それぞれの1週間 ~師弟
「うっわー、コレ全部薬草? わ、全部粉砕までしてあるよ! すごい、かんぺき!」
「お。あたしの分もちゃんと用意してあんな。感心感心」
迷宮討伐軍基地の地下室に設けられた錬金術工房で、マリエラと師匠はそれぞれ感嘆の声を上げる。
迷宮討伐軍の基地も地下大水道に通じていて、基地の地下と迷宮の第2階層はデイジスの繊維で舗装されたスライムを寄せ付けない秘密通路になっている。もちろん舗装されていないだけで、地下大水道全体にも通じているから、マリエラが名乗り出るまではここを通って黒鉄輸送隊がポーションを運び込んだものだった。
地下大水道の出入口近くの一番広い地下室を、迷宮討伐軍はマリエラの仮設工房として整備してくれた。もともと非常食などを保管していた倉庫だった場所で、食糧が詰め込まれていた棚には今は処理済みの薬草が大量に詰め込まれているし、部屋の隅のほうには仮保管用の刻印済み木樽がいくつも積んでおいてある。
部屋の中央には華美ではないが造りの良い長いすとテーブルが置いてあって、横には木箱や樽が置いてある。
いささか殺風景な工房ではあるが、掃除は行き届いているし、何より薬草の量が数日分とは思えないほど大量だ。会食から数日で準備したにしては上出来といえるだろう。
「薬草や樽の運搬は我々にお任せください、錬金術師様方。皆、お二方に関することは詮索も情報漏えいも決して行わないよう、誓約済みでございます。すべてお二方の指示に従うよう申し付かっております」
部屋に待機していた3名の迷宮討伐軍の若者たち。雑用係として就けられた者たちだから戦力としては2軍以下の兵士だが、品行の良い若者が選ばれている。マリエラや師匠に配慮してのことか、3人のうち1人に女性を配する気配りだ。
「じゃー、マリエラ、ポーションは任せた。えーと、そこのキミ。くりくり頭の若い方。キミはあたしの相手を頼むわ」
要望が満たされていることを確認すると、師匠は長いすにどっかと腰を下ろしてかわいらしい顔立ちの栗色の癖毛の青年をそばに招いて……、テーブル横の木箱や樽から酒瓶を取り出すと、早速一杯やり出した。
師匠曰くの「あたしの分」である。呼ばれた青年は若干引きつりながらも、かいがいしく酌をしている。
「いやー、その慣れない感じ、初々しくていいねー。酌をするときはラベルを見せるようにつぐんだよ。あぁ、グラスに当てちゃいけない。ふふ、お姉さんがおしえてあげよう」
師匠はご機嫌だ。見た目は妙齢の女性だが、言動が完璧におっさんだ。
ジークの心配を他所に、マリエラは師匠の酒量をちゃんと管理していて、1日に酒瓶1本しか飲ませていない。それでも師匠はマリエラが酒に疎いことをいいことに、ウイスキーやブランデーと言った酒精の強い酒ばかり選ぶから、一本と言っても決して少ない量ではないのだが。普段飲ませてもらっていないように、迷宮討伐軍の基地で若い兵士を相手にかぱかぱと杯を空ける師匠の醜態に、マリエラはひどくご機嫌斜めだ。こんな駄目な大人が師匠だなんて、なんだかとっても恥ずかしい。
「師匠、サイテー。とっととポーション作って家に連れて帰ってやる。すいません、そこからあそこまでのキュルリケ、全部持ってきてください。あ、もう少し下がって、袋の口を開けてください。」
こうなったら全力でポーションを作って、師匠から酒瓶を取り上げるのだ。残る二人の兵士に頼んで薬草の大袋を並べてもらう。
《錬成空間》
風呂桶よりも容量が大きい縦型の楕円形の錬成空間を構築するマリエラ。この地下室は広いけれど、棚やら樽やら師匠やらが邪魔でこれ以上大きな空間は構築できない。それでも常識はずれなサイズには違いないのだが、『普通のサイズ』を知らないマリエラはかまわず中に《命の雫》を満たす。何もないはずの空間に噴出すように淡く光る水が湧き出る様に、目を見張る兵士たち。《命の雫》は水と合わさっても淡い輝きを失うことなく光を放っている。
「薬草を中に入れてください。あ、そこ《錬成空間》あるからもう少し上から。そう、全部どばーっと。入れ終わったら樽をそこに並べてくださいね」
マリエラの指示に従って、薬草を投入して行く二人の兵士。
《薬効抽出》
初級ポーションの抽出は少量の場合は振とう抽出が普通だ。密閉した《錬成空間》内でカクテルを作るようにしゃかしゃかと振り混ぜるのだ。飲み物に砂糖を溶かすようにステアするよりも攪拌エネルギーが大きい分短時間で成分が溶け出してくれる。
