたと思ったら、襲撃者も護衛も区別なく金髪をなびかせた緑の衣装の人物に打ち倒されるのを見た。そして次の瞬間にはその人物が自分の眼前に現れ、そして意識を刈り取られていた。

「た……たすかった……」


 意識を失う直前の襲撃者のつぶやきに、その場をたった一人で制圧した金髪の男、マルローは眉を顰めた。


「マルロー様、お疲れ様です」

 アグウィナス家の馬車に同乗していたマルローの従卒、レトがマルローの指示を仰ぐべくそばへ駆け寄る。奴隷兵のタロスは裏門を開場し、もう一台の馬車に乗り込んでいた兵士たちを裏庭へ案内している。

 交流のない商人が来ていることも、襲撃者が潜伏している情報も、事前に入手していたのだ。アグウィナス家の馬車は囮で、キャロラインではなくマルローたちが乗っており、何の苦も無く鎮圧が済んだ。あまりに稚拙な犯行で、わざわざマルローが出向く必要もなかったほどだ。


「レト、全員に事情聴取を。商人と護衛たちもです。襲撃者3人の尋問はレイモンド氏に協力を要請しなさい。手荒な真似は控えるように」


 マルローの指示に倒れた襲撃者、冒険者と商人たちを拘束に向かう兵士たち。

「なっ、わしらは無関係だぞ、関係などあるものか」

「て、てて帝都、に、もど、戻らないと、いいいいけないんだ」


 馬車を降りろと命じられた背筋の曲がった商人と息子と思われる男の二人は、商談にたまたま工房を訪れていただけだと解放を要求したが、「迷宮討伐軍にご協力を」の一言であっけなく留置場へと送られていった。



「以上がマルロー副隊長からの報告になります! 尚、マルロー副隊長の所感では、単独あるいは末端であろうとのことです!」


 知る限りの情報を余さず伝えようと、微に入り細に入り報告をする伝令兵。たっぷり時間をかけて、ハズレ情報を聞かされたウェイスハルトの周囲は温度が下がって、夏だというのに大層涼しい状態になっている。


「次! 要点を簡潔に述べよ!」


 報告し慣れない新人兵士に上司が言うようなセリフを言い始めるウェイスハルト。そんな弟の常にない様子にレオンハルトは含みのある視線を一瞬だけ向けると、黙って報告を聞いていた。


「は! アグウィナス邸襲撃の要点を申し上げます! アグウィナス邸の襲撃者はB~Cランクと思われる者たちで、統率のとれた動きを見せたこと、幹部らしき数名が自害を図ったことからプロの犯罪者集団と思われます! こちらも潜伏していた第3および第7部隊の混成部隊によって鎮圧済みで、全員捕縛してあります! 現在、両隊長による尋問からは黒幕に関する情報は得られておりません! 尋問のため、ニーレンバーグ先生をお呼びしてよろしいでしょうか?」


 迷宮討伐軍 第3部隊はディックが、第7部隊はAランクの魔導士が隊長を務める部隊だ。アグウィナス家を襲撃した一団はそれなりに手練れの連中であったようだが、Aランカーが二人もいたのだ。問題なく鎮圧がなされた。

 実際は、ウェイスハルト周辺の気温が真冬並みに低下しそうなほど、ばかげた捕り物劇が繰り広げられていたのだが、空気を読んだ伝令兵は余計な部分はさっくり割愛して、“簡潔に!”、“要点だけ!”報告した。指示通りの模範的回答と言えよう。


「ニーレンバーグに尋問に当たらせろ。ポーションの使用も許可する! 洗いざらい吐かせろ」

「は!」

 ポーションを使う尋問。それは拷問というのではなかろうか。そんな疑念を顔に出さず、伝令兵はニーレンバーグを呼ぶために走ってその場を後にした。


「次! 基地の迎賓館の状況を報告せよ!」


 この命令には、第一発見者であるウェイスハルトの従者が答えた。

「は! 私が迎賓館に到着したときには、屋敷内の全員が昏睡しておりました! 行方不明1名を除き全員が無傷で、現在は全員回復しておりロイス様もご無事です。迎賓館内部に荒らされた形跡はありません! 午前のお茶の後、強い睡魔に襲われたとのことで、飲み物に睡眠薬を仕込まれた可能性について斥候部隊に鑑定を依頼中です!」

「他に犯人の手掛かりはないのか!?」

「は! 残念ながら。 魔力探査でも反応がなく……」

「なんの手掛かりもないというのか!」

 バン! と机に拳をたたきつけるウェイスハルト。


 初めて聞く彼の怒号に顔を曇らせる兵士たち。彼らは迷宮討伐軍の精鋭だ。怒号など聞きなれている。罵詈雑言を浴びせられたとて動揺するようなか弱い精神はしていないし、人の発する大声など、耳をつんざく魔物の咆哮に比べればそよ風がごとき小ささだ。

