8.赤い月の宴
ゾンビが出るところまで投稿したかったので、今日も投稿します。
村に死を蔓延させて作り上げた菊が花開き、ついに白菊姫が楽しみにしていた月見の宴が始まります。
しかし、そこを訪れる野菊と村人たちは既に……。
その日は、見事な満月が昇った。
しかしその色は、血のように赤かった。
白菊姫の館を警護している侍たちも初めは気味悪がっていたが、月は昇につれて赤みが薄れていったので、何事もなかったように平常に戻っていた。
白菊姫の館では、月見の宴が開かれていた。
部屋にも庭にも色とりどりの菊が飾られ、宴に鮮やかな彩りを添えていた。
そして白菊姫のすぐ側には、他のどの菊にも負けない存在感を放つ、大輪の白菊が活けてあった。
白菊姫の両親も、招待された作左衛門も、皆その菊をほめたたえた。
それを聞くと、白菊姫は喜びに頬を上気させて、得意げに話すのだった。
「今年の菊がかように見事になったのも、作左衛門殿のおかげじゃ!
今年は雨が降らぬので苦心したが、作左衛門殿が水をたっぷりくれたおかげで……見よ、この花弁の何とみずみずしく艶やかな事よ!」
一しきり菊の話で盛り上がると、白菊姫はにわかに少し寂しそうな顔をした。
昨年までは、毎年この宴に呼んでいた親友の姿が、今ここにはない。
せっかくこんな見事な菊が咲いたのに、見せられないのはとても残念だ。
「野菊は今頃、どうしておるかのう……。
野菊にも役目があるのに、わらわは少し言いすぎたかもしれぬ。
……そうじゃ、今からでも神社に使いをやって野菊を呼ぶのじゃ!
なに、この素晴らしい菊を見れば、野菊もすぐに笑顔になるはずじゃ。これほど見事な菊は、この世に二つとあるまい!」
その菊のせいで村がどんな惨状になったか、白菊姫にはまるで分かっていなかった。
それに、白菊姫がわざわざ神社に使いを出す必要も、もうない。
野菊は既に、村の各所で起き上った忌まわしい死霊たちを率いて、白菊姫の館に向かっていたのだから。
野菊も民も、ちゃんと菊を見に来てくれたのだ。
月がだいぶ高く昇った頃であろうか、館の外で警備している侍たちは、近づいてくる大勢の人影に気づいた。
道の向こうから、行列になってぞろぞろと歩いてくる。
「何だ、あいつらは?」
ボロボロの着物を身にまとい、やせこけた手足に腹だけはふくれて……。
どうやら、村人のようだ。
陣笠をかぶった隊長格の男は、腰から下げた刀をすらりと抜いた。
「ふん、今さら一揆を起こすとは!」
それを聞いて、他の侍たちもおのおの武器を取った。
村人たちの行列は思ったより長く続いている、百人くらいはいるかもしれない。
侍たちはその人数に内心怖くなったが、それでも持ち場を離れる事はなかった。
なぜなら、村人たちはおそらく、まともに戦えない半病人ばかりだからだ。夏の間にあれだけ死者を出しておいて、残った者も元気なはずがない。
その証拠に、村人たちは皆、足を引きずりのろのろと歩いているではないか。
数が多くても、あれでは元気な侍には敵うまい。
侍たちは、村人たちを哀れむように笑っていた。
しかし、村人たちの行列が近づくにつれ、侍たちの多くは顔をしかめた。
かすかな風に乗って、鼻を突く嫌な臭いが漂ってくる。それは、ここ数日で村の各所に発生した、死体の腐った臭いと同じだった。
彼らが死体を運んででもいるのだろうか……。
とにかく、この悪臭をこれ以上近づけさせる訳にはいかない。
「白菊姫様のお気に障るぞ、追い返せ!」
侍たちは一斉に、勇ましい声を上げながら村人の行列に向かっていった。
しかし、彼らの勇ましい声も長くは続かなかった。
村人たちの先頭を歩いている男の顔には、あるべきものがなかった。片方の眼球は腐り落ち、代わりに白いうじ虫が詰まっていた。
それに気づいた途端、侍たちの声は絶叫に変わっていた。
「うわあああぁーっ!!!」
突如として聞こえてきた叫び声に、白菊姫はびくりと身をすくめた。
宴席にいる他の者たちも、不安げに辺りを見回した。
白菊姫の父親は、腹立たし気に床を蹴って立ち上がった。
「興が削がれたではないか、警護の兵は何をしているのだ!?
少し様子を見てくる、皆は宴を楽しまれよ」
そう言って、白菊姫の父親は宴席から姿を消した。
その直後、またも悲鳴が響く。
「助けてくれ!!」
気が付けば、辺りには食事時にふさわしくない嫌な臭いが満ちていた。まるですぐ近くで、何かが腐っているような臭い……これでは、せっかくの料理も食べる気がしなくなる。
白菊姫は思わず眉根を寄せて、着物の袖で鼻と口を覆った。
そんな白菊姫を見ながら、作左衛門は憎たらしい顔で呟いた。
「おのれ、何者じゃ!
愛しい白菊姫の宴を台無しにしおって……そのような奴は、皮をはいで腸を引きずり出して、この世の地獄に落としてやるわ!!」
作左衛門がそう言って出て行こうとした途端、近くの門がメリメリと開く音がした。
それから、何かを引きずるような大勢の足音が聞こえてきた。
辺りに漂う腐臭が、一段と濃さを増す。
宴席にいた数人の侍が、刀を抜いて構えた。
程なくして、宴席のすぐ側にある庭の仕切りの扉がガタガタと鳴りだす。
「何者だ、このような狼藉を働けば、妻子もろとも死罪は免れぬぞ!
下がれ、下がれい!」
警護の侍が呼びかけるが、返答はない。
代わりに、扉の軋む音がより大きくなった。向こう側からの力に扉は大きく反り返って、ミシミシと音を立て……ついに乾いた音とともに錠前が壊れて飛んだ。
次の瞬間、壊れた扉を押しのけるようにして大勢の村人が流れ込んできた。
白菊姫がかわいがって育てた、菊を踏みにじりながら。
それを見た瞬間、白菊姫は頭に血が上って叫んだ。
「ええい、この不届き者どもを斬って捨てよ!!」