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第3部隊

 迷宮第53階層。

 そこは、迷宮討伐軍の1軍の修練の場であり、素材を得るうえで重要な狩り場でもあった。


 迷宮の魔物は倒された後、亡骸を一部しか残さない。魔力が固まって発生し、受肉していないからというのが通説だ。生じてから時を経るにつれ種族の特性を最もよく表す部位から順に受肉していく。攻撃力を誇る魔物であれば牙や爪であるし、防御を誇る魔物ならば皮といった具合だ。

 迷宮の魔物が外に出てこないのは、全身が受肉していないからだという説もある。この説を提唱した学者は論文で、『ゴブリンやオークといった弱い魔物をとらえて迷宮の外に連れ出すと、迷宮中で魔物を倒した後、亡骸が消えるのと同じ現象で生きたまま消えていき、受肉した部分だけが残った』と報告している。けれど、『階層間の移動ができない魔物を別の階層に無理やり移動させても同じ現象が確認できた』という報告例もあり、『階層移動を含む魔物の移動は迷宮の意思に支配されている』と提唱する学派と対立しているのだという。


 もっとも、迷宮第53階層でバジリスクと相対するディックにとっては、迷宮の魔物の受肉や移動の法則などは全くどうでもいいことだ。大切なのは、バジリスクの皮という貴重な素材を回収できる討伐時期がいつかということだけだ。

 バジリスクの皮は現状で迷宮討伐軍が入手できる皮素材の中では抜群の性能を誇る。斬撃や衝撃への耐性はドワーフの匠が鍛えた魔法金属製の鎧に譲るものの、軽量で魔法耐性が高い。ジークは錬金術師(マリエラ)の護衛ということで、資金調達のために一部市場に出回ったものを優先的に購入できたが、迷宮討伐軍でさえ未だ全員に行き渡ってはおらず、軽鎧をまとう遠距離攻撃型や速度・スキル重視の斥候などの職に就くものが、自分の番を待ちわびている。


「しとめるぞ! 最後まで気を抜くな! 《槍龍撃》」

「おぉ!」

 数時間のバジリスクとの戦闘ののち、ディックが止めの一撃に入る。後に続くのはディックに配属された迷宮討伐軍 第3部隊の12名だ。迷宮討伐軍はレオンハルト、ウェイスハルトの身辺警護や特殊任務にあたる別動部隊を除くと、強さの順に1軍、2軍および訓練兵部隊からなる。

 このうち迷宮に入るのは1軍および2軍で、1軍およびその補充軍である2軍混成の8つの部隊で構成される。スキルの練度や適性によって個人の戦闘能力には大きな隔たりがあるから、特に強力な魔物と相対する場合は必ずしも数=力とはならない。2軍兵が1軍兵について53階層に来たとしても足手まといなだけだから、平時は1軍と2軍はそれぞれのレベルに応じた狩場で戦闘を行っている。しかし、死傷により補充の速度は速いから、連携がとりやすいように強さ順に縦割りの組織体制になっている。所属が変更になっても、かつての仲間と同じチームになりやすい、そういう組織体制だ。


 ディックは復職と同時に第3隊の隊長に就任した。年齢のため前線を辞したいというかつての先輩の後釜で、同じ部隊にはディックにあこがれる槍使いの若者が副隊長をしていたから、あっけないほどすんなりと隊に馴染むことができた。

 人魚のニセチチを見抜いたディックの慧眼(けいがん)に、部隊の皆が感服したのだろうか。ディックが就任して以来、第3部隊の宴会頻度が跳ね上がったことも功を奏したのだろう。迷宮討伐軍きっての脳筋部隊であるから、飲ミニケーションは有効だったようだ。

 アンバーさんは今日も元気に『木漏れ日』を切り盛りしていて、手のかかる師匠が増えたうえにマリエラの不在時間が増えたというのに、ますます活き活きと働いている。旦那(ディック)が帰って来ようが来なかろうが、無事ならどうでもいいと言わんばかりだ。亭主元気で何とやらか。アンバーさんが構ってくれないからディックの飲み会率が高いわけではないと思いたい。なにせ苦難を乗り越えて一緒になった新婚夫婦なのだから。


 そんな、どうでもいい事情を背負った第3部隊の攻撃が見事バジリスクの息の根を止め、勝利の余韻とともにディックたちにバジリスクの皮と魔石、地脈の欠片をもたらした。この階層のバジリスクはたいていこれらを落とすのだ。長く生きた個体になると、皮に加えて牙や爪を落とすし、魔石のサイズも大きくなるのだが、地脈の欠片は落とさなくなる。

 53階層の呪い蛇の王(キングバジリスク)の討伐には多大な時間を費やしたけれど、その甲斐あってというべきか、バジリスクが発生してからの期間からほぼ確実に素材をコントロールすることができている。