 兵士たちの顔を曇らせたのはウェイスハルトの怒号そのものではなくて、いつも感情を表さぬウェイスハルトをこれほど激昂させた、自分たちの不甲斐なさへの憤りだろう。


「おちつけ、ウェイス。しばらく部屋に下がっておれ」

「しかし、兄上……」

「命令だ」

「はい……」

 平静を失った弟にレオンハルトが静かに命じる。弟の気持ちはよくわかる。すべての感情を制御し部下の生き死にさえも呑み下してきた弟のこういった変化は、兄としては喜ばしいものとさえ思える。けれど、今はいけない。兵たちの前で見せてはならない。


 レオンハルトの、ウェイスハルトの一声で命を散らす兵士がいるのだ。今までも、そしてこれからも。

 帝国のため、シューゼンワルド辺境伯領のため、迷宮都市のため、迷宮都市に住まう人々のため、兵士一人一人の大切な人のため。

 どれほどの大義名分を掲げようと、どれほど勇ましくも崇高な言葉で装飾をしようとも、自分たちは兵に対して「命を()して戦え」と命令する者なのだ。


 兵士の一人一人に人生があり、大切な人がいて、胸中を満たし溢れる想いがある。そのすべてを投げうてと命じる者が、自らの感情のままに兵を動かしてよいはずがない。迷宮討伐軍の奴隷を除く誰しもが、志願して兵士となったのだ。選べる職の少ない迷宮都市ではあるけれど、強制されて迷宮討伐軍にいるわけではない。兵士たちは、自らの人生を、『命の使い方』を選んでここにいる。

 その掛け替えのない一つ一つを託された責務が、レオンハルトと彼を補佐するウェイスハルトにはある。


「ウェイス、我らに託されたものの重みを忘れるな」


 レオンハルトの思いはウェイスハルトに届いただろうか。

 ウェイスハルトはぐっと奥歯をかみしめると、次の瞬間いつも通りの表情に戻り、静かに執務室へと下がっていった。


「引き続き捜索を。都市内部の不審者情報も余さず洗い出せ」

 レオンハルトの命を受けた兵たち、言葉少ない兄弟のやり取りを見ていた兵士たちは、誰しもが迷宮最下層の難敵に挑むがごとき表情で、それぞれの持ち場へと走っていった。



 *****************************



「ファイヤー! あっちもファイヤー! そんでもってこっちもファイヤー!」

 基地内が騒然としている最中においても、フレイジージャは『炎災の賢者』の名にふさわしい物騒さで、基地内の不審者を『御用だ! ファイヤー!』していた。


「今日はどーなってんだ? ミッチェルくん。地下まで侵入されるとか、思わず強火で焼きかけたぞ」

「フレイジージャ様、どうぞご容赦を。侵入者は全員捕縛し雇い主を吐かせますゆえ」


 慇懃にくりくり頭を下げるミッチェルくんであるが、先ほどから冷や汗が止まらない。

 錬金術師(マリエラ)がポーションを作りまくった後お昼寝タイムに突入し、フレイジージャが酒をのみまくった後お散歩タイムに突入するまではいつもと同じだったのだ。

 しかし、基地内の地下に設けられた仮の工房を出て地下通路をしばらく行くと、完成したポーションを運びだす兵士に向かって、フレイジージャはいきなり炎の魔法を行使したのだ。


「なっ! 何を!?」

「よく見ろ。知った顔か? 侵入者だ。すぐに目を覚ますぞ。捕縛しろ」

 侵入者を包んだ火柱はすぐに消え、中から現れたのはフレイジージャが言った通り見たことのない兵士だった。激しい炎に包まれたと見えたのに、服や髪が少し焦げ、口から煙を吐いてはいるが命に別状はないようだ。どうやったのかは知らないが、火柱で包み込み窒息させて意識を刈り取ったのだろう。


(この場所は限られた者にしか知らされていないはず。しかもこの制服は迷宮討伐軍のもの……)

 ミッチェルは駆け付けた二軍兵に侵入者の拘束と、ポーション運搬を中止し錬金術師(マリエラ)の警護を固めるように命令すると、フレイジージャと共に行動していた一人に状況の報告と情報の収集に行かせた。


「ミッチェルくん。狩りは好きかい?」

 にっこりと笑うフレイジージャ。まばゆい美女の笑顔であるが、ミッチェルには獲物を前にした肉食獣の笑顔に見えた。


 マン・ハントという悪趣味な例えをしてみせたフレイジージャではあったが、猟奇的な趣向は持ち合わせていないらしく、工房と薬草倉庫周辺にいた3名の侵入者を全員生け捕りにしてみせた。最後の一人など、諜報部員であるミッチェルさえ気が付かないほど巧妙に隠れ潜んでいたというのに、フレイジージャにかかれば「そんでもって」のおまけ扱いだ。


 いつもの彼女であるならば、興が乗ったとばかりに、基地中の侵入者を狩り立てそうに思えたが、工房周囲の安全だけを確認したフレイジージャはマリエラの眠る工房へと(きびす)を返した。





ざっくりあらすじ:襲撃者目白押し


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