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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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春霞

ジヤ注意。後書きにあらすじあります。

 空は青いものだと思っていた。


 霧が出ているわけではなく、ただ薄い雲が辺り一面に白く垂れ込めていて、近くの景色ははっきりと見えるのに遠くの山々だけが霞むように滲んで見える。

 春霞にけぶる遠景はまるで幻のようで、どれほど竜馬を駆り走らせてもたどり着く事は出来ないように思える。

 まるで、「お前は何処にも行く事などできないのだ」と、「迷宮から逃れる事はできないのだ」と、そう言われているような気分にさせられる。

 

 春霞にけぶる空を見上げて、レオンハルトはふとそういう風に思った。ずっと迷宮にばかり篭っていたせいだ。空を仰ぐなど、ついぞなかったことだ。


 レオンハルトの手元には黒鉄輸送隊が届けた一通の書状があった。彼の息子からの私信だ。特に秘する事のない子が父に宛てた手紙には、誕生祝に贈った剣への礼や、早く迷宮都市に来て父上(レオンハルト)と共に迷宮を倒したいといった内容が書かれていた。レオンハルトは長らく会っていない息子の事を想う。

  自分の子供の頃にそっくりな顔立ちのわが子は、レオンハルトのスキル『獅子咆哮』を発現してはいなかった。もとよりレアなものだから、レオンハルトの父も祖父も持ってはいなかったし、息子に発現しなくても不思議は無い。この手のスキルは直系に受け継がれやすいから、レオンハルトが引退した後のシューゼンワルド辺境伯家は息子が継ぐことが決まっている。それはつまり、迷宮討伐をも受け継ぐと言うことだ。


 それが、レオンハルトには酷に思える。

『獅子咆哮』の有無以前に、彼の息子は戦闘に向いていないと思うからだ。

 決して弱いわけではない。レオンハルト同様に身体能力は高く魔法の才能も持っている。現在は迷宮都市を離れ、レオンハルトの父の指導の下、勉学と訓練に励んでいて、このまま順調に行けばAランクほどの戦力に育ちうるだろう。けれど、定期的に届く報告書を見る限り、彼の本当の才能は内政にこそ発揮されると思うのだ。迷宮などなければよい領主になっただろうと思えるだけに、惜しいと思ってしまうのだ。


 シューゼンワルド辺境伯家にとって、民の暮らしを守ること、皇帝の臣として帝国に仕えること、迷宮を滅ぼすことはすべて同義で、使命であると認識している。特にレオンハルトは『獅子咆哮』を持って生まれた事もあり、幼い頃から迷宮を滅ぼすことに特化した教育がなされた。それになんら思うところは無い。それが当然だと育てられてきたからだ。

 幼少の頃婚約した相手と婚姻して血を残すことも、課せられた使命、仕事の一環のように感じていた。


 息子をその手に抱くまでは。

 ふにふにと軟らかく力の無い体。頭蓋さえ軟らかく、首が据わっていないという脆弱さはレオンハルトの理解の範疇を超えていた。弱すぎて怖いという未知の感覚に赤子を乗せられた腕を微動だにできなかったほどだ。言葉など通じないし、すぐに泣く。折角乳を飲ませたのに、げっぷをさせるとすこし吐く。飲んだ分は驚くほどの速度で排泄する。いや、大の大人であっても酒を飲みすぎたときは吐く者もいるし、飲んだと思ったら厠へ向かうから、そこは理解できなくもないのだが。


 けれど、ひどくあたたかい。

 熱いと思えるほどの体温に、産着を通して伝わる熱量に、物凄いエネルギーを、可能性を感じる。

「すごい」と、純粋にそう思った。これが命かと。生きる力がこの小さな体の中で燃えているのだとそう感じた。

 生まれたばかりの我が子に、より良い世界を残してやりたいと強く思ったのだ。

 

 あの時感じた熱量は、未だにレオンハルトの体の芯に残っている。

「迷宮をこの手で」

 その呟きの前に、“叶うならば”と付けそうになって、レオンハルトはしばし瞑目する。そんな弱い気持ちでどうするのだと。

「叶えてみせる」

 そう呟いて拳を握るレオンハルト。


 春霞の空は何処までも白く、先が見えない。

 はっきりと見えるのは、歩いていけるような近い景色ばかりだ。

(けれど立ち止まるわけにはいかぬのだ)

 レオンハルトは、ウェイスハルトが立案した作戦を認可して、召集令状にサインをしたためた。



 ************************************************************



「破限、雷帝、よくきてくれた。助力感謝する」

 迷宮討伐軍の召集に応じて現れた、『破限』こと冒険者ギルドマスターのハーゲイ、『雷帝』エルシーこと商人ギルド薬草部門長のエルメラと堅く握手を交わし、レオンハルトは深い謝意を伝える。

 迷宮討伐軍の会議室には、先に到着していたディックを入れて3人の協力者が集まっている。結局Aランク以上の迷宮都市の最強戦力であたる以外、方策は見つからなかったのだ。


 チームの戦力を上げるレオンハルトの『獅子咆哮』には発動条件があって、自分以上のランクには能力を強化できない。レオンハルトはSランクとして登録されているが、其れは『獅子咆哮』あっての事で個人の戦力としてはAランク。

 今回のターゲットは歩く火山の守護者である赤竜。恐らくはSランクの上位に位置するであろう、空飛ぶ魔物と溶岩大地という不利なフィールドで、レオンハルトと8名のAランカーらが、かさ上げ無しの自分の戦力で戦うことになる。