けれど風呂桶サイズの《錬成空間》をじゃっぽんじゃっぽん振り混ぜるのはスペース的にも魔力量的にも無理のある話だから、量が多い場合は溶媒、つまり《命の雫》を動かす。錬金術スキル《薬効抽出》の効果は薬草から成分が溶けやすくするもので、振り混ぜたり掻き混ぜたりという《錬成空間》の動かし方はスキル使用者のイメージによるところが大きい。
今回マリエラが思い浮かべたのは、容器の真ん中にいくつも攪拌羽が付いた棒を入れて回し、中の液体を混ぜるイメージ。薬師たちと作った攪拌容器の一つだ。
攪拌羽の形状がポイントで、中の液体を上下に渦をまくように回してくれる。この攪拌羽を作るのにいくつも試作を重ねたのだと薬師と魔工技師たちが熱弁してくれた。羽根の形状までは覚えていないけれど、混ぜられた液体の動きは良く覚えている。そのイメージで《命の雫》のこもった水と薬草を混ぜて行く。はやく、はやく。もっと強い水流で。
大量の液体を混ぜるのだ。容器に当たる《錬成空間》もそれなりの強度が必要だけれど、楕円という形は内側からの圧力に強いものだし、熱いガラスを作った事を思えば比較にならないほどに簡単だ。
マリエラはやけくそのようにじゃばじゃばぐるぐる《命の雫》の込もった水を掻き混ぜる。ちらと師匠を見ると、「お! これ、オターレの10年ものか! とりあえずコレ。ロックで」なんていっている。マリエラの錬成もハードさを増そうというものだ。
《薬効抽出》が終われば薬草の滓を分離する《残渣分離》だ。これも低級ポーションの場合はろ過でいい。漏斗にろ紙をしいて、上から滓の混じった液体を流し込む方法だ。簡単で再現しやすいけれど、ある程度滓が溜まるととたんに分離速度が落ちてしまう。
(圧力かければいいんだよ)
《錬成空間》を密閉し、容器の下部から薬草の滓を掬い上げるように下から上にフィルターの膜を移動させる。これも《錬成空間》のように魔力で作られたものだから、容器のサイズに合わせて大きさを調整できる。透明なフィルターが透明な容器の下から上へ滓を濾し取りながら移動する。マリエラのサポートをする二人の兵士からすればはじめてみる神秘的な光景だ。
「えええええぇい!」
ふん、ぬー! とばかり、マリエラが手を挙げる動作に追随するように、ろ過面が空間の上部にぎゅぎゅぎゅぎゅーんと持ち上がる。いつも省スペースな感じでちみちみと練ったり混ぜたりしているマリエラからは想像が付かないダイナミックな動きだ。その力強い動きによって薬草かすもぎゅぎゅっと絞られて小さくまとまって行くように見える。
「おぉ。力を込めることで、錬金術も効果をますのですね」
感心したように呟く二人の兵士。
「んー、ポーズに意味は無いんだけどね。なんとなく」
てへっと笑って返すマリエラ。二人の兵士はちょっぴり口をあけたまま、マリエラを見、そして師匠をチラ見する。
(あの師にしてこの弟子か……)
そんなことを思っているのだろうが、マリエラはちっとも気が付かない。体を動かすとちょっぴり気分が良くなった。たまには無駄遣い気味に魔力を使って、おりゃー、とりゃーと錬成するのも楽しいかもしれない。
あとは《濃縮、薬効固定》。
錬成空間の内部を薬効が飛ばない程度に温めながら圧力を抜いて行く。湯が沸くよりも遥かに低い温度だけれど、沸騰したお湯のように中から気泡が湧き出してどんどん量が減って行く。そして最後に薬効を固定すれば完成。
量は多いが所詮は初級ポーション。大量作成した分魔力は喰うけれど、作成自体たいしたことはない。あっという間に錬成を終えて樽へとポーションを流し込む。
師匠をちらと見ると、すでに1本酒瓶が空いていた。
(ぐぬぬ。師匠ペースはやい!)
酔っ払った師匠が、くりくり頭の兵士に酒を飲ませようと絡んでいる。仕事中なのに。
「つぎ! 残りのブロモミンテラとデイジスをこっちに、キュルリケはこっちにお願いします!」
コツは掴んだ。大量でも問題ない。こうなったら同時進行だ。これ以上師匠に酒を飲ませてなるものか。
張り切るマリエラと薬草袋やら樽を抱えて走り回る二人の兵士。くりくり頭の兵士も手伝いたいのか、師匠から逃げたいのかこちらをちらちら見ているのに、師匠に絡まれ逃げられない。
(待ってて、くりくり頭さん。すぐに師匠を連れて帰るからね!)