「次はあいつにするか」

 しばらく休憩をしたのち、ディックは兵が見つけてきた別のバジリスクに狙いを定める。一旦階層階段まで戻れば斥候部隊がお勧めの個体を教えてくれるのだが、折角近くに見つけたのだ。面倒くさいしこれでいいだろう。

「《飛龍しょー……》」

(その個体は沸いたばかりですよ)


 遠距離攻撃で初撃を加えようとしたその時に、頭の中に聞きなれた声が響く。

「マルローか……」

「どうせ、階段まで戻るのが面倒くさいとかそういう理由で選んだのでしょうが。何のために雑務用の奴隷兵を与えられているか考えなさい」

 攻撃を取りやめたディックのもとにマルローが数名の斥候兵を伴って現れる。ディックとともに復帰したマルローは斥候部隊の副隊長に就任している。斥候部隊や諜報部隊はウェイスハルト直属の部隊で、その特殊性から人員や組織体制は明らかにされていない。迷宮の討伐階層が進んだことにより斥候能力だけでなく戦闘能力の向上も望まれているから、かつてはディックと同じ1軍の隊長で、Bランク上位の戦闘能力と念話スキルを併せ持つマルローは望ましい人材だったといえる。


「久しぶりだな。赤竜の偵察か? ヤツはどうしている?」

「久しぶりとはご挨拶ですね。昨日、酔って貴方が宅前の路上で寝ていたのを、家に運んだのは誰だと思っているのです。ヤグーに蹴られたらどうするのです。ヤグーが怪我してしまうでしょう。器物損壊です。赤竜も相変わらずですよ。貴方と同じで良くも悪くも変わりありません」

 懐かしい人物を見るように話しかけるディックにマルローが冷たく言い返す。


「む……。今朝は玄関で寝ていたはずだが……」

 記憶にない。そんな顔で答えるディック。ディック不在の間にアンバーが一人で困らないように、奥さん同士で助け合えるようにとディックはマルローの家の近くに居を構えたのだが、助けられているのはもっぱらディックだけらしい。

 昨日も、ディック宅前の路地で寝ているところをマルローに発見されて、家まで運び込んでもらったのだ。夜中にたたき起こされたアンバーはドアを開けてディックを家に入れてはくれたものの、玄関に放置したようだ。


「あなたのことだ。大通りまで従卒に送らせたのに、アンバーさんを見せたくないとかそういう理由で、脇道あたりで『ここでいい』などと言って別れたのでしょう。まったく。昨夜はアンバーさん、相当怒っていましたよ」

 見てきたようなマルローの発言に、その通りだと頷くディックの従卒。ディックは心当たりがあるようで、むぅと考え込んだ後、

「大丈夫だ、今日も弁当を用意してくれた」

 と自分に言い聞かせるように答えた。


「弁当の中身は?」

「……パンだ」

「パンだけ?」

「そうだ」

「……怒ってますね」

「……」

 そんな他愛ない会話の裏で、二人の念話は続いていた。


(ディック、どうせ貴方のことです。リンクスやジヤとかいう奴隷のことを考えて雑務用の奴隷兵を扱いにくく感じているのでしょう?)

 1軍の隊長、副隊長には従卒と雑務用の奴隷兵が1名ずつ付けられる。従卒は2軍兵の中でも戦力としてはCランクがせいぜいだが頭脳明晰な者が選ばれる補佐役で、それとは別に荷運びや雑用を請け負う奴隷兵が専属で与えられる。雑務用の奴隷兵といっても前線に付き従うのだから、戦力はCランク以上で品行方正な者が多い。


 雑務用の奴隷は上位職につけられる限られた職務であるから、迷宮都市に送られてくる犯罪奴隷の中で最も質の良い者たちであり待遇もよい。ジークのように衣食住どころか武器・防具の装着も認められているし、個室や小遣い程だが給与も与えられている。

 けれど、身分は犯罪奴隷。ジヤと同じなのである。


(……、一人で行かせて、バジリスクに出くわせば助からんかもしれん)

 ディックの答えにマルローは『ディックらしい』と自嘲する。

『犯罪奴隷などに情けをかけるのではなかった。正しく罪人として扱うべきだった』

 そんな思いに囚われていたのは、自分だけだったのかと。


 ディックの従卒は、「次回はご自宅の扉の前までお送りします。遠くから中に入られるまで見守らせていただきます。奥様にはお会いしませんからご安心ください!」などと言っているし、奴隷兵も「すぐにバジリスクの居場所を聞いてまいります!」と走り出したところを「まぁ待て」とほかの兵士に止められている。まだ若い、そばかす顔の青年だ。朴訥とした顔つきは似つきもしないが、ディックにいいところを見せようと気を(はや)らせる様子がどことなく黒鉄輸送隊に来たばかりのリンクスを思い出させる。