 階層階段付近の安全地帯でニーレンバーグら治癒部隊が控えているし、上級の各種ポーションも取り揃えてはいるが、けが人が出たとして赤竜の攻撃をかいくぐって救助を行える可能性があるのはニーレンバーグくらいのものだろう。

 勝算は低く、死人が出る確率のほうが高い。それでも彼らは集まってくれた。


「こういう時のために、あいつ等だけでギルドを回せる様に育ててきたんだぜ?」

「家族が平穏に暮らせる街にしたいですもの」


 そう応えるハーゲイとエルメラ。ディックは黙って頷いている。

「それでは、赤竜及び階層に関する情報と、作戦について説明しよう」

 ウェイスハルトが資料を広げ、作戦会議が始まった。


 赤竜との戦いは明後日。

 ここに集まったAランカーたちは、明日1日をいつもと変わらず過ごすのだろう。決戦日の早朝、家族にはいつもの様に迷宮に仕事があると出かける手はずだ。

 口外するなと命じられたわけではない。

 迷宮のある街で、戦いを生業としているのだ。

 万一のことが起こることさえ、迷宮都市での暮らしの一部だ。

 だから、明日はいつもより少し日常を大切に過ごして、決戦に備える。


 ギルドの幹部(あいつ)らは十分育ってる。もう卒業だぜと、ハーゲイは思う。

 俺に何かあったら……、怒り狂うワイフの姿が思い浮かんでニカッと笑う。


 夫と子供たちの姿をエルメラは思い浮かべる。

 ずっと一緒に居たいけれど、それ以上に自由な未来を用意するのが務めだと雷帝の顔で決意する。


 アンバーを解放出来てよかったと、ディックは思う。

 いつの間にか『木漏れ日』の従業員に納まっている彼女だ。一人でもきっとやっていける。あんなに胸部装甲ばかり見ていたのに、こんなときに思い浮ぶのは彼女の笑顔ばかりだ。


 三人は、それぞれの思いを胸に、最後の1日になるかもしれない大切な日常へと帰っていった。



 ************************************************************



(眠れねェ)

 帝都へ向かった黒鉄輸送隊は一昨日の夕刻に迷宮都市に到着した。

 輸送組に入れられたジヤの仕事は、昨日は最低限のラプトルの小屋掃除だけで後は休日をもらって寝こけていた。今日も仕事をサボっては居眠りばかりしていたから、腹いっぱい夕食を掻き込んだ後も眠くなっては来なかった。

 今日の夕食は塩分が多めで、食べたときは旨かったのだが、後になると咽が渇いてきた。水でも飲もうと寝床から這い出すジヤ。


 拠点の大部屋では黒鉄輸送隊のメンバーが集まっているのか話し声が漏れ聞こえてきた。

「たいちょー、ジークがAランクなったらさ、奴隷解放の保証人になってくんね?」

「ジーク? あぁ、あいつか。構わんが、Aランクか。死に掛けてたあいつがなぁ」

 頼んでもいないのにハーゲイが保証人になると言い出して、チームハーゲイに入れられるんじゃないかと困惑しているだとか、Aランクの条件を満たしたら祝ってやるから連れて来いだとか、拠点で交わされているのは、そんな大した価値も無い雑談ばかりだ。


 しかし、ジヤにとっては。

(奴隷解放? ジーク? 死に掛け?)

 拾い聞いた噂話に、退屈していたジヤの思考は加速する。


(何だ何の話だ? ジーク? 知ってる。アイツだ。コゾウ(リンクス)と小娘と一緒にいる片目のヤツだ。いいエモノ(武器)を持ってるアイツがドレイ? シニカケ?)

 ぐるぐると聞いた言葉がジヤの頭の中を駆け巡る。その時思い出したのだ。


 ――汝、ジークムントよ! 魂から服従せよ!

 レイモンドの奴隷商館の裏庭でラプトルの世話の合間に見た隷属契約の儀式を。


(あ! あ! あ! ア! アアアアアァァァァァ!!!

 アイツ、アイツだ。アイツだったんだ。死んだと思ってた。いや死ぬはずのヤツだ。そういうのを仕入れてんだよ、レイモンドの旦那は! 見せしめのために! だから生きてるはずがネーんだ。治癒魔法も効かねーくれぇ弱っちまった死にぞこないなんだから! なんでだ、なん……ァ、アアアァァァ! いるじゃねぇかよ! 錬金術師が、この街にも! あいつがだ! 死にかけを買いやがった、あの小娘が!!!)


 ジヤはさして賢い男ではない。物事を網羅的に考える論理的な思考の持ち主ではない。断片的に聞きかじった情報を一つにまとめて結論付けたりなど、賢い者であればしはしないだろう。

 けれどジヤは愚かで、短絡的で、だからこそ暴論ともいえる理屈で結論付けてしまったのだ。


 マリエラが錬金術師だと。


 そしてそれは、図らずも真実であったのだ。 

(あんとき、あの小娘が、死に掛け野郎じゃなくオレを選んでりゃ、野郎のエモノも境遇も全部オレのモンだったのに……)


妬ましい、恨めしい、羨ましい。

 ジヤの怨嗟の思いは尽きず、自らの不運の元凶を妬ましく恨みやすい他者に押し付ける。

(アイツが……、あの小娘がオレを選ばなかったせいで、オレは……!!!)


 春の空は、曇天が続く。雲が重く重く立ち込める空模様からは、雨の香りが漂ってきた。




今回のあらすじ:Aランク集めて赤竜対峙することに。あと、ジヤがマリエラが錬金術師だと気付いた。

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