完全に目的を履き違えたマリエラは、驚異的なスピードで低級魔物除けポーションと低級ポーションを作り上げると、魔力が切れかけてふらふらした足取りでようやく師匠を捕獲するのだった。
「マリエラ、すごいぞー。こんなに早く終わるとは思わなかった! 成長したな!」
「うぅ、ししょう……」
頭に手を伸ばす師匠の手を振り払いながら、マリエラは師匠と微妙な距離をとる。《転写》除けだ。褒めてくれるのは嬉しいけれど《転写》は勘弁してもらいたい。あんなに張り切って錬成したのに、師匠は3本も酒瓶を空けてしまった。すっかり出来上がってご機嫌になっている。
「じゃー、また明日なー。ミッチェル君だっけ? 明日も来いよ!」
マリエラが距離をとったのをいいことに、師匠は木箱から2本ばかりお酒の瓶を取り出すと、マリエラを連れて『木漏れ日』へと帰っていった。
(くそう。明日こそ、師匠のお酒を減らしてやる!)
惨敗だ。今日は完璧な敗北だった。師匠の飲酒ペースは速すぎるけれど、このまま負けてはいられない。帰ったら一人反省会をしなければ。参謀の不在が悔やまれる。
マリエラはご機嫌で地下大水道を歩いては、溝にはまりそうになる師匠の手を引っ張る。
このまま地下水脈を流れていってしまえ! と思わなくも無いが、この師匠のことだ。絶対無事に帰ってくるし、びしょぬれの服の洗濯分マリエラの仕事が増えるだけだろう。
ただでさえ師匠は飲みすぎると顔も洗わずその辺で寝たり、靴下の右と左が家の端っこと端っこに落ちているような激しい服の脱ぎ散らかし方をしたり、だらしなさに磨きがかかるのだ。唯でさえジークが不在で家事分担が重いのに、片付けた端から散らかされてはかなわない。
しかも、絡み酒。
何とか無事に『木漏れ日』に帰ったはいいが、まだ日が高いのに出来上がった師匠は、事もあろうかニーレンバーグに絡み始めた。
「センセーってば、すっごい眉間の皺~。谷間じゃん、谷間。ケツデコ?」
けらけら笑いながらニーレンバーグの眉間に手を伸ばす師匠。
恐れを知らぬ振る舞いに、『木漏れ日』で診察という名の警備に付いている迷宮討伐軍の兵士がぶるぶると慄く。ニーレンバーグはウェイスハルト辺りから、師匠に対して決して失礼の無いようにと厳命されているのか、眉間の皺をさらに深くしながらも、
「昼間から飲みすぎではないですかな」と大人の対応だ。
そんなニーレンバーグの忍耐虚しく、師匠は楊枝を取り出して「とうっ!」と掛け声一発。
「見ろよ、マリエラー! センセーの眉間に楊枝が挟まったー! すっげ、手を離しても落ちないんだぜー!」
とオオハシャギだ。サイテーだ。
「師匠? 人に迷惑かけちゃダメって言ってますよね? 言ってますよね?」
「やーん、マリエラこわいー」
「こわいー、じゃありません! 今すぐ水かぶって正気に戻らないとご飯抜き!」
師匠は怒ったマリエラに風呂場に連行されて、水風呂に放り込まれてようやくシラフに戻ったのだった。キレたマリエラは、服のまま師匠を水風呂に放り込んだから、結局洗濯物が増えてしまった。
(酔っ払い師匠、手がかかる!)
200年前、師匠が帰ってこない日がたびたびあったが、どこで迷惑の限りを尽くしていたのだろうか。
「明日はお手伝いの兵隊さんを増やしてください!」
事情を知っているニーレンバーグを経由して、増員要請をするマリエラ。薬草を棚から運んで《錬成空間》に入れたり、樽に詰める人手が多ければ、もっと短時間でポーションを完成できるだろう。
(明日こそ、師匠を酔っ払わせないから!)
固く決意するマリエラ。
マリエラの要望通り、翌日はくりくり頭のミッチェル君+4人の兵士が配備された。低級用の3種の薬草はさすがに量が減っていたけれど、その分上級ポーション用の材料と道具が準備されていた。
「マリエラー、上級は1本ずつな」
「じゃぁ、師匠はこのちっさいコップ使ってください」
「器が小さくなったって、ペースが落ちると思うなよ」
「それはこちらの台詞です」
にやりと笑い会う師弟。因縁の師弟対決だ。
「さーて、ミッチェル君、飲もっか。あ、そっちのキミもかわいいね。こっちでお姉さんの相手をしなさい」
早速豪遊モードに入った師匠たち。ミッチェル君は2日目にして悟りを開いたような顔をしている。
ぐぬぬ。マリエラは師匠をひと睨みすると、今日も魔力が切れるか切れる寸前まで全力でポーション作成を行うのだった。
ざっくりあらすじ : 弟子ポーションつくる、師匠酒飲む。