 周囲の兵たちは路上で寝ていたというディックの話を楽しそうに聞いていて、従卒も奴隷兵も兵士たちも、みんな生気のあふれた顔をしている。

 治癒魔法師と前衛の戦士では役割が違う。それと同じことで、与えられた役務が異なるだけだと、ディックは奴隷兵でさえも等しく自分の部下として扱っているのだろう。

(あんなことがあったというのに、奴隷を部下として扱えるのですね)

(まぁ、いろんな奴がいるからな)


 マルローは自分の奴隷を振り返る。いざというときはマルローの盾となるようにと就けられた、Bランクの屈強な大男だ。いかにも犯罪者という醜悪な面構えのマルローの奴隷兵は、マルローの冷たい対応に何もしゃべらず黙って命令に従うようになっていた。


「ディック、バジリスクならあちらを右の壁沿いに進んだところに、受肉状態の良い個体がいますよ。レト、タロス行きますよ」

 そういって立ち去るマルロー。マルローの従卒のレトは「はい」と返事をし、初めて名前を呼ばれた奴隷兵のタロスはわずかに驚いた顔をした後に、黙って頷きマルローの後についていった。


(赤竜は相変わらずですが、街が少々きな臭いですね。ディック、飲酒はほどほどにしたほうがよさそうですよ)

(わかった。お前も気をつけろよ)

 最後に交わされた念話。これを伝えるためにマルローはディックの元を訪れたのだろう。相変わらずの友人に心の中で礼を言うディック。

「右にいくぞ。もう一匹しとめる!」

「オレ、斥候やります!」

「出すぎて見つかるなよ」

「はい! 任せてください!」

 ちょこまかと第3部隊の前を行く奴隷兵を見守りながら、ディックたちは迷宮を進んでいくのだった。



 *****************************



「ちょっと、聞いてよフレイさん。うちのディックったら路上で寝てたのをご近所のマルローさんに拾って帰ってもらったのよ!」

「あはは、旦那落ちてたんだ?」

「そうよ! ちょっと強いからって気を抜きすぎだわ! 最近帝都から新しい人たちだって来てるのに」

「心配なんだ~」

「そっ……、そうよ! 心配だわ!」

「いいね! アンバーのそういうところ気に入ってる。次やったらオシオキすればいいんじゃね?」

「どうするの? 大抵のことなら喜んじゃうわよ、あの人」

「ははっ。そうだね、カラッカラになるまで干しちゃいな」

「どうやって? 弁当をパンだけにしても喜ぶのよ、あの人」

「確か槍使いだろ? 大事な槍に手足括り付けて物干し台に乗っけるの。狩りの獲物みたいに。下から火であぶっても面白いかも。あたしも手伝うよ!」


 師匠とアンバーさんが何やらよからぬ話をしている。師匠の髪色は黄色やら赤やらが混じった複雑な髪色だけれど、アンバーさんと同じ赤毛には違いないから、「キャラが被る」などと言ってソリが合わないのかと思いきや、世話を焼かれる方と焼く方、愚痴を聞く方と聞かせる方と、うまく住み分けができているようで仲がいい。

 この調子で、アンバーさんの旦那(ディック)さんを焼く方と焼かれる方というのが加わらないことを願うばかりだ。


(ディック隊長逃げてー!)

 マリエラは心の中で願うだけだ。せっかくアンバーさんが師匠の相手をしてくれているのだ。マリエラもつかの間の平和を満喫したい。何しろ今日はジークまで狩りを済ませて『木漏れ日』にいるのだ。珍しいことこの上ない。

 のんびりとジークとお茶を飲みつつ店内を見回すと、見た目は美女の師匠とアンバーさんが「オシオキ」だの「喜んじゃう」だの話しているときは、興味津々といった顔で聞き耳を立てていた数名の兵士が、「弁当がパン」だの「物干し台に乗せてあぶる」だのといった話になったとたん、露骨に残念そうな顔をしていた。


 それを見た師匠が何も言わないはずがなく、兵士たちを指さすとにやり笑って一言。

「ギルティー」

 罪を宣告された兵士たちは気まずそうに顔をそらしていた。

(意味が分からない……)

 一人首をかしげるマリエラ。ジークの方を振り向くと、すごくイイ作り笑顔を返されたけれど視線が合わなかったから、意味が分かっていないのはやはりマリエラだけらしい。


 師匠があれだけ楽しそうにしているのだ。ろくでもないことに違いない。

「ギルティー……」

 ぽつりとおまけで罪の宣告をするマリエラ。後ろでジークがお茶をこぼしそうになっていたから、やっぱりろくでもないことだろうと確信するマリエラだった。





ざっくりあらすじ:みんなギルティー


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